Sommeliere
〜ワイン〜
主としてブドウの果汁を発酵させたアルコール飲料であり、葡萄酒(ぶどうしゅ)とも呼ばれる。
古くから貴族のたしなむ高級酒として、または下僕である人間共の大衆酒として、この世界の様々な地域で幅広く生産・流通されてきた。
今私の目の前の「ふたつ」のグラスに注がれるこの赤みがかった液体がそうだ。
その色はまるで我々"ヴァンパイア"が欲する"血"を連想させ、古くからヴァンパイアの嗜好品として嗜まれてきた。
その中でも私、レゼルバは同族の者の中でも特にワインに対する強いこだわりを持っていた。
ワインといっても種類・製造方法・生産地域は様々でどれひとつ同じものなど存在しない。
その奥深さの虜となった私は欲しいと思ったワインであれば魔界はもちろん親魔物・反魔物領に関わらず人間界へと降り、自らの舌で味わい、手に入れていた。
そんな私を変わり者と呼ぶものもいたが、私は意に介さなかった。
やがてグラスへ注がれていたワインがグラスから離され、ワインをグラスへ注いでいた若い給仕(ソムリエ)が口を開く
「レゼルバ様、本日御用意させてただいたワインはレスカティエ産赤ワイン50年物でございます」
銀髪と妖しい光を放つ紅き瞳、絶世の美女と言っても過言ではない整った容姿・・・そして漆黒のマントを身にまとったヴァンパイア・・・レゼルバはソムリエの用意したワインをみて感想を言う
「ほう、なかなかの代物じゃないか。しかし、レスカティエか・・・よく手に入ったな」
「はい。先日レスカティエ教国が魔界第四王女デルエラ様によって陥落し、魔界国家となりました。その影響で今後レスカティエ産ワインは出回らなくなった為、現在市場に出回っているレスカティエ産ワインの値段が高騰しております。それを見越してあらかじめ入手先を確保しておりましたので・・・」
「相変わらず抜かりないな。魔界となった土地には魔界の作物しか育たん。そうなれば原材料のブドウももう栽培できまい・・・レスカティエのワインの歴史もここで終わりだな・・・」
「誠に残念ではございますが・・・しかし、今後は虜の果実等を用いたワインの製造がされると思われます。そこで、今回はレスカティエの終結と新たなレスカティエの繁栄を祈願してワインを選ばさせていただきました」
「ふ・・・そうだな・・・歴史とは栄枯盛衰の繰り返し・・・これは避けられぬ運命であったといわざるを得まい・・・カーヴせっかくだ一緒に飲もうではないか」
「よろしいのですか?」
「二度も言わせるな。何の為にグラスを二つ用意させたと思っているのだ」
「かしこまりました」
私はそういってソムリエ、カーヴを私の対面に座らせた
「・・・いいかげんその口調はなんとかならないのか?」
「この口調がもうクセになってしまっているので・・・」
「ふう・・・人間であった頃であればそれで良かったが、今はもうお前はインキュバス化しておるのだ。他のヴァンパイア共からとやかく言われることもない。正真正私の"夫"なのだぞ。その・・・なんだ、もっとこう・・・私のことを呼び捨てにしても・・・良いのだぞ・・・/////」
「そっそれは・・・その・・・今後の課題・・・ということで/////」
「まっまあ良い・・・/////」
「でっでは、乾杯の音頭をとらせてもらおうぞ。レスカティエの終結と繁栄を願って・・・」
「「乾杯」」
まったく・・・どうしてこんな男に私は惚れてしまったのだろうな・・・
そんな男に出会ったのは今から数年前に遡る・・・
あれは私が"最高"のワインを探す旅をしていた時だ・・・
世界中からワインを手に入れ味わって来たが、どれも私の理想とする"最高"のワインではなかった・・・
いつか"最高"のワインと手に入れる・・・それが私の生きがいとなっていた。
そして私は父と母の反対を押し切って半ば家出同然で旅に出た
"最高"のワインを見つけるために・・・
そんな旅の最中、出会ったのが我が夫カーヴだ。
人間だった頃のカーヴはとある親魔物領国を代表するソムリエだった。
私も名前くらいは聞いたことがある程度であったが、偶然ワイン探しをしていた際にカーヴが住む国へ立ち寄り、カーヴが経営しているバーを見つけたのだ。そしてふとその店に立ち寄ったこれがすべての始まりだ。
その日の夜、月の光に映える今宵もとある親魔物領にて夜の散歩をしていた・・・
〜数年前〜
「今日はもう店じまいか?」
「いえ、構いませんよ。いらっしゃいませ、どうぞ中へ」
店員とおぼしき男に店内に案内された私はカウンター席に座った。男はそのままカウンターの対面に立った。他に客はなく、私一人であった。
「私一人だけの様だが良かったのか?」
「遠方よりお越しいただいたヴァンパイアのお客様をお断りするほど無粋ではありませんよ」
「・・・何故私がヴァンパイアだと・・・?」
「貴方の羽織っていらっしゃるそのマントの家紋はヴァンパイアの名家クリューゲル家の家紋でございます。そうなればヴァンパイアの方に違いないのではないかと・・・」
「ほう、よく気がついたものだ。人間で我々魔界貴族の家紋等知っているものなどほとんどおらぬはずだが・・・」
「私はソムリエになる為の修行として世界各地のワイン名所を数年ほどかけて転々としていました。当然魔界の名所巡りもいたしましたので、その時に拝見したものを覚えておりました」
「成程な・・・ん?今ソムリエといったな??ということはお前が・・・」
「はい、私がこの店の店長でソムリエのカーヴ=ウィンテージにございます」
「ほう・・・お主があのソムリエマスターの・・・思ったよりも若いのだな」
「ええ、よく言われます」
「私の自己紹介が遅れたな。私はレゼルバ、レゼルバ=グラン=クリューゲルだ。おぬしの言った通り、確かに私はクリューゲル家「元」次期当主だ。・・・まあ家を飛び出した今となっては意味のない名乗りだがな・・・」
「左様でございましたか・・・何故その様な事を?もしよろしければ聞かせていただけないでしょうか?」
「ふん・・・随分図々しいのだな・・・だがまあいい、隠す程の事でもない。気品だの、なんだの堅苦しい事に少し嫌気が差したのだ。なにより私には「目的」があったからな。家をだから飛び出したのだ」
「その目的とは一体?」
「私の目的は・・・」
そこで私はふと思い立った。
「・・・・ふむ・・・・これもいい機会だな・・・」
「?」
私が独り納得してたので、カーヴはどうしたのだろう?といった表情を浮べている。
「カーヴ、そういえば私はまだ注文をしていなかったな」
「はい、まだ伺っておりませんが・・・」
それを聞いた私はニヤリと微笑む。軽く吊った口の端から白い牙がむきだした。
「ではカーヴに命ずる。私の欲している"最高"のワインを用意しろ」
「・・・"最高"のワイン・・・ですか・・・??」
「そうだ。私が今一番欲しているワインだ。私の目的とは"最高"のワインを探すこと・・・しかしなかなか見つからなくてな・・・そこでお主に見つけてほしいのだ私が求めてやまない"最高"のワインをな・・・」
・・我ながら無理難題を突きつけたものだ。「最高級」のワインであればこの店や市場に出回っている最高級のワインを用意すればいい。
しかし、「最高」のワインとなれば話は別だ。今日初めて来た客、それも「最高」のとなれば基準となるものがまったくないのだ。
私自身でさえ"最高"とはなんなのか?味?風味?それとも産地か・・・と定義があいまいなのだ。それゆえに「目的」の達成が困難になっているのだ。それをこのソムリエが探すというのだ。到底無理な話なのだ・・・
それを聞いたカーヴは手を頬に当てしばらく考えいた・・・
「ふむ・・・わかりました。そのオーダー承りましょう」
「ほう・・・この注文を受けるというのか?」
しばらく考えていたカーヴの返答はこの注文を受けるというものだった。
私はカーヴが断るものだと思っていたので、少し意表をつかれた。
こんな意地の悪い注文など受けないと思っていたが、まさかな・・・・
「しかし、あいにくレゼルバ様を納得させる様なワインが現在ございません
ですので、"最高"のワインを探すお時間をいただけないでしょうか?」
「・・・分かった。では一週間後のこの時間またこの店に出向く。それまでに用意するのだ"最高"のワインを。
「だが、私ばかりでは不公平だな・・・そうだな・・・もし、もし万が一にでも私を満足させるワインをお前が出したらそのときは一つ何でもお前の言うことを聞いてやろう」
「よろしいのですか?」
「ああ、かまわん。私とお前の約束だ・・・だが、これだけは言っておく。あまり私をガッカリさせない様にな・・・さもなくば・・・わかっているな?」
そう言って私は軽くカーヴを睨み付ける
「かしこまりました。」
カーヴはそれに動じることなく私に返事をする。
「ふん・・・また来る」
「ありがとうございました」
そう言って私は席を立ち、店から出て行った。
・・・あの睨みに別に深い意味は無い。一週間後出されたワインが期待はずれなら命までは取らないが、気を失うくらい血を吸ってやるという意味を込めただけだ・・・
どう転んだとしても私にデメリットは無い。
何せこの"賭け"は最初から勝敗が決まっているようなものだ・・・あいつが出してきたワインを"最高"と認めなければ良いのだ。
あとは私の気分次第だ・・・
「さて・・・あのソムリエの・・・カーヴのお手並み拝見と行こうか・・・」
そう呟いて私は夜の闇に消えていった・・・・・
・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そして、あれから一週間が経過した・・・
約束通り、日が変わるか変わらないかという時間にカーヴの店までやって来た
前回とは違い、カーヴはいなかったが、変わりに店の前の看板には「貸切」と書かれていた・・・おそらく私の為に用意したのだろう・・・
私はおもむろに店のドアを開ける
「お待ちしておりました。レゼルバ様」
店に入ってすぐにあいつの・・・カーヴの声が聞こえた。
「ふん・・・首は洗っておいたか?カーヴよ・・・」
「ええ、しっかりと準備できております」
そう言ってカーヴはボトルと取り出す。このワインがカーヴが選んだ"最高"らしい・・・
カーヴは手馴れた手つきでワイングラスを用意し、グラスへワインを注いでいく。注がれたワインはどうやらその色から赤ワインの様だ。
ワインがある程度グラスに注がれるとカーヴはボトルをグラスから放し、私へグラスを渡す・・・
「お待たせいたしました・・・こちらが私の用意した"最高"のワインにございます」
私は差し出されたワイングラスを持ちグラスを振ることでワインの香りを確認する。
「ふむ・・・確かに香りは良いな・・・間違いなく"良い"ワインだろう・・・しかし・・・」
所詮"良い"ワインにすぎない・・・"最高"ではないにきまっている・・・そう心の中で思っていた。そしてカーヴにどういった"罰"を与えるか考えていた・・・
「どうぞお召し上がりください」
「・・・ではいただこう・・・」
私はグラスに口をつけ、ワインを味わう
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ツー・・・・・ポタッ・・・ポタッ・・・・ポタッ・・・・・・・
「どうして・・・私は"泣いて"いるのだ・・・・」
「どうして・・・・・・こんなに胸が暖かいのか・・・・!」
「どうして・・・・どうしてこんなに"懐かしい"気持ちになるのだ・・・・!!!」
ワインを飲んだ直後は確かに私が味わった中でも最高級のワインの味がしたのだ・・・だが、それだけであれば私の"勝ち"であった・・・
しかし・・・ワインを味わった直後から異変が起こった・・・
突然胸が暖かく、むしろ熱いくらいに体が暖まったのだ。いくらアルコール飲料のワインであっても、私にに限ってこんなに酔いが早く回るハズは無い。私にとってもはじめての体験であった・・・
次に私に襲い掛かったのは懐かしさ・・・
幼少を過ごした我が故郷クリューゲルの景色・・・我が家・・・
そしてお父様、お母様と過ごす私・・・
私の流した涙はまるで私の「想い出」が溢れ出ているかのようだった・・・
「このワインは・・・いったい何なのだ・・・・?」
しばらくして、落ち着いた私はこのワインの正体をカーヴへたずねた。
「このワインはとある高名な方よりいただいたのです・・・」
「私はレゼルバ様の御注文後思案した私はあるお方に相談をいたしました・・・」
〜〜数日前〜〜
「こんばんは」
「いらっしゃいませ・・・おおっこれはミリア様。お久しゅうございます。」
数日前店に入られたのは魔王様の御令嬢であられるミリア様でした。
「ええ・・・久しぶりね・・・手紙で返事しようかと思ったけれど、折角だし久しぶりに貴方のお店でおいしいワインをいただきに行くのも悪くないなと思ったから」
「光栄でございます。」
「それで、お手紙の件なんだけど、これはどうかしら?」
そう言ってミリア様は一本のボトルを私に手渡していただきました。
「・・・こっこれは!」
「さすがカーヴね。ボトルを見ただけでこれがどういうワインが分かったみたいね」
私は驚愕しました・・・私がミリア様よりいただいたワイン・・・これは勿論ただのワインではございませんでした・・・
「そう・・・これは魔王の・・・私のお母様が魔王になられた時記念に作られたワインなの」
「なんと・・・まさか伝説の代物が今私の手元にあるなんて・・・」
「伝説って大袈裟ね・・・」
大袈裟などではありません。このワインは「The king of darkness」、通称「魔王」と呼ばれ、我々ソムリエやワインに精通する者達の中でも伝説の一品として永らく語り継がれてきたのです。
ミリア様がおっしゃられた様に、前魔王と現魔王様との覇権争いに終止符が打たれた数十年前、現魔王様が即位された際に作られたといわれておりました。
そのワインは人間と魔物との「共存」の証として現魔王様に近しい方々、協力をした人間・魔物の方々がワインの原料となるブドウの木に魔力を注ぎ、その実より作られ、魔王様に近しい方にのみ配られたと言わております。それゆえにその価値は他のワインとはケタ違いであり、多くの偽物も出回り、このワインが伝説と言われる要因に拍車をかけているのです・・・我々の様な下々の者達が口にすることは愚か、そのボトルすら見ることは叶いません・・・
「まあ実際にモノ自体もいいのだろうけど、単に貰った人達の多くが"引きこもって"るから、余計"伝説"になっちゃってるのよね・・・」
「まっそれは置いておいて、カーヴの言う通り、これは正真正銘の「魔王」よ。わたしが直接"持ち主"に頼んで貰ってきたんだから」
「その方は一体?」
「それはねえ・・・」
「それは、レゼルバ様の御両親でございます・・・」
「私のお父様とお母様からの・・・??」
「はい、左様でございます。ミリア様がクリューゲル家、ミリア様の御両親を訪ね事情を説明したところ、このワインをとミリア様へと渡されたそうです・・・」
「確かにクリューゲルの主・・・私のお母様は先の大戦で現魔王様に協力をした数少ないヴァンパイアであった・・・お父様も魔王側についた勇者としてその中の一員で戦っていたと聞いていたが・・・まさか、この伝説の代物を所持していたなんて・・・」
「はい。レゼルバ様の母君は現魔王様の軍勢に所属し御活躍をされましたが、この「魔王」を手渡されたのはほんの僅かな方々です。しかし、クリューゲル様は"特別"にいただくことができたのです・・・何故なら・・・」
「その時既に母君はレゼルバ様を身ごもっていらっしゃったのです・・・」
「・・・・・!?」
「それを知った魔王様が記念にと、このワインを母君に差し上げたそうです」
「・・・・・・・」
「それから程なくしてレゼルバ様がお生まれになられたのです・・・」
「・・・・・・・」
「そしてレゼルバ様は健やかに成長され、跡継ぎとして充分な素養を身につけてまいられました」
「・・・・・・・」
「しかし、ある時レゼルバ様は最高のワイン探すとと家を出でしまわれました・・・」
「・・・・・・・」
「ミリア様のお話では音沙汰の無いレゼルバ様をお二人は随分と心配をなされていたそうです」
「・・・・・・・」
「だからこそ、このワインを渡してほしいとミリア様に渡されたそうです・・・いつかレゼルバ様と一緒に飲む日の為に・・・」
この"最高"のワインを"最愛"の娘へと・・・
「そして、この手紙を渡されたそうです・・・」
私はカーヴの差し出した手紙を受け取り、目を通した・・・
・・・その中には短く私への思いがつづられていた・・・
"たとえどんなに離れていても私もお父様もあなたの事を見守っています
そして、いつでもあなたの帰りを待っています"
〜私達の愛しいレゼルバへ〜
「うっううっっ・・・お母様ぁ・・・・お父様ぁ・・・・」
私は再び涙が止まらなくなった・・・そんなわたしに何もいわずにハンカチを差し出すカーヴ・・・私は人目もはばからず泣き続けた・・・
何故こんなにも胸が熱く、そして懐かしさが込み上げたのか・・・それはこのワインに込められた私に対する惜しげの無い"愛"に他ならなかった・・・
そして私はとうとう見つけたのだ・・・"最高"のワインとは何かという答えを・・・
「私の負けだな・・・」
「負けと申しますと・・・?」
「とぼけるな。約束したではないか、お前は私が要求した"最高"のワインを出す事ができれば、何でも一つお前の願いを聞いてやると・・・そしてお前は私の長年捜し求めていた"最高"のワインを出したのだ。」
「ということは・・・」
「お前の勝ちだ」
「ありがとうございます。」
「さあ、約束だ願いを聞いてやろう。」
「わかりました・・・そうですね・・・」
口約束とはいえ、約束は約束。ここで約束を破っては貴族の名が廃る。
このカーヴという男のことだ。それほど無茶な事を言うとは思わんが・・・
「決まりました」
「そうか、願いはなんだ?」
「はい。私をレゼルバ様の下僕にしてください」
「何だそんなことか・・・もっと他の願い事は・・・・・・・・・は?」
「今何と言った?」
「はい。レゼルバ様の下僕になりたいと」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
私は一瞬思考が停止する
「なっなななななな・・・・・!!!!?!??!なんという事をいうのだ貴様はあああああ!!!!」
「?おかしなことでしょうか??」
「いっいや・・・おかしくはない・・わっ私の魅力に魅了されるのは当然のことだが・・・その・・・何故・・・いきなり下僕になりたいだのと・・・」
「・・・初めてお会いしたときから既にレゼルバ様にお心を奪われておりました・・・しかし、それは叶わぬ想いであると思っておりましたが、天は私にチャンスを与えていただきました。それが、あの約束です・・・もし、レゼルバ様を納得させられるワインをお出しできたら、この想いを告げるのだと・・・」
「な・・・・・・なにをいって・・・///////」
私は先程の時とは違う意味で胸が熱くなっていた・・・胸が高鳴るということはこういうことか・・・
「・・・私のこの想い・・・受け取っていただけないでしょうか?」
「・・・よっ良いのか?私の下僕になるということはすなわち人の道を外れるということだ・・・今までお前が積み上げてきたソムリエとして功績や人間としての人生を捨てるのだぞ?」
「・・・構いません・・・ソムリエという肩書きに未練はありません・・・それに、ソムリエという肩書きなどなくても、私がワインを好きなことには変わりありません。しかし私はワインではなく、美しく高貴で、それでも尚少女の様な繊細さを持ちあわせるレゼルバ様の事を・・・愛してしまったのです/////」
「くっ///はっ歯の浮くようなセリフを並べおって//////・・・本当によいのだな?」
「この想いに偽りはございません!この身朽ち果てるまでレゼルバ様に仕えることをここに誓います!!」
再び問う私にカーヴは力強く誓いを立てる・・・
「ふっ・・・まったく・・・喰えぬ奴だとは思っていたが・・・まさかこの様なことになるとはな・・・しかし・・・最高のソムリエが私の"下僕"としてはこの上なくふさわしいではないか・・・」
「ならばその誓い、しかと受け止めた!!カーヴ=ウィンテージよ、これより我の下僕として仕えるがいい!!!」
「ありがとうございます!!!」
カーヴは膝をつき深々と頭を下げる
「では、誓いの"証"を貴様からいただこう・・・」
そう言って私はカーヴに近づく・・・
「誓いの・・・・証・・・・?」
顔を上げ、立ち上がったカーヴはいまいち理解していない表情を浮べる
私はカーヴに近づき顎に手を沿えて呟く
「ふ・・・忘れたか?我はヴァンパイア・・・貴様の中に流れるその"赤き滾り"を我に差し出すことが、"証"だ・・・」
微笑む口から鋭い牙がむき出しとなり、店内の光で鈍く光る・・・
「・・・はい・・・」
その意味を悟ったカーヴは自らの上着をはだけ、首筋をあらわにする・・・
「ふふ・・・やはり貴様からは上物のワインの様ないい香りがする・・・♪嗅いでいるだけで酔ってしまいそうだ・・・♪♪」
そういいながら私はカーヴの首筋へを顔を近づけていく・・・
ふっ・・・どうやら私もお前に惚れてしまったようだな・・・
さあ・・・・味あわせてもらおうか・・・
貴様の"赤ワイン"を・・・・・
「ふふっ・・・・」
「?どうかなされました??」
「いや、少し昔を思い出していただけだ・・・お前と・・・カーヴと出会った頃をな・・・」
「・・・左様でございましたか・・・」
「あっという間であったな・・・」
「ええ・・・」
・・・あの誓いを交わした日から現在数年の年月が経っていた・・・
あの日カーヴははれて私の"下僕"となり、私達は・・・その・・・そのまま「結ばれ」て・・・/////って私は何をいっているのだ!?!?
ゴホン!それとは私はある決意していた。
それは実家へと戻ることだ・・・
あのワインを飲んで私は改めてお母様やお父様の愛を再認識し、そしてカーヴという"下僕"を仕えさせた今、けじめをつけるときが来たのだと考えたのだ・・・
「・・・カーヴ、私は実家に帰ろうと思う・・・お母様とお父様からいただいたあのワインの感想を伝えたいんだ・・・」
「左様でございますか・・・大丈夫です・・・レゼルバ様にはカーヴがついております」
「ふん・・・先日下僕になったばかりのお前が言うではないか」
「恐れ入ります。では準備をいたしましょう」
「・・・そうだな」
それからカーヴは自分の店をたたみ、私と共に故郷の魔界クリューゲルへ旅立った・・・
そして、実家にて久しぶりに再会したお母様とお父様に私の想いを告げ、そして改めてクリューゲル家の次期当主として教育を一から受けなおしてもらう決意を伝えた・・・そしてあのワイン「魔王」をお父様、お母様、そしてカーヴとで飲むこともできた・・・少しだけ照れくさかったが、初めて飲んだときよりも美味だったのはいうまでも無い。
そしてそれから数年たった今、私はお母様より正式に次期当主として認められ、現在は私がクリューゲル家の当主となった。
その頃にはカーヴも完全なインキュバスとなった為、最早"下僕"ではなく、私の"夫"、伴侶として私を支えてくれているかけがいの無い存在だ。
「たまにふと思うのだ・・・あの日・・・私がお前の店を見つけなければ、どうなっていたのだろうな・・・いまだに"最高"のワインを求めて彷徨い続けていたのだろうか・・・?」
「レゼルバ様・・・」
「ふっ・・・そんなことは所詮結果論に過ぎん。今のここにいる私が真実だ。・・・無論お前がいることもな・・・」
ガバッ
「なっ!?!?!?」
目の前が一瞬暗くなったと思った次の瞬間カーヴが私に抱きついてきいた・・
「なっなにをする!?」
「・・・大丈夫・・・僕はどこにも行かないよ・・・絶対レゼを支え続けるから・・・ずっと守るから・・・」
「・・・・・・!!」
突然抱きついてきたことと、カーヴの口調が変わっていたことに驚きつつも、私は胸が熱くなるのを感じた・・・
ああ・・・また「あの時」と同じだ・・・
「ああ・・・約束だ・・・」
そう言って私はカーヴと口付けを交わす・・・
そして、二人はそのままベッドへと向かう・・・
「ふふ♪・・・まったくしょうがない奴だ・・・♪」
「さあ、今宵も味あわせてもらおうではないか・・・"お前"という名の"最高"のワインをな♪」
〜THE END〜
主としてブドウの果汁を発酵させたアルコール飲料であり、葡萄酒(ぶどうしゅ)とも呼ばれる。
古くから貴族のたしなむ高級酒として、または下僕である人間共の大衆酒として、この世界の様々な地域で幅広く生産・流通されてきた。
今私の目の前の「ふたつ」のグラスに注がれるこの赤みがかった液体がそうだ。
その色はまるで我々"ヴァンパイア"が欲する"血"を連想させ、古くからヴァンパイアの嗜好品として嗜まれてきた。
その中でも私、レゼルバは同族の者の中でも特にワインに対する強いこだわりを持っていた。
ワインといっても種類・製造方法・生産地域は様々でどれひとつ同じものなど存在しない。
その奥深さの虜となった私は欲しいと思ったワインであれば魔界はもちろん親魔物・反魔物領に関わらず人間界へと降り、自らの舌で味わい、手に入れていた。
そんな私を変わり者と呼ぶものもいたが、私は意に介さなかった。
やがてグラスへ注がれていたワインがグラスから離され、ワインをグラスへ注いでいた若い給仕(ソムリエ)が口を開く
「レゼルバ様、本日御用意させてただいたワインはレスカティエ産赤ワイン50年物でございます」
銀髪と妖しい光を放つ紅き瞳、絶世の美女と言っても過言ではない整った容姿・・・そして漆黒のマントを身にまとったヴァンパイア・・・レゼルバはソムリエの用意したワインをみて感想を言う
「ほう、なかなかの代物じゃないか。しかし、レスカティエか・・・よく手に入ったな」
「はい。先日レスカティエ教国が魔界第四王女デルエラ様によって陥落し、魔界国家となりました。その影響で今後レスカティエ産ワインは出回らなくなった為、現在市場に出回っているレスカティエ産ワインの値段が高騰しております。それを見越してあらかじめ入手先を確保しておりましたので・・・」
「相変わらず抜かりないな。魔界となった土地には魔界の作物しか育たん。そうなれば原材料のブドウももう栽培できまい・・・レスカティエのワインの歴史もここで終わりだな・・・」
「誠に残念ではございますが・・・しかし、今後は虜の果実等を用いたワインの製造がされると思われます。そこで、今回はレスカティエの終結と新たなレスカティエの繁栄を祈願してワインを選ばさせていただきました」
「ふ・・・そうだな・・・歴史とは栄枯盛衰の繰り返し・・・これは避けられぬ運命であったといわざるを得まい・・・カーヴせっかくだ一緒に飲もうではないか」
「よろしいのですか?」
「二度も言わせるな。何の為にグラスを二つ用意させたと思っているのだ」
「かしこまりました」
私はそういってソムリエ、カーヴを私の対面に座らせた
「・・・いいかげんその口調はなんとかならないのか?」
「この口調がもうクセになってしまっているので・・・」
「ふう・・・人間であった頃であればそれで良かったが、今はもうお前はインキュバス化しておるのだ。他のヴァンパイア共からとやかく言われることもない。正真正私の"夫"なのだぞ。その・・・なんだ、もっとこう・・・私のことを呼び捨てにしても・・・良いのだぞ・・・/////」
「そっそれは・・・その・・・今後の課題・・・ということで/////」
「まっまあ良い・・・/////」
「でっでは、乾杯の音頭をとらせてもらおうぞ。レスカティエの終結と繁栄を願って・・・」
「「乾杯」」
まったく・・・どうしてこんな男に私は惚れてしまったのだろうな・・・
そんな男に出会ったのは今から数年前に遡る・・・
あれは私が"最高"のワインを探す旅をしていた時だ・・・
世界中からワインを手に入れ味わって来たが、どれも私の理想とする"最高"のワインではなかった・・・
いつか"最高"のワインと手に入れる・・・それが私の生きがいとなっていた。
そして私は父と母の反対を押し切って半ば家出同然で旅に出た
"最高"のワインを見つけるために・・・
そんな旅の最中、出会ったのが我が夫カーヴだ。
人間だった頃のカーヴはとある親魔物領国を代表するソムリエだった。
私も名前くらいは聞いたことがある程度であったが、偶然ワイン探しをしていた際にカーヴが住む国へ立ち寄り、カーヴが経営しているバーを見つけたのだ。そしてふとその店に立ち寄ったこれがすべての始まりだ。
その日の夜、月の光に映える今宵もとある親魔物領にて夜の散歩をしていた・・・
〜数年前〜
「今日はもう店じまいか?」
「いえ、構いませんよ。いらっしゃいませ、どうぞ中へ」
店員とおぼしき男に店内に案内された私はカウンター席に座った。男はそのままカウンターの対面に立った。他に客はなく、私一人であった。
「私一人だけの様だが良かったのか?」
「遠方よりお越しいただいたヴァンパイアのお客様をお断りするほど無粋ではありませんよ」
「・・・何故私がヴァンパイアだと・・・?」
「貴方の羽織っていらっしゃるそのマントの家紋はヴァンパイアの名家クリューゲル家の家紋でございます。そうなればヴァンパイアの方に違いないのではないかと・・・」
「ほう、よく気がついたものだ。人間で我々魔界貴族の家紋等知っているものなどほとんどおらぬはずだが・・・」
「私はソムリエになる為の修行として世界各地のワイン名所を数年ほどかけて転々としていました。当然魔界の名所巡りもいたしましたので、その時に拝見したものを覚えておりました」
「成程な・・・ん?今ソムリエといったな??ということはお前が・・・」
「はい、私がこの店の店長でソムリエのカーヴ=ウィンテージにございます」
「ほう・・・お主があのソムリエマスターの・・・思ったよりも若いのだな」
「ええ、よく言われます」
「私の自己紹介が遅れたな。私はレゼルバ、レゼルバ=グラン=クリューゲルだ。おぬしの言った通り、確かに私はクリューゲル家「元」次期当主だ。・・・まあ家を飛び出した今となっては意味のない名乗りだがな・・・」
「左様でございましたか・・・何故その様な事を?もしよろしければ聞かせていただけないでしょうか?」
「ふん・・・随分図々しいのだな・・・だがまあいい、隠す程の事でもない。気品だの、なんだの堅苦しい事に少し嫌気が差したのだ。なにより私には「目的」があったからな。家をだから飛び出したのだ」
「その目的とは一体?」
「私の目的は・・・」
そこで私はふと思い立った。
「・・・・ふむ・・・・これもいい機会だな・・・」
「?」
私が独り納得してたので、カーヴはどうしたのだろう?といった表情を浮べている。
「カーヴ、そういえば私はまだ注文をしていなかったな」
「はい、まだ伺っておりませんが・・・」
それを聞いた私はニヤリと微笑む。軽く吊った口の端から白い牙がむきだした。
「ではカーヴに命ずる。私の欲している"最高"のワインを用意しろ」
「・・・"最高"のワイン・・・ですか・・・??」
「そうだ。私が今一番欲しているワインだ。私の目的とは"最高"のワインを探すこと・・・しかしなかなか見つからなくてな・・・そこでお主に見つけてほしいのだ私が求めてやまない"最高"のワインをな・・・」
・・我ながら無理難題を突きつけたものだ。「最高級」のワインであればこの店や市場に出回っている最高級のワインを用意すればいい。
しかし、「最高」のワインとなれば話は別だ。今日初めて来た客、それも「最高」のとなれば基準となるものがまったくないのだ。
私自身でさえ"最高"とはなんなのか?味?風味?それとも産地か・・・と定義があいまいなのだ。それゆえに「目的」の達成が困難になっているのだ。それをこのソムリエが探すというのだ。到底無理な話なのだ・・・
それを聞いたカーヴは手を頬に当てしばらく考えいた・・・
「ふむ・・・わかりました。そのオーダー承りましょう」
「ほう・・・この注文を受けるというのか?」
しばらく考えていたカーヴの返答はこの注文を受けるというものだった。
私はカーヴが断るものだと思っていたので、少し意表をつかれた。
こんな意地の悪い注文など受けないと思っていたが、まさかな・・・・
「しかし、あいにくレゼルバ様を納得させる様なワインが現在ございません
ですので、"最高"のワインを探すお時間をいただけないでしょうか?」
「・・・分かった。では一週間後のこの時間またこの店に出向く。それまでに用意するのだ"最高"のワインを。
「だが、私ばかりでは不公平だな・・・そうだな・・・もし、もし万が一にでも私を満足させるワインをお前が出したらそのときは一つ何でもお前の言うことを聞いてやろう」
「よろしいのですか?」
「ああ、かまわん。私とお前の約束だ・・・だが、これだけは言っておく。あまり私をガッカリさせない様にな・・・さもなくば・・・わかっているな?」
そう言って私は軽くカーヴを睨み付ける
「かしこまりました。」
カーヴはそれに動じることなく私に返事をする。
「ふん・・・また来る」
「ありがとうございました」
そう言って私は席を立ち、店から出て行った。
・・・あの睨みに別に深い意味は無い。一週間後出されたワインが期待はずれなら命までは取らないが、気を失うくらい血を吸ってやるという意味を込めただけだ・・・
どう転んだとしても私にデメリットは無い。
何せこの"賭け"は最初から勝敗が決まっているようなものだ・・・あいつが出してきたワインを"最高"と認めなければ良いのだ。
あとは私の気分次第だ・・・
「さて・・・あのソムリエの・・・カーヴのお手並み拝見と行こうか・・・」
そう呟いて私は夜の闇に消えていった・・・・・
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そして、あれから一週間が経過した・・・
約束通り、日が変わるか変わらないかという時間にカーヴの店までやって来た
前回とは違い、カーヴはいなかったが、変わりに店の前の看板には「貸切」と書かれていた・・・おそらく私の為に用意したのだろう・・・
私はおもむろに店のドアを開ける
「お待ちしておりました。レゼルバ様」
店に入ってすぐにあいつの・・・カーヴの声が聞こえた。
「ふん・・・首は洗っておいたか?カーヴよ・・・」
「ええ、しっかりと準備できております」
そう言ってカーヴはボトルと取り出す。このワインがカーヴが選んだ"最高"らしい・・・
カーヴは手馴れた手つきでワイングラスを用意し、グラスへワインを注いでいく。注がれたワインはどうやらその色から赤ワインの様だ。
ワインがある程度グラスに注がれるとカーヴはボトルをグラスから放し、私へグラスを渡す・・・
「お待たせいたしました・・・こちらが私の用意した"最高"のワインにございます」
私は差し出されたワイングラスを持ちグラスを振ることでワインの香りを確認する。
「ふむ・・・確かに香りは良いな・・・間違いなく"良い"ワインだろう・・・しかし・・・」
所詮"良い"ワインにすぎない・・・"最高"ではないにきまっている・・・そう心の中で思っていた。そしてカーヴにどういった"罰"を与えるか考えていた・・・
「どうぞお召し上がりください」
「・・・ではいただこう・・・」
私はグラスに口をつけ、ワインを味わう
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ツー・・・・・ポタッ・・・ポタッ・・・・ポタッ・・・・・・・
「どうして・・・私は"泣いて"いるのだ・・・・」
「どうして・・・・・・こんなに胸が暖かいのか・・・・!」
「どうして・・・・どうしてこんなに"懐かしい"気持ちになるのだ・・・・!!!」
ワインを飲んだ直後は確かに私が味わった中でも最高級のワインの味がしたのだ・・・だが、それだけであれば私の"勝ち"であった・・・
しかし・・・ワインを味わった直後から異変が起こった・・・
突然胸が暖かく、むしろ熱いくらいに体が暖まったのだ。いくらアルコール飲料のワインであっても、私にに限ってこんなに酔いが早く回るハズは無い。私にとってもはじめての体験であった・・・
次に私に襲い掛かったのは懐かしさ・・・
幼少を過ごした我が故郷クリューゲルの景色・・・我が家・・・
そしてお父様、お母様と過ごす私・・・
私の流した涙はまるで私の「想い出」が溢れ出ているかのようだった・・・
「このワインは・・・いったい何なのだ・・・・?」
しばらくして、落ち着いた私はこのワインの正体をカーヴへたずねた。
「このワインはとある高名な方よりいただいたのです・・・」
「私はレゼルバ様の御注文後思案した私はあるお方に相談をいたしました・・・」
〜〜数日前〜〜
「こんばんは」
「いらっしゃいませ・・・おおっこれはミリア様。お久しゅうございます。」
数日前店に入られたのは魔王様の御令嬢であられるミリア様でした。
「ええ・・・久しぶりね・・・手紙で返事しようかと思ったけれど、折角だし久しぶりに貴方のお店でおいしいワインをいただきに行くのも悪くないなと思ったから」
「光栄でございます。」
「それで、お手紙の件なんだけど、これはどうかしら?」
そう言ってミリア様は一本のボトルを私に手渡していただきました。
「・・・こっこれは!」
「さすがカーヴね。ボトルを見ただけでこれがどういうワインが分かったみたいね」
私は驚愕しました・・・私がミリア様よりいただいたワイン・・・これは勿論ただのワインではございませんでした・・・
「そう・・・これは魔王の・・・私のお母様が魔王になられた時記念に作られたワインなの」
「なんと・・・まさか伝説の代物が今私の手元にあるなんて・・・」
「伝説って大袈裟ね・・・」
大袈裟などではありません。このワインは「The king of darkness」、通称「魔王」と呼ばれ、我々ソムリエやワインに精通する者達の中でも伝説の一品として永らく語り継がれてきたのです。
ミリア様がおっしゃられた様に、前魔王と現魔王様との覇権争いに終止符が打たれた数十年前、現魔王様が即位された際に作られたといわれておりました。
そのワインは人間と魔物との「共存」の証として現魔王様に近しい方々、協力をした人間・魔物の方々がワインの原料となるブドウの木に魔力を注ぎ、その実より作られ、魔王様に近しい方にのみ配られたと言わております。それゆえにその価値は他のワインとはケタ違いであり、多くの偽物も出回り、このワインが伝説と言われる要因に拍車をかけているのです・・・我々の様な下々の者達が口にすることは愚か、そのボトルすら見ることは叶いません・・・
「まあ実際にモノ自体もいいのだろうけど、単に貰った人達の多くが"引きこもって"るから、余計"伝説"になっちゃってるのよね・・・」
「まっそれは置いておいて、カーヴの言う通り、これは正真正銘の「魔王」よ。わたしが直接"持ち主"に頼んで貰ってきたんだから」
「その方は一体?」
「それはねえ・・・」
「それは、レゼルバ様の御両親でございます・・・」
「私のお父様とお母様からの・・・??」
「はい、左様でございます。ミリア様がクリューゲル家、ミリア様の御両親を訪ね事情を説明したところ、このワインをとミリア様へと渡されたそうです・・・」
「確かにクリューゲルの主・・・私のお母様は先の大戦で現魔王様に協力をした数少ないヴァンパイアであった・・・お父様も魔王側についた勇者としてその中の一員で戦っていたと聞いていたが・・・まさか、この伝説の代物を所持していたなんて・・・」
「はい。レゼルバ様の母君は現魔王様の軍勢に所属し御活躍をされましたが、この「魔王」を手渡されたのはほんの僅かな方々です。しかし、クリューゲル様は"特別"にいただくことができたのです・・・何故なら・・・」
「その時既に母君はレゼルバ様を身ごもっていらっしゃったのです・・・」
「・・・・・!?」
「それを知った魔王様が記念にと、このワインを母君に差し上げたそうです」
「・・・・・・・」
「それから程なくしてレゼルバ様がお生まれになられたのです・・・」
「・・・・・・・」
「そしてレゼルバ様は健やかに成長され、跡継ぎとして充分な素養を身につけてまいられました」
「・・・・・・・」
「しかし、ある時レゼルバ様は最高のワイン探すとと家を出でしまわれました・・・」
「・・・・・・・」
「ミリア様のお話では音沙汰の無いレゼルバ様をお二人は随分と心配をなされていたそうです」
「・・・・・・・」
「だからこそ、このワインを渡してほしいとミリア様に渡されたそうです・・・いつかレゼルバ様と一緒に飲む日の為に・・・」
この"最高"のワインを"最愛"の娘へと・・・
「そして、この手紙を渡されたそうです・・・」
私はカーヴの差し出した手紙を受け取り、目を通した・・・
・・・その中には短く私への思いがつづられていた・・・
"たとえどんなに離れていても私もお父様もあなたの事を見守っています
そして、いつでもあなたの帰りを待っています"
〜私達の愛しいレゼルバへ〜
「うっううっっ・・・お母様ぁ・・・・お父様ぁ・・・・」
私は再び涙が止まらなくなった・・・そんなわたしに何もいわずにハンカチを差し出すカーヴ・・・私は人目もはばからず泣き続けた・・・
何故こんなにも胸が熱く、そして懐かしさが込み上げたのか・・・それはこのワインに込められた私に対する惜しげの無い"愛"に他ならなかった・・・
そして私はとうとう見つけたのだ・・・"最高"のワインとは何かという答えを・・・
「私の負けだな・・・」
「負けと申しますと・・・?」
「とぼけるな。約束したではないか、お前は私が要求した"最高"のワインを出す事ができれば、何でも一つお前の願いを聞いてやると・・・そしてお前は私の長年捜し求めていた"最高"のワインを出したのだ。」
「ということは・・・」
「お前の勝ちだ」
「ありがとうございます。」
「さあ、約束だ願いを聞いてやろう。」
「わかりました・・・そうですね・・・」
口約束とはいえ、約束は約束。ここで約束を破っては貴族の名が廃る。
このカーヴという男のことだ。それほど無茶な事を言うとは思わんが・・・
「決まりました」
「そうか、願いはなんだ?」
「はい。私をレゼルバ様の下僕にしてください」
「何だそんなことか・・・もっと他の願い事は・・・・・・・・・は?」
「今何と言った?」
「はい。レゼルバ様の下僕になりたいと」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
私は一瞬思考が停止する
「なっなななななな・・・・・!!!!?!??!なんという事をいうのだ貴様はあああああ!!!!」
「?おかしなことでしょうか??」
「いっいや・・・おかしくはない・・わっ私の魅力に魅了されるのは当然のことだが・・・その・・・何故・・・いきなり下僕になりたいだのと・・・」
「・・・初めてお会いしたときから既にレゼルバ様にお心を奪われておりました・・・しかし、それは叶わぬ想いであると思っておりましたが、天は私にチャンスを与えていただきました。それが、あの約束です・・・もし、レゼルバ様を納得させられるワインをお出しできたら、この想いを告げるのだと・・・」
「な・・・・・・なにをいって・・・///////」
私は先程の時とは違う意味で胸が熱くなっていた・・・胸が高鳴るということはこういうことか・・・
「・・・私のこの想い・・・受け取っていただけないでしょうか?」
「・・・よっ良いのか?私の下僕になるということはすなわち人の道を外れるということだ・・・今までお前が積み上げてきたソムリエとして功績や人間としての人生を捨てるのだぞ?」
「・・・構いません・・・ソムリエという肩書きに未練はありません・・・それに、ソムリエという肩書きなどなくても、私がワインを好きなことには変わりありません。しかし私はワインではなく、美しく高貴で、それでも尚少女の様な繊細さを持ちあわせるレゼルバ様の事を・・・愛してしまったのです/////」
「くっ///はっ歯の浮くようなセリフを並べおって//////・・・本当によいのだな?」
「この想いに偽りはございません!この身朽ち果てるまでレゼルバ様に仕えることをここに誓います!!」
再び問う私にカーヴは力強く誓いを立てる・・・
「ふっ・・・まったく・・・喰えぬ奴だとは思っていたが・・・まさかこの様なことになるとはな・・・しかし・・・最高のソムリエが私の"下僕"としてはこの上なくふさわしいではないか・・・」
「ならばその誓い、しかと受け止めた!!カーヴ=ウィンテージよ、これより我の下僕として仕えるがいい!!!」
「ありがとうございます!!!」
カーヴは膝をつき深々と頭を下げる
「では、誓いの"証"を貴様からいただこう・・・」
そう言って私はカーヴに近づく・・・
「誓いの・・・・証・・・・?」
顔を上げ、立ち上がったカーヴはいまいち理解していない表情を浮べる
私はカーヴに近づき顎に手を沿えて呟く
「ふ・・・忘れたか?我はヴァンパイア・・・貴様の中に流れるその"赤き滾り"を我に差し出すことが、"証"だ・・・」
微笑む口から鋭い牙がむき出しとなり、店内の光で鈍く光る・・・
「・・・はい・・・」
その意味を悟ったカーヴは自らの上着をはだけ、首筋をあらわにする・・・
「ふふ・・・やはり貴様からは上物のワインの様ないい香りがする・・・♪嗅いでいるだけで酔ってしまいそうだ・・・♪♪」
そういいながら私はカーヴの首筋へを顔を近づけていく・・・
ふっ・・・どうやら私もお前に惚れてしまったようだな・・・
さあ・・・・味あわせてもらおうか・・・
貴様の"赤ワイン"を・・・・・
「ふふっ・・・・」
「?どうかなされました??」
「いや、少し昔を思い出していただけだ・・・お前と・・・カーヴと出会った頃をな・・・」
「・・・左様でございましたか・・・」
「あっという間であったな・・・」
「ええ・・・」
・・・あの誓いを交わした日から現在数年の年月が経っていた・・・
あの日カーヴははれて私の"下僕"となり、私達は・・・その・・・そのまま「結ばれ」て・・・/////って私は何をいっているのだ!?!?
ゴホン!それとは私はある決意していた。
それは実家へと戻ることだ・・・
あのワインを飲んで私は改めてお母様やお父様の愛を再認識し、そしてカーヴという"下僕"を仕えさせた今、けじめをつけるときが来たのだと考えたのだ・・・
「・・・カーヴ、私は実家に帰ろうと思う・・・お母様とお父様からいただいたあのワインの感想を伝えたいんだ・・・」
「左様でございますか・・・大丈夫です・・・レゼルバ様にはカーヴがついております」
「ふん・・・先日下僕になったばかりのお前が言うではないか」
「恐れ入ります。では準備をいたしましょう」
「・・・そうだな」
それからカーヴは自分の店をたたみ、私と共に故郷の魔界クリューゲルへ旅立った・・・
そして、実家にて久しぶりに再会したお母様とお父様に私の想いを告げ、そして改めてクリューゲル家の次期当主として教育を一から受けなおしてもらう決意を伝えた・・・そしてあのワイン「魔王」をお父様、お母様、そしてカーヴとで飲むこともできた・・・少しだけ照れくさかったが、初めて飲んだときよりも美味だったのはいうまでも無い。
そしてそれから数年たった今、私はお母様より正式に次期当主として認められ、現在は私がクリューゲル家の当主となった。
その頃にはカーヴも完全なインキュバスとなった為、最早"下僕"ではなく、私の"夫"、伴侶として私を支えてくれているかけがいの無い存在だ。
「たまにふと思うのだ・・・あの日・・・私がお前の店を見つけなければ、どうなっていたのだろうな・・・いまだに"最高"のワインを求めて彷徨い続けていたのだろうか・・・?」
「レゼルバ様・・・」
「ふっ・・・そんなことは所詮結果論に過ぎん。今のここにいる私が真実だ。・・・無論お前がいることもな・・・」
ガバッ
「なっ!?!?!?」
目の前が一瞬暗くなったと思った次の瞬間カーヴが私に抱きついてきいた・・
「なっなにをする!?」
「・・・大丈夫・・・僕はどこにも行かないよ・・・絶対レゼを支え続けるから・・・ずっと守るから・・・」
「・・・・・・!!」
突然抱きついてきたことと、カーヴの口調が変わっていたことに驚きつつも、私は胸が熱くなるのを感じた・・・
ああ・・・また「あの時」と同じだ・・・
「ああ・・・約束だ・・・」
そう言って私はカーヴと口付けを交わす・・・
そして、二人はそのままベッドへと向かう・・・
「ふふ♪・・・まったくしょうがない奴だ・・・♪」
「さあ、今宵も味あわせてもらおうではないか・・・"お前"という名の"最高"のワインをな♪」
〜THE END〜
15/01/11 22:37更新 / KOJIMA