二人のとある日常〜レド編〜
「ふう……」
早朝、街の住人が目を覚ましだす時間帯に
俺――レイド・オルデナ――通称レドは、両親の経営する酒場『ハング・アウト』の厨房にて今日の分の食材の下ごしらえをしていた。
(魔界豚の切り分けはもう終わったし、虜の果実シャーベットの在庫も十分、
後は今日の夜に頼まれているパーティ用の追加分だけ
残りの分は母さんと他の奴らに任せておけばいいか……よし)
そう考えをまとめて調理器具と手を洗い、作業着から着心地の良く、通気性のいいシャツと短パンに着替えて店の裏口に向かい、靴を履いて外に出ようとすると、部屋から出てきた俺の母さん――フェリス母さんとまだ半分寝ている、ここに住み込みで働いているサハギンのニカがやってきた。母さんが声をかけてくる。
「おはよう、レド、これからいつもの特訓?」
「…………おはよ……」
「おはよう、母さんにニカ、俺の分はやったからもう行ってくる
……ハルセはまだなのか?」
「…………まだ……寝てる……」
「そっか、じゃあ、行ってくる」
「ええ、いってらっしゃい」
「…………いってら〜……」
二人に見送られ、外に出る
季節は夏に入りかけようとしているが、この時間帯ならまだ暑くない
通りの人通りもほとんどなく日課の特訓をするにはちょうどいい環境だ。
まずは軽く準備運動をして、体をほぐす、これをやっておかないと夜に筋肉痛で
ひいひい言う羽目になるので地味に重要だ。準備運動も終わったので、まずは木刀をもって素振りと型の練習。
ある程度やったら次に体術の練習、基本となる動作を一通りやってから、
今度は片手で剣を持ち、もう片方の拳で相手に奇襲をかける、という状況を想定し何種類も型を試していく、
完全に体が温まり、時間もちょうど頃合いなので一旦水分を補給してからランニングへ
ほおに当たる初夏の早朝の風が心地よさを感じながらゆっくりと走ること数分、
後ろから聞きなれたトーンでいつものように俺に声をかけてくる奴が一人。
振り返ってその姿を確認する。目に飛び込んできたのは一人のよく見知った女性の姿。
俺と同じ様なチュニックと短パンに身を包み、短く刈り込んだ小麦色の髪とその横髪から突き出た水かきの様な耳、大きく鋭い爪を持った足に緑の鱗に覆われた腕、臀部から伸びる緑色の太く大きな尻尾。そして力強い輝きを宿す青色の瞳。―――――――――
「おはよう、レド」
「ああ、おはよう、リナ」
俺の幼馴染にして親友、そして同じ師匠に師事した姉弟子にして―――――――――――-―――――俺が恋い焦がれる人、リザードマンのリナだった。
俺とリナは俺の家から歩いて十分くらいの公園で、ランニングの休憩がてらに二人で横になっておしゃべりをしながら歩いていた。
「今日うちでやるパーティのことについてだが、時間通りに配達に来れそうか?」
「問題ない、既にほとんど準備は終わってるからな」
「そうか、流石はレドだ、抜かりがないな」
「当然だ」
フッ、と笑みをこぼして言う彼女にこちらも同じように笑みを返しながら答える。
俺の顔が褒められてにやけて無いかどうか心配だが。
「わざわざ作ってもらって悪いな、いつもより早めに起きたんじゃないのか?」
「まあな、とはいえいつもの作業量がちょっと増えた程度だし、気にすることはないさ
それに、お前のお父さんには店のことでいろいろ世話になってるし、お互い様だよ」
リナのお父さんは昔、凄腕の冒険者でリナのお母さん――俺の剣の師匠でもある――とコンビを組んで数々のダンジョンを攻略したそうだ。結婚してリナを授かってからは、色々な事情があってこの街に流れ着き、今ではこの街の冒険者ギルドのギルドマスターをやっている。そして、そこのギルドの人たちにうちの店を紹介してくれているのだ。
ちなみにリナも自警団の仕事の休憩時間にちょくちょく来てくれる。
「ありがとう……そういえば、レドは参加しないのか?」
「ああ、店のことがあるし、お前の道場の現門下生達のパーティだろ?
引退してもう部外者の俺が出る幕じゃない」
「いや、しょっちゅう私に決闘しにきて、全員に顔と名前憶えられてるだろお前
これで何回目だ」
「さあ? 20回辺りから数えるのやめたから、正確にはわからないけど…………
……三桁いったんじゃないか?」
「ホント……こりないな」
「まあな」
自分でもこりない奴だ、とは思うが仕方ない、彼女が強いんだから。彼女は俺より強いのに俺より多くの鍛錬を積んでいる。自警団の仕事も、道場の手伝いもあって条件は俺と同じようなものなのに。もしも俺が彼女と同じリザードマンだったら、なんて考えも何回起こしたかわからないでも、男の魔物なんて聞いたことないし、俺はそもそも人間だ。
もう、自分がどれだけ成長しようにも彼女の成長には追いつけない、だったら…………何度も挑戦して、何回も負けて、何回でも戦い方を考えて、
その先にあるはずの、か細い勝利の糸をつかむという奇跡をなすだけだ。
そのためなら、どんなことだってできる。
「で、本当に参加しないのか?」
「ああ、……本当は参加したい気持ちもあるんだが、生憎のところ、親父がいなくて人員に余裕がないんだ、それにニカの事が心配でな、あまり店を開けておきたくない」
「ふーん」
つまらなそうな返事と共にリナが早足になる。あ、まずい、これリナが不機嫌になった時の合図だ。あわてて歩調を合わせて理由を説明する。
「いやな? この前、飲みすぎた酔っ払いにからまれてから、ニカが酒飲んでる客に対してちょっと怯えててな、うち居酒屋だからそういうのまずいだろ? だからハルセとあの時間帯見張ってるんだよ」
「そうか、それなら仕方ないな」
事情を聞いてひとまず納得したのか、歩くペースと機嫌が元に戻る。やれやれ…………
「あ、でも配達ついでに、今日も決闘申し込みに行くんでよろしくな」
「そっちはやるのか!? 」
「当たり前だ」
「怪我して帰れなくなっても私は責任持たないからな……」
「怪我なら決闘したらいつもするだろ、主に俺が。それに…………」
「勝ったら帰らないって言ってあるし」
「前言撤回だ、責任をもって帰らせてやる」
にべもなく言われてしまった……
…………まあ、そう簡単に打ち負かされたりはしないさ。秘策もあることだし。
見てろよ、リナ。
そうして、こうして二人でおしゃべりをしている内に、俺には昼間の居酒屋の営業の準備の時間が、リナには自衛団の勤務時間が迫ってきた。
「む、もうこんな時間か…………そろそろ帰らねば。結局、終始おしゃべりで終わってしまったな」
「そうだな、師匠に見つかったら大目玉だろうな…………」
「ハハハッ、違いないな。母さんは師匠モードの時は本当に怖いからな……」
「そういえば、今日の昼はうちの店に来るのか? 」
「いや、今日は無理だな、いつもの虜の果実のシャーベットがお預けになるのは辛いが……」
「お前、あれ好きだもんな…………まあ、こればかりはどうしようもないな……」
「そうだな、確かにどうしようもない……じゃあ、また夜だな。楽しみに待っているぞ! 」
「おう、それじゃあまた! 」
そう言い合って俺たちは、自分の仕事を果たすためにそれぞれの家へと帰っていった。
そして、その夜。頼まれていた配達物を届けに道場の裏口に行くと、そこにはリナの母さんにして俺たちの師匠、ルミナさんが両腕を前で組んで仁王立ちで待ち構えていた。
「いつもご苦労さん!……さてと、荷物を運ぶのはあたしに任せてとっととあの娘
のとこに行きな! いつもの用意はできてるよ!! 」
「はい! ありがとうございます! 師匠!! 」
師匠に荷物は任せて俺は道場の更衣室に向かう、そこにはいつもどおり
俺用の道場着と練習用の木刀が一式おいてあった。それを手慣れた手つきで
ささっと身にまとい帯を締めた後、簡単な準備体操を済ませ木刀をもって道場にいる
リナの元に向かう。
道場に続く扉を開けると途端に道場の中の匂いがむわっと俺の鼻孔を襲ってきた
嗅ぎなれた木の匂いに門下生とリナの汗のにおい、それらを感じながら
心を落ち着かせこれから行うこと、すなわちリナとの一騎打ちに意識を集中させる
一歩踏み出し道場の中へ入ると師匠と同じポーズでリナが待っていた。
「……いつも通り……だな」
「ああ」
「あ、レドお兄ちゃんだ」「待ってましたよ!レドの兄貴!!」
端っこの方で整理体操していた弟、妹弟子達が声を上げる。
「遅い、いつもより5分遅刻だな」
「悪い悪い、今日は注文されてたパーティ用の配達があったからな、
俺が追加サービスでもってきたやつもあるから、皆で仲良く食べといてくれ」
「わーい!」「やったー!」
弟、妹弟子達から歓声が上がる。ちなみに追加サービスしたのは、朝につくっていた虜の果実のシャーベットだ。うちの店のデザートの中で一番人気があり、人魔問わず幅広い客から好評で、特に子供からは絶大な支持を受けている。ちなみにリナの大好物でもある。
あらかじめ人数は把握していたので、一人一つ分持ってきたのだが、リナの分だけは昼に食いそびれたということもあり、一つ多く持ってきた。喜んでくれるといいのだが。
「うむ……それは後でありがたくいただくことにしよう。お前の料理はどれを食べてもうまいしな。」
「そりゃどうも」
「さて、御託はこのくらいにして……今日こそはお前に勝つぞ、リナ!」
「ではまた、負かしてやろう……いつも通りにな、こい! レド!!」
そういって両者やる気満々で、そしてお互いに相手を刺すような目線でにらみつけ、手の中の獲物を構える。そしてそのままお互いじりじりと円をかいて移動しながら、間合いと相手のスキを見計らう。
今、二人の間には緊張と静寂だけが流れ、あたかもこの世から切り離されてしまったかの
ようだ。
場外の弟、妹弟子も二人の間に流れる緊張感を感じ誰一人として声を上げようとしない。
しかしにらみ合いも、レドが足を踏みかえたときに鳴った、床の板がギギィとなる音で終わ
りを告げた。
「はっ!!」
弾かれたかのようにリナが動き、間合いを詰め上段から木刀を脳天めがけて振り下ろす。
リザードマンの筋力で繰り出される一撃は人間のそれよりも早く、重い。
(だがそれを乗り越えなければ勝利は……ない!!!)
「……っく……はあっ!!」
その一撃を左に逸らし、下段から返しの一撃をがら空きの胴めがけて放つ。
しかしリナはそれをとっさに後ろに飛びのくことで躱す。
「ちっ!!」
渾身の一撃が当たらなかったことを内心がっかりしながら、素早く間合いを詰め、着地した
ところに追撃を見舞う。 一撃、二撃、三撃。だがすべてリナの防御にさえぎられてしまった。しかも、全部の攻撃を防がれたことを焦り、四撃目を繰り出そうと上段に構えようとして、胴のガードが甘くなっていたところに、手痛い反撃をもらってしまう。
「ぐっ……!」
右腹部に走る鈍い痛みに思わずうめき声をもらしてしまう。
「どうした!お前の力はこんなものか!!」
反撃を入れたリナから叱責が飛ぶ。
「ちっ……まだまだぁぁ!!!」
即座に体制を整え、リナに向かっていく。
「はあっ! せい!!」
「ぐおおっ、たあっ! てやっ!! 」
(っく…………このままじゃ、らちが明かないっ…………!)
二人の戦いは拮抗していた。幼いころから幾度となく剣を交えた間柄、お互いの癖、技を知り尽くしているが故に、二人の戦いはまるで演目の決められたダンスの様だ。だからこそ、
互いに相手に何回か手傷を負わせたものの、致命傷となる一撃を与えられずにいた。
(……右肩からの袈裟斬り…………からの一歩踏み込んで逆袈裟斬り……に見せかけて
利き腕狙って斬り上げ……)
迷うことなく袈裟斬りの範囲から後ろに飛んで離脱。
(……あいつの袈裟斬りを真正面から受けたら力負けして負け…………逸らしたら人外のスピードで飛んでくる返し切りで、剣を腕ごと跳ね上げられてこれまた負け…………で飛んで逃げたら正真正銘の逆袈裟切りか、突きのどっちかが飛んでくる…………)
だが、このダンスのペースを握っているのはリナだ、決して彼ではない。
種族的な身体能力の差、鍛錬に費やした時間の差、その両方で劣る彼では、
彼女に追いすがるのが精いっぱいだ。だが、このままでは、レドはズルズルと敗北する方向に追い立てられてしまう、踊らされてしまう。だからこそ、この予定調和のダンスを崩す『何か』が必要だ。そしてそれは今、自分の手のうちにある。だから……
(だから放ってこい……!お前の一番得意な一撃をな!!それを返して……
お前に勝つ!!)
リナの苛烈な攻撃を捌きながらその得意技がくるまでひたすら耐える。
そして右わき腹のガードが甘くなった瞬間、それは来た!!
「はあぁぁっ!!!!!!」
勢いよく右足を踏み込み、声を張りあげ、渾身の力をもって木刀を腰の高さからレイド
の右胴めがけて体ごと回転させて抜き放つ、すさまじい速さで放たれる胴薙ぎ。
しかし、その技の真骨頂は抜き放たれる剣による一撃ではなく、それを捌き切った後に跳んでくる二撃目にこそある。つまりは遠心力の乗った尻尾による一撃が本命だ。
リナ特有の通常個体のリザードマンよりも長く強靭な尻尾から繰り出されるこの一撃は
骨をくだき道場の壁をぶっ壊すだけの威力がある。
だが、第一撃目の方にもこの勝負を終わらせるには十分な威力がある。
無理にでも受けるのか、それとも躱すのか、だがどちらを選んでも敗北は必至だが………
「っしゃあぁぁぁ!!!! 」
その準備動作を一瞬で見切ったレドは獣のような咆哮を上げ
躱すのでも無く、受けるのでも無く、リナの懐へと身を投げ出した!!!
「!?!?!?」
レドの無謀に見える行動に驚愕しながらも、構わず剣を振りぬくリナ。狙い通りレドの右わき腹に一撃が入るが…………
「がっ……!!っっはああぁぁぁぁ!!!!!!」
(流石のお前のそれでもっ…………受けるポイントをずらせば喰らっても
まだ立っていられる!!!! )
遠心力が一番のる場所を外され、威力の落ちた一撃ではレドに膝をつかせるには至らない
しかも受け止められたことで遠心力がなくなり尻尾での追撃もできない……
確実にあばらにひびは入っただろうが。
「はあっ!!」
懐に飛び込み、左手を木刀から放して右手の木刀で突きを放つ…………と見せかけて
がら空きのリナのみぞおちに左手でボディブローを叩き込む。
「がはっっ」
たまらずうめき声をあげ後退するリナ、それに構わずさらに右手の木刀を
たたきつけようとするが、これ以上の追撃を受けるのは避けたいのか、
リナは後ろに大きくジャンプして後退する。だが、その後ろには道場の壁が迫る。
間髪入れずレイドもその後に続く、数瞬後、自らの勢いで壁に叩き付けられるリナの姿を
確信し木刀を両手で握り直して、脳天に一撃入れるべく木刀を上段に構える。
(今日こそ……俺の勝ちだ……リナァァァ!!!!!!!!!!)
「流石だな、レド…………だが!!!!」
リナが目を見開いて言う。その顔は獲物を目の前にした肉食獣の顔で、まるで追い詰めたのは彼ではなく自分だと言わんばかりだ。
刹那、レドは見た、
支えのない空中で、すさまじい衝撃音と共に、彼女の体がまるで見えない壁を蹴ったかの様に方向転換して自分の方に向かってくるのを、
そして自分が彼女をはめたのではなく彼女に自分がはめられたことに気づいたのと
肩からのタックルを喰らって、体勢を崩したところで首根っこをつかまれたのは、全くの同時だった。そのまま乱暴に地面に叩き付けられる。
「がはっ」
叩き付けられた衝撃によって、意識から遠ざけていた全身の痛みが急激に襲ってくる、
それに加えて脳震盪を起こし痛みの中かすれていく意識。
自分に馬乗りになる格好で顔を近づけてくるリナ。
遠ざかる意識の中、レドは確かに彼女の声を聞いた。
「それでも…………最後に、勝つのは……………………私だ。」
―――――――――――――――――――――――――――――――――
……なんだろう……この感じ…………
――――――――――――――――ザッ―――――――――――――――
……すごく心が落ち着く…………それにいい香りがする……
―――ろ―――――ザッ―――――――お―――レ――ザッ―――――おき――――ザッ
んっ?……誰かが……呼んでる……?この声は……リナ……?
――ザッ――――お―――おき―ザッ―ろ―――――おい―――――ザッ―
……でも…………もうちょっとこのままで…………
「はやく起きろって言ってるのが聞こえんのかぁ!!! このねぼすけえぇぇぇ!!!!」
「はいいぃぃぃぃぃ!!??!!??」
そんなことをぼんやり思っていたら,耳元でつんざく大音量の殺気の混じった怒鳴り声で、夢見心地のところを強制的にたたき起こされた。思わず間抜けな返事を返してしまう。
微睡みから覚めたことで,自分の置かれてる状況が一気に頭の中に入ってくる。
するとまあ、自分は大通りを走っているリナの背中に背負われているらしく、
それで、彼女の前で組まされた自分の腕は彼女の胸に当たっていて、さらには開いた股の間には、体勢を安定させるためか彼女の尻尾が入れられており、
しかも彼女から発せられる,魔物娘特有の甘い体臭を思う存分吸い込んでいた。
まとめると彼女とこれでもか、というくらい密着していた。
一瞬の後、状況を理解した俺はあまりの恥ずかしさであわてて彼女の背から飛び降りようとするが、そこに、先ほどの一騎打ちでのダメージが、疲労感とともにどっとおそってきて、それを体が拒絶する。
「こらっ、おぶってやっているのにっ、上で暴れるやつがあるか!おろされたいのか!?」
「ごめん……」
息を荒げながらリナがまた怒鳴る。申し訳ない。
「全く、あの後っ、応急処置して、回復薬飲ませたのに暴れたら、意味がなくなってしまう
だろうがっ! 」
………………本当に申し訳ない……………。
恥ずかしさと疲労感の一瞬の協議の末全身のだるさと痛み(主に右脇腹)に屈した俺はリナに再びもたれかかることにする。こっちのほうが楽だし。
…………まあ、別にこいつともうちょっとくっついていたい、という下心が
無い訳ではないのだが……。
んっ? そういえばさっきこいつは何で怒鳴って俺を起こしたんだろう?
別に起こして俺をとっとと降ろそうとした訳ではない様だし…………
「なあ、リナ」
それを聞こうと口を開いた瞬間俺は重大な事態に気づいた。
すなわち自分の下腹部に血が集中しているという一大事に。
おそらく魔物娘であるリナの体臭を吸い込みすぎたのと、股のあいだに入れられている
尻尾から伝わってくる振動が原因だろう。
「……うん?どうした……?」
荒い息でリナが何ごとかと聞き返してくるが、今はそれに正直に
答えるわけにはいかない……!!
現在進行形で、俺に起こっている生理現象についてこいつに知られたら最悪の場合
今までの関係にひびが入りかねない…………!!
それだけは何としても、何としてでも避けなければ!
すばやく、かすかに腰を引きリナと俺の間にスペースを作り、すぐにはこの状況がばれないようにする。
「あ、い、いや、もう自分で歩けるから降ろしてくれ」
テンパる気持ちをどうにか抑えつつ降ろしてもらうようリナに頼む。
お願いだ! これに気づかずに早いとこ降ろしてくれ!!
「……? 別にっ、お前の家までっ、このまま連れて行ってもっ、いいんだぞ?」
……ただ単に走って息が上がってるだけなんだろうが妙に、
上気した声で返事しないでくれ、その返事は俺の下半身に効く。
「いいから」
「……分かった」
そういうとリナは通りの端、ちょうど建物の陰になる場所まで移動し、俺を降ろしてくれた。内心ほっと溜息をつきながら、彼女から離れる。…………ちょっと名残惜しいが
背に腹は代えられない。
幸い彼女が降ろしてくれた場所が暗闇なので下半身のふくらみに気づかれることはないだ
ろう。ありがたい。とりあえずここまで運んできてくれた彼女に礼をいう。
「悪い、勝負と稽古で疲れてるところなのに、ここまで運んでもらって…………」
「いや、焦って乱暴に押し倒した私も悪いし…………いや、まあ、その、おあいこだろ
う」
妙にもじもじしてリナが答える。なぜだか知らんがさっきからずっと半身だ。
それに押し倒したじゃなくて、叩き付けたの間違いだろう、と内心ツコッミをいれつつ
「そ、それじゃあ、また明日」
と、軽く脇腹が痛まない程度に右腕をあげて別れの挨拶をする
「あ、ああ、また明日」
あちらも右腕をあげ、踵をかえし自分の家の方に走って行った。
あの様子なら俺の下半身については気づいてはいまい。
「はぁ……とはいえどうっすかなぁ、これ」
彼女は去ったものの今だ収まりのつかぬ、自分の息子を見下しながらため息をつく
とりあえずこの場にとどまるのはまずいので、家の方に足を進める。
(変な奴に気づかれる前に一発抜くしかないか……………………
ああ、今日こそは本当に勝ったと思ったんだがなぁ)
まざまざと蘇ってくる彼女との一騎打ちの記憶、やっと勝てると思ったのに最後の一押しが足りなかった。後もう少しで勝利に手が届いたのに――――――
「くそったれ」
そう、悔し気に吐き捨てて、俺は自分の家、居酒屋『ハング・アウト』の窓を覗き見る。まだまだたくさん客はいる。今日という日はまだまだ終わりそうにない。
やれやれ、今日はリナに負けるわ、その後背負われて運ばれる最中に息子が暴走するわ、まだ仕事は残ってるわ、と難儀な日だ……、とかぶりを振りながら、家に向かって歩き出す。とりあえず、リナの感触と匂いが残っている内に、早いとこ抜いてしまおうと思いながら。
「ああ、そうそう、一つ言い忘れてたことが」
「ひょ!? リナ!?」
突然、帰ったものとばかり思っていたリナが戻ってきて、耳元で囁いてきた。
「あの二つあった虜の果実のシャーベット、一つは私が行けなかった昼の分だろう? 」
「あ、ああ、あれ、お前好きだから、喜んでくれると――――――!?!?!?!?」
色々動揺してしどろもどろになりながら、何とか答えようとした瞬間。
ちゅっ、と音をたてて、俺の頬に暖かくて柔らかいものが触れた。そして、それを境にリナの体が俺から離れていく。
その甘美な感触の正体に気づいて、ばっと彼女のほうを振り向く。
そうしたら、突然の連続でうろたえる俺にリナが満面の笑みで、
「とってもうれしかった。ありがとう! レド!」
そう、俺に告げて今度こそ走り去っていた。
「…………………………………」
呆然と立ち尽くし、遠ざかっていく彼女の姿を見送りながら、俺は思う。
やれやれ、今日は最高の日だな!!
早朝、街の住人が目を覚ましだす時間帯に
俺――レイド・オルデナ――通称レドは、両親の経営する酒場『ハング・アウト』の厨房にて今日の分の食材の下ごしらえをしていた。
(魔界豚の切り分けはもう終わったし、虜の果実シャーベットの在庫も十分、
後は今日の夜に頼まれているパーティ用の追加分だけ
残りの分は母さんと他の奴らに任せておけばいいか……よし)
そう考えをまとめて調理器具と手を洗い、作業着から着心地の良く、通気性のいいシャツと短パンに着替えて店の裏口に向かい、靴を履いて外に出ようとすると、部屋から出てきた俺の母さん――フェリス母さんとまだ半分寝ている、ここに住み込みで働いているサハギンのニカがやってきた。母さんが声をかけてくる。
「おはよう、レド、これからいつもの特訓?」
「…………おはよ……」
「おはよう、母さんにニカ、俺の分はやったからもう行ってくる
……ハルセはまだなのか?」
「…………まだ……寝てる……」
「そっか、じゃあ、行ってくる」
「ええ、いってらっしゃい」
「…………いってら〜……」
二人に見送られ、外に出る
季節は夏に入りかけようとしているが、この時間帯ならまだ暑くない
通りの人通りもほとんどなく日課の特訓をするにはちょうどいい環境だ。
まずは軽く準備運動をして、体をほぐす、これをやっておかないと夜に筋肉痛で
ひいひい言う羽目になるので地味に重要だ。準備運動も終わったので、まずは木刀をもって素振りと型の練習。
ある程度やったら次に体術の練習、基本となる動作を一通りやってから、
今度は片手で剣を持ち、もう片方の拳で相手に奇襲をかける、という状況を想定し何種類も型を試していく、
完全に体が温まり、時間もちょうど頃合いなので一旦水分を補給してからランニングへ
ほおに当たる初夏の早朝の風が心地よさを感じながらゆっくりと走ること数分、
後ろから聞きなれたトーンでいつものように俺に声をかけてくる奴が一人。
振り返ってその姿を確認する。目に飛び込んできたのは一人のよく見知った女性の姿。
俺と同じ様なチュニックと短パンに身を包み、短く刈り込んだ小麦色の髪とその横髪から突き出た水かきの様な耳、大きく鋭い爪を持った足に緑の鱗に覆われた腕、臀部から伸びる緑色の太く大きな尻尾。そして力強い輝きを宿す青色の瞳。―――――――――
「おはよう、レド」
「ああ、おはよう、リナ」
俺の幼馴染にして親友、そして同じ師匠に師事した姉弟子にして―――――――――――-―――――俺が恋い焦がれる人、リザードマンのリナだった。
俺とリナは俺の家から歩いて十分くらいの公園で、ランニングの休憩がてらに二人で横になっておしゃべりをしながら歩いていた。
「今日うちでやるパーティのことについてだが、時間通りに配達に来れそうか?」
「問題ない、既にほとんど準備は終わってるからな」
「そうか、流石はレドだ、抜かりがないな」
「当然だ」
フッ、と笑みをこぼして言う彼女にこちらも同じように笑みを返しながら答える。
俺の顔が褒められてにやけて無いかどうか心配だが。
「わざわざ作ってもらって悪いな、いつもより早めに起きたんじゃないのか?」
「まあな、とはいえいつもの作業量がちょっと増えた程度だし、気にすることはないさ
それに、お前のお父さんには店のことでいろいろ世話になってるし、お互い様だよ」
リナのお父さんは昔、凄腕の冒険者でリナのお母さん――俺の剣の師匠でもある――とコンビを組んで数々のダンジョンを攻略したそうだ。結婚してリナを授かってからは、色々な事情があってこの街に流れ着き、今ではこの街の冒険者ギルドのギルドマスターをやっている。そして、そこのギルドの人たちにうちの店を紹介してくれているのだ。
ちなみにリナも自警団の仕事の休憩時間にちょくちょく来てくれる。
「ありがとう……そういえば、レドは参加しないのか?」
「ああ、店のことがあるし、お前の道場の現門下生達のパーティだろ?
引退してもう部外者の俺が出る幕じゃない」
「いや、しょっちゅう私に決闘しにきて、全員に顔と名前憶えられてるだろお前
これで何回目だ」
「さあ? 20回辺りから数えるのやめたから、正確にはわからないけど…………
……三桁いったんじゃないか?」
「ホント……こりないな」
「まあな」
自分でもこりない奴だ、とは思うが仕方ない、彼女が強いんだから。彼女は俺より強いのに俺より多くの鍛錬を積んでいる。自警団の仕事も、道場の手伝いもあって条件は俺と同じようなものなのに。もしも俺が彼女と同じリザードマンだったら、なんて考えも何回起こしたかわからないでも、男の魔物なんて聞いたことないし、俺はそもそも人間だ。
もう、自分がどれだけ成長しようにも彼女の成長には追いつけない、だったら…………何度も挑戦して、何回も負けて、何回でも戦い方を考えて、
その先にあるはずの、か細い勝利の糸をつかむという奇跡をなすだけだ。
そのためなら、どんなことだってできる。
「で、本当に参加しないのか?」
「ああ、……本当は参加したい気持ちもあるんだが、生憎のところ、親父がいなくて人員に余裕がないんだ、それにニカの事が心配でな、あまり店を開けておきたくない」
「ふーん」
つまらなそうな返事と共にリナが早足になる。あ、まずい、これリナが不機嫌になった時の合図だ。あわてて歩調を合わせて理由を説明する。
「いやな? この前、飲みすぎた酔っ払いにからまれてから、ニカが酒飲んでる客に対してちょっと怯えててな、うち居酒屋だからそういうのまずいだろ? だからハルセとあの時間帯見張ってるんだよ」
「そうか、それなら仕方ないな」
事情を聞いてひとまず納得したのか、歩くペースと機嫌が元に戻る。やれやれ…………
「あ、でも配達ついでに、今日も決闘申し込みに行くんでよろしくな」
「そっちはやるのか!? 」
「当たり前だ」
「怪我して帰れなくなっても私は責任持たないからな……」
「怪我なら決闘したらいつもするだろ、主に俺が。それに…………」
「勝ったら帰らないって言ってあるし」
「前言撤回だ、責任をもって帰らせてやる」
にべもなく言われてしまった……
…………まあ、そう簡単に打ち負かされたりはしないさ。秘策もあることだし。
見てろよ、リナ。
そうして、こうして二人でおしゃべりをしている内に、俺には昼間の居酒屋の営業の準備の時間が、リナには自衛団の勤務時間が迫ってきた。
「む、もうこんな時間か…………そろそろ帰らねば。結局、終始おしゃべりで終わってしまったな」
「そうだな、師匠に見つかったら大目玉だろうな…………」
「ハハハッ、違いないな。母さんは師匠モードの時は本当に怖いからな……」
「そういえば、今日の昼はうちの店に来るのか? 」
「いや、今日は無理だな、いつもの虜の果実のシャーベットがお預けになるのは辛いが……」
「お前、あれ好きだもんな…………まあ、こればかりはどうしようもないな……」
「そうだな、確かにどうしようもない……じゃあ、また夜だな。楽しみに待っているぞ! 」
「おう、それじゃあまた! 」
そう言い合って俺たちは、自分の仕事を果たすためにそれぞれの家へと帰っていった。
そして、その夜。頼まれていた配達物を届けに道場の裏口に行くと、そこにはリナの母さんにして俺たちの師匠、ルミナさんが両腕を前で組んで仁王立ちで待ち構えていた。
「いつもご苦労さん!……さてと、荷物を運ぶのはあたしに任せてとっととあの娘
のとこに行きな! いつもの用意はできてるよ!! 」
「はい! ありがとうございます! 師匠!! 」
師匠に荷物は任せて俺は道場の更衣室に向かう、そこにはいつもどおり
俺用の道場着と練習用の木刀が一式おいてあった。それを手慣れた手つきで
ささっと身にまとい帯を締めた後、簡単な準備体操を済ませ木刀をもって道場にいる
リナの元に向かう。
道場に続く扉を開けると途端に道場の中の匂いがむわっと俺の鼻孔を襲ってきた
嗅ぎなれた木の匂いに門下生とリナの汗のにおい、それらを感じながら
心を落ち着かせこれから行うこと、すなわちリナとの一騎打ちに意識を集中させる
一歩踏み出し道場の中へ入ると師匠と同じポーズでリナが待っていた。
「……いつも通り……だな」
「ああ」
「あ、レドお兄ちゃんだ」「待ってましたよ!レドの兄貴!!」
端っこの方で整理体操していた弟、妹弟子達が声を上げる。
「遅い、いつもより5分遅刻だな」
「悪い悪い、今日は注文されてたパーティ用の配達があったからな、
俺が追加サービスでもってきたやつもあるから、皆で仲良く食べといてくれ」
「わーい!」「やったー!」
弟、妹弟子達から歓声が上がる。ちなみに追加サービスしたのは、朝につくっていた虜の果実のシャーベットだ。うちの店のデザートの中で一番人気があり、人魔問わず幅広い客から好評で、特に子供からは絶大な支持を受けている。ちなみにリナの大好物でもある。
あらかじめ人数は把握していたので、一人一つ分持ってきたのだが、リナの分だけは昼に食いそびれたということもあり、一つ多く持ってきた。喜んでくれるといいのだが。
「うむ……それは後でありがたくいただくことにしよう。お前の料理はどれを食べてもうまいしな。」
「そりゃどうも」
「さて、御託はこのくらいにして……今日こそはお前に勝つぞ、リナ!」
「ではまた、負かしてやろう……いつも通りにな、こい! レド!!」
そういって両者やる気満々で、そしてお互いに相手を刺すような目線でにらみつけ、手の中の獲物を構える。そしてそのままお互いじりじりと円をかいて移動しながら、間合いと相手のスキを見計らう。
今、二人の間には緊張と静寂だけが流れ、あたかもこの世から切り離されてしまったかの
ようだ。
場外の弟、妹弟子も二人の間に流れる緊張感を感じ誰一人として声を上げようとしない。
しかしにらみ合いも、レドが足を踏みかえたときに鳴った、床の板がギギィとなる音で終わ
りを告げた。
「はっ!!」
弾かれたかのようにリナが動き、間合いを詰め上段から木刀を脳天めがけて振り下ろす。
リザードマンの筋力で繰り出される一撃は人間のそれよりも早く、重い。
(だがそれを乗り越えなければ勝利は……ない!!!)
「……っく……はあっ!!」
その一撃を左に逸らし、下段から返しの一撃をがら空きの胴めがけて放つ。
しかしリナはそれをとっさに後ろに飛びのくことで躱す。
「ちっ!!」
渾身の一撃が当たらなかったことを内心がっかりしながら、素早く間合いを詰め、着地した
ところに追撃を見舞う。 一撃、二撃、三撃。だがすべてリナの防御にさえぎられてしまった。しかも、全部の攻撃を防がれたことを焦り、四撃目を繰り出そうと上段に構えようとして、胴のガードが甘くなっていたところに、手痛い反撃をもらってしまう。
「ぐっ……!」
右腹部に走る鈍い痛みに思わずうめき声をもらしてしまう。
「どうした!お前の力はこんなものか!!」
反撃を入れたリナから叱責が飛ぶ。
「ちっ……まだまだぁぁ!!!」
即座に体制を整え、リナに向かっていく。
「はあっ! せい!!」
「ぐおおっ、たあっ! てやっ!! 」
(っく…………このままじゃ、らちが明かないっ…………!)
二人の戦いは拮抗していた。幼いころから幾度となく剣を交えた間柄、お互いの癖、技を知り尽くしているが故に、二人の戦いはまるで演目の決められたダンスの様だ。だからこそ、
互いに相手に何回か手傷を負わせたものの、致命傷となる一撃を与えられずにいた。
(……右肩からの袈裟斬り…………からの一歩踏み込んで逆袈裟斬り……に見せかけて
利き腕狙って斬り上げ……)
迷うことなく袈裟斬りの範囲から後ろに飛んで離脱。
(……あいつの袈裟斬りを真正面から受けたら力負けして負け…………逸らしたら人外のスピードで飛んでくる返し切りで、剣を腕ごと跳ね上げられてこれまた負け…………で飛んで逃げたら正真正銘の逆袈裟切りか、突きのどっちかが飛んでくる…………)
だが、このダンスのペースを握っているのはリナだ、決して彼ではない。
種族的な身体能力の差、鍛錬に費やした時間の差、その両方で劣る彼では、
彼女に追いすがるのが精いっぱいだ。だが、このままでは、レドはズルズルと敗北する方向に追い立てられてしまう、踊らされてしまう。だからこそ、この予定調和のダンスを崩す『何か』が必要だ。そしてそれは今、自分の手のうちにある。だから……
(だから放ってこい……!お前の一番得意な一撃をな!!それを返して……
お前に勝つ!!)
リナの苛烈な攻撃を捌きながらその得意技がくるまでひたすら耐える。
そして右わき腹のガードが甘くなった瞬間、それは来た!!
「はあぁぁっ!!!!!!」
勢いよく右足を踏み込み、声を張りあげ、渾身の力をもって木刀を腰の高さからレイド
の右胴めがけて体ごと回転させて抜き放つ、すさまじい速さで放たれる胴薙ぎ。
しかし、その技の真骨頂は抜き放たれる剣による一撃ではなく、それを捌き切った後に跳んでくる二撃目にこそある。つまりは遠心力の乗った尻尾による一撃が本命だ。
リナ特有の通常個体のリザードマンよりも長く強靭な尻尾から繰り出されるこの一撃は
骨をくだき道場の壁をぶっ壊すだけの威力がある。
だが、第一撃目の方にもこの勝負を終わらせるには十分な威力がある。
無理にでも受けるのか、それとも躱すのか、だがどちらを選んでも敗北は必至だが………
「っしゃあぁぁぁ!!!! 」
その準備動作を一瞬で見切ったレドは獣のような咆哮を上げ
躱すのでも無く、受けるのでも無く、リナの懐へと身を投げ出した!!!
「!?!?!?」
レドの無謀に見える行動に驚愕しながらも、構わず剣を振りぬくリナ。狙い通りレドの右わき腹に一撃が入るが…………
「がっ……!!っっはああぁぁぁぁ!!!!!!」
(流石のお前のそれでもっ…………受けるポイントをずらせば喰らっても
まだ立っていられる!!!! )
遠心力が一番のる場所を外され、威力の落ちた一撃ではレドに膝をつかせるには至らない
しかも受け止められたことで遠心力がなくなり尻尾での追撃もできない……
確実にあばらにひびは入っただろうが。
「はあっ!!」
懐に飛び込み、左手を木刀から放して右手の木刀で突きを放つ…………と見せかけて
がら空きのリナのみぞおちに左手でボディブローを叩き込む。
「がはっっ」
たまらずうめき声をあげ後退するリナ、それに構わずさらに右手の木刀を
たたきつけようとするが、これ以上の追撃を受けるのは避けたいのか、
リナは後ろに大きくジャンプして後退する。だが、その後ろには道場の壁が迫る。
間髪入れずレイドもその後に続く、数瞬後、自らの勢いで壁に叩き付けられるリナの姿を
確信し木刀を両手で握り直して、脳天に一撃入れるべく木刀を上段に構える。
(今日こそ……俺の勝ちだ……リナァァァ!!!!!!!!!!)
「流石だな、レド…………だが!!!!」
リナが目を見開いて言う。その顔は獲物を目の前にした肉食獣の顔で、まるで追い詰めたのは彼ではなく自分だと言わんばかりだ。
刹那、レドは見た、
支えのない空中で、すさまじい衝撃音と共に、彼女の体がまるで見えない壁を蹴ったかの様に方向転換して自分の方に向かってくるのを、
そして自分が彼女をはめたのではなく彼女に自分がはめられたことに気づいたのと
肩からのタックルを喰らって、体勢を崩したところで首根っこをつかまれたのは、全くの同時だった。そのまま乱暴に地面に叩き付けられる。
「がはっ」
叩き付けられた衝撃によって、意識から遠ざけていた全身の痛みが急激に襲ってくる、
それに加えて脳震盪を起こし痛みの中かすれていく意識。
自分に馬乗りになる格好で顔を近づけてくるリナ。
遠ざかる意識の中、レドは確かに彼女の声を聞いた。
「それでも…………最後に、勝つのは……………………私だ。」
―――――――――――――――――――――――――――――――――
……なんだろう……この感じ…………
――――――――――――――――ザッ―――――――――――――――
……すごく心が落ち着く…………それにいい香りがする……
―――ろ―――――ザッ―――――――お―――レ――ザッ―――――おき――――ザッ
んっ?……誰かが……呼んでる……?この声は……リナ……?
――ザッ――――お―――おき―ザッ―ろ―――――おい―――――ザッ―
……でも…………もうちょっとこのままで…………
「はやく起きろって言ってるのが聞こえんのかぁ!!! このねぼすけえぇぇぇ!!!!」
「はいいぃぃぃぃぃ!!??!!??」
そんなことをぼんやり思っていたら,耳元でつんざく大音量の殺気の混じった怒鳴り声で、夢見心地のところを強制的にたたき起こされた。思わず間抜けな返事を返してしまう。
微睡みから覚めたことで,自分の置かれてる状況が一気に頭の中に入ってくる。
するとまあ、自分は大通りを走っているリナの背中に背負われているらしく、
それで、彼女の前で組まされた自分の腕は彼女の胸に当たっていて、さらには開いた股の間には、体勢を安定させるためか彼女の尻尾が入れられており、
しかも彼女から発せられる,魔物娘特有の甘い体臭を思う存分吸い込んでいた。
まとめると彼女とこれでもか、というくらい密着していた。
一瞬の後、状況を理解した俺はあまりの恥ずかしさであわてて彼女の背から飛び降りようとするが、そこに、先ほどの一騎打ちでのダメージが、疲労感とともにどっとおそってきて、それを体が拒絶する。
「こらっ、おぶってやっているのにっ、上で暴れるやつがあるか!おろされたいのか!?」
「ごめん……」
息を荒げながらリナがまた怒鳴る。申し訳ない。
「全く、あの後っ、応急処置して、回復薬飲ませたのに暴れたら、意味がなくなってしまう
だろうがっ! 」
………………本当に申し訳ない……………。
恥ずかしさと疲労感の一瞬の協議の末全身のだるさと痛み(主に右脇腹)に屈した俺はリナに再びもたれかかることにする。こっちのほうが楽だし。
…………まあ、別にこいつともうちょっとくっついていたい、という下心が
無い訳ではないのだが……。
んっ? そういえばさっきこいつは何で怒鳴って俺を起こしたんだろう?
別に起こして俺をとっとと降ろそうとした訳ではない様だし…………
「なあ、リナ」
それを聞こうと口を開いた瞬間俺は重大な事態に気づいた。
すなわち自分の下腹部に血が集中しているという一大事に。
おそらく魔物娘であるリナの体臭を吸い込みすぎたのと、股のあいだに入れられている
尻尾から伝わってくる振動が原因だろう。
「……うん?どうした……?」
荒い息でリナが何ごとかと聞き返してくるが、今はそれに正直に
答えるわけにはいかない……!!
現在進行形で、俺に起こっている生理現象についてこいつに知られたら最悪の場合
今までの関係にひびが入りかねない…………!!
それだけは何としても、何としてでも避けなければ!
すばやく、かすかに腰を引きリナと俺の間にスペースを作り、すぐにはこの状況がばれないようにする。
「あ、い、いや、もう自分で歩けるから降ろしてくれ」
テンパる気持ちをどうにか抑えつつ降ろしてもらうようリナに頼む。
お願いだ! これに気づかずに早いとこ降ろしてくれ!!
「……? 別にっ、お前の家までっ、このまま連れて行ってもっ、いいんだぞ?」
……ただ単に走って息が上がってるだけなんだろうが妙に、
上気した声で返事しないでくれ、その返事は俺の下半身に効く。
「いいから」
「……分かった」
そういうとリナは通りの端、ちょうど建物の陰になる場所まで移動し、俺を降ろしてくれた。内心ほっと溜息をつきながら、彼女から離れる。…………ちょっと名残惜しいが
背に腹は代えられない。
幸い彼女が降ろしてくれた場所が暗闇なので下半身のふくらみに気づかれることはないだ
ろう。ありがたい。とりあえずここまで運んできてくれた彼女に礼をいう。
「悪い、勝負と稽古で疲れてるところなのに、ここまで運んでもらって…………」
「いや、焦って乱暴に押し倒した私も悪いし…………いや、まあ、その、おあいこだろ
う」
妙にもじもじしてリナが答える。なぜだか知らんがさっきからずっと半身だ。
それに押し倒したじゃなくて、叩き付けたの間違いだろう、と内心ツコッミをいれつつ
「そ、それじゃあ、また明日」
と、軽く脇腹が痛まない程度に右腕をあげて別れの挨拶をする
「あ、ああ、また明日」
あちらも右腕をあげ、踵をかえし自分の家の方に走って行った。
あの様子なら俺の下半身については気づいてはいまい。
「はぁ……とはいえどうっすかなぁ、これ」
彼女は去ったものの今だ収まりのつかぬ、自分の息子を見下しながらため息をつく
とりあえずこの場にとどまるのはまずいので、家の方に足を進める。
(変な奴に気づかれる前に一発抜くしかないか……………………
ああ、今日こそは本当に勝ったと思ったんだがなぁ)
まざまざと蘇ってくる彼女との一騎打ちの記憶、やっと勝てると思ったのに最後の一押しが足りなかった。後もう少しで勝利に手が届いたのに――――――
「くそったれ」
そう、悔し気に吐き捨てて、俺は自分の家、居酒屋『ハング・アウト』の窓を覗き見る。まだまだたくさん客はいる。今日という日はまだまだ終わりそうにない。
やれやれ、今日はリナに負けるわ、その後背負われて運ばれる最中に息子が暴走するわ、まだ仕事は残ってるわ、と難儀な日だ……、とかぶりを振りながら、家に向かって歩き出す。とりあえず、リナの感触と匂いが残っている内に、早いとこ抜いてしまおうと思いながら。
「ああ、そうそう、一つ言い忘れてたことが」
「ひょ!? リナ!?」
突然、帰ったものとばかり思っていたリナが戻ってきて、耳元で囁いてきた。
「あの二つあった虜の果実のシャーベット、一つは私が行けなかった昼の分だろう? 」
「あ、ああ、あれ、お前好きだから、喜んでくれると――――――!?!?!?!?」
色々動揺してしどろもどろになりながら、何とか答えようとした瞬間。
ちゅっ、と音をたてて、俺の頬に暖かくて柔らかいものが触れた。そして、それを境にリナの体が俺から離れていく。
その甘美な感触の正体に気づいて、ばっと彼女のほうを振り向く。
そうしたら、突然の連続でうろたえる俺にリナが満面の笑みで、
「とってもうれしかった。ありがとう! レド!」
そう、俺に告げて今度こそ走り去っていた。
「…………………………………」
呆然と立ち尽くし、遠ざかっていく彼女の姿を見送りながら、俺は思う。
やれやれ、今日は最高の日だな!!
16/11/17 03:37更新 / レオンハルト
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