おらが村のウシオニ様
ジパングのとある山間の村には、豊かな里山があった。
立派なシナノキが多く、その樹皮は縄に、良質な花の蜜は高価な蜂蜜になった。村人達は、他の村と比べて一周り豊かな暮らしをしている。それはもう笑顔が絶えない、良い村であった。
そんな村には、昔から怖れられている言い伝えとオキテがある。
オキテによると、山の奥深くまで足を踏み入れるのは男に限り、なおかつその七日前から女と肌を重ねてはならないとされた。また、いざ踏み入る際に、さらに水垢離で村の匂いをすっかり消し去るよう定められていた。
それを破った者には恐ろしい山の神の祟りがある、という話だ。
この日、山奥に初めて立ち入る若者の"イチ"もまた、オキテに従って水垢離を済ませていた。年は十六で、女の味はまだ知らぬからそれを絶つのも苦はなかった。
イチを連れていく叔父が言うに、半月もかけて鹿を生け捕りにする狩りだそうだ。罠に追いこむもので人手も要る。それでイチにも初めて声がかかった。
「なぁ、おんじ。山の神様ってのはどんな神様なんだ?」
しかし、イチは村の爺様婆様から、山の神様についていろいろと昔話で聞かされていた。ただ、大事なオキテを守るのは当たり前だと。つけ加えるように、あれはするなこれはするなと言うから、とてもじゃないが覚えきれなかった。初めて山に登るイチにとっては、知らないことがあるのは恐ろしい。
「おう、ありゃあ、都の方の連中が気が狂うほど怖れてるウシオニ様ってやつよ」
「ウシオニ?」
「おうよ。人間を襲って食っちまう怪物ってやつだ」
「それが神様なのか?」
「あぁ。なんせ長生きで、人間が知らない事をいろいろと知ってるらしいからな」
人間が理解できない、圧倒的な存在を何でも神様として祀る。日の本によくある風習らしい。他にも形のない嵐や地震、飢饉にまで神様がいるそうだから面白い。
叔父はよく都の方から来た商人と毛皮の売り買いをしている。だから、イチにこういう面白い話も教えてくれるのだ。
「それに、めったに人間は食わねぇらしい。普通なら、山を歩いていて目の前に現れることも、襲われることもまず無い」
「もしかして、悪い奴しか食わないのか?」
「いんや、悪い奴は殺すが、あんまり食わんらしい」
「じゃあ、人間を食うってのは……」
そうイチが聞いたとき、叔父はニヤリと笑った。そしてイチを指差す。
「婿さんを食っちまうんだとさ」
「婿?」
「おうよ、何十年何百年に一度のことだがな。山から下りてきて、気に入った婿を連れて帰るんだと」
ウシオニといっても、牛のように力強い怪物という意味で、現実には蜘蛛のような巣を作るらしい。蜘蛛といえば、雌が雄を食ってしまう様子をイチも見たことがあった。
「普通の蜘蛛ならまだ雄が逃げることもあるが、ウシオニ様相手じゃどうにもならねぇ。腰が抜けるまで吸い尽くされて、気を失ったらもうお陀仏よ」
なるほど、しかし、それなら何故イチを指差したのだろうか。
「ん? そりゃお前、ウシオニ様は当然だが人間慣れしてないからな。女慣れしてない奴の方が好かれるってもんよ」
イチは苦笑いした。ようは童貞を馬鹿にされたうえに怪物の餌になりやすそうだと脅されたのだ。気休めに山の神様のことを聞こうと思ったのに、とんでもない話だ。特に童貞は望んでやっているわけではない。その点では、ひどく苦々しい気分だった。
イチがふと、木々の隙間に人の顔を見つけたのは偶然。鹿を追っている最中のことだった。一度だけ視線を逸らしたが、もう一度見てもやはり居る。
太い幹から顔を半分覗かせて、女がこちらの様子を見ていた。
「………」
当然だが、イチは玉が縮むような心地だった。
この山は女が登ることが禁じられている。ならば細かくは考えるまでもない。女がいたとすれば、それは妖怪などでおおよそ間違いないのだ。実際に、女の顔の位置もどこか不自然に思えた。そうだ、あれでは背の高さが七尺では済まない。
「う、ウシオニか?」
イチがそう言った瞬間、女がぬっと木の陰から身体を乗り出した。
それは裸だった。その青黒い肌にはつい息を飲む。だが、豊満な乳房が揺れるのを見て、男の性でつい反応してしまうのが少し哀しい。顔だけ覗かせていたときにも思ったが、頬を艶っぽく染めた様子は器量良しの娘のようだ。角の片方が折れた様が、顔半分でイチにもしや人間ではと思わせた正体だった。
だが、それにしても美しく、イチはつい見惚れてしまった。
「は、はは……」
逃げもせずに立ちつくしていた。
それから、ほどなくイチは再び息を飲む。下半身までスルリと、腰の丸みが見えるだろうというところまで出てきて、しかし繋がって出てきたのが巨大な蜘蛛の胴体だった。
ゆっくりと、イチの方に近づいてくるのだが、そこでも逃げられる気はしなかった。見惚れるのとは逆に、脚の一本でイチの背ほどあり、見るだけで恐ろしい。下手に刺激しては、かえって危なくなっただろう。
「お前さん、イチといったな?」
「は、はい」
イチはオキテのとおり、女は抱いていないし水垢離も済ませた。
そして、何も悪い事はしていないはずだった。悪いようにはされないと思っていた。
「やってくれたな……」
「な、何を?」
だが、ウシオニはイチの目の前までやってきて、その腕を伸ばす。
「そんな精の匂いを纏って、もはや我慢の限界だ」
そう言って、ウシオニは両腕でイチを抱きしめた。苦しくはない。だが、逃げられない力強さだった。それに、胸に当たるのはなんとも幸せな感触だ。
かけられるウシオニの声も、色気があってイチの背筋は無意識のうちに震えた。
「女の臭いはしないが、手遊びでもしたか? それとも、夢で果てたか?」
「あ……」
性に目覚めて三余年、まだ日の浅いイチは数日に一度は夢で精を放つ癖が抜けなかった。手遊びは苦手として、ほんのたまにしかしないが……。
「ハァ……。イチ……」
このウシオニを刺激したのは男の精の匂いだった。
村で、それも山仕事を任される男達は、女に事欠くことが少ない。普通は十三にもなれば一度は女を抱くもので、イチのようなあぶれ者の方がかえって珍しい。どうも、問題無く働いていた村のオキテも、実は本質を捉えていなかったらしい。
ウシオニはすっかり上気した様子で、イチの耳を舌でねぶっている。
「あ、あの……」
「ちゅっ……なんだい?」
「ゆ、許してください……」
「んふっ……」
抵抗できないイチはせめて言葉で許しを乞うが、ウシオニは優しく微笑むばかりで応えない。代わりにイチの手を腰に回させて、その通りに撫でると湿った声を耳元で漏らした。
しかし、間近での迫力に圧倒されて気付かなかった。ウシオニの胴体の蜘蛛のところは、なるほど巨大だ。しかし、娘の姿をした上半身はイチと釣り合う程の背丈だ。腰も細く、力を入れると柔らかい肌が手に吸いつく。
「はぅ!」
「へ?」
「ん……もっと強くして……」
腰を撫でまわすだけで全身を震わせるウシオニには、どうにも叔父の言う力強さは感じない。だが、火がついたようにイチに唇を重ね、舌を絡ませる貪欲さには圧倒される。
「んちゅ……。ね、私の巣に来ない? そこでゆっくり、いいでしょ?」
こうして服をはだけさせ、豊満な胸を擦りつけられて嫌と言えるほどイチは女に慣れていなかった。そうでなくとも、未だかつてなく膨張した陰茎が、男の切ない思いを表わしていた。一撫でされればそのまま精を噴きそうなのに、ウシオニはそこにだけ少しも触れない。
それで村の娘にもかけられたことの無い、甘い囁きに乗らない理由はイチの頭には無かった。
イチはウシオニに抱かれて、身を任せた。巣とはその通りの、しかし陣幕を思わせる大きな網をくぐる。その奥は袋のようになっており、行き止まりで降ろされるとふわりとした感触が腰の下にはあった。
「まだ大きいけど……さっきはもっと大きかったわよね」
イチと同じように巣の中で腰を下ろしたウシオニが迫る。
けれども大きな胴体が埋もれた様子で、迫力はあまり無い。代わりに妖艶さが増した気がした。
ウシオニが腕を絡ませて来て、押し付けられる柔らかい感触。その先端の、固くなった突起が切なそうに上を向いているのは、ウシオニの心情をよく表わした。
それと、外では気付かなかった。汗ばんだ肌からは甘い香りが漂っている。
「あは……刺激するまでもなかったわね」
それだけでイチのモノは固くそそり立った。それにウシオニはそっと手で触れて、睾丸から捏ねまわすように撫でる。
「でも、もうちょっと我慢してねー」
そう言ってウシオニが、口から垂らすのは妙にぬめりのある液体だった。体温そのままの粘液をゆったりと男根に絡ませて、馴染ませる。
片手で男根を撫でまわされ、腰が震えるイチにウシオニは何度も口付けする。耳元で、あと少し、あと少しと言って焦らす。
「ん、そろそろ……ね」
そしてウシオニが腰を上げたとき、毛に隠れていた女陰部がイチの目の前にあった。
毛は濡れて雫まで垂らし、青黒くも充血していると分かる肉穴が見える。穴はいやらしく収縮を繰り返す。イチが好奇心のままに手を伸ばしても、ウシオニは黙っていた。黒い毛を分けて、肉襞を指で広げると穴からは粘液がこぼれた。
「そこにイチのを挿れるの」
「ここに……」
「やってみなよ。初めては自由にやらせてあげるから」
丁度イチの腰の高さになるように、ウシオニが腰を落とす。
パクパクと物欲しげな肉穴に、イチはツバを飲んだ。そして、固くなった自分のモノをあてがって、おそるおそる内へと沈めていく。亀頭の先が入ると、ぬめった温もりが柔らかな刺激を与える。半分も入ると肉襞の締めつける感覚がはっきりとしてきて、擦れる感触にたまらず、根元まで入ってしまう。
「ハァ、ハァ……!」
「じゃあ、さっそく動かしてみましょ」
仰向けだというのに、ウシオニが器用に腰を動かす。
それに合わせてイチも腰を動かし、打ちつけて肉襞を抉った。
「ん……良い感じ。胸も触っていいんだよ?」
「は、はい」
見ると、ウシオニの乳房の先端がなんとも切なそうにしている。胸を寄せて、早くして欲しいと態度でも示されては思わず飛びついていた。そのときの小さな悲鳴も気分を高ぶらせる。
イチが乳首を弄るに合わせて膣が動く。そうやって相手を自由にするのは、言いようのない快感があった。それに口付けを合わせると、自然と触れあう肌が増えて気分が落ち着いた。ゆっくりと腰を動かして、中を楽しむ余裕ができる。
だが、ウシオニも気分が乗ってきたようで、ふと肉襞が信じられない動きをしだす。男根に絡みつき、それを搾り上げるようなうねりが加わる。それにイチの腰の動きが合わさると、刺激は男根から頭の頂点まで突き抜けるようだった。
一気に高まる射精感が、イチの頭とは関係なく腰を振らせる。
「あ、あ、もう……」
「いいよ。出して」
ウシオニが言うが早いか、イチは腰を押し付けて肉穴の一番奥めがけて精を放っていた。その後も馴染ませるように前後して、射精が止まるとそのまま覆いかぶさるように口付けをする。
「んふ、気持ち良かったかい?」
「はい……」
「よかった……」
それから、やや固さを無くしたモノを引きぬこうとして、ふと気付く。
「あれ?」
「もう少し、こうしてて」
蜘蛛の脚で、イチの腰が押さえられている。
だが、ウシオニは不思議がるイチに対して、ただそう言った。甘えられるのは悪い気がしないイチも、それになんとなく応える。それが勘違いとも知らず。
「あれ、ウシオニさん……?」
「んー?」
気付いたのは、ウシオニが挿さったままのイチのモノを、その肉襞で刺激し始めたときだ。それを誤魔化すように、ウシオニは甘えたようにイチを抱き寄せる。口付けを重ねるのは嫌ではないが、何かを隠している感じがした。
「……もう一回、駄目かい?」
しかし、そんな感情は簡単に、頬を染めたウシオニの言葉でかき消されてしまった。
一物は固さを取り戻して、控え目に刺激を繰り返す肉襞を逆に抉り返した。
「あぅっ! もう、乱暴ねぇ」
「じゃあ、どうしたらいいんだ?」
「ん……入口のところを、もっと広げるみたいに」
一度精を放って落ち着いたイチだが、まだ知らぬ快感に誘われるままに、ウシオニの身体をむさぼった。ウシオニが責めて欲しいと言う箇所に、素直に何度も繰り返し、身体をぶつける。
そうするうちに、ウシオニの動きにも余裕が無くなってきた。穴の締まりもどこか必死なように感じる。そして、あるとき様子ががらりと変わる。
膣口の固いところを腰を回して捏ね回し、天井を抉るように腰を打ちつけると、ウシオニの大きな身体がぶるりと揺れた。目が虚ろで、肩が弛緩している。だが、肉穴ばかりは今まで以上に力強くイチのモノを締め付けて、扱き上げてきた。
イチは腰が動きづらくなって、止めようとするが……。
「ま、まだ……」
「ん?」
「やめないで」
ウシオニの腰が暴れるように動き出して、イチも慌ててそれに応える。
甘えたようなウシオニの顔は剥がれて、なにより見えるのは必死さだ。イチのモノを下では固く締めつけて、しかし己の身体を押さえつけるように抱きしめて眉を歪める。それにますますイチの男根は固さを増して、固くなった肉襞を乱暴に捏ね回した。
だが、それからほどなくイチも高まる快感に耐えきれなくなる。
「う……」
「あぁっ、んっ……」
二度目の精をウシオニの中に放つ。
とうとう、腰を振る気力が無くなった。代わりに、上を向いたウシオニの乳首を指ではじいて気を誤魔化す。しかし、ウシオニもそれが嫌ではないようで、胸を突き出してくるので調子にのって指先で擦ったり、舌で転がしたりを繰り返した。
「ん……」
それから間もなく締め付けが弱まり、ウシオニは軽く息を吐く。
すっかり、落ち着きも取り戻したようだ。イチの頭をそっと撫でて、耳元で囁く。
「ありがと。お前は食わないよ。村にちゃんと話を伝えないと駄目だからね」
「はい……」
「けど、今日は休んでいきな。日も沈んで、山道を歩くのは危ない」
飯は要るかとも聞かれたが、イチは心地良い疲れにそれどころではなかった。
青黒い肌と、黄色い肌を重ねていると身も心も休まる。自然と瞼も重くなって、イチは夢の中へと意識を落としていった。覚えているのは、甘い香りと肌の温もりだけ。
その後のことは、よく知らない。
朝の目覚めは穏やかだった。良い匂いに誘われた起床で、気付くと服は着せられていた。イチはそのまま、巣の外に這い出る。
そこには焚き火があった。ウシオニが、土鍋で肉や山菜の入った汁を作っている。誘われるままに側に寄ると、器に盛られたそれが渡された。それが朝食らしい。
しばらくして、腹が膨れたところウシオニは話し始めた。
「精の匂いはどうにも辛い」
「はい……」
「雌の匂いがついていればまだしも、お前のような者には自制が利かなかった」
恥ずかしげに語り、何かを指差す。
「昨日もあれから身体を持て余して、張り型で鎮めようとしたがあの始末だ」
イチは恐ろしい物を見た気分だった。ソレは折れた大木だ。だが、大人が三人も手を繋いで、ようやく囲めるだろう太い幹が見事にへし折られている。
丁度腰の高さに、男根を象ったような石の張り型が刺さっているが……
「張り型?」
「張り型だ。けど、あまり口外はしてくれるな」
ウシオニは、何があったのか説明するように、側に生えた木に手を伸ばす。そしてイチの胴と同じくらいのそれが、ウシオニが圧し掛かると容易く柳のように曲がって、折れてしまった。それが自分の腰だと思うと、イチは背筋が寒くなった。
「本当に自制が利かないと、こうなる。お互いの為だと思って、よろしく頼む」
「は、はい」
「あと、だからといって女を山に入れるんじゃないぞ。さっきのは私だけに限った話だ。女の入山を禁止する理由は他にもイロイロあってだな、男と女を一緒にすると子供ができて町ができるという真理が……」
とにかく、山に入るのは男に限り、男も七日前から射精は一切禁止とウシオニは言った。背骨を折られたいのなら話は別とのことだが。
そこで話が終わったので、今度はイチが言う。
「やっぱ山の神様は優しいなぁ」
「そういうのはよせ。本気で言ってるなら、お前の勘違いだ」
「そっかなー」
話が本当なら、昨日はウシオニがイチのことをよく気遣ってくれたのだ。証拠に、イチの腰は折れていない。
「味をしめてもう一回、なんて言ってきたら本当に殺してしまうぞ」
「そんなことは、こっちもさせたくないなぁ」
「わかってくれて助かる」
ウシオニはそう言うが、優しい面も見てしまったイチに怯えた様子は無い。
それは顔に出ているだろうに、ウシオニは何度も同じことは言わない。だが、それは人間を信用しているからだろう。叔父がウシオニを語るとき、どことなく相手の肩を持つ様子だったのを思い出す。村とウシオニの絆を、イチは感じずにはいられなかった。
「土産は明日、お前の家に届けよう。私が届けるわけじゃないから、安心していいぞ」
「わかった、皆に伝えておこう」
めったに村に出て来ないのは、匂いでまた昨日のようになるかららしい。
また、人間の前に出て来ないのは、間近だと精の匂いを消した男相手でも押さえが利かないからだそうだ。
「昔は精の匂いなんか気にしなかったんだけどねぇ……」
最近は山を降りるのも気が乗らない。そう言ってぼやくウシオニに、イチは愛おしさまで覚える気がした。また、ウシオニの裸を見ても昨日のように反応しない自分に、安堵までしている。
「これからはよく気をつけて、言い伝えるよ」
「あぁ、そのぶん山の恵みは保障しよう。余計な人間や妖怪を山に入れないのも、昔からの約束だ」
そう言って、ウシオニはイチに帰り道を示そうとするが……。
「あのさ、ごめんな?」
「なにがだい?」
イチは、最後に一言伝えたかった。
「何も知らずに、困らせたみたいで、ごめん」
「……私だって人間の都合はよく知らないよ。ただ、そう思ってくれて、ありがとう」
ウシオニは照れ臭そうに笑う。
ウシオニはイチのような礼儀知らずにも優しくしてくれた。その恩に、容易く報いることはできないだろう。ただ、ウシオニは笑ってくれて、イチは少しだけ気が軽くなるようだった。
イチの無事を、家の者はいたく喜んだ。狩りは失敗に終わったらしいが、家族の無事が何よりだと言った。しかし、山の神様の元にいたという話は、おおよそ信じてもらえずにいた。山の神様は恐ろしい物だというのが、村の常識だったのだ。
ただし後日、イチの家に山のような鹿の肉や角、毛皮、おまけに熊の毛皮まで届いた。
誰が届けたのかは知らぬが、それでイチを信じた村の者は多かった。よくよくイチの話に耳を傾けるようにもなった。山の神と口を利いて、無事に帰ってきた者など今まで居ないのだから当然だ。ウシオニの言っていた、女と男の精を避けるべしという言葉はようやく皆に伝わったのだ。
だが、以前と打って変わって話しかけてくる人間の顔が急に増えた。それにイチは戸惑ってもいた。皆が不自然にイチに優しい。
「なぁ、おんじ。俺はそんな何にも知らねぇんだけど……」
「それなら神様が伝えて欲しい、つった事以外は黙ってりゃいい。背伸びして神様の顔に泥塗るよりはマシだ」
いつしか両親兄弟まで、イチのことを大事に扱うようになった。
前はそんな人気があるわけではなかった。だが、こんな風になりたかったわけではない。気付けば、イチが今までと同じように話ができるのが叔父だけになっていた。叔父だけが前と同じようにイチを叱り、その話をまっすぐ聞いてくれる。
「なんでおんじはそんな風にいられるんだ?」
「別に、大した事でもないさ」
叔父は、妖怪や怪物のことに詳しい。だからだろうか。
イチよりも、ウシオニのことを知っているように見える。いろいろ昔話で聞かせてくれる爺様達と比べて、生きた神様としての彼女を知っている気がする。
「ただ、何も知らないことを、知ってるってだけさ」
「………」
イチはついドキッとする。それは、イチがウシオニに対して思っているのと、まったく同じように聞こえた。
「関係ないが、ちょいと珍しい話を聞かせてやろうか?」
「うん」
「それはな、とある偉い巫女様の話よ」
ふいに叔父が語り出した話は、およそ九○○年も昔のことらしい。
この辺りには土蜘蛛と呼ばれる土豪がいたそうだ。土豪というのは、その頃特有の小さな村などの領主を指す言葉らしい。土蜘蛛はその一部の蔑称だ。
土蜘蛛は、当時の偉い人々に従わない、そういう者達だったそうだ。従わない理由は様々だが、この辺りの土蜘蛛の場合、主としては彼らの信じる神様に理由があった。
「土蜘蛛達の神様は、山に大きな道を通すことを嫌った」
叔父はそれをとりわけ強調した。
その理由は、人間の交流が増えれば自然と村が大きくなるから、だという。そうすれば、森や山を切り拓いて新しい田畑を作ることになる。そうするうちに、どんどん山は荒らされていくだろう。
山を愛する神様が、それを避けたかった。
「まぁ、表向きは圧倒的な軍備を持つ勢力が兵を送りこんでくるから、とか言ってたみたいだけどな」
それは人間の都合だろう。つまり、土蜘蛛達は神様にそういう点を強く説かれたのだ。神様はひどく本音を隠したうえで、自分の都合で村人などを扇動したように思える。
「だが、道を作ることを拒んだ土蜘蛛達には、数年の後に都から兵が向けられた。神様も、自分の都合の為に人間を狭い土地に閉じ込めて苦しめている、って理由で殺されそうになった」
そこで出てくるのが叔父の言う偉い巫女様だという。
「今じゃ考えられないだろうが、その頃は女も戦に駆り出されてな。性別よりも家柄とかが大事にされてたらしい」
「それで?」
「うん、その巫女様が土蜘蛛退治の兵を率いていたんだ」
巫女は、やせ細ったうえに装備も貧弱な土蜘蛛達を容易く蹴散らして、山の奥で震える神様の前に立った。その時点で既に戦の決着はついていたのだが、こう言ったらしい。
「貴女に私の血を捧げて、二人でこの土地の神になりましょう、ってさ」
「え、そんなこと出来るの?」
「出来るんだよ。今となっちゃ気味悪がられるばかりだが、その時は土蜘蛛達を大喜びさせる奇跡の技だったのさ」
血を受けた神様は大きな変身を遂げたが、土蜘蛛達にはそれが元の神様だと分かる物だったらしい。逆に、都の兵士達もそれが巫女様だと分かる物だったという。都ではいくらか騒ぎがあったようだが、結果として土蜘蛛の土地を都の人間が支配できるようになり、土蜘蛛達も神様を失わずに済んで、めでたしめでたしだったそうだ。
「時代は過ぎて、今となっちゃ単なる土蜘蛛退治としか言われないが、二人で一つになった神様は今でもこの土地を守っているってさ」
「それが、あの山の神様?」
「都の連中なら単にウシオニと呼ぶだろうけどな。他のウシオニと一緒にして欲しくないぜ。正真正銘のウシオニの祖ってやつで、他の呼び名が欲しいくらいだ」
そういえば、あのウシオニは角が折れていた。退治を企む女武者と戦ったのだろうか。それで、相手が血を浴びてウシオニになったのだろうか。
「ま、そういうわけで、昔からいろいろと伝わってない話もあるわけだ」
「おんじはそれを誰から聞いたんだ?」
「天狗って言ったら笑うか?」
「いんや」
不思議と、叔父の話が天狗のそれだと言われても納得がいった。
だが、叔父はそれから付け足して言う。
「そうか。けどな、長生きしてるアイツらも案外ものを知らねぇぞ。ウシオニ様の考えとかも、いまいち知らないらしい。天狗が山に住み着くのもウシオニ様は嫌ってるそうでな」
「そうなのか?」
「口では強気だが、そこら辺は意外と謙虚だぜ。天狗なのにな」
叔父の言っていることは、根元からして胡散臭い。だが、イチにとっては村の他の誰が言うことよりも、価値のある話に思えた。
「天狗も知らないのか……」
「お前のところに毛皮とか運んだのも、天狗だとさ。あいつはウシオニ様と親しいっぽいんだけどなぁ……」
「なぁ、おんじ。その天狗紹介してくれよ」
「やだよ。話だけ聞かせてやる。あいつは俺だけの天狗だ」
「そっか……」
天狗から話を聞ける叔父でも、ウシオニのことを十分には知らない。昔から伝わっていることにも、天狗の知識にも、欠けた部分があると言う。
それならイチは、ウシオニに言われたことを精一杯大事に噛みしめるしかない。伝えて欲しいと言われたことを、欠かさぬように伝えるしかない。それが欠けてしまったら……。
「まぁ、そうならないように頑張るしかないな」
「うへぇ」
何でも忘れてしまう人間の頭が、少し恨めしく思えた。
立派なシナノキが多く、その樹皮は縄に、良質な花の蜜は高価な蜂蜜になった。村人達は、他の村と比べて一周り豊かな暮らしをしている。それはもう笑顔が絶えない、良い村であった。
そんな村には、昔から怖れられている言い伝えとオキテがある。
オキテによると、山の奥深くまで足を踏み入れるのは男に限り、なおかつその七日前から女と肌を重ねてはならないとされた。また、いざ踏み入る際に、さらに水垢離で村の匂いをすっかり消し去るよう定められていた。
それを破った者には恐ろしい山の神の祟りがある、という話だ。
この日、山奥に初めて立ち入る若者の"イチ"もまた、オキテに従って水垢離を済ませていた。年は十六で、女の味はまだ知らぬからそれを絶つのも苦はなかった。
イチを連れていく叔父が言うに、半月もかけて鹿を生け捕りにする狩りだそうだ。罠に追いこむもので人手も要る。それでイチにも初めて声がかかった。
「なぁ、おんじ。山の神様ってのはどんな神様なんだ?」
しかし、イチは村の爺様婆様から、山の神様についていろいろと昔話で聞かされていた。ただ、大事なオキテを守るのは当たり前だと。つけ加えるように、あれはするなこれはするなと言うから、とてもじゃないが覚えきれなかった。初めて山に登るイチにとっては、知らないことがあるのは恐ろしい。
「おう、ありゃあ、都の方の連中が気が狂うほど怖れてるウシオニ様ってやつよ」
「ウシオニ?」
「おうよ。人間を襲って食っちまう怪物ってやつだ」
「それが神様なのか?」
「あぁ。なんせ長生きで、人間が知らない事をいろいろと知ってるらしいからな」
人間が理解できない、圧倒的な存在を何でも神様として祀る。日の本によくある風習らしい。他にも形のない嵐や地震、飢饉にまで神様がいるそうだから面白い。
叔父はよく都の方から来た商人と毛皮の売り買いをしている。だから、イチにこういう面白い話も教えてくれるのだ。
「それに、めったに人間は食わねぇらしい。普通なら、山を歩いていて目の前に現れることも、襲われることもまず無い」
「もしかして、悪い奴しか食わないのか?」
「いんや、悪い奴は殺すが、あんまり食わんらしい」
「じゃあ、人間を食うってのは……」
そうイチが聞いたとき、叔父はニヤリと笑った。そしてイチを指差す。
「婿さんを食っちまうんだとさ」
「婿?」
「おうよ、何十年何百年に一度のことだがな。山から下りてきて、気に入った婿を連れて帰るんだと」
ウシオニといっても、牛のように力強い怪物という意味で、現実には蜘蛛のような巣を作るらしい。蜘蛛といえば、雌が雄を食ってしまう様子をイチも見たことがあった。
「普通の蜘蛛ならまだ雄が逃げることもあるが、ウシオニ様相手じゃどうにもならねぇ。腰が抜けるまで吸い尽くされて、気を失ったらもうお陀仏よ」
なるほど、しかし、それなら何故イチを指差したのだろうか。
「ん? そりゃお前、ウシオニ様は当然だが人間慣れしてないからな。女慣れしてない奴の方が好かれるってもんよ」
イチは苦笑いした。ようは童貞を馬鹿にされたうえに怪物の餌になりやすそうだと脅されたのだ。気休めに山の神様のことを聞こうと思ったのに、とんでもない話だ。特に童貞は望んでやっているわけではない。その点では、ひどく苦々しい気分だった。
イチがふと、木々の隙間に人の顔を見つけたのは偶然。鹿を追っている最中のことだった。一度だけ視線を逸らしたが、もう一度見てもやはり居る。
太い幹から顔を半分覗かせて、女がこちらの様子を見ていた。
「………」
当然だが、イチは玉が縮むような心地だった。
この山は女が登ることが禁じられている。ならば細かくは考えるまでもない。女がいたとすれば、それは妖怪などでおおよそ間違いないのだ。実際に、女の顔の位置もどこか不自然に思えた。そうだ、あれでは背の高さが七尺では済まない。
「う、ウシオニか?」
イチがそう言った瞬間、女がぬっと木の陰から身体を乗り出した。
それは裸だった。その青黒い肌にはつい息を飲む。だが、豊満な乳房が揺れるのを見て、男の性でつい反応してしまうのが少し哀しい。顔だけ覗かせていたときにも思ったが、頬を艶っぽく染めた様子は器量良しの娘のようだ。角の片方が折れた様が、顔半分でイチにもしや人間ではと思わせた正体だった。
だが、それにしても美しく、イチはつい見惚れてしまった。
「は、はは……」
逃げもせずに立ちつくしていた。
それから、ほどなくイチは再び息を飲む。下半身までスルリと、腰の丸みが見えるだろうというところまで出てきて、しかし繋がって出てきたのが巨大な蜘蛛の胴体だった。
ゆっくりと、イチの方に近づいてくるのだが、そこでも逃げられる気はしなかった。見惚れるのとは逆に、脚の一本でイチの背ほどあり、見るだけで恐ろしい。下手に刺激しては、かえって危なくなっただろう。
「お前さん、イチといったな?」
「は、はい」
イチはオキテのとおり、女は抱いていないし水垢離も済ませた。
そして、何も悪い事はしていないはずだった。悪いようにはされないと思っていた。
「やってくれたな……」
「な、何を?」
だが、ウシオニはイチの目の前までやってきて、その腕を伸ばす。
「そんな精の匂いを纏って、もはや我慢の限界だ」
そう言って、ウシオニは両腕でイチを抱きしめた。苦しくはない。だが、逃げられない力強さだった。それに、胸に当たるのはなんとも幸せな感触だ。
かけられるウシオニの声も、色気があってイチの背筋は無意識のうちに震えた。
「女の臭いはしないが、手遊びでもしたか? それとも、夢で果てたか?」
「あ……」
性に目覚めて三余年、まだ日の浅いイチは数日に一度は夢で精を放つ癖が抜けなかった。手遊びは苦手として、ほんのたまにしかしないが……。
「ハァ……。イチ……」
このウシオニを刺激したのは男の精の匂いだった。
村で、それも山仕事を任される男達は、女に事欠くことが少ない。普通は十三にもなれば一度は女を抱くもので、イチのようなあぶれ者の方がかえって珍しい。どうも、問題無く働いていた村のオキテも、実は本質を捉えていなかったらしい。
ウシオニはすっかり上気した様子で、イチの耳を舌でねぶっている。
「あ、あの……」
「ちゅっ……なんだい?」
「ゆ、許してください……」
「んふっ……」
抵抗できないイチはせめて言葉で許しを乞うが、ウシオニは優しく微笑むばかりで応えない。代わりにイチの手を腰に回させて、その通りに撫でると湿った声を耳元で漏らした。
しかし、間近での迫力に圧倒されて気付かなかった。ウシオニの胴体の蜘蛛のところは、なるほど巨大だ。しかし、娘の姿をした上半身はイチと釣り合う程の背丈だ。腰も細く、力を入れると柔らかい肌が手に吸いつく。
「はぅ!」
「へ?」
「ん……もっと強くして……」
腰を撫でまわすだけで全身を震わせるウシオニには、どうにも叔父の言う力強さは感じない。だが、火がついたようにイチに唇を重ね、舌を絡ませる貪欲さには圧倒される。
「んちゅ……。ね、私の巣に来ない? そこでゆっくり、いいでしょ?」
こうして服をはだけさせ、豊満な胸を擦りつけられて嫌と言えるほどイチは女に慣れていなかった。そうでなくとも、未だかつてなく膨張した陰茎が、男の切ない思いを表わしていた。一撫でされればそのまま精を噴きそうなのに、ウシオニはそこにだけ少しも触れない。
それで村の娘にもかけられたことの無い、甘い囁きに乗らない理由はイチの頭には無かった。
イチはウシオニに抱かれて、身を任せた。巣とはその通りの、しかし陣幕を思わせる大きな網をくぐる。その奥は袋のようになっており、行き止まりで降ろされるとふわりとした感触が腰の下にはあった。
「まだ大きいけど……さっきはもっと大きかったわよね」
イチと同じように巣の中で腰を下ろしたウシオニが迫る。
けれども大きな胴体が埋もれた様子で、迫力はあまり無い。代わりに妖艶さが増した気がした。
ウシオニが腕を絡ませて来て、押し付けられる柔らかい感触。その先端の、固くなった突起が切なそうに上を向いているのは、ウシオニの心情をよく表わした。
それと、外では気付かなかった。汗ばんだ肌からは甘い香りが漂っている。
「あは……刺激するまでもなかったわね」
それだけでイチのモノは固くそそり立った。それにウシオニはそっと手で触れて、睾丸から捏ねまわすように撫でる。
「でも、もうちょっと我慢してねー」
そう言ってウシオニが、口から垂らすのは妙にぬめりのある液体だった。体温そのままの粘液をゆったりと男根に絡ませて、馴染ませる。
片手で男根を撫でまわされ、腰が震えるイチにウシオニは何度も口付けする。耳元で、あと少し、あと少しと言って焦らす。
「ん、そろそろ……ね」
そしてウシオニが腰を上げたとき、毛に隠れていた女陰部がイチの目の前にあった。
毛は濡れて雫まで垂らし、青黒くも充血していると分かる肉穴が見える。穴はいやらしく収縮を繰り返す。イチが好奇心のままに手を伸ばしても、ウシオニは黙っていた。黒い毛を分けて、肉襞を指で広げると穴からは粘液がこぼれた。
「そこにイチのを挿れるの」
「ここに……」
「やってみなよ。初めては自由にやらせてあげるから」
丁度イチの腰の高さになるように、ウシオニが腰を落とす。
パクパクと物欲しげな肉穴に、イチはツバを飲んだ。そして、固くなった自分のモノをあてがって、おそるおそる内へと沈めていく。亀頭の先が入ると、ぬめった温もりが柔らかな刺激を与える。半分も入ると肉襞の締めつける感覚がはっきりとしてきて、擦れる感触にたまらず、根元まで入ってしまう。
「ハァ、ハァ……!」
「じゃあ、さっそく動かしてみましょ」
仰向けだというのに、ウシオニが器用に腰を動かす。
それに合わせてイチも腰を動かし、打ちつけて肉襞を抉った。
「ん……良い感じ。胸も触っていいんだよ?」
「は、はい」
見ると、ウシオニの乳房の先端がなんとも切なそうにしている。胸を寄せて、早くして欲しいと態度でも示されては思わず飛びついていた。そのときの小さな悲鳴も気分を高ぶらせる。
イチが乳首を弄るに合わせて膣が動く。そうやって相手を自由にするのは、言いようのない快感があった。それに口付けを合わせると、自然と触れあう肌が増えて気分が落ち着いた。ゆっくりと腰を動かして、中を楽しむ余裕ができる。
だが、ウシオニも気分が乗ってきたようで、ふと肉襞が信じられない動きをしだす。男根に絡みつき、それを搾り上げるようなうねりが加わる。それにイチの腰の動きが合わさると、刺激は男根から頭の頂点まで突き抜けるようだった。
一気に高まる射精感が、イチの頭とは関係なく腰を振らせる。
「あ、あ、もう……」
「いいよ。出して」
ウシオニが言うが早いか、イチは腰を押し付けて肉穴の一番奥めがけて精を放っていた。その後も馴染ませるように前後して、射精が止まるとそのまま覆いかぶさるように口付けをする。
「んふ、気持ち良かったかい?」
「はい……」
「よかった……」
それから、やや固さを無くしたモノを引きぬこうとして、ふと気付く。
「あれ?」
「もう少し、こうしてて」
蜘蛛の脚で、イチの腰が押さえられている。
だが、ウシオニは不思議がるイチに対して、ただそう言った。甘えられるのは悪い気がしないイチも、それになんとなく応える。それが勘違いとも知らず。
「あれ、ウシオニさん……?」
「んー?」
気付いたのは、ウシオニが挿さったままのイチのモノを、その肉襞で刺激し始めたときだ。それを誤魔化すように、ウシオニは甘えたようにイチを抱き寄せる。口付けを重ねるのは嫌ではないが、何かを隠している感じがした。
「……もう一回、駄目かい?」
しかし、そんな感情は簡単に、頬を染めたウシオニの言葉でかき消されてしまった。
一物は固さを取り戻して、控え目に刺激を繰り返す肉襞を逆に抉り返した。
「あぅっ! もう、乱暴ねぇ」
「じゃあ、どうしたらいいんだ?」
「ん……入口のところを、もっと広げるみたいに」
一度精を放って落ち着いたイチだが、まだ知らぬ快感に誘われるままに、ウシオニの身体をむさぼった。ウシオニが責めて欲しいと言う箇所に、素直に何度も繰り返し、身体をぶつける。
そうするうちに、ウシオニの動きにも余裕が無くなってきた。穴の締まりもどこか必死なように感じる。そして、あるとき様子ががらりと変わる。
膣口の固いところを腰を回して捏ね回し、天井を抉るように腰を打ちつけると、ウシオニの大きな身体がぶるりと揺れた。目が虚ろで、肩が弛緩している。だが、肉穴ばかりは今まで以上に力強くイチのモノを締め付けて、扱き上げてきた。
イチは腰が動きづらくなって、止めようとするが……。
「ま、まだ……」
「ん?」
「やめないで」
ウシオニの腰が暴れるように動き出して、イチも慌ててそれに応える。
甘えたようなウシオニの顔は剥がれて、なにより見えるのは必死さだ。イチのモノを下では固く締めつけて、しかし己の身体を押さえつけるように抱きしめて眉を歪める。それにますますイチの男根は固さを増して、固くなった肉襞を乱暴に捏ね回した。
だが、それからほどなくイチも高まる快感に耐えきれなくなる。
「う……」
「あぁっ、んっ……」
二度目の精をウシオニの中に放つ。
とうとう、腰を振る気力が無くなった。代わりに、上を向いたウシオニの乳首を指ではじいて気を誤魔化す。しかし、ウシオニもそれが嫌ではないようで、胸を突き出してくるので調子にのって指先で擦ったり、舌で転がしたりを繰り返した。
「ん……」
それから間もなく締め付けが弱まり、ウシオニは軽く息を吐く。
すっかり、落ち着きも取り戻したようだ。イチの頭をそっと撫でて、耳元で囁く。
「ありがと。お前は食わないよ。村にちゃんと話を伝えないと駄目だからね」
「はい……」
「けど、今日は休んでいきな。日も沈んで、山道を歩くのは危ない」
飯は要るかとも聞かれたが、イチは心地良い疲れにそれどころではなかった。
青黒い肌と、黄色い肌を重ねていると身も心も休まる。自然と瞼も重くなって、イチは夢の中へと意識を落としていった。覚えているのは、甘い香りと肌の温もりだけ。
その後のことは、よく知らない。
朝の目覚めは穏やかだった。良い匂いに誘われた起床で、気付くと服は着せられていた。イチはそのまま、巣の外に這い出る。
そこには焚き火があった。ウシオニが、土鍋で肉や山菜の入った汁を作っている。誘われるままに側に寄ると、器に盛られたそれが渡された。それが朝食らしい。
しばらくして、腹が膨れたところウシオニは話し始めた。
「精の匂いはどうにも辛い」
「はい……」
「雌の匂いがついていればまだしも、お前のような者には自制が利かなかった」
恥ずかしげに語り、何かを指差す。
「昨日もあれから身体を持て余して、張り型で鎮めようとしたがあの始末だ」
イチは恐ろしい物を見た気分だった。ソレは折れた大木だ。だが、大人が三人も手を繋いで、ようやく囲めるだろう太い幹が見事にへし折られている。
丁度腰の高さに、男根を象ったような石の張り型が刺さっているが……
「張り型?」
「張り型だ。けど、あまり口外はしてくれるな」
ウシオニは、何があったのか説明するように、側に生えた木に手を伸ばす。そしてイチの胴と同じくらいのそれが、ウシオニが圧し掛かると容易く柳のように曲がって、折れてしまった。それが自分の腰だと思うと、イチは背筋が寒くなった。
「本当に自制が利かないと、こうなる。お互いの為だと思って、よろしく頼む」
「は、はい」
「あと、だからといって女を山に入れるんじゃないぞ。さっきのは私だけに限った話だ。女の入山を禁止する理由は他にもイロイロあってだな、男と女を一緒にすると子供ができて町ができるという真理が……」
とにかく、山に入るのは男に限り、男も七日前から射精は一切禁止とウシオニは言った。背骨を折られたいのなら話は別とのことだが。
そこで話が終わったので、今度はイチが言う。
「やっぱ山の神様は優しいなぁ」
「そういうのはよせ。本気で言ってるなら、お前の勘違いだ」
「そっかなー」
話が本当なら、昨日はウシオニがイチのことをよく気遣ってくれたのだ。証拠に、イチの腰は折れていない。
「味をしめてもう一回、なんて言ってきたら本当に殺してしまうぞ」
「そんなことは、こっちもさせたくないなぁ」
「わかってくれて助かる」
ウシオニはそう言うが、優しい面も見てしまったイチに怯えた様子は無い。
それは顔に出ているだろうに、ウシオニは何度も同じことは言わない。だが、それは人間を信用しているからだろう。叔父がウシオニを語るとき、どことなく相手の肩を持つ様子だったのを思い出す。村とウシオニの絆を、イチは感じずにはいられなかった。
「土産は明日、お前の家に届けよう。私が届けるわけじゃないから、安心していいぞ」
「わかった、皆に伝えておこう」
めったに村に出て来ないのは、匂いでまた昨日のようになるかららしい。
また、人間の前に出て来ないのは、間近だと精の匂いを消した男相手でも押さえが利かないからだそうだ。
「昔は精の匂いなんか気にしなかったんだけどねぇ……」
最近は山を降りるのも気が乗らない。そう言ってぼやくウシオニに、イチは愛おしさまで覚える気がした。また、ウシオニの裸を見ても昨日のように反応しない自分に、安堵までしている。
「これからはよく気をつけて、言い伝えるよ」
「あぁ、そのぶん山の恵みは保障しよう。余計な人間や妖怪を山に入れないのも、昔からの約束だ」
そう言って、ウシオニはイチに帰り道を示そうとするが……。
「あのさ、ごめんな?」
「なにがだい?」
イチは、最後に一言伝えたかった。
「何も知らずに、困らせたみたいで、ごめん」
「……私だって人間の都合はよく知らないよ。ただ、そう思ってくれて、ありがとう」
ウシオニは照れ臭そうに笑う。
ウシオニはイチのような礼儀知らずにも優しくしてくれた。その恩に、容易く報いることはできないだろう。ただ、ウシオニは笑ってくれて、イチは少しだけ気が軽くなるようだった。
イチの無事を、家の者はいたく喜んだ。狩りは失敗に終わったらしいが、家族の無事が何よりだと言った。しかし、山の神様の元にいたという話は、おおよそ信じてもらえずにいた。山の神様は恐ろしい物だというのが、村の常識だったのだ。
ただし後日、イチの家に山のような鹿の肉や角、毛皮、おまけに熊の毛皮まで届いた。
誰が届けたのかは知らぬが、それでイチを信じた村の者は多かった。よくよくイチの話に耳を傾けるようにもなった。山の神と口を利いて、無事に帰ってきた者など今まで居ないのだから当然だ。ウシオニの言っていた、女と男の精を避けるべしという言葉はようやく皆に伝わったのだ。
だが、以前と打って変わって話しかけてくる人間の顔が急に増えた。それにイチは戸惑ってもいた。皆が不自然にイチに優しい。
「なぁ、おんじ。俺はそんな何にも知らねぇんだけど……」
「それなら神様が伝えて欲しい、つった事以外は黙ってりゃいい。背伸びして神様の顔に泥塗るよりはマシだ」
いつしか両親兄弟まで、イチのことを大事に扱うようになった。
前はそんな人気があるわけではなかった。だが、こんな風になりたかったわけではない。気付けば、イチが今までと同じように話ができるのが叔父だけになっていた。叔父だけが前と同じようにイチを叱り、その話をまっすぐ聞いてくれる。
「なんでおんじはそんな風にいられるんだ?」
「別に、大した事でもないさ」
叔父は、妖怪や怪物のことに詳しい。だからだろうか。
イチよりも、ウシオニのことを知っているように見える。いろいろ昔話で聞かせてくれる爺様達と比べて、生きた神様としての彼女を知っている気がする。
「ただ、何も知らないことを、知ってるってだけさ」
「………」
イチはついドキッとする。それは、イチがウシオニに対して思っているのと、まったく同じように聞こえた。
「関係ないが、ちょいと珍しい話を聞かせてやろうか?」
「うん」
「それはな、とある偉い巫女様の話よ」
ふいに叔父が語り出した話は、およそ九○○年も昔のことらしい。
この辺りには土蜘蛛と呼ばれる土豪がいたそうだ。土豪というのは、その頃特有の小さな村などの領主を指す言葉らしい。土蜘蛛はその一部の蔑称だ。
土蜘蛛は、当時の偉い人々に従わない、そういう者達だったそうだ。従わない理由は様々だが、この辺りの土蜘蛛の場合、主としては彼らの信じる神様に理由があった。
「土蜘蛛達の神様は、山に大きな道を通すことを嫌った」
叔父はそれをとりわけ強調した。
その理由は、人間の交流が増えれば自然と村が大きくなるから、だという。そうすれば、森や山を切り拓いて新しい田畑を作ることになる。そうするうちに、どんどん山は荒らされていくだろう。
山を愛する神様が、それを避けたかった。
「まぁ、表向きは圧倒的な軍備を持つ勢力が兵を送りこんでくるから、とか言ってたみたいだけどな」
それは人間の都合だろう。つまり、土蜘蛛達は神様にそういう点を強く説かれたのだ。神様はひどく本音を隠したうえで、自分の都合で村人などを扇動したように思える。
「だが、道を作ることを拒んだ土蜘蛛達には、数年の後に都から兵が向けられた。神様も、自分の都合の為に人間を狭い土地に閉じ込めて苦しめている、って理由で殺されそうになった」
そこで出てくるのが叔父の言う偉い巫女様だという。
「今じゃ考えられないだろうが、その頃は女も戦に駆り出されてな。性別よりも家柄とかが大事にされてたらしい」
「それで?」
「うん、その巫女様が土蜘蛛退治の兵を率いていたんだ」
巫女は、やせ細ったうえに装備も貧弱な土蜘蛛達を容易く蹴散らして、山の奥で震える神様の前に立った。その時点で既に戦の決着はついていたのだが、こう言ったらしい。
「貴女に私の血を捧げて、二人でこの土地の神になりましょう、ってさ」
「え、そんなこと出来るの?」
「出来るんだよ。今となっちゃ気味悪がられるばかりだが、その時は土蜘蛛達を大喜びさせる奇跡の技だったのさ」
血を受けた神様は大きな変身を遂げたが、土蜘蛛達にはそれが元の神様だと分かる物だったらしい。逆に、都の兵士達もそれが巫女様だと分かる物だったという。都ではいくらか騒ぎがあったようだが、結果として土蜘蛛の土地を都の人間が支配できるようになり、土蜘蛛達も神様を失わずに済んで、めでたしめでたしだったそうだ。
「時代は過ぎて、今となっちゃ単なる土蜘蛛退治としか言われないが、二人で一つになった神様は今でもこの土地を守っているってさ」
「それが、あの山の神様?」
「都の連中なら単にウシオニと呼ぶだろうけどな。他のウシオニと一緒にして欲しくないぜ。正真正銘のウシオニの祖ってやつで、他の呼び名が欲しいくらいだ」
そういえば、あのウシオニは角が折れていた。退治を企む女武者と戦ったのだろうか。それで、相手が血を浴びてウシオニになったのだろうか。
「ま、そういうわけで、昔からいろいろと伝わってない話もあるわけだ」
「おんじはそれを誰から聞いたんだ?」
「天狗って言ったら笑うか?」
「いんや」
不思議と、叔父の話が天狗のそれだと言われても納得がいった。
だが、叔父はそれから付け足して言う。
「そうか。けどな、長生きしてるアイツらも案外ものを知らねぇぞ。ウシオニ様の考えとかも、いまいち知らないらしい。天狗が山に住み着くのもウシオニ様は嫌ってるそうでな」
「そうなのか?」
「口では強気だが、そこら辺は意外と謙虚だぜ。天狗なのにな」
叔父の言っていることは、根元からして胡散臭い。だが、イチにとっては村の他の誰が言うことよりも、価値のある話に思えた。
「天狗も知らないのか……」
「お前のところに毛皮とか運んだのも、天狗だとさ。あいつはウシオニ様と親しいっぽいんだけどなぁ……」
「なぁ、おんじ。その天狗紹介してくれよ」
「やだよ。話だけ聞かせてやる。あいつは俺だけの天狗だ」
「そっか……」
天狗から話を聞ける叔父でも、ウシオニのことを十分には知らない。昔から伝わっていることにも、天狗の知識にも、欠けた部分があると言う。
それならイチは、ウシオニに言われたことを精一杯大事に噛みしめるしかない。伝えて欲しいと言われたことを、欠かさぬように伝えるしかない。それが欠けてしまったら……。
「まぁ、そうならないように頑張るしかないな」
「うへぇ」
何でも忘れてしまう人間の頭が、少し恨めしく思えた。
11/05/26 18:35更新 / 丁稚ようかん