ある蜥蜴と男の話
「マムルーク隊長、こちらにいらっしゃいましたか」
本を読みながら廊下を歩いていると背後からそんな声を掛けられた。振り向かずとも誰だか分かる……というか、俺を姓の方で呼ぶ奴は隊舎の中に一人しかいない。
足は止めないまま本を閉じ、溜息混じりに腰の獲物に手を伸ばす。姓の方で呼ぶなって何度も言っているのに、相変わらず聞き分けのない奴だ。
「マムルーク隊長?」
「……テレサ副隊長、トカゲの尻尾は切っても再生するらしいな?」
「失礼しました、マルク隊長。だから剣の柄から手を離してください。私の尻尾を切って再生するかどうかを見てみようとか思わないでください」
「思われたくないなら何度も同じ事を言わせるな。俺を姓で呼ぶんじゃない」
「失礼しました。以後気をつけます」
「その言葉を聞き続けて早一年だが」
「……以後気をつけます」
口調にこそ表れないが、声音が少し落ち込んだのを見てとりあえず追及をやめる。真面目だしリザードマンにしては気の長い奴なのに、こういうところでうっかりしているから隊長に昇進できないのだろう。剣の腕前もなかなかなのに、勿体無い奴だ。
「で、何か用か?」
「はい。市街区と郊外の巡回が終わりましたので報告に参りました」
「ご苦労。というか報告書に纏めて俺の机に置いといてくれれば良いんだが」
「一応報告書は書いておきましたが、特筆すべきこともありませんでしたので。市街区に異常は見当たりませんでした。郊外に他の魔物も住んでいる居住区があるということで、隣国の弾圧派による被害を受けたらすぐに軍に連絡するよう勧告を出しておきましたが、目立って異常はなかったようです」
「そうか、分かった」
というより郊外の魔物も住んでいる居住区と言えば俺が住んでる辺りだから、報告どころか巡回に行く必要すらなかったのだが。分かっているはずなのに、本当に真面目な奴だ。
「そういや郊外のさらに外れのほうで盗賊が出るとか噂があったけど」
「ユリア隊長とアンリ副隊長が巡回、鎮圧に向かわれたようです。我々は次の指令まで暇というわけですね」
「あの二人が行ったなら事実でも虚実でも片付くだろうなぁ。ま、それなら骨休めでもしとくかな」
最近は魔物弾圧派も活動が沈静化しているが、軍に身を置く以上はいつ何が起こるかわからない。休めるときに休むことも大切なこと……という兄の教えを振り返りながら、俺はふと隣を歩くテレサに目をやった。
何か口を開きかけていたテレサは、目が合う直前で視線を逸らしながら、珍しく控えめな声で言う。
「……そ、その。今日は、鍛錬も休まれるおつもりで?」
……冗談でも、上官に皮肉が言えるようになったのはある意味進歩と言ってもいいだろう。同時に自分の気の緩みを指摘されたようで、気恥ずかしくもある。
部下の気遣いに感謝しつつ、苦笑しながら俺は首を振った。
「……そう言われたら、休むわけにはいかないな」
「え? ……あ、ああいや私は別にそのようなつもりではなく、隊長がお疲れであられるならば」
「手合わせ願えるか、テレサ?」
副隊長、という肩書きは呼ばない。上司と思わず本気で打ち合って欲しい、という願いを込めた言葉に、テレサは一瞬言葉を止める。
手元の書類から顔を上げた彼女は、不敵に、そしてどこか嬉しそうに、笑っていた。
「喜んで、マルク」
「っつ、う……あー、いい〜……」
最初に断っておくが嬌声ではない。テレサに整体をしてもらっている俺の口から漏れている声である。
うつ伏せになった俺の横に腰を下ろすと、テレサは俺の腕に手を添え、剣を振るった左腕を中心に肩、背中、そして脚と順番に筋肉をほぐしていく。
組み手は二勝一敗で辛くも俺の勝利だった。体力的な面もあって俺が一敗した時点で勝ち逃げする形になったが、負けは負けだということでテレサの申し出によりマッサージをしてもらうことになった……これがとても良い具合である。テレサの手馴れた手つきになんだかんだで溜まっていた疲れも相まって、気を抜けば眠ってしまいそうになる。
「お加減はいかがですか?」
訊ねるテレサに、眠気を飛ばす意も込めて軽く頷いた。
「とても良い。心得があったのか?」
「半年前からベル医務長にご教授していただいています。任務の合間しか時間が無いので基礎的な部分だけですが」
「道理で上手なわけだ。基礎だけでも助かるよ、ありがとう」
「いえ、お礼など……その、敗者が勝者に尽くすのは、当然ですし……そもそも、隊長のために覚えた技術ですから」
その理屈だと俺は他の隊長七人のうち五人の奴隷になってしまうのだが……という突っ込みはさておき、最後の言葉には感激する。が、しかし同時に顔をしかめる。部下に体調まで気を遣わせてしまうのは、いくら俺でも心苦しいところがある。
「なんか、俺のために整体まで学ばせてしまって、悪いな」
「あっ!? いえ、ですからそのような意味では……そ、それに作戦は他の隊長を基準に立てられますから、どのみち隊長には必要になる技術です!」
「いやその理屈はおかしい」
作戦実行後は人魔を問わずマッサージくらいしてもらってるし、そのための技術は各隊の医療パーティが習得していれば良い話であって実行部隊が習得すべき技術ではない。
というかその前に、他の隊長を基準にすると俺に整体が必要になるほどの負担が掛かるって意味合いが悲しい。事実だからもっと悲しい。
と口には出さないものの、俺が少し顔を上げれば、顔を赤くしたテレサが目に入り、
「…………だ、だって、それで隊長が私に整体を頼んでくれれば、それでまた隊長のお側にいられるじゃないですか……っ」
やばい。部下が可愛い。
いつもの気丈な態度、明朗な声はどこへやら。顔を赤らめて目を逸らしながら、消え入りそうな声で呟くテレサは破壊力抜群すぎる。
「そ、そもそも隊長が悪いのです。優しくて気が回って部下思いで、その上白兵戦で私より強いなんて……す、好きにならないわけがないっていうのに!」
「……おい、なんか秘めた思いが駄々漏れになってるぞ?」
「〜〜〜っ!? こっこれはその、っ、つっ、つまりですね!」
いや、知ってたけれども。隊長を決める決闘で俺が勝って、その後めっちゃ尽くしてくれるようになったあたりで気付いてたけれども。
改めて言われるのは、やはり嬉しいし、なかなか理性が溶けそうになる。
それでも、俺は先に、言わなければならないことがあった。
「……テレサ。その、だなあっっ!?」
しかし、それを言うまでもなく、テレサはマッサージしていた俺の手を捻り上げ、逆に関節を極める形で自由を奪う。
そして動けなくなった俺の唇に強引に自分の唇を重ねてきた。
「っ……、テレ、サ!」
「んっ……ご無礼をお許しください。しばし計画からずれてしまいましたが……こうなっては隠す理由もありません! お慕いしています隊長!」
ありがとう! やっと言えたね! そもそも隠せてなかったけどね!
「だから、テレサっ!」
「隊長が、お住まいの近くの魔物たちと、その……関係をお持ちであることは、存じています。その方たちには、許可を頂いてきました」
「いだだだだっ、きょ、許可!?」
「隊長の女の一人になる許可です。妖狐の女性とマミーの女性……隊長のお知り合いに間違いありませんね?」
郊外に住む魔物は八種族九名。妖狐とマミーは一人ずつだから間違いない、アカネさんとマルヌさんだ。
ってことは、巡回でわざわざ郊外に足を運んだのは任務をこなしたのではなくて、二人と直接話し合うためか。珍しく言ったと思った皮肉は俺を挑発して組み手後のマッサージに漕ぎ付けるためと考えれば納得がいく。リザードマンは単純直情だと思っていたが、思いがけずもこいつ、かなりの策士だな!?
置かれた状況も忘れて思わず感心の溜息を漏らしそうになったが、そんな場合ではない、と危うく我に返る。とにかく拘束を解こうと体をよじる俺に、そうはさせまいと負荷をかけながらテレサは俺の耳元で囁いた。
「隊長……マッサージ、して差し上げます」
その時の顔は見えなかったが、きっと微笑んでいたに違いない。
実に一晩中『マッサージ』を受け続ける羽目になり。
吸い殺されるかと錯覚するほどの長い夜が過ぎ、朝、自室のベッドの上。
恐ろしいことに、体が凄く軽い。疲れも全く残っていないし、どころかいつになく調子が良い。睡眠時間も足りていないはずなのにそれすら感じさせない体を訝りながらも、ふと届いた食事の匂いに、俺はふとキッチンに目を向けた。
皿に料理を盛り付けているテレサと目が合った。
「あ、隊長。おはようございます」
「……テレサ副隊長、何をしている?」
「食事の支度を。それよりも隊長、お加減はいかがですか?」
「何故か絶好調だ……」
「それは良かった」
にこ、と笑って食事を運んでくる。ふるふると嬉しそうに尻尾が揺れているところとか、蜥蜴というより犬みたいだと思いつつ、俺は食事を受け取った。
「アレだけ激しくやったのに」
「ふふ、隊長。房中術というものをご存知ですか?」
「ぼう……? 聞き覚えはないな」
「大陸の東方に起源を持つ医術です。それ即ち、陰と陽が交わることによって体内の気の流れを正し、様々な効能をもたらす技術」
「分かりやすく言うと?」
「男女の営みに基づいた『整体技術』です」
「……本当か?」
「ご自身で実感されているでしょう?」
そう言われては返す言葉もない。下手な隠喩と思いきや、まさか本当にマッサージだったとは恐れ入る。
「とは言えど、私も半信半疑でしたが。ふふ、ベル医務長にご教授いただいて更に精進しておきますので……疲れたときは、いつでも仰ってくださいね?」
悪戯っぽく微笑むテレサは、やはり可愛い。女に弱いと思ったことはなかったが、これは自身の認識を改めなくてはならないだろう。
「隊長、好きですよ」
そう言うテレサの頭を撫でながら、郊外の住居で毒づいているだろう二人を思い出しながら、俺は自分に溜息をついた。
俺はどうも、女に弱い。
本を読みながら廊下を歩いていると背後からそんな声を掛けられた。振り向かずとも誰だか分かる……というか、俺を姓の方で呼ぶ奴は隊舎の中に一人しかいない。
足は止めないまま本を閉じ、溜息混じりに腰の獲物に手を伸ばす。姓の方で呼ぶなって何度も言っているのに、相変わらず聞き分けのない奴だ。
「マムルーク隊長?」
「……テレサ副隊長、トカゲの尻尾は切っても再生するらしいな?」
「失礼しました、マルク隊長。だから剣の柄から手を離してください。私の尻尾を切って再生するかどうかを見てみようとか思わないでください」
「思われたくないなら何度も同じ事を言わせるな。俺を姓で呼ぶんじゃない」
「失礼しました。以後気をつけます」
「その言葉を聞き続けて早一年だが」
「……以後気をつけます」
口調にこそ表れないが、声音が少し落ち込んだのを見てとりあえず追及をやめる。真面目だしリザードマンにしては気の長い奴なのに、こういうところでうっかりしているから隊長に昇進できないのだろう。剣の腕前もなかなかなのに、勿体無い奴だ。
「で、何か用か?」
「はい。市街区と郊外の巡回が終わりましたので報告に参りました」
「ご苦労。というか報告書に纏めて俺の机に置いといてくれれば良いんだが」
「一応報告書は書いておきましたが、特筆すべきこともありませんでしたので。市街区に異常は見当たりませんでした。郊外に他の魔物も住んでいる居住区があるということで、隣国の弾圧派による被害を受けたらすぐに軍に連絡するよう勧告を出しておきましたが、目立って異常はなかったようです」
「そうか、分かった」
というより郊外の魔物も住んでいる居住区と言えば俺が住んでる辺りだから、報告どころか巡回に行く必要すらなかったのだが。分かっているはずなのに、本当に真面目な奴だ。
「そういや郊外のさらに外れのほうで盗賊が出るとか噂があったけど」
「ユリア隊長とアンリ副隊長が巡回、鎮圧に向かわれたようです。我々は次の指令まで暇というわけですね」
「あの二人が行ったなら事実でも虚実でも片付くだろうなぁ。ま、それなら骨休めでもしとくかな」
最近は魔物弾圧派も活動が沈静化しているが、軍に身を置く以上はいつ何が起こるかわからない。休めるときに休むことも大切なこと……という兄の教えを振り返りながら、俺はふと隣を歩くテレサに目をやった。
何か口を開きかけていたテレサは、目が合う直前で視線を逸らしながら、珍しく控えめな声で言う。
「……そ、その。今日は、鍛錬も休まれるおつもりで?」
……冗談でも、上官に皮肉が言えるようになったのはある意味進歩と言ってもいいだろう。同時に自分の気の緩みを指摘されたようで、気恥ずかしくもある。
部下の気遣いに感謝しつつ、苦笑しながら俺は首を振った。
「……そう言われたら、休むわけにはいかないな」
「え? ……あ、ああいや私は別にそのようなつもりではなく、隊長がお疲れであられるならば」
「手合わせ願えるか、テレサ?」
副隊長、という肩書きは呼ばない。上司と思わず本気で打ち合って欲しい、という願いを込めた言葉に、テレサは一瞬言葉を止める。
手元の書類から顔を上げた彼女は、不敵に、そしてどこか嬉しそうに、笑っていた。
「喜んで、マルク」
「っつ、う……あー、いい〜……」
最初に断っておくが嬌声ではない。テレサに整体をしてもらっている俺の口から漏れている声である。
うつ伏せになった俺の横に腰を下ろすと、テレサは俺の腕に手を添え、剣を振るった左腕を中心に肩、背中、そして脚と順番に筋肉をほぐしていく。
組み手は二勝一敗で辛くも俺の勝利だった。体力的な面もあって俺が一敗した時点で勝ち逃げする形になったが、負けは負けだということでテレサの申し出によりマッサージをしてもらうことになった……これがとても良い具合である。テレサの手馴れた手つきになんだかんだで溜まっていた疲れも相まって、気を抜けば眠ってしまいそうになる。
「お加減はいかがですか?」
訊ねるテレサに、眠気を飛ばす意も込めて軽く頷いた。
「とても良い。心得があったのか?」
「半年前からベル医務長にご教授していただいています。任務の合間しか時間が無いので基礎的な部分だけですが」
「道理で上手なわけだ。基礎だけでも助かるよ、ありがとう」
「いえ、お礼など……その、敗者が勝者に尽くすのは、当然ですし……そもそも、隊長のために覚えた技術ですから」
その理屈だと俺は他の隊長七人のうち五人の奴隷になってしまうのだが……という突っ込みはさておき、最後の言葉には感激する。が、しかし同時に顔をしかめる。部下に体調まで気を遣わせてしまうのは、いくら俺でも心苦しいところがある。
「なんか、俺のために整体まで学ばせてしまって、悪いな」
「あっ!? いえ、ですからそのような意味では……そ、それに作戦は他の隊長を基準に立てられますから、どのみち隊長には必要になる技術です!」
「いやその理屈はおかしい」
作戦実行後は人魔を問わずマッサージくらいしてもらってるし、そのための技術は各隊の医療パーティが習得していれば良い話であって実行部隊が習得すべき技術ではない。
というかその前に、他の隊長を基準にすると俺に整体が必要になるほどの負担が掛かるって意味合いが悲しい。事実だからもっと悲しい。
と口には出さないものの、俺が少し顔を上げれば、顔を赤くしたテレサが目に入り、
「…………だ、だって、それで隊長が私に整体を頼んでくれれば、それでまた隊長のお側にいられるじゃないですか……っ」
やばい。部下が可愛い。
いつもの気丈な態度、明朗な声はどこへやら。顔を赤らめて目を逸らしながら、消え入りそうな声で呟くテレサは破壊力抜群すぎる。
「そ、そもそも隊長が悪いのです。優しくて気が回って部下思いで、その上白兵戦で私より強いなんて……す、好きにならないわけがないっていうのに!」
「……おい、なんか秘めた思いが駄々漏れになってるぞ?」
「〜〜〜っ!? こっこれはその、っ、つっ、つまりですね!」
いや、知ってたけれども。隊長を決める決闘で俺が勝って、その後めっちゃ尽くしてくれるようになったあたりで気付いてたけれども。
改めて言われるのは、やはり嬉しいし、なかなか理性が溶けそうになる。
それでも、俺は先に、言わなければならないことがあった。
「……テレサ。その、だなあっっ!?」
しかし、それを言うまでもなく、テレサはマッサージしていた俺の手を捻り上げ、逆に関節を極める形で自由を奪う。
そして動けなくなった俺の唇に強引に自分の唇を重ねてきた。
「っ……、テレ、サ!」
「んっ……ご無礼をお許しください。しばし計画からずれてしまいましたが……こうなっては隠す理由もありません! お慕いしています隊長!」
ありがとう! やっと言えたね! そもそも隠せてなかったけどね!
「だから、テレサっ!」
「隊長が、お住まいの近くの魔物たちと、その……関係をお持ちであることは、存じています。その方たちには、許可を頂いてきました」
「いだだだだっ、きょ、許可!?」
「隊長の女の一人になる許可です。妖狐の女性とマミーの女性……隊長のお知り合いに間違いありませんね?」
郊外に住む魔物は八種族九名。妖狐とマミーは一人ずつだから間違いない、アカネさんとマルヌさんだ。
ってことは、巡回でわざわざ郊外に足を運んだのは任務をこなしたのではなくて、二人と直接話し合うためか。珍しく言ったと思った皮肉は俺を挑発して組み手後のマッサージに漕ぎ付けるためと考えれば納得がいく。リザードマンは単純直情だと思っていたが、思いがけずもこいつ、かなりの策士だな!?
置かれた状況も忘れて思わず感心の溜息を漏らしそうになったが、そんな場合ではない、と危うく我に返る。とにかく拘束を解こうと体をよじる俺に、そうはさせまいと負荷をかけながらテレサは俺の耳元で囁いた。
「隊長……マッサージ、して差し上げます」
その時の顔は見えなかったが、きっと微笑んでいたに違いない。
実に一晩中『マッサージ』を受け続ける羽目になり。
吸い殺されるかと錯覚するほどの長い夜が過ぎ、朝、自室のベッドの上。
恐ろしいことに、体が凄く軽い。疲れも全く残っていないし、どころかいつになく調子が良い。睡眠時間も足りていないはずなのにそれすら感じさせない体を訝りながらも、ふと届いた食事の匂いに、俺はふとキッチンに目を向けた。
皿に料理を盛り付けているテレサと目が合った。
「あ、隊長。おはようございます」
「……テレサ副隊長、何をしている?」
「食事の支度を。それよりも隊長、お加減はいかがですか?」
「何故か絶好調だ……」
「それは良かった」
にこ、と笑って食事を運んでくる。ふるふると嬉しそうに尻尾が揺れているところとか、蜥蜴というより犬みたいだと思いつつ、俺は食事を受け取った。
「アレだけ激しくやったのに」
「ふふ、隊長。房中術というものをご存知ですか?」
「ぼう……? 聞き覚えはないな」
「大陸の東方に起源を持つ医術です。それ即ち、陰と陽が交わることによって体内の気の流れを正し、様々な効能をもたらす技術」
「分かりやすく言うと?」
「男女の営みに基づいた『整体技術』です」
「……本当か?」
「ご自身で実感されているでしょう?」
そう言われては返す言葉もない。下手な隠喩と思いきや、まさか本当にマッサージだったとは恐れ入る。
「とは言えど、私も半信半疑でしたが。ふふ、ベル医務長にご教授いただいて更に精進しておきますので……疲れたときは、いつでも仰ってくださいね?」
悪戯っぽく微笑むテレサは、やはり可愛い。女に弱いと思ったことはなかったが、これは自身の認識を改めなくてはならないだろう。
「隊長、好きですよ」
そう言うテレサの頭を撫でながら、郊外の住居で毒づいているだろう二人を思い出しながら、俺は自分に溜息をついた。
俺はどうも、女に弱い。
12/02/04 21:12更新 / 染色体