読切小説
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ある死体と男の話
がらんごろん、と呼び鈴が鳴るのが聞こえ、俺は剣を振る腕を止めた。噴き出してくる汗を拭うと、失礼ない程度の薄着で玄関へと向かう。
誰だろう。人付き合いが悪いわけではないが、市街から少し離れているため友人が自分から来ることは少ない。隣人のアカネさんはよく遊びに来るが、その場合チャイムは鳴らさずに勝手に入ってくるため、アカネさんではない。もちろん来客の予定は入っていないし、そうなると誰なのか予想もつかない。
まあ、玄関に出れば分かることか。そう思い、少し息をついてから玄関を開けた。

「はい、どちら様ですか?」
「私だ」
「あなたでしたか」

外に立っていたのは褐色の肌を包帯で覆った、蟲惑的な肢体の女性だった。見るだけで体のラインがはっきりと分かってしまうその衣装(包帯)は彼女に露出癖があるとかそういうことではなく、彼女の体の敏感さを抑えるための、いわゆる呪具の一種だと聞いている。
一般に言うアンデッド系の魔物『マミー』である、俺の隣人のマルヌさんだった。

「どうしたんですか?」
「呼ばれたから、来た。少し遅れてしまったが」
「……俺の感覚が正しければ、予定の日時から四分の三日ほど経っている気がしますが」
「丸一日は遅れていない。進歩だ」
「…………」

それが進歩だと自分で言い張るのもあれだが、それが否定できないというのも相当なものだ。確かに以前は一日どころか二日三日と遅れてくることもざらだった上に、迎えに行けば家の中に引きずり込まれることしばしばだった。引きずり込まれて何をしていたかと言えばナニをしていたのだが、その辺は割愛。ともあれマルヌさんが自分でこちらに来るようになったのも、進歩と言えばそうかもしれない。
仕方なく、はぁ、と溜息をついた。マルヌさんは意味もなく得意げだった。

「ちなみに、何をしてたんですか?」
「寝ていた。今しがた起きたところだ」
「いつから寝てたんですか?」
「お前に夕飯を誘われて、遅れるまいとそれからすぐに寝た。丸一日は前だな」
「よくそんなに寝ていられますね……」
「睡眠は快楽だ。もっとも、そのせいで精の摂取が滞ってしまうのが難点だがな」

玄関を抜けて家の中に入りながら、マルヌさんはそんな風に言う。アンデッドなので体の維持のために定期的に精を摂取するべきなのだが、マルヌさんの睡眠時間は長いため『定期的に』性交をしたことは一度もない。つまり、起きたときに犯されるというわけだ。

「で、マルク。早速だが精をもらうぞ」
「言うと思いましたよ。とりあえず中に――」
「いや、ここでもらう」

ベッドにまで連れて行こうと伸ばした俺の手を掴むと、アカネさんいわくジパングの護身術(アイキドウ?)でマルヌさんは俺を引き倒した。頭を打たないように上手く俺の体を回しながら、一瞬にしてマルヌさんは俺に馬乗りになる。ふふん、とかすかに笑うその表情がなんとも不敵だ。

「ったたた……ま、マルヌさん?」
「少々寝すぎてしまって、体が渇いているんだ……分かるだろう? 一刻も早く、お前の精が欲しいんだよ、マ、ル、ク」
「ちょ、ちょっと待ってください! ここ玄関ですよ!?」
「大丈夫だ、ドアは閉めてあるし……ふふ、最初に会った時を思い出すな」

俺も同じ事を考えていたが、そんなところでシンクロしても嬉しくない!
心中の俺の叫びは捨て置き、マルヌさんは素早く俺の服を脱がせていく。最初に会ったときも、物静かな人(魔物)と思いきや気付けば激しく犯されていたし、乱暴な言い方をすればマルヌさんは相当淫乱なんじゃなかろうか。

「細かいことは気にするな。では……いただきます」

女性がそう言うのは少々下品じゃなかろうか……なんてことを言う暇もなく、俺は二度目となる玄関でのセックスを味わうことになった。







「では、乾杯」

かちん、とグラスを軽く合わせると、俺たちはそれぞれ中身を飲み干す。喉を湿らせる程度の量しか入れていないので俺でも飲み干せはしたが、酒に弱い俺は既に体の中が熱くなるのを感じていた。

「美味しいな」
「酒の詳しいことは分かりません。一応知人からの貰い物です」
「知人、と言うからにはアカネではないだろうが……女か?」
「ええ、まあ」

女、とは言っても、いわゆる恋人だとかそういう仲ではない。マルヌさんも分かっているはずなので、それを深く尋ねることはない。代わりに、そうか、と短く漏らして、もう一杯とグラスを差し出してきた。

「私は生前から酒が好きでな。よく家族で飲んでいたものだ」
「生前……の話をされるのも珍しいですね」
「私が話さないのではない。お前が尋ねないのだろう」

こっちは生身の人間なのだから、人の生死に関わるようなことは聞きにくいんですよ。
口には出さないが心中で言って、俺自身もグラスを傾けた。マルヌさんは少しつまらなさそうでもあり、どこか安心したようでもあり、そんな微妙な表情を浮かべていた。少し黙って、また口を開く。

「そういえば、昨日はアカネは来たのか?」
「ええ。一応マルヌさんを呼びにも行ったそうですよ。玄関までは」
「起こしてくれればよかったのに…………まあいい。なら、夜は一晩中か?」
「いえ、月が傾き始める頃には寝ましたよ」
「そうか。なら私は一晩中だな」
「え」

玄関先であれだけヤッといて、と思えば、どうやら本気のご様子で。夜が楽しみだな、と笑うあなたは良いでしょうけど、こっちは一応二日連続ですよ?

「……もっと飲ませておけば、そのうち酔いつぶれたりしますか?」
「私は酒が入るほど淫乱になる自信がある。お前限定でな」

嬉しいような悲しいような、とにかく逃げられそうにないということだけは分かった。もちろん男としては嬉しいのだが。
そんな俺の微妙な心情を読み取ってか、マルヌさんはふふ、と笑う。

「細かいことを気にするな。夜は長いからな」
「……そうですね」
「マルク。好きだ」
「…………」

いきなりだなぁ、と苦笑はするが。
それでも、まあ……俺も好きです。








10/03/05 18:44更新 / 染色体

■作者メッセージ
性懲りもなく二作目。
主人公の名前はマルク=マムルークと決めてあるのですが、姓の方を出す機会がない……いつか出したいなぁ。色々とやってみたいこととかあるのですが、妄想ばかりが流れていく日々です。

それでは、読んでくださった方々に最上級の感謝を。

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