幕間の2〜当代・狸頂上決戦1
昔々の話。
ウロブサは自分に寄せられる書類に目を通している。
内容は組合に属している狸からの相談の山々である。
ウロブサは十人程に分身して、それぞれ案件をその種類と重要度で分類している。
「ふうむ、同属同士の色恋沙汰多いの最近は。」
相談内容としては様々で、正体がばれそうだからフォローしてくれというもの。
金の融資(組合所属者には易い条件と低金利で貸し付けてくれる。)。
組合を通じての情報の売り買い依頼。
周辺警護として信用できる用心棒を紹介して欲しいなど、
他にも多種多様な依頼が何でも舞い込んでくる。
特に多いのはやはり男絡みの色恋沙汰に関する依頼で、
目をつけた男性の身辺の情報調査。
自分の夫が女狐に色目を使われたから排除して欲しいなどという物騒なものから、
同属同士で同じ男性を好きになってしまったなどというものまである。
男の取り合いの場合もっとも重視されるのは男性の気持ちである。
仮に男性にもう好きなものがいる場合、それが人であれ狸以外の妖怪であれ、
それに組織として介入して曲げてしまうのは御法度である。
まだ男性の気持ちが固まっておらず、どっちつかずの場合。
同属としてある程度のフォローや助力は行う方針。
また男性がどっちつかずでかつ同属の取り合いの場合、
基本不介入を貫く方針である。
元々色恋の相談は多いとはいえ、
此処最近の相談件数は鰻上りである。
内容はほとんどが同属同士のそれで、しかも内容を見ると共通点が見られる。
力ずくで男をとある狸にさらわれたという内容のものである。
狸にも手癖の悪い者はいるし、
基本男の取り合いとなると自分に有利になるよう嘘をつく者や情報を隠す者も多い。
だからめんどくさいので基本この手の依頼はスルーするのだが、
此処のところあまりに多いのでウロブサは少々調べてみることにした。
「ヤオノ!ヤオノはいるかえ?」
※※※
調査の結果、北東、上州を根城にした一匹の狸が、
誰彼かまわず、気に入った相手と無理やり契っており。
すでに夫婦関係にあるものは当然キレて喧嘩になったが、
あまりの強さに返り討ちにあい泣き寝入りという事件が相次いでいることが判明。
流石にそんな暴挙は見過ごせないと、ウロブサはヤオノとランの二名を派遣。
説得を試みて叶わぬようなら力ずくで引っ立てよと指令を出した。
ところがである。二人に呼ばれてウロブサが所定の場所に辿り着くと、
耳を伏せて尻尾を垂らしてうなだれるヤオノ、
そして面目なさそうに頬に手をあて首を傾げるランの姿が目に入った。
「その様子じゃと、逃げられたか。それともまさかの返り討ちかの?」
「すびばぜん・・・」
「やられてしまいましたわ。」
じゅると鼻音を響かせるヤオノ、顔は見えないが涙ぐんでいるのが声でばればれである。
ランも静かだがその声に苛立ちを混じらせている。
その報告を聞いたウロブサはカカと笑う。
「なんとなんと、おまえら二人掛りでもその様とはのう。
これは久しぶりに血沸く依頼となりそうじゃわい。」
ウロブサが目を細め、その瞳の虹彩が怪しく輝き始める。
手のひらを上に向けるとそこには大きな葉が一枚あり。
それが風も無いのにひらりと浮くと、あっという間に一人の具足をまとった若武者に変じる。
その格好は当世風のそれではなくだいぶ古めかしい鎧であった。
「さ〜て、跳ねっ返りのじゃじゃ馬はどこかのう。義経。」
「天眼(てんがん)。」
若武者の瞳が全て白くなり、カッと見開かれる。
そしてぐるりと首を巡らすとある方角を見据える。
「見つけたか・・・それじゃあの二人とも、わしは先に行くが、
後から付いて参れ、終わっとるかもしれんがの。」
「神足(じんそく)。」
ウロブサは若武者と手を繋ぎ、そして若武者が軽く跳ねると、
二人はその場から掻き消えるようにいなくなっていた。
一連の流れを驚愕の瞳で見ていたヤオノはランに尋ねた。
「今のは?」
「そういえばヤオノはあの人の力を見るのはこれが始めてだったかしら?」
「はい。細かい術なら日々の業務でも見ていますが、戦うためのものとなると。」
「なら急ぎましょう。見ておいて損はないわよ。あの人の源平合戦は。」
※※※
「なあ、いいだろう腹が減ったんだ。食わせてくれよ。」
「待ってくれ、会ったばかりの女人とそのようなことをする趣味は無い。」
「いいじゃないか。気持ちよさは保証するよ?
それに最初は駄目だとか言ってても、そのうちもっとしてくれと懇願するようになるさ。」
開けた砂浜で、精悍な顔付きをした長身の女性が男を組み敷いていた。
「本当に待ってくれ、貴君は十分魅力的だし何も無ければお願いしたいくらいだ。
でも僕には許婚がすでにいて、これからその人に会いに行く途中なんだ。」
「だから?私には関係無い。魅力的だと言ってくれてうれしいよ。
それに大丈夫、後でそいつがぐだぐだ言ってきても私がぶちのめしてやるさ。」
「勘弁してくれ、めちゃくちゃだぞ御主は!」
「まったくじゃわい。合意の上なら踊り食いも悪くないがの。」
二人以外誰もいなかったはずの砂浜で、急に女の傍で声がした。
長身の女は四つんばいの姿勢から大きく跳躍し、離れた位置に着地した。
「・・・何時から?」
「さあのう?」
何時の間にか二人の近くにウロブサが立っていた。
大きな尻尾も耳も隠していない。
「よ・・・妖怪?」
「すまんのう、もう行ってよいぞ。この馬鹿者はワシが灸を据えておくのでな。」
男は一目散にその場から走り去った。
長身の女性はフンと鼻を鳴らすと自身も隠していた尻尾と耳を出した。
「どういう了見だ。人の食事を邪魔しやがって。」
「食事ときたか・・・完全に否定はせんが、食事で他人の色恋を邪魔するのはどうかの?」
「知らないよ。私は強い、だから好きにやる。それだけだ。
好きな時に好きな男を好きなだけ喰らう。
邪魔する奴はたくさんいたが、誰も私を止められない。
そういえばこの間も二人組みの狸が因縁つけてきたから返り討ちにしてやったっけ。
中々の連中だったけど、二人掛りでも私の敵じゃあない。
ひょっとしてあんたあいつらの仲間か?」
「シュカと言ったか?ただの馬鹿かと思うとったが、意外に鋭いの・・・」
「何となく雰囲気が似てたからな、いいぜ。
お礼参り上等、あいつらより強いってんなら期待できそうだ。」
ばしばしと拳を掌に打ち付けるシュカ、
打ち付ける音がしだいに金属のそれに変わっていく。
四肢があっといまに鍛えられた鋼と化す。
そして大きく砂を巻き上げ跳躍したシュカは、
ウロブサに対し鋼の拳を打ち込んだ。
剛拳が唸りを上げてウロブサを貫く。
しかしウロブサの全身は一瞬にして大量の葉へと姿を変え、
竜巻でも起こったかのように激しく散り始める。
大量の葉は、明らかにウロブサの元々の質量より大量に発生し。
広い砂浜と海に散らばっていく。
「幻術?いや・・・これは変化か?」
「さよう、見るがいい、当代一と言われた我が秘術、源平合戦。」
呟くシュカに、すでに体が無くなったウロブサの声がどこからか響く。
舞い散った数多の葉が見る見る変化していく、
矢を番えた兵を乗せた四千もの軍船の群れが海を覆いつくし、
砂浜には刀や槍を構えた万の兵がシュカを取り囲んでいた。
「一人でこれだけの物に化けるのは見事という他無いな・・・だが!」
四方から迫る兵達を鋼の四肢と、人間離れした動きと怪力で打ち倒していくシュカ。
その一撃は鎧でも刀でも受けることが出来ず、逆に攻撃はことごとく体の硬化で防がれる。
兵達は倒れるとひらひらと葉に戻っていく。乱戦で兵達を圧倒するシュカ。
ジリ貧となった兵達は一旦引いてシュカから距離を取る。
そして一拍の間をおいて空が薄暗くなる。
シュカが空を見上げると突如太陽を遮る雲霞の様な物が空に出現していた。
それは船から一斉に放たれた矢じりの壁とも言うべき矢の豪雨であった。
シュカは尾を広げて自分の体を丸く包むと、その尾を鋼へと変じさせる。
砂浜に出現した硬球は矢の雨を物ともせず、砂浜に矢の野原を出現させただけに終わった。
「さあて、次はどうするね?数では勝てないと解っただろう?
それとも当代一の秘術とは見た目だけかい?」
小馬鹿にしたようにせせら笑うシュカに対し、ウロブサは無言である。
「大丈夫なの?ウロブサ様。」
「まあ見てなさい、あれで終わりなら、規模を除けばあなたの術と大差ないでしょ?」
追いついたヤオノとランは浜を見下ろせる断崖から戦いを見守っていた。
「たかが人間にどれだけ化けれても、あたしにゃ傷一つつけられないよ?
それで芸が打ち止めだってんなら興ざめもいいとこだ。」
「ホホッ、若いのう、青いのう、たかが人間か・・・その力、舐めるでないわ小娘。」
砂浜の兵達の中から一際大きな男が姿を現す。
頭を包む布と巨大な一振りの薙刀を構えたその姿は僧兵のようである。
僧兵は地鳴りを響かせんばかりの勢いでシュカに突撃し、
振り上げた薙刀を力任せに打ち付けた。
両腕を鋼に変えその一撃を受けるシュカ。
鈍い金属音が響き、その一撃は受け止められたかに見えた。
「ヌウンッ!」
「え?!」
僧兵の膂力はシュカの怪力を上回り、両腕ごと薙刀をシュカに押し込む。
頭に刃が食い込む直前、シュカは頭も鋼と化しその一撃を受けた。
「いだだ!」
「例え鋼と化しても効くじゃろう?
弁慶と特注薙刀、岩融(いわとおし)はのう。」
太刀も槍も通さなかったシュカの体に対し、
巨漢の僧兵はシュカの防御関係なしにその豪腕と巨大な薙刀を振るい打ち据える。
「いだいいだい!くっそー。」
シュカとて殴られっぱなしではない。スピードや身のこなしでは僧兵を上回るのだ。
鋼と化した手足で思い切り僧兵をぶん殴る。
だが僧兵は鎧ごしに大の大人を絶命させうる一撃を受けても構わず薙刀を振るい続ける。
僧兵が2・3発もらいながらも、シュカに一撃打ち込む、
そんな殴り合いの状態が続くが先に根を上げたのはシュカのほうであった。
今度はシュカのほうが一旦引いて距離を取る。
「こいつ本当に人間か?力と言い頑強さと言い、鬼とでも殴り合ってる気分だ。」
「基本的に人間はワシら妖怪より身体的に劣る。じゃが全ての者がそうとは限らん。
西の国では妖怪を束ねる王がいて、先代の王は何でも数名の人に退治されたそうじゃ。」
「こいつもそんな規格外の人間ってことか。成る程、確かに舐めてた。
だけどそれでも、まだ私の負けじゃない。」
シュカは素早く走り寄ると、僧兵の一撃を掻い潜り向う脛を蹴飛ばして離脱する。
僧兵は一瞬ぐらついてその動きを鈍らせる。
「私の方が早いんだ、こうやって一撃離脱で脚を潰せばこいつは無力化出来る。」
「考えたの。じゃがやはり甘い。」
再び僧兵と距離を詰めようとしたシュカに対し、一つの影が追走する。
それは先程ウロブサがここに来る前に出した若武者であった。
「速い?!」
人間より遥かに速い速度で駆けるシュカに追いすがる若武者。
シュカは上を取ろうと大きく跳躍する。
だが、相手は人には届かぬ高みにいるはずのシュカのさらに上を取る。
そのまま若武者は蹴りを放ちシュカを叩き落す。
蹴り自体は硬化で防ぐものの、下には僧兵が大きく振りかぶって待ち構えている。
ドォンと砂浜で火薬が炸裂したかのような音が響き、大きく砂にめり込むシュカ。
「にゃろう。まだいたのかよ規格外。」
「誰も一人とは言うとらんわ間抜けめw
こやつは義経、こっちの弁慶を負かして部下にした男じゃ。
大天狗仕込の神通力とカラス天狗仕込の体術や剣術を修め取る。」
「足止め役から潰せば問題ない。」
標的を義経に絞り先に潰そうとするシュカ。
義経は弁慶とは違い、攻撃を硬化で無効化できるしこちらの攻撃も防げまい。
向こうも身軽とはいえ逃げ続けるには限界がある。
そう踏んで突っ込むシュカ、しかし義経は構えたまま微動だにしない。
シュカは義経に踏み込んで一撃を放つ。
だが踏み込んだ足が急に横合いから何者かに薙ぎ払われる。
バランスを崩したシュカの襟を義経は取り、そのまま投げ飛ばす。
地面に横たわるシュカに、沖合いの船より弓を構える男の姿が目に留まった。
(あ・・・あんなところから私の踏み込んだ足を射抜いた?)
それを裏付けるようにシュカの傍には先程まで無かった矢が転がっている。
そして倒れるシュカに再び弁慶の一撃が打ち込まれ砂浜に深く埋まる。
「ぎにゃ〜〜」
「与一といってな波に揺れる船でも物ともせぬ、ジパングの歴代でも指折りの弓の名手じゃよ。」
戦いの趨勢はウロブサに傾いて見えた。
しかし、戦いを見守る二人の顔にはまだ安堵の色は浮かんでいない。
「流石ウロブサ様ね。ここまでは予想通り。」
「でもラン、あいつ・・・まだアレを出してないわ。」
ウロブサは自分に寄せられる書類に目を通している。
内容は組合に属している狸からの相談の山々である。
ウロブサは十人程に分身して、それぞれ案件をその種類と重要度で分類している。
「ふうむ、同属同士の色恋沙汰多いの最近は。」
相談内容としては様々で、正体がばれそうだからフォローしてくれというもの。
金の融資(組合所属者には易い条件と低金利で貸し付けてくれる。)。
組合を通じての情報の売り買い依頼。
周辺警護として信用できる用心棒を紹介して欲しいなど、
他にも多種多様な依頼が何でも舞い込んでくる。
特に多いのはやはり男絡みの色恋沙汰に関する依頼で、
目をつけた男性の身辺の情報調査。
自分の夫が女狐に色目を使われたから排除して欲しいなどという物騒なものから、
同属同士で同じ男性を好きになってしまったなどというものまである。
男の取り合いの場合もっとも重視されるのは男性の気持ちである。
仮に男性にもう好きなものがいる場合、それが人であれ狸以外の妖怪であれ、
それに組織として介入して曲げてしまうのは御法度である。
まだ男性の気持ちが固まっておらず、どっちつかずの場合。
同属としてある程度のフォローや助力は行う方針。
また男性がどっちつかずでかつ同属の取り合いの場合、
基本不介入を貫く方針である。
元々色恋の相談は多いとはいえ、
此処最近の相談件数は鰻上りである。
内容はほとんどが同属同士のそれで、しかも内容を見ると共通点が見られる。
力ずくで男をとある狸にさらわれたという内容のものである。
狸にも手癖の悪い者はいるし、
基本男の取り合いとなると自分に有利になるよう嘘をつく者や情報を隠す者も多い。
だからめんどくさいので基本この手の依頼はスルーするのだが、
此処のところあまりに多いのでウロブサは少々調べてみることにした。
「ヤオノ!ヤオノはいるかえ?」
※※※
調査の結果、北東、上州を根城にした一匹の狸が、
誰彼かまわず、気に入った相手と無理やり契っており。
すでに夫婦関係にあるものは当然キレて喧嘩になったが、
あまりの強さに返り討ちにあい泣き寝入りという事件が相次いでいることが判明。
流石にそんな暴挙は見過ごせないと、ウロブサはヤオノとランの二名を派遣。
説得を試みて叶わぬようなら力ずくで引っ立てよと指令を出した。
ところがである。二人に呼ばれてウロブサが所定の場所に辿り着くと、
耳を伏せて尻尾を垂らしてうなだれるヤオノ、
そして面目なさそうに頬に手をあて首を傾げるランの姿が目に入った。
「その様子じゃと、逃げられたか。それともまさかの返り討ちかの?」
「すびばぜん・・・」
「やられてしまいましたわ。」
じゅると鼻音を響かせるヤオノ、顔は見えないが涙ぐんでいるのが声でばればれである。
ランも静かだがその声に苛立ちを混じらせている。
その報告を聞いたウロブサはカカと笑う。
「なんとなんと、おまえら二人掛りでもその様とはのう。
これは久しぶりに血沸く依頼となりそうじゃわい。」
ウロブサが目を細め、その瞳の虹彩が怪しく輝き始める。
手のひらを上に向けるとそこには大きな葉が一枚あり。
それが風も無いのにひらりと浮くと、あっという間に一人の具足をまとった若武者に変じる。
その格好は当世風のそれではなくだいぶ古めかしい鎧であった。
「さ〜て、跳ねっ返りのじゃじゃ馬はどこかのう。義経。」
「天眼(てんがん)。」
若武者の瞳が全て白くなり、カッと見開かれる。
そしてぐるりと首を巡らすとある方角を見据える。
「見つけたか・・・それじゃあの二人とも、わしは先に行くが、
後から付いて参れ、終わっとるかもしれんがの。」
「神足(じんそく)。」
ウロブサは若武者と手を繋ぎ、そして若武者が軽く跳ねると、
二人はその場から掻き消えるようにいなくなっていた。
一連の流れを驚愕の瞳で見ていたヤオノはランに尋ねた。
「今のは?」
「そういえばヤオノはあの人の力を見るのはこれが始めてだったかしら?」
「はい。細かい術なら日々の業務でも見ていますが、戦うためのものとなると。」
「なら急ぎましょう。見ておいて損はないわよ。あの人の源平合戦は。」
※※※
「なあ、いいだろう腹が減ったんだ。食わせてくれよ。」
「待ってくれ、会ったばかりの女人とそのようなことをする趣味は無い。」
「いいじゃないか。気持ちよさは保証するよ?
それに最初は駄目だとか言ってても、そのうちもっとしてくれと懇願するようになるさ。」
開けた砂浜で、精悍な顔付きをした長身の女性が男を組み敷いていた。
「本当に待ってくれ、貴君は十分魅力的だし何も無ければお願いしたいくらいだ。
でも僕には許婚がすでにいて、これからその人に会いに行く途中なんだ。」
「だから?私には関係無い。魅力的だと言ってくれてうれしいよ。
それに大丈夫、後でそいつがぐだぐだ言ってきても私がぶちのめしてやるさ。」
「勘弁してくれ、めちゃくちゃだぞ御主は!」
「まったくじゃわい。合意の上なら踊り食いも悪くないがの。」
二人以外誰もいなかったはずの砂浜で、急に女の傍で声がした。
長身の女は四つんばいの姿勢から大きく跳躍し、離れた位置に着地した。
「・・・何時から?」
「さあのう?」
何時の間にか二人の近くにウロブサが立っていた。
大きな尻尾も耳も隠していない。
「よ・・・妖怪?」
「すまんのう、もう行ってよいぞ。この馬鹿者はワシが灸を据えておくのでな。」
男は一目散にその場から走り去った。
長身の女性はフンと鼻を鳴らすと自身も隠していた尻尾と耳を出した。
「どういう了見だ。人の食事を邪魔しやがって。」
「食事ときたか・・・完全に否定はせんが、食事で他人の色恋を邪魔するのはどうかの?」
「知らないよ。私は強い、だから好きにやる。それだけだ。
好きな時に好きな男を好きなだけ喰らう。
邪魔する奴はたくさんいたが、誰も私を止められない。
そういえばこの間も二人組みの狸が因縁つけてきたから返り討ちにしてやったっけ。
中々の連中だったけど、二人掛りでも私の敵じゃあない。
ひょっとしてあんたあいつらの仲間か?」
「シュカと言ったか?ただの馬鹿かと思うとったが、意外に鋭いの・・・」
「何となく雰囲気が似てたからな、いいぜ。
お礼参り上等、あいつらより強いってんなら期待できそうだ。」
ばしばしと拳を掌に打ち付けるシュカ、
打ち付ける音がしだいに金属のそれに変わっていく。
四肢があっといまに鍛えられた鋼と化す。
そして大きく砂を巻き上げ跳躍したシュカは、
ウロブサに対し鋼の拳を打ち込んだ。
剛拳が唸りを上げてウロブサを貫く。
しかしウロブサの全身は一瞬にして大量の葉へと姿を変え、
竜巻でも起こったかのように激しく散り始める。
大量の葉は、明らかにウロブサの元々の質量より大量に発生し。
広い砂浜と海に散らばっていく。
「幻術?いや・・・これは変化か?」
「さよう、見るがいい、当代一と言われた我が秘術、源平合戦。」
呟くシュカに、すでに体が無くなったウロブサの声がどこからか響く。
舞い散った数多の葉が見る見る変化していく、
矢を番えた兵を乗せた四千もの軍船の群れが海を覆いつくし、
砂浜には刀や槍を構えた万の兵がシュカを取り囲んでいた。
「一人でこれだけの物に化けるのは見事という他無いな・・・だが!」
四方から迫る兵達を鋼の四肢と、人間離れした動きと怪力で打ち倒していくシュカ。
その一撃は鎧でも刀でも受けることが出来ず、逆に攻撃はことごとく体の硬化で防がれる。
兵達は倒れるとひらひらと葉に戻っていく。乱戦で兵達を圧倒するシュカ。
ジリ貧となった兵達は一旦引いてシュカから距離を取る。
そして一拍の間をおいて空が薄暗くなる。
シュカが空を見上げると突如太陽を遮る雲霞の様な物が空に出現していた。
それは船から一斉に放たれた矢じりの壁とも言うべき矢の豪雨であった。
シュカは尾を広げて自分の体を丸く包むと、その尾を鋼へと変じさせる。
砂浜に出現した硬球は矢の雨を物ともせず、砂浜に矢の野原を出現させただけに終わった。
「さあて、次はどうするね?数では勝てないと解っただろう?
それとも当代一の秘術とは見た目だけかい?」
小馬鹿にしたようにせせら笑うシュカに対し、ウロブサは無言である。
「大丈夫なの?ウロブサ様。」
「まあ見てなさい、あれで終わりなら、規模を除けばあなたの術と大差ないでしょ?」
追いついたヤオノとランは浜を見下ろせる断崖から戦いを見守っていた。
「たかが人間にどれだけ化けれても、あたしにゃ傷一つつけられないよ?
それで芸が打ち止めだってんなら興ざめもいいとこだ。」
「ホホッ、若いのう、青いのう、たかが人間か・・・その力、舐めるでないわ小娘。」
砂浜の兵達の中から一際大きな男が姿を現す。
頭を包む布と巨大な一振りの薙刀を構えたその姿は僧兵のようである。
僧兵は地鳴りを響かせんばかりの勢いでシュカに突撃し、
振り上げた薙刀を力任せに打ち付けた。
両腕を鋼に変えその一撃を受けるシュカ。
鈍い金属音が響き、その一撃は受け止められたかに見えた。
「ヌウンッ!」
「え?!」
僧兵の膂力はシュカの怪力を上回り、両腕ごと薙刀をシュカに押し込む。
頭に刃が食い込む直前、シュカは頭も鋼と化しその一撃を受けた。
「いだだ!」
「例え鋼と化しても効くじゃろう?
弁慶と特注薙刀、岩融(いわとおし)はのう。」
太刀も槍も通さなかったシュカの体に対し、
巨漢の僧兵はシュカの防御関係なしにその豪腕と巨大な薙刀を振るい打ち据える。
「いだいいだい!くっそー。」
シュカとて殴られっぱなしではない。スピードや身のこなしでは僧兵を上回るのだ。
鋼と化した手足で思い切り僧兵をぶん殴る。
だが僧兵は鎧ごしに大の大人を絶命させうる一撃を受けても構わず薙刀を振るい続ける。
僧兵が2・3発もらいながらも、シュカに一撃打ち込む、
そんな殴り合いの状態が続くが先に根を上げたのはシュカのほうであった。
今度はシュカのほうが一旦引いて距離を取る。
「こいつ本当に人間か?力と言い頑強さと言い、鬼とでも殴り合ってる気分だ。」
「基本的に人間はワシら妖怪より身体的に劣る。じゃが全ての者がそうとは限らん。
西の国では妖怪を束ねる王がいて、先代の王は何でも数名の人に退治されたそうじゃ。」
「こいつもそんな規格外の人間ってことか。成る程、確かに舐めてた。
だけどそれでも、まだ私の負けじゃない。」
シュカは素早く走り寄ると、僧兵の一撃を掻い潜り向う脛を蹴飛ばして離脱する。
僧兵は一瞬ぐらついてその動きを鈍らせる。
「私の方が早いんだ、こうやって一撃離脱で脚を潰せばこいつは無力化出来る。」
「考えたの。じゃがやはり甘い。」
再び僧兵と距離を詰めようとしたシュカに対し、一つの影が追走する。
それは先程ウロブサがここに来る前に出した若武者であった。
「速い?!」
人間より遥かに速い速度で駆けるシュカに追いすがる若武者。
シュカは上を取ろうと大きく跳躍する。
だが、相手は人には届かぬ高みにいるはずのシュカのさらに上を取る。
そのまま若武者は蹴りを放ちシュカを叩き落す。
蹴り自体は硬化で防ぐものの、下には僧兵が大きく振りかぶって待ち構えている。
ドォンと砂浜で火薬が炸裂したかのような音が響き、大きく砂にめり込むシュカ。
「にゃろう。まだいたのかよ規格外。」
「誰も一人とは言うとらんわ間抜けめw
こやつは義経、こっちの弁慶を負かして部下にした男じゃ。
大天狗仕込の神通力とカラス天狗仕込の体術や剣術を修め取る。」
「足止め役から潰せば問題ない。」
標的を義経に絞り先に潰そうとするシュカ。
義経は弁慶とは違い、攻撃を硬化で無効化できるしこちらの攻撃も防げまい。
向こうも身軽とはいえ逃げ続けるには限界がある。
そう踏んで突っ込むシュカ、しかし義経は構えたまま微動だにしない。
シュカは義経に踏み込んで一撃を放つ。
だが踏み込んだ足が急に横合いから何者かに薙ぎ払われる。
バランスを崩したシュカの襟を義経は取り、そのまま投げ飛ばす。
地面に横たわるシュカに、沖合いの船より弓を構える男の姿が目に留まった。
(あ・・・あんなところから私の踏み込んだ足を射抜いた?)
それを裏付けるようにシュカの傍には先程まで無かった矢が転がっている。
そして倒れるシュカに再び弁慶の一撃が打ち込まれ砂浜に深く埋まる。
「ぎにゃ〜〜」
「与一といってな波に揺れる船でも物ともせぬ、ジパングの歴代でも指折りの弓の名手じゃよ。」
戦いの趨勢はウロブサに傾いて見えた。
しかし、戦いを見守る二人の顔にはまだ安堵の色は浮かんでいない。
「流石ウロブサ様ね。ここまでは予想通り。」
「でもラン、あいつ・・・まだアレを出してないわ。」
12/04/24 22:11更新 / 430
戻る
次へ