エピソード10、そして伝説へ・・・
とある学者の未公開手記より一部抜粋。
まず始めに断っておくと、
これは手記と銘打っているが厳密には違う。
音を記憶する魔法石を使い、
その記憶した音を魔法の羽ペンが自動的に書き起こした代物なのだ。
なので本来の手記であれば省いたり訂正するようなものも書かれてしまうが、
まあそれはご愛嬌、現場の雰囲気を感じ取ってもらえれば幸いである。
もっとも、相方のリャナンシーからはこのやり方はすこぶる不評なのだ。
何でも直筆の方が旨味が濃いのだとか、リャナンシーの食生活と嗜好について、
知らぬわけではないがそれはそれ、私とて彼女のために執筆しているわけではない。
なのであからさまな彼女の不満顔を捨て置き、
私は文明の利器に頼ってこの手記を書いていこうと思う。
さて、本題に戻そう。
あの戦争の・・・いや、あの戦争中に発生した未曾有の大災厄の顛末について。
私が語れることはそれ程多くは無い。
何せ世界のほとんどの者達が自分で体験してしまっている。
顛末の一つとして世界はどうなったか、私がこうして筆を取っている時点でお察しである。
世界は救われた。一人の英雄の尊い犠牲とそれに連なる世界中の者達の奮起によって。
皮肉な話しだが、公的に人も魔物も神族も、
隔てなく一つの目標のために手を取った事例は恐らく世界初であろう。
世界の有り様が変革することを善しとしなかった一柱の偏屈な神、
彼のおかげで逆に世界の変革は早まったのではないかと私は考えている。
おっと忘れていた。
この手記を記しているのは魔王暦XXXX年、9月8日。
あの戦争の終結から6年、魔王が男児を出産してから5年の歳月がすでに流れている。
魔王が出産した時には私も御呼ばれに預かったので良く覚えている。
魔物は人間ほど子供を容易に産めない。
そのためか子供が産まれた際に行われる誕生際は盛大に行われる。
無論、慎ましく家族だけで祝う者達もたくさんいるが、
魔王の出産ともなると周りが放って置かないのだろう。
正直彼女の心中を察すれば、あまり盛大に祝うのもどうかと思う。
だが彼女は魔王、私的な感情はどうあれ公的に果たさねばならぬ役目もある。
なので誕生際は親魔物領各国の王族貴族、各地を治める魔物の長達、
名のある数多の神々の訪問と祝福と、引きをも切らぬ行列を迎え、
連日連夜薄暗い王魔界の空を照らす勢いで執り行われた。
だが、この祭りの欠くべからざる主賓の一人の姿が其処にはない。
産まれた命の父親であり、産んだ母の魂の片割れ。
この世界を救った勇者がいるべき場所にその姿は無い。
みな彼女の心中を察しながらも、この世界を救った彼のために、
精一杯元気に振る舞い御通夜ムードを吹き飛ばそうとしている。
自分のために折角の祝いの場が盛り下がるなど彼は望まないだろうから。
だが、それでも張られた虚勢は痛々しさを覆いきれてはいなかったように思う。
全魔力を使い出産と主神の定めたルールに風穴を開けた魔王。
本来であれば夫と行為に及び使った魔力を回復せねばいけない身だ。
だがその相手はいない、魔力を補給できる飲食物や薬を、
山のように毎日経口摂取しながら膨大な魔力を補填して、
彼女は体を騙し騙し手ずから王としての責務と母としての責務を果たし続ける。
後に、とある縁で知り合いになった第4王女から、
誕生際が終わった後に彼女が倒れた事を聞いた。
戦争の帰結としては魔王軍の勝利となったわけだが、
中身を見れば魔王側もとても勝利と喜べる状態ではなかった。
万が一、もう一度同じ規模の攻勢を教団側が仕掛けてきた場合、
魔王軍にも教団側にも今度こそ多くの死傷者が出たことは想像に難くない。
だが、そうはならなかった。
その辺りについては以前取材したとある魔法学の研究者。
彼に取材し対談をした際の音声を交えながら記そうと思う。
「ええ、おほん。まず始めにお名前をどうぞ。」
「ファルトール、ファルトール=ジオニアと言います。
第六聖都のアルアトリアの魔法学院所属、そこで教授の一人をしていました。」
「過去形ですね。失礼ですが現在は?」
「ははは、そちらと同様。教団側から指名手配されてしまいまして。」
指名手配された。地位を追われ命を狙われるということだ。
だがそう言う彼の面持ちに悲壮感や疲れは見られない。
なるようになる。そう腹を括っていたのだろう。
個人的に親近感を抱きつつも対談を続けた。
「いったい何をやらかしたんです?」
「いえ、なに、大した事は何も。研究結果を偽らずに公表しようとしただけです。」
「研究結果?」
「遥か星の彼方で形成された巨大なポータル、
その仕様と魔力波形、それらは魔界側のものではなく、
教団側、つまり神界側のそれであったという解りきった内容をです。」
あの未曾有の大災厄から世界が救われて後、
教団が行った事は苛烈を極める情報統制であった。
元々あの無茶な最終手段を事前に承知していたのは、
教団上層部の中でも狂信とタカ派で有名な一部の者達だけで、
他の派閥の幹部達にとっても寝耳に水の話しであったらしい。
裏で魔王側に通じている教団の幹部の一人と話す機会があったが、
彼によると狂信者共は糾弾されるもしれっと言い放ったらしい。
真実を公表し我々を罰するは自由だが、そうなれば御主らの所業も明るみに出るぞ。
我らは一蓮托生、ゆめゆめ馬鹿な気は起こされぬことが賢明だ・・・と。
それで黙らされる他の教団幹部もどんだけ埃まみれなのか、
まったく嘆かわしい話しだと彼は憤っていた。
奇々怪々の魔窟である教団上層部の内情などまあ捨て置き、
彼らは保身に走り、その権勢と力を魔王に向けるどころではなくなってしまったのだ。
あの災厄こそ邪悪な魔王の世界滅亡の儀式である。
我らの聖戦はそれを阻止するためのものであった。
情報を隠したのは世界崩壊などという事実が漏れれば、無用な混乱を招くからである。
我らは魔王の討伐にこそ失敗したが、
神のご助力もあり魔王の邪悪な企みを防ぐ事には成功した。
あの戦争の後に教団が世界に報じた内容だ。
なるほど、筋は通っている。
まったく良く出来たシナリオだ。
だが従軍していた国々の者達。
惑星規模のポータルを観測し解析した者。
彼らの目にはどっちが真実を語っているのか一目瞭然であった。
それ故、教団側はそんな者達の口を塞ぐ事に東奔西走することとなる。
「まったく馬鹿げた話です。魔法に対し知識のある程度ある者なら、
あの魔法陣がどちらの陣営のモノなのかなど明白だというのに。」
「だが誰も真実を語ろうとはしなかった。」
「ええ、まあその事は攻められません。家族のいる方もいるでしょうし、
安定した今の地位を捨てたくない。というのも解りますから。
ですが一つ間違えば世界は終わっていました。
その事に対し、私はとても腹が立ちました。
これだけのことをして誰も責任を取ろうとしないばかりか、
他人にその罪を押し付けるなど言語道断です。」
「だから研究結果を公表した。」
「ええ、後悔はしていません。
地位を名誉も捨てることになりますが、
あんな場所での地位なんてこっちから願い下げですよ。」
「解ります。」
「それに聞くところによると魔界側の魔法研究はとても進んでいるとのこと、
不便はあるかもしれませんが、一人の学徒として今から楽しみですよ。」
彼はその後、魔法研究の盛んなある都市へと亡命した。
其処を拠点にしているサバトに所属して魔法の研究を続けているとのことだ。
今現在、彼のように教団に狙われて多数の有力者が魔界へ亡命している。
他にも今まで中立を謳っていた国や領地が、水面下で魔界や親魔領と手を結び始めている。
あの戦争による敗北から6年、
教団はいまだに存続して依然世界最大の力を誇る集団である。
しかし、その大きすぎる図体のあちこちに虫食いのように綻びが出来始めている。
その流れはもはや止められまい。
教団の情報統制は、助からぬ寝たきりの命に施す無理矢理の延命処置のようだ。
いかに大衆の耳と口を塞ごうとその身を最終的に救うことは無いだろう。
私が以前自費で出版し、教団の手の及ぶ場所では発禁となった書物に書いた真実。
主神は人類の味方などではなく、あくまでこの世界の管理者にすぎない。
この事を主神自らが証明してしまった事により、
各国は教団との付き合い方を再考せざるを得なくなった。
教団内部でも比較的リベラルだった層はその教えを良しと守りつつも、
主神への信仰そのものに対しては懐疑的になり距離を置くなど、
今まで以上に内部での分裂や派閥化が進んでいるらしい。
もう勝手にやってくれと言いたい。
さて、あの戦争の後、私がどうしていたかだが、まあ今までと何も変らない。
世界を放浪しつつ魔界の風俗や魔物娘の生態を調べて記して書き溜める。
そうして一冊の本に出来るくらいに溜まったら本として発行する。
そのためのネタ集めに世界を漫遊する日々だ。
そうしたなかで、あの当時に世界中で何があったかの情報も少しずつ集まってきた。
今回はその中で私が知りえたものを記していこうと思う。
先程同様、対談の音声なども交えつつ。
「ええでは、その時の様子をお聞かせください。」
「それは構わねえけどもさ、先に言っとくぜ、俺は嘘なんかつかねえ。
馬鹿げてる様に聞こえるかもしれねえが、これからいう事は全部本当だ。」
「解っています。海の神がその力を振るったのですから何が起きても不思議は無いですよ。」
「海神様かあ、じいちゃんはご執心だったが正直俺はあんま信じてなかったんだ。
でも考え直したわ。あんなもん見せられちゃ崇めるしかねえわな。」
青年は北国の住まいで独特の浅黒く日焼けした顔をしており、
船乗りであることを一目で判る容姿をしていた。
何でも代々漁師をしている家系なのだそうだ。
「海が退いてくんだよ。潮の満ち干きなんてレベルじゃなく。
地平の果てまで広がってた海が全て退いて見えなくなっちまった。
海底が露出して深い裂け目が広がってくとこまで全部丸見えよ。」
「海が一瞬で干上がった?」
「いや、そうじゃなくてあくまで水が移動しただけだ。
しかも不思議なのはな、水は確かに引いたが、かなりの数の水が残ってるんだよ。」
「海底が見えてたのでは? それに水の数とは?」
「普通はそう思うよな。でも言い間違いじゃあねえよ。
海神様は海の水を大量に世界中から集めつつ、
同時に其処で暮らす魚一匹一匹の生存権も確保してたんだよ。
そこら中に金魚鉢みてえな水玉が大量にあってよ、その中に魚が全部いるんだよ。」
「それはまた・・・世界中の海でそんなことをやっているとしたら。」
「とんでもねえよなあ。しかも笑っちまうのはよう。回遊魚っているよな。
マグロとかのあれだよ。泳いでないと死んじゃうやつら。」
「・・・ああ。そういえばそうですね。一部の鮫とかもですがそれはどうしてたんです?」
「水がでっけえわっかになっててな、そこをグルグル泳いでるんだよ。」
「なるほど、何とも細やかな気づかいですね。そういえば魔物はどうなってました。」
それを聞くと青年は少し顔をそらして嘆息した。
「んん、なんつうかあれだよ、基本水陸両用だからさ。
海神様もあんま気にせずにほうっておいたみたいでさ。
普通に海底やそこらの岩場に取り残されてたぜ。」
「後ろの方とはその時に?」
「まあな、海が退いた時にな、流氷といっしょに流されてきたんだよ。
ほぼスッポンポンでパツキンのチャンネーがな。
俺も男だからさ、眼福とは思いつつもそのままじゃ凍え死んじまうと思ってさ。
助けようと近づいたんだよ。そしたら起き上がったこいつが暖めてとか言って無理矢理よう。」
「少し待て、無理矢理だったのは否定しないが、抵抗してたのは最初の5秒ほどだったぞ。」
「しゃあないじゃん。初めてだったしお前の体めちゃくちゃ柔らかくて気持良いんだもん。」
「うむうむ、そうであろうそうであろう。」
青年の肩越しに抱きついていた金髪の女性が口を挟んできたのだ。
ちなみに二人の下半身は同じ毛皮の中に納まっていた。
どうやら退いた海のせいで、
毛皮の手入れ中のセルキーが流されてきて鉢合ってしまったらしい。
「それで、その後はどうなりました?」
「俺の方はこいつと掛かりっきりになっちまってその後は見てねえんだが、
じいちゃんが言ってたぜ。集まった海がまるで槍みたいに天を貫いたってよ。
その海の槍があのもう一つの月の欠片を突き刺して砕いたらしい。
しかもすげえのはその後だ、
その槍はまるで木の枝のように分かれて細かい欠片まで串刺しにし、
一瞬で凍り付いて固まっちまったらしい。」
後で調べた所、まるでこの星を苗床にした世界樹のような樹氷。
宇宙(そら)まで伸びた海が滅びの月の欠片を貫いた後に凍ったそれは、
ポセイドンと氷の女王との合作であったらしい。
貫かれ固定されたそれぞれの大きな欠片は、
王魔界やレスカティエを始めとした世界各地からの砲撃で消滅。
その後に回収できる分は元の海へと戻り、
宇宙へ放逐されて減った分の海水はポセイドンの魔力により補填されたらしい。
また私とも面識のある魔界学者サプリエート、
彼女の報告と要請により、ポローヴェもこの危機に対して素早く動いていたようだ。
ポローヴェに本部を置く精霊使い協会、
彼らが世界中の支部と連携して大規模な魔法を行使したらしい。
その防衛案を考案した魔法学者にサプリエートの紹介でアポを取ることに私は成功した。
「どうも、シャアル=デレットです。専門は次元や空間魔法の研究ですが、
必要や興味しだいで幅広く学を修めてはおります。」
「それで、早速ですがこの度はどのような防御手段を考案されたのでしょうか?」
「協会が連絡を取れる世界中のシルフ使いに同時に魔法を使ってもらい、
この星の大気層の厚と圧を上げて貰ったんですよ。」
彼はしれっとそう言ったが、
正直それだけでは門外漢の私にはチンプンカンプンだ。
専門家の悪い癖だな。
などと私が思っていると私の反応から向こうもそれを察したらしく、
より細かく説明を始めた。
「ええと、分厚い空気の巨大な傘で星の片側を覆ったと考えてください。」
「それであの月の落下が防げるんですか?」
「勿論無理です。一定以上のサイズの欠片は減速させるのが精一杯でしょう。
この措置はより細かな破片とでも言うべきものに対してのものです。」
「砕かれた月は主に大きく三つに割れました。」
「ええ、私も見ていました。その内一つは闘神アレス様が、
もう一つはポセイドン様達が、そしてもう一つの欠片は巨大なポータルから出現した、
巨大なハイヒールの足が宇宙に蹴り返したとのこと。」
「上級神揃い踏みで大層豪華な陣容でしたね。」
「まったくです。しかしお三方の活躍により大きな破片こそ、無事に破壊されましたが、
それでも数多くの欠片がこの星に降り注ぎました。」
「その被害を防ぐのが先程の空気の傘だと?」
「ええ、大きな質量か、よほどうまい角度で落下してくるもの以外は、
この傘が隕石の軌道を曲げて星への被害を軽減してくれるというわけです。」
「ピンときませんが、隕石の威力はどれくらいなんでしょう。」
「一概には言えませんが、減速しなければ直径1mもあれば50t分の火薬に相当しますね。
まあ小さな村くらい軽く吹っ飛びますよ。
満載のB29十機分と考えれば少しはわかり易いですかね?」
まったく解らない。B29とは一体なんであろうか? 新種の魔法兵器の類であろうか?
まあ村や町すらふっとばす物騒なモノが大量に降り注ぐのを未然に防いだ。
ということで良しとしておこう。
勿論この傘も完璧ではなく、世界各地にそれなりの破片が降り注いだ。
だが、各地にこの事態を解決した英雄からの伝令が、
エロス神の矢を通じて世界同時に飛んだことにより、
各地の英雄達や魔物達の協力により、被害は最低限に抑えられたとのことである。
例えば火の国、此処には抑えとして残っていた妖弧のダッキと一桁台の魔王の娘がおり、
彼女らの活躍によって被害はゼロに防がれた。
リリムが空中に発生させた巨大な鏡、
それが隕石に対し傾斜をつけてそのコースを海上へと反らして落下させ、
減速したそれをダッキが尾を巨大な螺旋状の錐のように回転させ砕いたらしい。
破片はさらに減速し海底の一部に落下して終わった。
海底にいた魚達は、ポセイドンの水がまるでゴムマリにようにそれらを弾いて守ったとのことだ。
また霧の大陸でも、三国の英雄が競演して被害を防いだらしい。
巨大な柱のような赤い棒が天まで延びると大きめの破片を粉砕。
その破片も赤い馬にのって戟を振りかざす偉丈夫や、
八極とかいう武術の使い手の一撃で砂のような無害な大きさまで砕かれたらしい。
砂漠地帯の各ピラミッドを収める王達も、
この時ばかりは協力したらしい。
三つのピラミッドの頂点を支点にして開いたポータル。
これが砂漠地帯に落ちた隕石を再び星の彼方に放逐したらしい。
何でもこれは古代に星門(スターゲイト)と呼ばれ、
神々が星の彼方へと旅をするための門であったらしい。
協力体制にない現在では基本使えないし、使う事もない装置であったが、
まさかこんなことで役立つ日がこようとは面白い話である。
王魔界でもビッグシルバー、グランギニョル、スピリタスと呼ばれる者達が砲台となり、
樹氷に串刺しになっている破片をその火力で消滅させていったらしい。
もっとも一番大きな破片を消滅させたのは誰もが認めるおてんば王女のあの方である。
本人曰く父直伝の勇者砲なのだそうだ。どや顔であった。
おてんば王女と言えば、彼女の国にも何故か撃退手段が用意されており、
今回の顛末に一役かったのはどういうことであろうか。
レスカティエを再び訪問し、一人の男性からインタビューを取る事に成功した。
「レスカティエですか? 良いところですよ。
家賃も物価も冗談みたいな値段ですし。
エロ方向に特化気味ですが娯楽施設も充実してますし。
あと治めるトップが旅行好きらしく、
王魔界を始め世界各地に繋がるポータルが完備されてますから。」
「ですが今回の件は驚いた?」
「そりゃあもう、寝耳に水ってやつですよ。
アレだけ広いレスカティエ中にいきなり大きなサイレンが響き渡るんですから。
女房と一緒に夕飯の買出しに出てたんですが、いきなり音がなってびっくり、
そうしているうちに周囲の人たちが一斉に今していることをやめ、
家に帰り始めました。でも私達は顔を見合わせてまごまごするだけでした。」
「それで、どうなったんですか?」
「立ち往生していると、一人の女性が教えてくれたんです。
これはデルエラ様の発した戒厳令であるって、
解らないなら家に帰ってればいいのよと。」
「それで帰宅した後にどうなりましたか?」
「はい、言われるままに家に帰ったら、
家の中にピンク色のガスが充満していました。」
「ガス?」
「はい、ガスを吸った私達は正気を失い狂ったようにベッドに雪崩れ込み、
お互いの事以外何も考えられずにベッドで交わり続けました。」
「それから?」
「さあて、ガスの効果が切れて気づいたらサイレンも止んでいましたし、
世界の危機とやらも過ぎ去っていたので何とも言えませんね。」
「そんな事があってレスカティエにまだ住んでいますが。お気持は?」
「いやあ、すっごく良かったんで妻共々はまってしまいまして、
今はサバトや狸の商人経由で色々な魔界の果物や植物など、
試すのが楽しい毎日でして、え? 此処を出て行く?
とんでもありません。私達は一生此処を出て行くつもりはありませんよ。」
戒厳令で家路についたレスカティエの魔物達、
彼女達は家に備え付けられた空調から吐き出されたガスで正気を失い、
ひたすら激しい交わりを続ける猿へと変えられる。
いつも通り? まあそうとも言う。
兎に角、一斉に交わりを開始した彼女達の放出する魔力は、
各家からレスカティエ首都を利用して作られた魔法陣。
城壁や城、都に建造されたモニュメントなどで描かれているらしいそれの効果で、
城の地下へと一気に吸い上げられていく。
そして作動した巨大なカラクリ仕掛けによって、
城はその地盤ごと回転、どんでん返しのように地下からあるものが出現する。
レスカティエ全住民の魔力を流用して放たれる巨大砲である。
それについては第4王女であるデルエラの側近であるバフォメットに聞いた。
「さて、この度使われる事になったこの兵器。
一体どのような経緯で開発されたんですか?」
そう私が問うと彼女はげんなりした顔で告げる。
「兵器? あれを兵器と言っていいのかどうか・・・
私としては城の地下にある巨大な置物と代りないものだったんだけどね。」
「・・・貴方が御造りになったものではない?」
「ええ、あれは戦争から五年前のある日、ここにやってきた妖しげな男。
ミスターXとか名のってた胡散臭い男が設計したのよ。
メイド姿のゴーレムを連れた人間だったわ。」
「そんな胡散臭い奴の意見をよくまあ取り入れましたね。」
「門前払いしようとしたわよ。でも其処にデルエラ様が現れてね。
面白そうねと鶴の一声で男を通されたのよ。」
「ああ、あの方ならさもありなん。」
「それで聞けば秘密兵器の設計図を持ってその建造のパトロンになって欲しいですって。」
何でもその謎の男曰く、この兵器には大量の魔力が必要で、
それには膨大なカップルの同時協力が必要不可欠なのだそうだ。
だが魔物は魔王直轄の軍でさえ規律が緩く、
大勢でそろってマスゲーム的な行動をするのが苦手だ。
だが過激派の象徴であり、心酔する魔物の多いデルエラ。
彼女のお膝元ならそれが出来ると男は高らかに宣言したと言う。
「正直、あの男の頭脳は悪魔的よ。
まだインキュバスにもなってないただの人間。
それなのにあの発想と技術力、
本気で世界征服とか考えたらかなりの脅威だと思うわ。」
「でもその心配は無い。そうですよね。」
「ええ、デルエラ様の人を見る目は確かどころじゃないし、
それに関しては全然心配してない。そして建造されたのがこれ。」
そう言って彼女は私を城の地下にある大空洞に通してくれた。
其処は不思議な空間で、重力が制御してあるとのことで、
逆さまに地面に張り付くように立つ事が出来た。
そうして見上げた私たちの目の前に城と同規模の建造物が現れる。
「こっ! これは?!」
「ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲よ。」
「完成度高いですね旦那様♥」
中心の大筒は先が楕円に膨らんでおり、
その根元両サイドには集められた魔力を溜める球状のタンクが二つチンザしていた。
何て卑猥な大砲だろう。私の相方が何に対して完成度が高いと言っているのか。
私は華麗にスルーしつつ質問を続けた。
その砲は集めた膨大な魔力で特殊な液体を精製する。
その液体は非常に不安定な物質で空気に触れると一秒と持たずに融けて消えるらしい。
だが、触れたあらゆる物質を溶かして蒸発させる恐ろしい代物なのだとか。
その謎の白い液体が先っちょからホトバシリ、
レスカティエ上空で月の欠片にぶっかけられていっしょに融けて消えた。
狙ってるとしか思えないその謎兵器は、
そのデザインと迎撃シーンがデルエラに大層受けたようで、
図で説明した所、目を煌かせた彼女の了承の一言で建造が始められたらしい。
レスカティエ全土を巻き込んだインフラ整備が必要なこの兵器は、
魔王のところの復興部隊を借りて突貫工事で行われ。
レスカティエの国庫40パーセントを食いつぶすも、
使いどころ皆無という頭の痛い代物となったという。
それでも国民や臣下から不満があまり出ない辺り、
彼女のカリスマ恐るべしと言った所であろう。
まあ結果として、レスカティエと周辺国家への被害は皆無であったので、
失われた資金も無駄金では無かったのは救いであろうか。
さて、こうしてあの当時に世界中で何があったのかを記してきたが、
この手記に記すべきもっとも重要な箇所が抜けているのをみな気づいているだろう。
我らが救世の英雄、彼がどのように世界を救ったのか。
それはこれからしばらくした後、本人に直接聴いてみたいと思う。
そうこうしているうちに、私の頭上に一際輝く星が流れる。
一等星より明るく煌くそれは、私達の上空を過ぎ去っていった。
私は目を輝かせながらそれを見続ける相方に聞いた。
彼女は私より目が良いからだ。
「何が見えた?」
「素敵な・・・とっても素敵な光景が見えました。旦那様。」
「・・・・・・そうか。」
※※※
「作戦は以上です。」
「この短時間でこれ程の策を・・・見事也。」
星の大気の外側、絶対真空のエーテル(星気)で満ちた虚空の入り口。
其処には勇者とアレス、そしてトリニティとエロスが浮んでいた。
「ごめんね、僕は荒事には向いていないから、
こんな事でしか手伝えなくて。」
「良いんですよ。短時間で世界中の必要な人員に作戦を伝える。
そんなことが出来るのは貴方の弓の腕があればこそですエロス様。」
「そういってくれると助かるよ。君の意思。確かに世界に届ける。」
そう言ってエロスは丸くハートの形を模した弓を引き、
彼女の魔力によって生成した矢をつがえて放つ。
その矢は星の空に巨大な魔法陣を生成し、
其処からまた世界中に雨アラレのように矢を放っていく。
その矢は必要な者達の体を貫き、言葉よりも遥かに早く正確に、
起こっている事態と勇者の行動、その後の対策を各地の国王や英雄たちに伝達した。
「さて、それでは行くか我が弟子よ。しかしいいのか?
この作戦、高い確率で御主が・・・」
「あはは、この程度の博打、
昔は嫌という程打ってきました。
大丈夫です。今度だって死にはしませんよ。
それにもう四の五の言ってる時間もありません。」
「確かに、それでは行くとしよう。付いて来るがいい勇者よ。」
アレスはドレスを纏い、底の無い空へと落下し始める。
勇者もそれに付いて行く形で加速を始める。
ただしドレスは纏わずである。月への攻撃はドレスを使えば、
例えそれが直接的なものでなくとも条件に引っかかり障壁が作動する。
故にドレスや高位魔法は補助であろうと一切使えぬのである。
最初、勇者は自身の肉体を仕様に引っかからぬ程度の魔法でめいいっぱい強化し、
落下までに五体を駆使して月の地表を掘り障壁を作動させるためのコアを砕く。
そういう作戦を立ててみたが、月の地表に刻まれたルーンを解析しすぐに諦めた。
先代は性格こそ悪かったが、抜け目の無い男であった。
その月には再生機能が付加されていたのだ。
一撃一撃入れて表面を掘っていっても、再生してすぐに元にも戻ってしまう。
一発で高威力を出す手段を用いれば障壁が、低威力の地道な削りは再生が道を阻む。
滅びの月(ラーシャイダ・カマル)はまさに鉄壁の球体であった。
勇者は考え抜いた末、一つの光明を見つけ出す。
彼はアレスの先導に従い、現在月に背を向けひたすら上下左右の無い空間を駆けていた。
必要なのは距離、月が地表に影響を及ぼす限界までの時間を算出し、
その使える時間いっぱいに彼は距離を稼いだ。
全方位暗黒に包まれ、重力すらないこの空間は当然勝手が違う。
勇者の体は元々神に比する水準であるため、
低温や真空自体には耐えられる。
地表から持ってきた水と空気を魔法で圧縮して体に溜め込み、
ボンベの代わりとすることで活動にも支障はない。
だが、これから彼がすることには幾つか障害があった。
慣れない無重力下で、彼は一心不乱に月へと加速する必要があった。
真っ直ぐに月のコアへと少しのズレも無く直進せねばならないということ、
そして前方に障害物が在った場合、それで減速しても全てがご破算だ。
故に、アレスが赤き灯火として勇者の先導と通路のゴミ掃除をする役目を担う事となる。
「もうよいだろう。」
傍らからアレスが声を掛けてきたので勇者は減速して反転する。
振り返ると其処にはもう、彼の生まれた星も其処に迫る月も見えない。
その他の星々に混じってしまいどれがそれだかすぐには判らない。
「準備は整った。行くぞ。」
「応!」
勇者はその周囲に大小様々な魔法陣を展開していく。
詠唱を省略して同時に様々な魔法を使用していく。
力を増強する魔法で筋力を増強。
素早さを上げる魔法で俊敏さを増す。
それらを限界まで重ね掛けする。
これらの魔法はそれぞれそれ程上位の者でなくとも使える補助魔法だ。
そして準備が整うと、飛行魔法も限界まで重ね掛けして第一次加速に入る。
常人からすれば十分に早い飛行速度だが、
上位魔法、ましてやドレスを使用した場合に出せる速度の比ではない遅さである。
そこから更に勇者は第二次加速に入る。
彼は足の裏に魔力で魔法陣の踏み台を精製する。
底なしの宙に取っ掛かりとなる足場を作り彼は力いっぱいそれを蹴った。
その瞬間、彼の体は目に見えて一気に加速する。
彼の脚力は全力の一蹴りで山脈が消し飛ぶ威力を秘めている。
その力はたかだか数十キロという質量を押し出すには過ぎた力だ。
さらにその力と速度を魔法によって出来る限界まで強化した上での一蹴りだ。
ロケットスタートという言葉が正に相応しい加速で彼は静寂の空を割く。
{まだまだ、全然遅いぞ! もっと気張らんかぁ!!}
先行するアレスから音を介さない念話が飛ぶ。
そうだ。まだまだ全然遅い。必要な速度まではまだ!!
勇者は脚の回転を上げていく。
巨大な蒸気機関車のピストンのように重々しく。
そして重機関銃のように人の目に留まらぬ速度で彼は虚空を蹴り続ける。
重力と空気の壁から解き放たれた彼は、
ぶっつけ本番とは思えぬほどの理想的な無重力下での力の伝達を成し遂げ、
自身の体を前へ前へと蹴りだし続けた。
加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速
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加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速
加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速
加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速
加速加速加速加速加速加速加速加速っ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
秒間数千発を叩き出す勇者の脚によって速度は上がり続けていく。
蹴る前はマッハ5〜6程であったその速度は一蹴りでマッハ20程まで加速。
その数値は次第に次第に桁を上げていく。
マッハ320 マッハ5490 マッハ2万 マッハ40万
もはや勇者は等速で飛び続けるアレスと魔法で自身に張り付かせているトリニティ以外、
周りのものが彼自身の認識速度を越えており把握できなくなっている。
もし今欠片のようなゴミが彼を直撃すれば彼は致命傷を負うことになるだろう。
「いよいよ秒読みだ。3・2・1・今だ!!」
マッハ88万 激突の直前、彼らの速度はほぼ光速のそれに等しいレベルまで加速した。
※※※
空気も無く、魔力も無く、
ただただ耳鳴りのような無音と極低温が支配するエーテルの海。
上も下も右も左も、何もかもが曖昧なまま気持悪い落下感のみが体に響く。
砂漠に捨てられた砂粒よりも微かで、
海に落とされた塩粒よりも朧気に。
無の大海に漂う漂流物(デブリ)が四つ。
そのうちの一つが震えるように、僅かな動きを見せ始めた。
{起きたか、勇者よ。}
{・・・やあ、おはよう諸君。}
{その様子だとそっちも無事みたいだね。}
{なんともしぶとい男よ。}
ゆっくりと自転しながら、今彼らは虚空の只中を飛行していた。
覚醒した勇者がなけなしの力を振り絞り、
何とか彼らの体の座標を固定し、それ以上漂流するのを防ぐ。
だが周囲には目印となるものが何も存在しない。
周囲に首を巡らしても故郷の光りは露とも知れない。
{で? 迎えが来る算段はしてあるのか?}
{うーん、もう少し離れたところで破壊できれば、
アレスに回収させるのも無理じゃなかったんだろうがな。
星と月が近すぎた。あそこから地上に被害を及ぼさないようにするには、
上級神三柱の布陣が絶対必要だった。
でも他の者に亜光速ですっ飛んでいく俺達を補足するのは無理だしな。}
{貴様も我らも、此処で魔力が切れて凍りつくか窒息するかという状況なわけか。}
{あきれ果てた男だ。自らの身を犠牲にして不可能を可能にしたか。}
レヒトとラウムは呆れ半分感心半分といった口調で言う。
其処にツァイトが口を挟む。
{一ついいかな。何故僕らは生きているんだい?
自らの肉体を光速の砲弾として月の表面と内部コアを破壊した。
まあそれはいいとして、ドレス無しでそんなものの反作用に耐えられるとも思えないんだけどね。}
{その疑問はもっともだな、時間の関係でお前達には全部説明してなかったしな。
いいぜ、どうせ暇してるしな。ネタばらしといこうじゃないか。}
{興味深いな。}
{是非聞かせて貰おうではないか。}
レヒトとラウムも首を突っ込んでくる。
{まず始めに、俺達自身は激突の瞬間多少の減速をしている。
そしてお前達の体、これに巨大化の魔法を掛けて使った。}
巨大化の魔法、瞬間的に体の一部を巨大化し、
物理攻撃の弱い魔法使いの物理攻撃を補助するための中級魔法である。
勇者はトリニティの魂の器である兜を残し、他の鎧のパーツを全てばらして、
各々に巨大化の魔法を掛ける事で、
トリニティの体を光速で数mサイズのオレイカルコスの砲弾として使用した。
流石のオレイカルコスもその反作用と圧力で融解して消えたが、
そのショットガンの破壊力は月の片面を一瞬で砕き散らすに十分であった。
{なるほど、その後にコアを貴様自身の肉体で砕いたとして、
その反作用に耐えれた理由は何だ?}
{ツァイト、本当に解らないか? これはお前の領分だぞ。}
{え? うーん・・・あっ、まさか時を止めた状態にしたのかい。
でもドレスも無しにそんなことは・・・}
{いやいや、あるだろ。中級クラスの呪文でみなが手軽に使える絶対防御の魔法が。
そう、役立たずのあれだよあれ、凍れる時の秘呪(アストロン)さ。}
{{{ああっ・・・}}}
トリニティ達が意外そうに押し黙るのが解る。
知識としてはそういう魔法があることは彼らも承知であった。
だが、あまりの役立たずっぷりにその魔法は無意識に意識下から除外されていた。
パーティー全員が強制的に動けなくなる上に、
解除のタイミングが自身で謀れない欠陥魔法。
世間的な評価はそう固まっていた。
動けない間に大魔法を撃つ準備をされたり、
補助魔法や回復魔法を使い放題にされたり、
最悪動けないまま周囲に結界を張られ動けるようになったら檻の中、
などという笑えない悲劇を生み出し続ける困ったちゃんである。
だが、だがしかしである。
位の低い魔法としてはその強固な防御は頭二つ三つ抜きん出ていた。
まるで世界の創造主が設定をミスったか遊んだとしか思えぬ程に。
その魔法は少し魔法を齧った勇者ならたやすく習得可能でありながら、
ありとあらゆる物理や最上位の攻撃魔法をまるで受け付けないのだ。
静止した時間に身を置き、あらゆる外部からの力を無力化する。
絶対の隙を献上する代わりに人にも纏うことを許された神の盾。
これにより、勇者とトリニティのヘッド達はその身を月と共に散すことを免れたのだ。
{納得がいったか? だったら寝かしてくれ。もう流石にくたくただ。}
{最後に一つだけよいか・・・何故我らの命を助けた。そんな義理は無かったはずだ。
体と同様に我らの兜も砲弾として使用すれば良かったではないか。}
レヒトが勇者に語りかける。
勇者はその問に少し押し黙るが、
面倒になったのか己が気持を偽らずに彼らにぶちまけた。
{お前達があの方の子供だからだよ。失えば悲しむかなと、そう考えたんだ。
あの方のやっていることは絶対に容認出来ない。
だから結局は戦争(こんなこと)になっちまってるわけだけどな、
昔々、本当に良くして貰ったのも事実なんだ。
贔屓目かもしれないが、たぶん主神の仕事としての付き合い以上にな。
だからかどうしても憎みきれないんだよ。
まあその所為かうちの嫁さんは蛇蝎の如く嫌ってるけどな。}
{レヒト・・・僕は彼に敬意を払うよ。
そして許して欲しい。これから僕がすることを}
そう言うとツァイトは残り少ない魔力を勇者に譲渡し始める。
驚いたように勇者は目を見開いて頭だけになったツァイトを見る。
{何を?!}
{見ての通りさ、僕らは無機物だからね。
酸素が無かろうが低温だろうが最低限の魔力さえあれば、
存在を存続できる。だが人間がベースの君は違う。
もう限界だったんだろう?}
ツァイトの言っていることは事実だった。
冥界への強行、トリニティとの闘い、滅びの月の破壊。
どれをとっても人の身には過ぎたハードルだ。
それを立て続けに三つも越えてきた彼の魔力はもはや底を突きかけていた。
{・・・主神の側としては、この男に此処で死んでもらうが良い。
それが自明だ・・・なれど、我らが尊ぶは・・・母上の御心のみ。}
{それが答えかレヒト。いいだろう、我らのリーダーは貴様だ。}
レヒトとラウムもツァイトに続き、
勇者にギリギリまで自身の魔力を注ぎ込む。
とはいえ、滅びの月の召還に権能を費やし、
さらに兜だけとなった彼らの残りの魔力も微々たる物だ。
上級神クラスの勇者を回復させるにはまるで足りていない。
だがそれでも、その魔力は確かに宇宙空間で勇者が命を繋ぐ糧となった。
{ありがとう。少し楽になった。}
{礼などよい、命の借りを返したのと、
母を悲しませたくないのは我々も同様だった。
それだけのことだ。ただそれだけの・・・}
ピシャッァアァ!!
突然暗黒の宇宙を眩いばかりの稲妻が切裂いた。
{レヒトッ?!}
その雷はオレイカルコスのはずのレヒトを焼き貫く。
勇者とトリニティ達の眼前には神々しい光りを背負う老人が浮んでいた。
{貴様っ!}
{直接会うは初めてかな? 大罪者よ。
まったくもってしてやられたわ。
まさかこのような方法でわしのラーシャイダ・カマルを攻略しようとはな。}
{せ・・・先代様。}
老人は心底冷めた目でツァイトとラウムを見る。
そしてその手をふわりと振るうと。
二つの稲光を走らせツァイトとラウムも一瞬で焼き殺した。
{不出来な者の創りしはやはり出来損ないか・・・
負けたのはよい。わしもしくじったわけだしな。
だが、馴れ合ってこやつを生かす手伝いをするなど許されざる裏切り。}
{くそぅ・・・どうして・・・此処が。}
{奴らは主神である女神の一部を切り離して創られし神。
その元である神は昔わしが自らの分け身として創った神だ。
繋がっておるのよ、いかに離れようと存在を感じて位置を追うなど容易き事。
さあ、もう動く事すらままなるまい。確かに此度の戦、我々の敗北である。
それは認めざるを得ん、だがただでは負けぬ。
貴様の命を貰う事で一応の成果としよう。
そして力を溜め、次の戦こそは我らに勝利の凱歌を・・・}
その体に力が満ちていき、
放電によってその事実が示されていく。
先程の雷撃とは桁が違う攻撃だ。
{滅びるが良い。不届き者よ。}
ガカッ!!
太い雷の柱が宇宙に閃いた。
だがその光はもう一条の閃光により、
進路を捻じ曲げられ勇者の左てに逸れる。
彼の眼前にもう一つの眩い光りが光臨する。
{どういう・・・つもりだ?}
{もうおやめ下さい。}
当代の主神であった。彼女が勇者と先代の間に割り込んでいた。
※※※
滅びの月が攻略された。
その時、私の胸にあったのはやはりそうか、
という一つの諦念だけであった。
私の知る彼なら、あの難攻不落の破壊兵器も攻略してしまうだろう。
何処かそう感じていた自分がいたからだ。
もっともその方法までは想像の範囲外であったが、
随分と無茶をする。そう考えて私はふと笑った。
それは昔からの事で、少しも変っていないな、などと思ったからだ。
だが、すぐに同伴しているトリニティが彼方まで飛んでいくのを感じ、
いっしょにいる彼もこのまま放置すれば死ぬであろう。
その事に考えが至り、私は居た堪れなくなる。
そして一瞬でも助けなければ、などと考えてしまった自分を戒める。
私は何だ? 私は主神。この世界の管理者でありあの男の敵。
この戦争で彼の反対側に立つ者の長だ。
彼が死ぬ、結構ではないか。
此度は我々の負けだが、
結果として敵も最強の戦力を失った。
体勢を建て直し、もう一度トリニティ(あの子達)に行かせれば、
今度こそ忌々しいあの女の首級をあげて来てくれるだろう。
悩む事など何も無い。
状況は至ってシンプルで明確だ。
だと言うのに何故、何故この胸はこんなにも痛むのだろう。
知らずに歯を噛み締めているのだろう。
まるで何かに耐えているかのようではないか、
馬鹿馬鹿しい。本当に馬鹿馬鹿しい話しだ。
静謐な静寂に包まれる私の神域で、
私の思考の声だけが空しく体に響くなか、
耳障りな足音と、不愉快な匂い、
汚らわしい淫蕩な魔力がその静けさを破った。
「敗軍の将を笑いにでも着たか?
今私は機嫌が悪い。誰の顔も見たくはないし会いたくも無い。
ましてや上機嫌の時でも願い下げな貴様の訪問など・・・
ストレスで私を殺そうとでも言うのか? 魔王よ。」
「・・・満足?」
「・・・何だと?」
「これで満足かと聞いているのよ。
私からあの人を奪って。貴方はそれで満足かしらっ!」
どちらかと言えば思慮深く、大人しい性格の彼女がいきなり吠えた。
まあ当然の反応であろう。誰よりも今の彼女の気持は理解できるつもりだ。
何故なら、その言葉は長い間私が彼女にぶつけたかった言葉そのものだからだ。
その光景は何とも胸のすく一幕であった。
立場上尊大に振舞いつつも、心の中ではざまあと舌を出して笑ってやった。
「何が満足なものですか。負けたのは我々です。
虎の子の兵器まで破壊されて完敗。これで満足したかなどと、
貴方は随分と嗜虐的な嗜好をお持ちなのですね。」
「戦争なんかの勝ち負け何てどうでもいい。
そんなものは貴方達が勝手に吹っかけて来てるだけじゃない。
私はあの人の話をしてる。」
どうでもいいか、本当に忌々しい女だ。
だが彼女の様子がおかしい。
こっちを睨みつけるようにしつつも、
時折目を逸らして何かを言おうと迷っているようだ。
記憶が確かなら、今まで幾度かあったこの女との舌戦でも、
こんな態度は見た事が無かった。
そう思って不信な目を向けていると、
信じられない光景が私の目に飛び込んできた。
「何を・・・している?!」
土下座していた。
夫や家族以外には尊大に振る舞い。
魔王としての威厳を保ち続けている彼女が、
憎んでも憎みきれないであろう私に対して。
「お願いします。アレスから聞いたわ。
貴方なら、あの人を救えるかもしれないって・・・
だから・・・私はどうなってもいい。
娘達には手出しさせないけれど、この御腹の児が産まれた後なら、
この首を差し出す。そういう呪いなり誓約なりを掛けても良い。
だから・・・助けて。あの人を助けて。お願いします。」
多くに崇め奉られる主神という立場であるが故に解る。
彼女のそれが純粋で心からの祈りであることが・・・
この女は家族や仲間意識がとても強い博愛主義者だ。
自分が死ねば、彼らが如何に苦しみ、
苦境に立たされるか考えなかったわけが無い。
それでもこの女がたぶん世界で唯一憎いと思う私に、
魔王という立場も家族も仲間も全てを投げ打って懇願している。
彼を助けてくださいと・・・可能性にしかすぎないそれにしがみ付いている。
「馬鹿なのか? 聞くと思うか? そのような戯言を。
仮に助けたとして、彼を人質に取れば貴様らに対しやりたい放題だぞ。
そういうことは考えないか? それでもいいと。」
「彼がこの世界から失われて消える。
その事に比べれば、あらゆる先の懸念事項なんて取るに足らない些事だわ。
私の命も含めて、可能性があるならベットするのに躊躇なんて無い。」
まっすぐにこちらを見つめて言い放つ。
彼女の行動ははっきり言えば愚か極まりない行為だ。
盲目的な愚者の選択。だけど・・・
私はやはりこの女が大嫌いだ。
そのまっすぐな気持は、
自分の立場も何もかもを置き去りに出来るその気持は、
私が持ちたくてついぞ持てなかったものだ。
昔からそうだった。
先代の言うがままに世界を治め続けている私の横で、
与えられた役割を越えて自らの意思を通そうとする。
愛に殉じて世界さえ敵にまわせる。
そんな彼女達が私は・・・どうしようもなく。
※※※
{気でも違ったか? 其処をどけ、その虫の息の根を止める。}
{させません。それだけは・・・}
神の雷を振るう先代の前に立ちはだかる当代の主神。
それを見て、もはや喋るしか出来ぬ勇者が声を上げた。
{何故・・・私を?}
{まったくだ。貴様がそれに情を移していたのは知っている。
だが、このわしに逆らうなどという愚行を犯すほどだとは、
わしの目もいよいよもって曇ったか?}
勇者がか細いノイズ混じりの念を送る中、
先代の声は彼女を芯から竦ませるような冷たく太い静けさを孕んでいた。
彼女は知っている。こういう声を出すときは心底怒っている時であると、
だがそれでも彼女は汗を浮かべながらも動こうとしない。
{そういう理由が無いとは申しません。ですが、それだけでもありません。
私がこの場に立っている理由は・・・
それに今の主神は私です。その私が見逃すと判断いたしました。
僭越ながらこれ以上はお控え下さい先代。}
{ほう? わしの言うなりの人形だったお前が、
当代の主神として物申すというわけか。だがな、解っているか?
貴様がわしに勝てるはずが無い。わしを止められるつもりか?}
{・・・勝つのは逆立ちしても無理でしょう。
ですが、止める事なら出来ると自負しております。
トリニティを創った私、ラーシャイダ・カマルにほとんどの権能を費やした先代。
消耗具合ではどっちもどっちでしょう。
本気でぶつかり合った末に貴方が私を下したとして、
貴方は此処から自身の神域にまで帰る力を残せるでしょうか。
幸い此処には闘いに長けた者もおります。
私の残りの魔力を彼につぎ込めば、貴方と言えど易々とは勝てぬかと・・・}
その言葉に先代の目が見開かれる。
勇者に力を譲渡してまで、己が身の安全を捨ててまで彼を救う。
という彼女の言葉に流石に押し黙る。
もしそうなれば、最悪この虚空で全員共倒れになりかねない。
その可能性を先代は感じ取り、溜め込んだ雷撃を治めて構えを解いた。
{それ程の覚悟か・・・よかろう。チャンスをやる。
貴様が主神としてその者を見逃すというなら、その道理を語ってみよ。
愛だの恋だのという頭の茹った理由などではなく。
主神と言う管理者としての理屈で何故見逃すという結論に至ったか、
わしに述べてみるがよい。その内容によってはこの場は矛を収めてやってもよいぞ}
{ありがとうございます。}
{ただし心せよ。もし貴様の道理があまりに下らぬと感じたなら、
その時は如何なる犠牲を払おうと、わしが潰える可能性があろうとわしはその虫を殺す。}
二代の主神は相向き合い。
世界の行く末を掛けた問答を開始する。
{まず、此度我々は敗北しました。
私などより遥かに強く経験も見識をあられる先代の助力を借りてすら、
我らはこの者達から勝利を得る事が出来ませんでした。
本気でぶつかりそして敗れたのです。
それによって、私はこの者達に可能性を見出しました。}
{このような不完全で愚かな者達にか・・・}
{はい、まったくもってその通りです。
不完全で愚かで、でもそれ故に我々はこの者達に敗北したのだと私は考えます。}
{・・・理解できぬ思考だな。もう少し仔細に申せ。}
{我ら上級の神々を傷もへこみも無い完全の球体とするなら、
彼らはあまりに脆弱で不完全なでこぼこの物体です。
ですがそれ故に、パズルのピースのように互いの欠けた所を埋め合わせようとし、
互いを求め合いその欠損を埋め合うことで、繋がり合って行くのです。}
{繋がり合う事で我らを超える大きな球体になったと、そう申すのか?}
{そうです。欠けているからこそ繋がれる。その力は我々には無いものです。}
{不完全、故に完成したものを超える可能性を持つか・・・}
{貴方様の力でさえ破り、被害もほぼゼロに抑える。
このようなこと御自身でさえ出来ぬのでは?
私はそんな彼らに可能性を感じました。}
{今までわしや先々代の主神がやってきたやり方は誤りであったと?}
{そうは申しません。貴方様は貴方様でご自身の道を御行きになれば良いのです。
俗世を穢れきったものとし、より高く、より遠く、より清く。
孤高を貫く絶対者としての貴方様の有り様を否定するには、
私は神としてあまりに若輩で不出来なものです。
だからこそ様々な可能性を見て見識を増やし学びたいのです。
より低く、より近く、より熱く。貴方様とは結果的に真逆の方針ですが、
私はしばし、この者達の行く末を見届けたいのです。}
{・・・この世界における管理者としての主神の役割を放棄すると申すか。}
{放棄はしません。
ですが、その関わりを今までよりも緩やかな形に移行していく。
そのように私は考えております。
仰せのように、この世界はすでに我々の管理を不用とする、
その前段階まで来ているのかもしれません。
それも含め見定める時を彼らと私自身ににあげても良い。
此度の敗北で私はそう考えました。}
己が道理を語りつくした当代の主神は、
ただまっすぐに先代の顔を見つめその裁定を待つ。
その覚悟を決めた顔を見ながら先代は深くため息をついた。
{愚かなり。だが・・・よかろう。
貴様が当代の主神としてそのような方針を持つに至ったも、
此度の敗北が原因、わしの不徳の致すところよ。
故に、わしに貴様の求道を妨げる道理無し。
行くが良い。不完全な者達に不完全と言う名の可能性とやらがあるのかどうか、
それを見定め新たな世界の理を定める。その道を貴様が行くというなら止めはせん。
主神にも何代かに一度、大いなる改革を迫られる代がある。
貴様の統治する今がそれなのやも知れぬ。
貴様は愚者達を見守れ、わしはそんな愚者を見守る貴様を見守るとしよう。}
その言葉を聞き、当代の主神の顔が晴れやかになる。
{ありがとうございます。}
{・・・すっげえ親馬鹿・・・}
{何か申したか・・・クソ虫が。}
{べっつに〜虫が喋るわけないし〜ちょ〜うけるぅ〜↑}
そんな勇者の皮肉を聞き、
苦虫を噛み潰したような顔で眉間をひくひくさせる先代、
だが大きく咳き込むと、そそくさとその場を後にした。
そして虚空には勇者と当代の主神だけが残された。
{助けて頂きありがとうございました。}
{こちらこそ礼を言います。あの子達の命を救ってくれたことについて。}
そう言うと、主神は黒焦げになってひしゃげた兜を三つ手元に引き寄せる。
{とんでもない、救ってなどいませんよ。結局は・・・}
{そんな顔をしないで下さい。まったく、
ついさっきあったばかりで、
おまけに殺し合いをした相手の死にすらそのような顔をするなど・・・
本当に貴方は変りませんね。顔を上げてください。
貴方がした事はけして無駄ではありませんよ。}
そう言うと、主神は手から光りを発して瞬く間に兜を修復する。
{この子達は私の分け身です。私が健在なら器さえあれば不滅なのです。
もっとも今の私では、全快させるには力がまったく足りませんが。}
{母上・・・ここは・・・}
{お久しぶりです母上。先代様は・・・お帰りになられたので?}
{母上、レヒトの判断。どうか叱責せぬよう願います。
この男、このようなところで朽ちてよい器ではありません。}
力を注がれ復活したトリニティは順々にレヒト、ツァイト、ラウムが声を上げる。
そんな彼らを愛しそうに抱きしめると、主神は勇者に告げる。
{今の私の力では一瞬で貴方をあの星に戻す事は出来ません。
同じ速度で同じ経路を巻き戻させるのが精一杯です。
理屈は長くなりますので割愛しますが、
貴方が帰った時、あの星ではそれなりの時間が経過しているでしょう。}
{星の破壊から此処までほとんど時間が経っていませんが?}
{そういうものなのですよ。ではさようなら。
もうしばらく会うことも無いでしょう。
忌々しいあの女にもよろしく言って於いて下さい。}
主神が手をかざすと、勇者はビデオの巻き戻しても見ているかのように、
一瞬で体をアストロンの状態に戻され亜光速で来た道をバックしていった。
(あの女の祈りと、貴方がトリニティ達に掛けてくれた言葉、
あれがなければ、私は先代の前に立つ勇気を持つことは無かったでしょう。
そして一生後悔し続けていたはずです。改めて礼を言います。
真の勇者よ。世界を救ってくれてありがとう。
そしてさようなら。私の淡くてすてきな思い出の人・・・)
※※※
(うん・・・此処は・・・)
勇者が意識を回復したのは、滅びの月を迎撃した座標。
碧い星を眼下に眺められる大気圏の外側近くだ。
{オカエリナサト!}
念話だが何ともなつかしい声を聞いた。
彼からしてみればたかが数十分前の出来事だが、
色々ありすぎた所為か、その声は彼に久しぶりの帰省に似た安堵を与える。
{声が裏返ってんぞ。まあ無理もないか・・・俺が出て行ってからどれくらいだ?}
{馬鹿・・・何が任せろよ。6年も私のことほったらかしにして。}
勇者が振り向くと、其処には顔をぐしゃぐしゃにした魔王がいた。
部下には見せられない顔だ。
そして一目で判る。痩せた・・・というよりやつれた。
{本当にごめん。他にうまい方法を思いつかなくてな。
それで、無事に出産は・・・出来たのか?}
{元気な男の子だったわよ。でも片親で育てるとグレるって言うわ。
あの子が奥手なシャイボーイになったら貴方の所為だからね。}
それはグレるうちに入るのだろうか?
サキュバスらしいといえばらしいグレるの定義に内心苦笑しつつも、
彼はもう辛抱溜まらんという彼の最愛の人に言葉を掛けた。
「ただいま。」
近づいた大気圏を震わせ、彼はたった一つの言葉を口にし、
そして両手を広げると彼女を引き寄せ口を思いっきり吸った。
舌を絡ませ。唾液を混ぜ、脚を絡ませ、体を寄せ合う。
魔王の魔法により一瞬で二人は着ていたものを放棄すると、
勇者は唯一つ装備した己が剣で魔王の下腹を貫いた。
「ああっ♥♥♥」
彼女の下の口は待っていたとばかりにピタリとそれを受け入れると、
二人は星の大気を切り割いて落下を始める。
勇者はひたすら口で口を吸い、顔を舐め、首を噛み、胸を吸う。
手では髪を梳き、頭を撫で、首筋を弾き、胸をもみ、背中を爪弾く。
そして下半身は平均秒間数百発のピストンで緩急や捻りをつけつつ彼女のなかを抉った。
一つの巨大な蒸気機関とかした二つの番は、
大気の摩擦と圧力で燃えながら、流星となって落下する。
だが、セックス中に放出される魔力に守られた二人には熱は届かない。
大気圏突入セックスを続ける二人は星をぐるりと巡りながら、
世界中の人や魔物に目撃されながら、英雄の帰還を星中に喧伝する事となる。
そうしてとある山中に二人は落下する。
勿論落下の衝撃も放出した魔力で二人には届かない。
もっとも落下した山はそのエネルギーで半分吹き飛び、
死火山を噴火させることとなった。
だが爆発する火山も、降り注ぐ火山弾も、流れる溶岩すら
6年もの歳月を待たされた淫魔の女王を止める事は到底出来なかった。
それから半年、昼夜問わず続けられた二人の行為はようやく落ち着いた。
「あら・・・」
固まった溶岩の中から勇者が飛び出すと、周囲は暗黒魔界と化していた。
「ねえん♥ あなた、もう少しだけ・・・ね♥♥」
穴の中から妻の甘えた声が聞こえる。
そのかわいらしく愛らしく、淫らで辛抱たまらん顔を見ると、
鉄の意志も揺らいでまたその白い豊満な肢体に溺れたくもなるのだが、
ただでさえ6年も歳月をが流れ、さらに半年も妻との逢瀬に溺れてしまった。
流石にみなに挨拶しなければそろそろまずいだろう。
そう考える勇者の頭上にたくさんの影が舞っていた。
娘達が全員終結していた。何ともタイミングの良い話である。
そしてその中から代表してなのかデルエラが勇者の前に進み出た。
「どうしてお前が代表やってるんだ? それに随分とタイミングの良いことだな。」
「あら、6年前の戦いの武功は娘の中で私が一番だったもの。当然の権利じゃなくて?
それに私達はみな、普通の魔物以上にお母様との魔力の繋がりが深い。
何時頃出てくるかなんて知ろうと思えば簡単にわかる話しだわ。」
「そういやそうだったな。
それにしても武功と言っても前線に出てたのは娘の中でお前だけ出し、
例のネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲の分も勘定してだろ?」
「建造を推進したのは私だもの、何も問題は無いわ。」
「そりゃそうだがな。それで・・・そいつがそうか?」
「ええ、言わずとも解るでしょう。顔立ちがお父様にそっくり、
かわいいわあ♥ 食べちゃいたいくらい。」
デルエラの顔が弟を見る姉のそれとは思えぬ程赤く上気している。
そうして彼女が手招きして呼ぶと、
一人の小さな男の子が勇者によってくる。
白銀の髪、ルビーのような赤い瞳、雪のように白い肌。
その身体的特徴は魔王のそれを受け継ぎながらも、
目鼻立ちや顔のつくりは確かに勇者のそれにそっくりだった。
「ごめんな。随分と待たせちまったけど、ただいま。
俺がいない間、母さんを守ってくれてありがとう。」
勇者は男の子を抱き上げると裸のまま抱きしめ、
愛おしそうに頬ずりした。
まだその幼子は勇者の言葉の意味が解らずに首を傾げる。
でも、抱きしめられてしっかりとしたその体の温度を感じると、
安らかな顔になってはっきりとした口調で言った。
「おかえりなさい。おとうさん。ずっと会いたかった。」
「俺もだ。お前が産まれるずっと前から、俺はお前に会いたかった。
生まれてくれてありがとう。そして産んでくれてありがとう。」
「どういたしまして。」
勇者は抱きしめる我が子と、
穴から出てきて子供の後ろから子供ごと勇者を抱きしめる魔王に、
そう言って涙を流し始めた。
今日、この日、この時。
世界は新たな夜明けを迎える。
まず始めに断っておくと、
これは手記と銘打っているが厳密には違う。
音を記憶する魔法石を使い、
その記憶した音を魔法の羽ペンが自動的に書き起こした代物なのだ。
なので本来の手記であれば省いたり訂正するようなものも書かれてしまうが、
まあそれはご愛嬌、現場の雰囲気を感じ取ってもらえれば幸いである。
もっとも、相方のリャナンシーからはこのやり方はすこぶる不評なのだ。
何でも直筆の方が旨味が濃いのだとか、リャナンシーの食生活と嗜好について、
知らぬわけではないがそれはそれ、私とて彼女のために執筆しているわけではない。
なのであからさまな彼女の不満顔を捨て置き、
私は文明の利器に頼ってこの手記を書いていこうと思う。
さて、本題に戻そう。
あの戦争の・・・いや、あの戦争中に発生した未曾有の大災厄の顛末について。
私が語れることはそれ程多くは無い。
何せ世界のほとんどの者達が自分で体験してしまっている。
顛末の一つとして世界はどうなったか、私がこうして筆を取っている時点でお察しである。
世界は救われた。一人の英雄の尊い犠牲とそれに連なる世界中の者達の奮起によって。
皮肉な話しだが、公的に人も魔物も神族も、
隔てなく一つの目標のために手を取った事例は恐らく世界初であろう。
世界の有り様が変革することを善しとしなかった一柱の偏屈な神、
彼のおかげで逆に世界の変革は早まったのではないかと私は考えている。
おっと忘れていた。
この手記を記しているのは魔王暦XXXX年、9月8日。
あの戦争の終結から6年、魔王が男児を出産してから5年の歳月がすでに流れている。
魔王が出産した時には私も御呼ばれに預かったので良く覚えている。
魔物は人間ほど子供を容易に産めない。
そのためか子供が産まれた際に行われる誕生際は盛大に行われる。
無論、慎ましく家族だけで祝う者達もたくさんいるが、
魔王の出産ともなると周りが放って置かないのだろう。
正直彼女の心中を察すれば、あまり盛大に祝うのもどうかと思う。
だが彼女は魔王、私的な感情はどうあれ公的に果たさねばならぬ役目もある。
なので誕生際は親魔物領各国の王族貴族、各地を治める魔物の長達、
名のある数多の神々の訪問と祝福と、引きをも切らぬ行列を迎え、
連日連夜薄暗い王魔界の空を照らす勢いで執り行われた。
だが、この祭りの欠くべからざる主賓の一人の姿が其処にはない。
産まれた命の父親であり、産んだ母の魂の片割れ。
この世界を救った勇者がいるべき場所にその姿は無い。
みな彼女の心中を察しながらも、この世界を救った彼のために、
精一杯元気に振る舞い御通夜ムードを吹き飛ばそうとしている。
自分のために折角の祝いの場が盛り下がるなど彼は望まないだろうから。
だが、それでも張られた虚勢は痛々しさを覆いきれてはいなかったように思う。
全魔力を使い出産と主神の定めたルールに風穴を開けた魔王。
本来であれば夫と行為に及び使った魔力を回復せねばいけない身だ。
だがその相手はいない、魔力を補給できる飲食物や薬を、
山のように毎日経口摂取しながら膨大な魔力を補填して、
彼女は体を騙し騙し手ずから王としての責務と母としての責務を果たし続ける。
後に、とある縁で知り合いになった第4王女から、
誕生際が終わった後に彼女が倒れた事を聞いた。
戦争の帰結としては魔王軍の勝利となったわけだが、
中身を見れば魔王側もとても勝利と喜べる状態ではなかった。
万が一、もう一度同じ規模の攻勢を教団側が仕掛けてきた場合、
魔王軍にも教団側にも今度こそ多くの死傷者が出たことは想像に難くない。
だが、そうはならなかった。
その辺りについては以前取材したとある魔法学の研究者。
彼に取材し対談をした際の音声を交えながら記そうと思う。
「ええ、おほん。まず始めにお名前をどうぞ。」
「ファルトール、ファルトール=ジオニアと言います。
第六聖都のアルアトリアの魔法学院所属、そこで教授の一人をしていました。」
「過去形ですね。失礼ですが現在は?」
「ははは、そちらと同様。教団側から指名手配されてしまいまして。」
指名手配された。地位を追われ命を狙われるということだ。
だがそう言う彼の面持ちに悲壮感や疲れは見られない。
なるようになる。そう腹を括っていたのだろう。
個人的に親近感を抱きつつも対談を続けた。
「いったい何をやらかしたんです?」
「いえ、なに、大した事は何も。研究結果を偽らずに公表しようとしただけです。」
「研究結果?」
「遥か星の彼方で形成された巨大なポータル、
その仕様と魔力波形、それらは魔界側のものではなく、
教団側、つまり神界側のそれであったという解りきった内容をです。」
あの未曾有の大災厄から世界が救われて後、
教団が行った事は苛烈を極める情報統制であった。
元々あの無茶な最終手段を事前に承知していたのは、
教団上層部の中でも狂信とタカ派で有名な一部の者達だけで、
他の派閥の幹部達にとっても寝耳に水の話しであったらしい。
裏で魔王側に通じている教団の幹部の一人と話す機会があったが、
彼によると狂信者共は糾弾されるもしれっと言い放ったらしい。
真実を公表し我々を罰するは自由だが、そうなれば御主らの所業も明るみに出るぞ。
我らは一蓮托生、ゆめゆめ馬鹿な気は起こされぬことが賢明だ・・・と。
それで黙らされる他の教団幹部もどんだけ埃まみれなのか、
まったく嘆かわしい話しだと彼は憤っていた。
奇々怪々の魔窟である教団上層部の内情などまあ捨て置き、
彼らは保身に走り、その権勢と力を魔王に向けるどころではなくなってしまったのだ。
あの災厄こそ邪悪な魔王の世界滅亡の儀式である。
我らの聖戦はそれを阻止するためのものであった。
情報を隠したのは世界崩壊などという事実が漏れれば、無用な混乱を招くからである。
我らは魔王の討伐にこそ失敗したが、
神のご助力もあり魔王の邪悪な企みを防ぐ事には成功した。
あの戦争の後に教団が世界に報じた内容だ。
なるほど、筋は通っている。
まったく良く出来たシナリオだ。
だが従軍していた国々の者達。
惑星規模のポータルを観測し解析した者。
彼らの目にはどっちが真実を語っているのか一目瞭然であった。
それ故、教団側はそんな者達の口を塞ぐ事に東奔西走することとなる。
「まったく馬鹿げた話です。魔法に対し知識のある程度ある者なら、
あの魔法陣がどちらの陣営のモノなのかなど明白だというのに。」
「だが誰も真実を語ろうとはしなかった。」
「ええ、まあその事は攻められません。家族のいる方もいるでしょうし、
安定した今の地位を捨てたくない。というのも解りますから。
ですが一つ間違えば世界は終わっていました。
その事に対し、私はとても腹が立ちました。
これだけのことをして誰も責任を取ろうとしないばかりか、
他人にその罪を押し付けるなど言語道断です。」
「だから研究結果を公表した。」
「ええ、後悔はしていません。
地位を名誉も捨てることになりますが、
あんな場所での地位なんてこっちから願い下げですよ。」
「解ります。」
「それに聞くところによると魔界側の魔法研究はとても進んでいるとのこと、
不便はあるかもしれませんが、一人の学徒として今から楽しみですよ。」
彼はその後、魔法研究の盛んなある都市へと亡命した。
其処を拠点にしているサバトに所属して魔法の研究を続けているとのことだ。
今現在、彼のように教団に狙われて多数の有力者が魔界へ亡命している。
他にも今まで中立を謳っていた国や領地が、水面下で魔界や親魔領と手を結び始めている。
あの戦争による敗北から6年、
教団はいまだに存続して依然世界最大の力を誇る集団である。
しかし、その大きすぎる図体のあちこちに虫食いのように綻びが出来始めている。
その流れはもはや止められまい。
教団の情報統制は、助からぬ寝たきりの命に施す無理矢理の延命処置のようだ。
いかに大衆の耳と口を塞ごうとその身を最終的に救うことは無いだろう。
私が以前自費で出版し、教団の手の及ぶ場所では発禁となった書物に書いた真実。
主神は人類の味方などではなく、あくまでこの世界の管理者にすぎない。
この事を主神自らが証明してしまった事により、
各国は教団との付き合い方を再考せざるを得なくなった。
教団内部でも比較的リベラルだった層はその教えを良しと守りつつも、
主神への信仰そのものに対しては懐疑的になり距離を置くなど、
今まで以上に内部での分裂や派閥化が進んでいるらしい。
もう勝手にやってくれと言いたい。
さて、あの戦争の後、私がどうしていたかだが、まあ今までと何も変らない。
世界を放浪しつつ魔界の風俗や魔物娘の生態を調べて記して書き溜める。
そうして一冊の本に出来るくらいに溜まったら本として発行する。
そのためのネタ集めに世界を漫遊する日々だ。
そうしたなかで、あの当時に世界中で何があったかの情報も少しずつ集まってきた。
今回はその中で私が知りえたものを記していこうと思う。
先程同様、対談の音声なども交えつつ。
「ええでは、その時の様子をお聞かせください。」
「それは構わねえけどもさ、先に言っとくぜ、俺は嘘なんかつかねえ。
馬鹿げてる様に聞こえるかもしれねえが、これからいう事は全部本当だ。」
「解っています。海の神がその力を振るったのですから何が起きても不思議は無いですよ。」
「海神様かあ、じいちゃんはご執心だったが正直俺はあんま信じてなかったんだ。
でも考え直したわ。あんなもん見せられちゃ崇めるしかねえわな。」
青年は北国の住まいで独特の浅黒く日焼けした顔をしており、
船乗りであることを一目で判る容姿をしていた。
何でも代々漁師をしている家系なのだそうだ。
「海が退いてくんだよ。潮の満ち干きなんてレベルじゃなく。
地平の果てまで広がってた海が全て退いて見えなくなっちまった。
海底が露出して深い裂け目が広がってくとこまで全部丸見えよ。」
「海が一瞬で干上がった?」
「いや、そうじゃなくてあくまで水が移動しただけだ。
しかも不思議なのはな、水は確かに引いたが、かなりの数の水が残ってるんだよ。」
「海底が見えてたのでは? それに水の数とは?」
「普通はそう思うよな。でも言い間違いじゃあねえよ。
海神様は海の水を大量に世界中から集めつつ、
同時に其処で暮らす魚一匹一匹の生存権も確保してたんだよ。
そこら中に金魚鉢みてえな水玉が大量にあってよ、その中に魚が全部いるんだよ。」
「それはまた・・・世界中の海でそんなことをやっているとしたら。」
「とんでもねえよなあ。しかも笑っちまうのはよう。回遊魚っているよな。
マグロとかのあれだよ。泳いでないと死んじゃうやつら。」
「・・・ああ。そういえばそうですね。一部の鮫とかもですがそれはどうしてたんです?」
「水がでっけえわっかになっててな、そこをグルグル泳いでるんだよ。」
「なるほど、何とも細やかな気づかいですね。そういえば魔物はどうなってました。」
それを聞くと青年は少し顔をそらして嘆息した。
「んん、なんつうかあれだよ、基本水陸両用だからさ。
海神様もあんま気にせずにほうっておいたみたいでさ。
普通に海底やそこらの岩場に取り残されてたぜ。」
「後ろの方とはその時に?」
「まあな、海が退いた時にな、流氷といっしょに流されてきたんだよ。
ほぼスッポンポンでパツキンのチャンネーがな。
俺も男だからさ、眼福とは思いつつもそのままじゃ凍え死んじまうと思ってさ。
助けようと近づいたんだよ。そしたら起き上がったこいつが暖めてとか言って無理矢理よう。」
「少し待て、無理矢理だったのは否定しないが、抵抗してたのは最初の5秒ほどだったぞ。」
「しゃあないじゃん。初めてだったしお前の体めちゃくちゃ柔らかくて気持良いんだもん。」
「うむうむ、そうであろうそうであろう。」
青年の肩越しに抱きついていた金髪の女性が口を挟んできたのだ。
ちなみに二人の下半身は同じ毛皮の中に納まっていた。
どうやら退いた海のせいで、
毛皮の手入れ中のセルキーが流されてきて鉢合ってしまったらしい。
「それで、その後はどうなりました?」
「俺の方はこいつと掛かりっきりになっちまってその後は見てねえんだが、
じいちゃんが言ってたぜ。集まった海がまるで槍みたいに天を貫いたってよ。
その海の槍があのもう一つの月の欠片を突き刺して砕いたらしい。
しかもすげえのはその後だ、
その槍はまるで木の枝のように分かれて細かい欠片まで串刺しにし、
一瞬で凍り付いて固まっちまったらしい。」
後で調べた所、まるでこの星を苗床にした世界樹のような樹氷。
宇宙(そら)まで伸びた海が滅びの月の欠片を貫いた後に凍ったそれは、
ポセイドンと氷の女王との合作であったらしい。
貫かれ固定されたそれぞれの大きな欠片は、
王魔界やレスカティエを始めとした世界各地からの砲撃で消滅。
その後に回収できる分は元の海へと戻り、
宇宙へ放逐されて減った分の海水はポセイドンの魔力により補填されたらしい。
また私とも面識のある魔界学者サプリエート、
彼女の報告と要請により、ポローヴェもこの危機に対して素早く動いていたようだ。
ポローヴェに本部を置く精霊使い協会、
彼らが世界中の支部と連携して大規模な魔法を行使したらしい。
その防衛案を考案した魔法学者にサプリエートの紹介でアポを取ることに私は成功した。
「どうも、シャアル=デレットです。専門は次元や空間魔法の研究ですが、
必要や興味しだいで幅広く学を修めてはおります。」
「それで、早速ですがこの度はどのような防御手段を考案されたのでしょうか?」
「協会が連絡を取れる世界中のシルフ使いに同時に魔法を使ってもらい、
この星の大気層の厚と圧を上げて貰ったんですよ。」
彼はしれっとそう言ったが、
正直それだけでは門外漢の私にはチンプンカンプンだ。
専門家の悪い癖だな。
などと私が思っていると私の反応から向こうもそれを察したらしく、
より細かく説明を始めた。
「ええと、分厚い空気の巨大な傘で星の片側を覆ったと考えてください。」
「それであの月の落下が防げるんですか?」
「勿論無理です。一定以上のサイズの欠片は減速させるのが精一杯でしょう。
この措置はより細かな破片とでも言うべきものに対してのものです。」
「砕かれた月は主に大きく三つに割れました。」
「ええ、私も見ていました。その内一つは闘神アレス様が、
もう一つはポセイドン様達が、そしてもう一つの欠片は巨大なポータルから出現した、
巨大なハイヒールの足が宇宙に蹴り返したとのこと。」
「上級神揃い踏みで大層豪華な陣容でしたね。」
「まったくです。しかしお三方の活躍により大きな破片こそ、無事に破壊されましたが、
それでも数多くの欠片がこの星に降り注ぎました。」
「その被害を防ぐのが先程の空気の傘だと?」
「ええ、大きな質量か、よほどうまい角度で落下してくるもの以外は、
この傘が隕石の軌道を曲げて星への被害を軽減してくれるというわけです。」
「ピンときませんが、隕石の威力はどれくらいなんでしょう。」
「一概には言えませんが、減速しなければ直径1mもあれば50t分の火薬に相当しますね。
まあ小さな村くらい軽く吹っ飛びますよ。
満載のB29十機分と考えれば少しはわかり易いですかね?」
まったく解らない。B29とは一体なんであろうか? 新種の魔法兵器の類であろうか?
まあ村や町すらふっとばす物騒なモノが大量に降り注ぐのを未然に防いだ。
ということで良しとしておこう。
勿論この傘も完璧ではなく、世界各地にそれなりの破片が降り注いだ。
だが、各地にこの事態を解決した英雄からの伝令が、
エロス神の矢を通じて世界同時に飛んだことにより、
各地の英雄達や魔物達の協力により、被害は最低限に抑えられたとのことである。
例えば火の国、此処には抑えとして残っていた妖弧のダッキと一桁台の魔王の娘がおり、
彼女らの活躍によって被害はゼロに防がれた。
リリムが空中に発生させた巨大な鏡、
それが隕石に対し傾斜をつけてそのコースを海上へと反らして落下させ、
減速したそれをダッキが尾を巨大な螺旋状の錐のように回転させ砕いたらしい。
破片はさらに減速し海底の一部に落下して終わった。
海底にいた魚達は、ポセイドンの水がまるでゴムマリにようにそれらを弾いて守ったとのことだ。
また霧の大陸でも、三国の英雄が競演して被害を防いだらしい。
巨大な柱のような赤い棒が天まで延びると大きめの破片を粉砕。
その破片も赤い馬にのって戟を振りかざす偉丈夫や、
八極とかいう武術の使い手の一撃で砂のような無害な大きさまで砕かれたらしい。
砂漠地帯の各ピラミッドを収める王達も、
この時ばかりは協力したらしい。
三つのピラミッドの頂点を支点にして開いたポータル。
これが砂漠地帯に落ちた隕石を再び星の彼方に放逐したらしい。
何でもこれは古代に星門(スターゲイト)と呼ばれ、
神々が星の彼方へと旅をするための門であったらしい。
協力体制にない現在では基本使えないし、使う事もない装置であったが、
まさかこんなことで役立つ日がこようとは面白い話である。
王魔界でもビッグシルバー、グランギニョル、スピリタスと呼ばれる者達が砲台となり、
樹氷に串刺しになっている破片をその火力で消滅させていったらしい。
もっとも一番大きな破片を消滅させたのは誰もが認めるおてんば王女のあの方である。
本人曰く父直伝の勇者砲なのだそうだ。どや顔であった。
おてんば王女と言えば、彼女の国にも何故か撃退手段が用意されており、
今回の顛末に一役かったのはどういうことであろうか。
レスカティエを再び訪問し、一人の男性からインタビューを取る事に成功した。
「レスカティエですか? 良いところですよ。
家賃も物価も冗談みたいな値段ですし。
エロ方向に特化気味ですが娯楽施設も充実してますし。
あと治めるトップが旅行好きらしく、
王魔界を始め世界各地に繋がるポータルが完備されてますから。」
「ですが今回の件は驚いた?」
「そりゃあもう、寝耳に水ってやつですよ。
アレだけ広いレスカティエ中にいきなり大きなサイレンが響き渡るんですから。
女房と一緒に夕飯の買出しに出てたんですが、いきなり音がなってびっくり、
そうしているうちに周囲の人たちが一斉に今していることをやめ、
家に帰り始めました。でも私達は顔を見合わせてまごまごするだけでした。」
「それで、どうなったんですか?」
「立ち往生していると、一人の女性が教えてくれたんです。
これはデルエラ様の発した戒厳令であるって、
解らないなら家に帰ってればいいのよと。」
「それで帰宅した後にどうなりましたか?」
「はい、言われるままに家に帰ったら、
家の中にピンク色のガスが充満していました。」
「ガス?」
「はい、ガスを吸った私達は正気を失い狂ったようにベッドに雪崩れ込み、
お互いの事以外何も考えられずにベッドで交わり続けました。」
「それから?」
「さあて、ガスの効果が切れて気づいたらサイレンも止んでいましたし、
世界の危機とやらも過ぎ去っていたので何とも言えませんね。」
「そんな事があってレスカティエにまだ住んでいますが。お気持は?」
「いやあ、すっごく良かったんで妻共々はまってしまいまして、
今はサバトや狸の商人経由で色々な魔界の果物や植物など、
試すのが楽しい毎日でして、え? 此処を出て行く?
とんでもありません。私達は一生此処を出て行くつもりはありませんよ。」
戒厳令で家路についたレスカティエの魔物達、
彼女達は家に備え付けられた空調から吐き出されたガスで正気を失い、
ひたすら激しい交わりを続ける猿へと変えられる。
いつも通り? まあそうとも言う。
兎に角、一斉に交わりを開始した彼女達の放出する魔力は、
各家からレスカティエ首都を利用して作られた魔法陣。
城壁や城、都に建造されたモニュメントなどで描かれているらしいそれの効果で、
城の地下へと一気に吸い上げられていく。
そして作動した巨大なカラクリ仕掛けによって、
城はその地盤ごと回転、どんでん返しのように地下からあるものが出現する。
レスカティエ全住民の魔力を流用して放たれる巨大砲である。
それについては第4王女であるデルエラの側近であるバフォメットに聞いた。
「さて、この度使われる事になったこの兵器。
一体どのような経緯で開発されたんですか?」
そう私が問うと彼女はげんなりした顔で告げる。
「兵器? あれを兵器と言っていいのかどうか・・・
私としては城の地下にある巨大な置物と代りないものだったんだけどね。」
「・・・貴方が御造りになったものではない?」
「ええ、あれは戦争から五年前のある日、ここにやってきた妖しげな男。
ミスターXとか名のってた胡散臭い男が設計したのよ。
メイド姿のゴーレムを連れた人間だったわ。」
「そんな胡散臭い奴の意見をよくまあ取り入れましたね。」
「門前払いしようとしたわよ。でも其処にデルエラ様が現れてね。
面白そうねと鶴の一声で男を通されたのよ。」
「ああ、あの方ならさもありなん。」
「それで聞けば秘密兵器の設計図を持ってその建造のパトロンになって欲しいですって。」
何でもその謎の男曰く、この兵器には大量の魔力が必要で、
それには膨大なカップルの同時協力が必要不可欠なのだそうだ。
だが魔物は魔王直轄の軍でさえ規律が緩く、
大勢でそろってマスゲーム的な行動をするのが苦手だ。
だが過激派の象徴であり、心酔する魔物の多いデルエラ。
彼女のお膝元ならそれが出来ると男は高らかに宣言したと言う。
「正直、あの男の頭脳は悪魔的よ。
まだインキュバスにもなってないただの人間。
それなのにあの発想と技術力、
本気で世界征服とか考えたらかなりの脅威だと思うわ。」
「でもその心配は無い。そうですよね。」
「ええ、デルエラ様の人を見る目は確かどころじゃないし、
それに関しては全然心配してない。そして建造されたのがこれ。」
そう言って彼女は私を城の地下にある大空洞に通してくれた。
其処は不思議な空間で、重力が制御してあるとのことで、
逆さまに地面に張り付くように立つ事が出来た。
そうして見上げた私たちの目の前に城と同規模の建造物が現れる。
「こっ! これは?!」
「ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲よ。」
「完成度高いですね旦那様♥」
中心の大筒は先が楕円に膨らんでおり、
その根元両サイドには集められた魔力を溜める球状のタンクが二つチンザしていた。
何て卑猥な大砲だろう。私の相方が何に対して完成度が高いと言っているのか。
私は華麗にスルーしつつ質問を続けた。
その砲は集めた膨大な魔力で特殊な液体を精製する。
その液体は非常に不安定な物質で空気に触れると一秒と持たずに融けて消えるらしい。
だが、触れたあらゆる物質を溶かして蒸発させる恐ろしい代物なのだとか。
その謎の白い液体が先っちょからホトバシリ、
レスカティエ上空で月の欠片にぶっかけられていっしょに融けて消えた。
狙ってるとしか思えないその謎兵器は、
そのデザインと迎撃シーンがデルエラに大層受けたようで、
図で説明した所、目を煌かせた彼女の了承の一言で建造が始められたらしい。
レスカティエ全土を巻き込んだインフラ整備が必要なこの兵器は、
魔王のところの復興部隊を借りて突貫工事で行われ。
レスカティエの国庫40パーセントを食いつぶすも、
使いどころ皆無という頭の痛い代物となったという。
それでも国民や臣下から不満があまり出ない辺り、
彼女のカリスマ恐るべしと言った所であろう。
まあ結果として、レスカティエと周辺国家への被害は皆無であったので、
失われた資金も無駄金では無かったのは救いであろうか。
さて、こうしてあの当時に世界中で何があったのかを記してきたが、
この手記に記すべきもっとも重要な箇所が抜けているのをみな気づいているだろう。
我らが救世の英雄、彼がどのように世界を救ったのか。
それはこれからしばらくした後、本人に直接聴いてみたいと思う。
そうこうしているうちに、私の頭上に一際輝く星が流れる。
一等星より明るく煌くそれは、私達の上空を過ぎ去っていった。
私は目を輝かせながらそれを見続ける相方に聞いた。
彼女は私より目が良いからだ。
「何が見えた?」
「素敵な・・・とっても素敵な光景が見えました。旦那様。」
「・・・・・・そうか。」
※※※
「作戦は以上です。」
「この短時間でこれ程の策を・・・見事也。」
星の大気の外側、絶対真空のエーテル(星気)で満ちた虚空の入り口。
其処には勇者とアレス、そしてトリニティとエロスが浮んでいた。
「ごめんね、僕は荒事には向いていないから、
こんな事でしか手伝えなくて。」
「良いんですよ。短時間で世界中の必要な人員に作戦を伝える。
そんなことが出来るのは貴方の弓の腕があればこそですエロス様。」
「そういってくれると助かるよ。君の意思。確かに世界に届ける。」
そう言ってエロスは丸くハートの形を模した弓を引き、
彼女の魔力によって生成した矢をつがえて放つ。
その矢は星の空に巨大な魔法陣を生成し、
其処からまた世界中に雨アラレのように矢を放っていく。
その矢は必要な者達の体を貫き、言葉よりも遥かに早く正確に、
起こっている事態と勇者の行動、その後の対策を各地の国王や英雄たちに伝達した。
「さて、それでは行くか我が弟子よ。しかしいいのか?
この作戦、高い確率で御主が・・・」
「あはは、この程度の博打、
昔は嫌という程打ってきました。
大丈夫です。今度だって死にはしませんよ。
それにもう四の五の言ってる時間もありません。」
「確かに、それでは行くとしよう。付いて来るがいい勇者よ。」
アレスはドレスを纏い、底の無い空へと落下し始める。
勇者もそれに付いて行く形で加速を始める。
ただしドレスは纏わずである。月への攻撃はドレスを使えば、
例えそれが直接的なものでなくとも条件に引っかかり障壁が作動する。
故にドレスや高位魔法は補助であろうと一切使えぬのである。
最初、勇者は自身の肉体を仕様に引っかからぬ程度の魔法でめいいっぱい強化し、
落下までに五体を駆使して月の地表を掘り障壁を作動させるためのコアを砕く。
そういう作戦を立ててみたが、月の地表に刻まれたルーンを解析しすぐに諦めた。
先代は性格こそ悪かったが、抜け目の無い男であった。
その月には再生機能が付加されていたのだ。
一撃一撃入れて表面を掘っていっても、再生してすぐに元にも戻ってしまう。
一発で高威力を出す手段を用いれば障壁が、低威力の地道な削りは再生が道を阻む。
滅びの月(ラーシャイダ・カマル)はまさに鉄壁の球体であった。
勇者は考え抜いた末、一つの光明を見つけ出す。
彼はアレスの先導に従い、現在月に背を向けひたすら上下左右の無い空間を駆けていた。
必要なのは距離、月が地表に影響を及ぼす限界までの時間を算出し、
その使える時間いっぱいに彼は距離を稼いだ。
全方位暗黒に包まれ、重力すらないこの空間は当然勝手が違う。
勇者の体は元々神に比する水準であるため、
低温や真空自体には耐えられる。
地表から持ってきた水と空気を魔法で圧縮して体に溜め込み、
ボンベの代わりとすることで活動にも支障はない。
だが、これから彼がすることには幾つか障害があった。
慣れない無重力下で、彼は一心不乱に月へと加速する必要があった。
真っ直ぐに月のコアへと少しのズレも無く直進せねばならないということ、
そして前方に障害物が在った場合、それで減速しても全てがご破算だ。
故に、アレスが赤き灯火として勇者の先導と通路のゴミ掃除をする役目を担う事となる。
「もうよいだろう。」
傍らからアレスが声を掛けてきたので勇者は減速して反転する。
振り返ると其処にはもう、彼の生まれた星も其処に迫る月も見えない。
その他の星々に混じってしまいどれがそれだかすぐには判らない。
「準備は整った。行くぞ。」
「応!」
勇者はその周囲に大小様々な魔法陣を展開していく。
詠唱を省略して同時に様々な魔法を使用していく。
力を増強する魔法で筋力を増強。
素早さを上げる魔法で俊敏さを増す。
それらを限界まで重ね掛けする。
これらの魔法はそれぞれそれ程上位の者でなくとも使える補助魔法だ。
そして準備が整うと、飛行魔法も限界まで重ね掛けして第一次加速に入る。
常人からすれば十分に早い飛行速度だが、
上位魔法、ましてやドレスを使用した場合に出せる速度の比ではない遅さである。
そこから更に勇者は第二次加速に入る。
彼は足の裏に魔力で魔法陣の踏み台を精製する。
底なしの宙に取っ掛かりとなる足場を作り彼は力いっぱいそれを蹴った。
その瞬間、彼の体は目に見えて一気に加速する。
彼の脚力は全力の一蹴りで山脈が消し飛ぶ威力を秘めている。
その力はたかだか数十キロという質量を押し出すには過ぎた力だ。
さらにその力と速度を魔法によって出来る限界まで強化した上での一蹴りだ。
ロケットスタートという言葉が正に相応しい加速で彼は静寂の空を割く。
{まだまだ、全然遅いぞ! もっと気張らんかぁ!!}
先行するアレスから音を介さない念話が飛ぶ。
そうだ。まだまだ全然遅い。必要な速度まではまだ!!
勇者は脚の回転を上げていく。
巨大な蒸気機関車のピストンのように重々しく。
そして重機関銃のように人の目に留まらぬ速度で彼は虚空を蹴り続ける。
重力と空気の壁から解き放たれた彼は、
ぶっつけ本番とは思えぬほどの理想的な無重力下での力の伝達を成し遂げ、
自身の体を前へ前へと蹴りだし続けた。
加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速
加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速
加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速
加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速
加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速
加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速
加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速
加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速
加速加速加速加速加速加速加速加速っ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
秒間数千発を叩き出す勇者の脚によって速度は上がり続けていく。
蹴る前はマッハ5〜6程であったその速度は一蹴りでマッハ20程まで加速。
その数値は次第に次第に桁を上げていく。
マッハ320 マッハ5490 マッハ2万 マッハ40万
もはや勇者は等速で飛び続けるアレスと魔法で自身に張り付かせているトリニティ以外、
周りのものが彼自身の認識速度を越えており把握できなくなっている。
もし今欠片のようなゴミが彼を直撃すれば彼は致命傷を負うことになるだろう。
「いよいよ秒読みだ。3・2・1・今だ!!」
マッハ88万 激突の直前、彼らの速度はほぼ光速のそれに等しいレベルまで加速した。
※※※
空気も無く、魔力も無く、
ただただ耳鳴りのような無音と極低温が支配するエーテルの海。
上も下も右も左も、何もかもが曖昧なまま気持悪い落下感のみが体に響く。
砂漠に捨てられた砂粒よりも微かで、
海に落とされた塩粒よりも朧気に。
無の大海に漂う漂流物(デブリ)が四つ。
そのうちの一つが震えるように、僅かな動きを見せ始めた。
{起きたか、勇者よ。}
{・・・やあ、おはよう諸君。}
{その様子だとそっちも無事みたいだね。}
{なんともしぶとい男よ。}
ゆっくりと自転しながら、今彼らは虚空の只中を飛行していた。
覚醒した勇者がなけなしの力を振り絞り、
何とか彼らの体の座標を固定し、それ以上漂流するのを防ぐ。
だが周囲には目印となるものが何も存在しない。
周囲に首を巡らしても故郷の光りは露とも知れない。
{で? 迎えが来る算段はしてあるのか?}
{うーん、もう少し離れたところで破壊できれば、
アレスに回収させるのも無理じゃなかったんだろうがな。
星と月が近すぎた。あそこから地上に被害を及ぼさないようにするには、
上級神三柱の布陣が絶対必要だった。
でも他の者に亜光速ですっ飛んでいく俺達を補足するのは無理だしな。}
{貴様も我らも、此処で魔力が切れて凍りつくか窒息するかという状況なわけか。}
{あきれ果てた男だ。自らの身を犠牲にして不可能を可能にしたか。}
レヒトとラウムは呆れ半分感心半分といった口調で言う。
其処にツァイトが口を挟む。
{一ついいかな。何故僕らは生きているんだい?
自らの肉体を光速の砲弾として月の表面と内部コアを破壊した。
まあそれはいいとして、ドレス無しでそんなものの反作用に耐えられるとも思えないんだけどね。}
{その疑問はもっともだな、時間の関係でお前達には全部説明してなかったしな。
いいぜ、どうせ暇してるしな。ネタばらしといこうじゃないか。}
{興味深いな。}
{是非聞かせて貰おうではないか。}
レヒトとラウムも首を突っ込んでくる。
{まず始めに、俺達自身は激突の瞬間多少の減速をしている。
そしてお前達の体、これに巨大化の魔法を掛けて使った。}
巨大化の魔法、瞬間的に体の一部を巨大化し、
物理攻撃の弱い魔法使いの物理攻撃を補助するための中級魔法である。
勇者はトリニティの魂の器である兜を残し、他の鎧のパーツを全てばらして、
各々に巨大化の魔法を掛ける事で、
トリニティの体を光速で数mサイズのオレイカルコスの砲弾として使用した。
流石のオレイカルコスもその反作用と圧力で融解して消えたが、
そのショットガンの破壊力は月の片面を一瞬で砕き散らすに十分であった。
{なるほど、その後にコアを貴様自身の肉体で砕いたとして、
その反作用に耐えれた理由は何だ?}
{ツァイト、本当に解らないか? これはお前の領分だぞ。}
{え? うーん・・・あっ、まさか時を止めた状態にしたのかい。
でもドレスも無しにそんなことは・・・}
{いやいや、あるだろ。中級クラスの呪文でみなが手軽に使える絶対防御の魔法が。
そう、役立たずのあれだよあれ、凍れる時の秘呪(アストロン)さ。}
{{{ああっ・・・}}}
トリニティ達が意外そうに押し黙るのが解る。
知識としてはそういう魔法があることは彼らも承知であった。
だが、あまりの役立たずっぷりにその魔法は無意識に意識下から除外されていた。
パーティー全員が強制的に動けなくなる上に、
解除のタイミングが自身で謀れない欠陥魔法。
世間的な評価はそう固まっていた。
動けない間に大魔法を撃つ準備をされたり、
補助魔法や回復魔法を使い放題にされたり、
最悪動けないまま周囲に結界を張られ動けるようになったら檻の中、
などという笑えない悲劇を生み出し続ける困ったちゃんである。
だが、だがしかしである。
位の低い魔法としてはその強固な防御は頭二つ三つ抜きん出ていた。
まるで世界の創造主が設定をミスったか遊んだとしか思えぬ程に。
その魔法は少し魔法を齧った勇者ならたやすく習得可能でありながら、
ありとあらゆる物理や最上位の攻撃魔法をまるで受け付けないのだ。
静止した時間に身を置き、あらゆる外部からの力を無力化する。
絶対の隙を献上する代わりに人にも纏うことを許された神の盾。
これにより、勇者とトリニティのヘッド達はその身を月と共に散すことを免れたのだ。
{納得がいったか? だったら寝かしてくれ。もう流石にくたくただ。}
{最後に一つだけよいか・・・何故我らの命を助けた。そんな義理は無かったはずだ。
体と同様に我らの兜も砲弾として使用すれば良かったではないか。}
レヒトが勇者に語りかける。
勇者はその問に少し押し黙るが、
面倒になったのか己が気持を偽らずに彼らにぶちまけた。
{お前達があの方の子供だからだよ。失えば悲しむかなと、そう考えたんだ。
あの方のやっていることは絶対に容認出来ない。
だから結局は戦争(こんなこと)になっちまってるわけだけどな、
昔々、本当に良くして貰ったのも事実なんだ。
贔屓目かもしれないが、たぶん主神の仕事としての付き合い以上にな。
だからかどうしても憎みきれないんだよ。
まあその所為かうちの嫁さんは蛇蝎の如く嫌ってるけどな。}
{レヒト・・・僕は彼に敬意を払うよ。
そして許して欲しい。これから僕がすることを}
そう言うとツァイトは残り少ない魔力を勇者に譲渡し始める。
驚いたように勇者は目を見開いて頭だけになったツァイトを見る。
{何を?!}
{見ての通りさ、僕らは無機物だからね。
酸素が無かろうが低温だろうが最低限の魔力さえあれば、
存在を存続できる。だが人間がベースの君は違う。
もう限界だったんだろう?}
ツァイトの言っていることは事実だった。
冥界への強行、トリニティとの闘い、滅びの月の破壊。
どれをとっても人の身には過ぎたハードルだ。
それを立て続けに三つも越えてきた彼の魔力はもはや底を突きかけていた。
{・・・主神の側としては、この男に此処で死んでもらうが良い。
それが自明だ・・・なれど、我らが尊ぶは・・・母上の御心のみ。}
{それが答えかレヒト。いいだろう、我らのリーダーは貴様だ。}
レヒトとラウムもツァイトに続き、
勇者にギリギリまで自身の魔力を注ぎ込む。
とはいえ、滅びの月の召還に権能を費やし、
さらに兜だけとなった彼らの残りの魔力も微々たる物だ。
上級神クラスの勇者を回復させるにはまるで足りていない。
だがそれでも、その魔力は確かに宇宙空間で勇者が命を繋ぐ糧となった。
{ありがとう。少し楽になった。}
{礼などよい、命の借りを返したのと、
母を悲しませたくないのは我々も同様だった。
それだけのことだ。ただそれだけの・・・}
ピシャッァアァ!!
突然暗黒の宇宙を眩いばかりの稲妻が切裂いた。
{レヒトッ?!}
その雷はオレイカルコスのはずのレヒトを焼き貫く。
勇者とトリニティ達の眼前には神々しい光りを背負う老人が浮んでいた。
{貴様っ!}
{直接会うは初めてかな? 大罪者よ。
まったくもってしてやられたわ。
まさかこのような方法でわしのラーシャイダ・カマルを攻略しようとはな。}
{せ・・・先代様。}
老人は心底冷めた目でツァイトとラウムを見る。
そしてその手をふわりと振るうと。
二つの稲光を走らせツァイトとラウムも一瞬で焼き殺した。
{不出来な者の創りしはやはり出来損ないか・・・
負けたのはよい。わしもしくじったわけだしな。
だが、馴れ合ってこやつを生かす手伝いをするなど許されざる裏切り。}
{くそぅ・・・どうして・・・此処が。}
{奴らは主神である女神の一部を切り離して創られし神。
その元である神は昔わしが自らの分け身として創った神だ。
繋がっておるのよ、いかに離れようと存在を感じて位置を追うなど容易き事。
さあ、もう動く事すらままなるまい。確かに此度の戦、我々の敗北である。
それは認めざるを得ん、だがただでは負けぬ。
貴様の命を貰う事で一応の成果としよう。
そして力を溜め、次の戦こそは我らに勝利の凱歌を・・・}
その体に力が満ちていき、
放電によってその事実が示されていく。
先程の雷撃とは桁が違う攻撃だ。
{滅びるが良い。不届き者よ。}
ガカッ!!
太い雷の柱が宇宙に閃いた。
だがその光はもう一条の閃光により、
進路を捻じ曲げられ勇者の左てに逸れる。
彼の眼前にもう一つの眩い光りが光臨する。
{どういう・・・つもりだ?}
{もうおやめ下さい。}
当代の主神であった。彼女が勇者と先代の間に割り込んでいた。
※※※
滅びの月が攻略された。
その時、私の胸にあったのはやはりそうか、
という一つの諦念だけであった。
私の知る彼なら、あの難攻不落の破壊兵器も攻略してしまうだろう。
何処かそう感じていた自分がいたからだ。
もっともその方法までは想像の範囲外であったが、
随分と無茶をする。そう考えて私はふと笑った。
それは昔からの事で、少しも変っていないな、などと思ったからだ。
だが、すぐに同伴しているトリニティが彼方まで飛んでいくのを感じ、
いっしょにいる彼もこのまま放置すれば死ぬであろう。
その事に考えが至り、私は居た堪れなくなる。
そして一瞬でも助けなければ、などと考えてしまった自分を戒める。
私は何だ? 私は主神。この世界の管理者でありあの男の敵。
この戦争で彼の反対側に立つ者の長だ。
彼が死ぬ、結構ではないか。
此度は我々の負けだが、
結果として敵も最強の戦力を失った。
体勢を建て直し、もう一度トリニティ(あの子達)に行かせれば、
今度こそ忌々しいあの女の首級をあげて来てくれるだろう。
悩む事など何も無い。
状況は至ってシンプルで明確だ。
だと言うのに何故、何故この胸はこんなにも痛むのだろう。
知らずに歯を噛み締めているのだろう。
まるで何かに耐えているかのようではないか、
馬鹿馬鹿しい。本当に馬鹿馬鹿しい話しだ。
静謐な静寂に包まれる私の神域で、
私の思考の声だけが空しく体に響くなか、
耳障りな足音と、不愉快な匂い、
汚らわしい淫蕩な魔力がその静けさを破った。
「敗軍の将を笑いにでも着たか?
今私は機嫌が悪い。誰の顔も見たくはないし会いたくも無い。
ましてや上機嫌の時でも願い下げな貴様の訪問など・・・
ストレスで私を殺そうとでも言うのか? 魔王よ。」
「・・・満足?」
「・・・何だと?」
「これで満足かと聞いているのよ。
私からあの人を奪って。貴方はそれで満足かしらっ!」
どちらかと言えば思慮深く、大人しい性格の彼女がいきなり吠えた。
まあ当然の反応であろう。誰よりも今の彼女の気持は理解できるつもりだ。
何故なら、その言葉は長い間私が彼女にぶつけたかった言葉そのものだからだ。
その光景は何とも胸のすく一幕であった。
立場上尊大に振舞いつつも、心の中ではざまあと舌を出して笑ってやった。
「何が満足なものですか。負けたのは我々です。
虎の子の兵器まで破壊されて完敗。これで満足したかなどと、
貴方は随分と嗜虐的な嗜好をお持ちなのですね。」
「戦争なんかの勝ち負け何てどうでもいい。
そんなものは貴方達が勝手に吹っかけて来てるだけじゃない。
私はあの人の話をしてる。」
どうでもいいか、本当に忌々しい女だ。
だが彼女の様子がおかしい。
こっちを睨みつけるようにしつつも、
時折目を逸らして何かを言おうと迷っているようだ。
記憶が確かなら、今まで幾度かあったこの女との舌戦でも、
こんな態度は見た事が無かった。
そう思って不信な目を向けていると、
信じられない光景が私の目に飛び込んできた。
「何を・・・している?!」
土下座していた。
夫や家族以外には尊大に振る舞い。
魔王としての威厳を保ち続けている彼女が、
憎んでも憎みきれないであろう私に対して。
「お願いします。アレスから聞いたわ。
貴方なら、あの人を救えるかもしれないって・・・
だから・・・私はどうなってもいい。
娘達には手出しさせないけれど、この御腹の児が産まれた後なら、
この首を差し出す。そういう呪いなり誓約なりを掛けても良い。
だから・・・助けて。あの人を助けて。お願いします。」
多くに崇め奉られる主神という立場であるが故に解る。
彼女のそれが純粋で心からの祈りであることが・・・
この女は家族や仲間意識がとても強い博愛主義者だ。
自分が死ねば、彼らが如何に苦しみ、
苦境に立たされるか考えなかったわけが無い。
それでもこの女がたぶん世界で唯一憎いと思う私に、
魔王という立場も家族も仲間も全てを投げ打って懇願している。
彼を助けてくださいと・・・可能性にしかすぎないそれにしがみ付いている。
「馬鹿なのか? 聞くと思うか? そのような戯言を。
仮に助けたとして、彼を人質に取れば貴様らに対しやりたい放題だぞ。
そういうことは考えないか? それでもいいと。」
「彼がこの世界から失われて消える。
その事に比べれば、あらゆる先の懸念事項なんて取るに足らない些事だわ。
私の命も含めて、可能性があるならベットするのに躊躇なんて無い。」
まっすぐにこちらを見つめて言い放つ。
彼女の行動ははっきり言えば愚か極まりない行為だ。
盲目的な愚者の選択。だけど・・・
私はやはりこの女が大嫌いだ。
そのまっすぐな気持は、
自分の立場も何もかもを置き去りに出来るその気持は、
私が持ちたくてついぞ持てなかったものだ。
昔からそうだった。
先代の言うがままに世界を治め続けている私の横で、
与えられた役割を越えて自らの意思を通そうとする。
愛に殉じて世界さえ敵にまわせる。
そんな彼女達が私は・・・どうしようもなく。
※※※
{気でも違ったか? 其処をどけ、その虫の息の根を止める。}
{させません。それだけは・・・}
神の雷を振るう先代の前に立ちはだかる当代の主神。
それを見て、もはや喋るしか出来ぬ勇者が声を上げた。
{何故・・・私を?}
{まったくだ。貴様がそれに情を移していたのは知っている。
だが、このわしに逆らうなどという愚行を犯すほどだとは、
わしの目もいよいよもって曇ったか?}
勇者がか細いノイズ混じりの念を送る中、
先代の声は彼女を芯から竦ませるような冷たく太い静けさを孕んでいた。
彼女は知っている。こういう声を出すときは心底怒っている時であると、
だがそれでも彼女は汗を浮かべながらも動こうとしない。
{そういう理由が無いとは申しません。ですが、それだけでもありません。
私がこの場に立っている理由は・・・
それに今の主神は私です。その私が見逃すと判断いたしました。
僭越ながらこれ以上はお控え下さい先代。}
{ほう? わしの言うなりの人形だったお前が、
当代の主神として物申すというわけか。だがな、解っているか?
貴様がわしに勝てるはずが無い。わしを止められるつもりか?}
{・・・勝つのは逆立ちしても無理でしょう。
ですが、止める事なら出来ると自負しております。
トリニティを創った私、ラーシャイダ・カマルにほとんどの権能を費やした先代。
消耗具合ではどっちもどっちでしょう。
本気でぶつかり合った末に貴方が私を下したとして、
貴方は此処から自身の神域にまで帰る力を残せるでしょうか。
幸い此処には闘いに長けた者もおります。
私の残りの魔力を彼につぎ込めば、貴方と言えど易々とは勝てぬかと・・・}
その言葉に先代の目が見開かれる。
勇者に力を譲渡してまで、己が身の安全を捨ててまで彼を救う。
という彼女の言葉に流石に押し黙る。
もしそうなれば、最悪この虚空で全員共倒れになりかねない。
その可能性を先代は感じ取り、溜め込んだ雷撃を治めて構えを解いた。
{それ程の覚悟か・・・よかろう。チャンスをやる。
貴様が主神としてその者を見逃すというなら、その道理を語ってみよ。
愛だの恋だのという頭の茹った理由などではなく。
主神と言う管理者としての理屈で何故見逃すという結論に至ったか、
わしに述べてみるがよい。その内容によってはこの場は矛を収めてやってもよいぞ}
{ありがとうございます。}
{ただし心せよ。もし貴様の道理があまりに下らぬと感じたなら、
その時は如何なる犠牲を払おうと、わしが潰える可能性があろうとわしはその虫を殺す。}
二代の主神は相向き合い。
世界の行く末を掛けた問答を開始する。
{まず、此度我々は敗北しました。
私などより遥かに強く経験も見識をあられる先代の助力を借りてすら、
我らはこの者達から勝利を得る事が出来ませんでした。
本気でぶつかりそして敗れたのです。
それによって、私はこの者達に可能性を見出しました。}
{このような不完全で愚かな者達にか・・・}
{はい、まったくもってその通りです。
不完全で愚かで、でもそれ故に我々はこの者達に敗北したのだと私は考えます。}
{・・・理解できぬ思考だな。もう少し仔細に申せ。}
{我ら上級の神々を傷もへこみも無い完全の球体とするなら、
彼らはあまりに脆弱で不完全なでこぼこの物体です。
ですがそれ故に、パズルのピースのように互いの欠けた所を埋め合わせようとし、
互いを求め合いその欠損を埋め合うことで、繋がり合って行くのです。}
{繋がり合う事で我らを超える大きな球体になったと、そう申すのか?}
{そうです。欠けているからこそ繋がれる。その力は我々には無いものです。}
{不完全、故に完成したものを超える可能性を持つか・・・}
{貴方様の力でさえ破り、被害もほぼゼロに抑える。
このようなこと御自身でさえ出来ぬのでは?
私はそんな彼らに可能性を感じました。}
{今までわしや先々代の主神がやってきたやり方は誤りであったと?}
{そうは申しません。貴方様は貴方様でご自身の道を御行きになれば良いのです。
俗世を穢れきったものとし、より高く、より遠く、より清く。
孤高を貫く絶対者としての貴方様の有り様を否定するには、
私は神としてあまりに若輩で不出来なものです。
だからこそ様々な可能性を見て見識を増やし学びたいのです。
より低く、より近く、より熱く。貴方様とは結果的に真逆の方針ですが、
私はしばし、この者達の行く末を見届けたいのです。}
{・・・この世界における管理者としての主神の役割を放棄すると申すか。}
{放棄はしません。
ですが、その関わりを今までよりも緩やかな形に移行していく。
そのように私は考えております。
仰せのように、この世界はすでに我々の管理を不用とする、
その前段階まで来ているのかもしれません。
それも含め見定める時を彼らと私自身ににあげても良い。
此度の敗北で私はそう考えました。}
己が道理を語りつくした当代の主神は、
ただまっすぐに先代の顔を見つめその裁定を待つ。
その覚悟を決めた顔を見ながら先代は深くため息をついた。
{愚かなり。だが・・・よかろう。
貴様が当代の主神としてそのような方針を持つに至ったも、
此度の敗北が原因、わしの不徳の致すところよ。
故に、わしに貴様の求道を妨げる道理無し。
行くが良い。不完全な者達に不完全と言う名の可能性とやらがあるのかどうか、
それを見定め新たな世界の理を定める。その道を貴様が行くというなら止めはせん。
主神にも何代かに一度、大いなる改革を迫られる代がある。
貴様の統治する今がそれなのやも知れぬ。
貴様は愚者達を見守れ、わしはそんな愚者を見守る貴様を見守るとしよう。}
その言葉を聞き、当代の主神の顔が晴れやかになる。
{ありがとうございます。}
{・・・すっげえ親馬鹿・・・}
{何か申したか・・・クソ虫が。}
{べっつに〜虫が喋るわけないし〜ちょ〜うけるぅ〜↑}
そんな勇者の皮肉を聞き、
苦虫を噛み潰したような顔で眉間をひくひくさせる先代、
だが大きく咳き込むと、そそくさとその場を後にした。
そして虚空には勇者と当代の主神だけが残された。
{助けて頂きありがとうございました。}
{こちらこそ礼を言います。あの子達の命を救ってくれたことについて。}
そう言うと、主神は黒焦げになってひしゃげた兜を三つ手元に引き寄せる。
{とんでもない、救ってなどいませんよ。結局は・・・}
{そんな顔をしないで下さい。まったく、
ついさっきあったばかりで、
おまけに殺し合いをした相手の死にすらそのような顔をするなど・・・
本当に貴方は変りませんね。顔を上げてください。
貴方がした事はけして無駄ではありませんよ。}
そう言うと、主神は手から光りを発して瞬く間に兜を修復する。
{この子達は私の分け身です。私が健在なら器さえあれば不滅なのです。
もっとも今の私では、全快させるには力がまったく足りませんが。}
{母上・・・ここは・・・}
{お久しぶりです母上。先代様は・・・お帰りになられたので?}
{母上、レヒトの判断。どうか叱責せぬよう願います。
この男、このようなところで朽ちてよい器ではありません。}
力を注がれ復活したトリニティは順々にレヒト、ツァイト、ラウムが声を上げる。
そんな彼らを愛しそうに抱きしめると、主神は勇者に告げる。
{今の私の力では一瞬で貴方をあの星に戻す事は出来ません。
同じ速度で同じ経路を巻き戻させるのが精一杯です。
理屈は長くなりますので割愛しますが、
貴方が帰った時、あの星ではそれなりの時間が経過しているでしょう。}
{星の破壊から此処までほとんど時間が経っていませんが?}
{そういうものなのですよ。ではさようなら。
もうしばらく会うことも無いでしょう。
忌々しいあの女にもよろしく言って於いて下さい。}
主神が手をかざすと、勇者はビデオの巻き戻しても見ているかのように、
一瞬で体をアストロンの状態に戻され亜光速で来た道をバックしていった。
(あの女の祈りと、貴方がトリニティ達に掛けてくれた言葉、
あれがなければ、私は先代の前に立つ勇気を持つことは無かったでしょう。
そして一生後悔し続けていたはずです。改めて礼を言います。
真の勇者よ。世界を救ってくれてありがとう。
そしてさようなら。私の淡くてすてきな思い出の人・・・)
※※※
(うん・・・此処は・・・)
勇者が意識を回復したのは、滅びの月を迎撃した座標。
碧い星を眼下に眺められる大気圏の外側近くだ。
{オカエリナサト!}
念話だが何ともなつかしい声を聞いた。
彼からしてみればたかが数十分前の出来事だが、
色々ありすぎた所為か、その声は彼に久しぶりの帰省に似た安堵を与える。
{声が裏返ってんぞ。まあ無理もないか・・・俺が出て行ってからどれくらいだ?}
{馬鹿・・・何が任せろよ。6年も私のことほったらかしにして。}
勇者が振り向くと、其処には顔をぐしゃぐしゃにした魔王がいた。
部下には見せられない顔だ。
そして一目で判る。痩せた・・・というよりやつれた。
{本当にごめん。他にうまい方法を思いつかなくてな。
それで、無事に出産は・・・出来たのか?}
{元気な男の子だったわよ。でも片親で育てるとグレるって言うわ。
あの子が奥手なシャイボーイになったら貴方の所為だからね。}
それはグレるうちに入るのだろうか?
サキュバスらしいといえばらしいグレるの定義に内心苦笑しつつも、
彼はもう辛抱溜まらんという彼の最愛の人に言葉を掛けた。
「ただいま。」
近づいた大気圏を震わせ、彼はたった一つの言葉を口にし、
そして両手を広げると彼女を引き寄せ口を思いっきり吸った。
舌を絡ませ。唾液を混ぜ、脚を絡ませ、体を寄せ合う。
魔王の魔法により一瞬で二人は着ていたものを放棄すると、
勇者は唯一つ装備した己が剣で魔王の下腹を貫いた。
「ああっ♥♥♥」
彼女の下の口は待っていたとばかりにピタリとそれを受け入れると、
二人は星の大気を切り割いて落下を始める。
勇者はひたすら口で口を吸い、顔を舐め、首を噛み、胸を吸う。
手では髪を梳き、頭を撫で、首筋を弾き、胸をもみ、背中を爪弾く。
そして下半身は平均秒間数百発のピストンで緩急や捻りをつけつつ彼女のなかを抉った。
一つの巨大な蒸気機関とかした二つの番は、
大気の摩擦と圧力で燃えながら、流星となって落下する。
だが、セックス中に放出される魔力に守られた二人には熱は届かない。
大気圏突入セックスを続ける二人は星をぐるりと巡りながら、
世界中の人や魔物に目撃されながら、英雄の帰還を星中に喧伝する事となる。
そうしてとある山中に二人は落下する。
勿論落下の衝撃も放出した魔力で二人には届かない。
もっとも落下した山はそのエネルギーで半分吹き飛び、
死火山を噴火させることとなった。
だが爆発する火山も、降り注ぐ火山弾も、流れる溶岩すら
6年もの歳月を待たされた淫魔の女王を止める事は到底出来なかった。
それから半年、昼夜問わず続けられた二人の行為はようやく落ち着いた。
「あら・・・」
固まった溶岩の中から勇者が飛び出すと、周囲は暗黒魔界と化していた。
「ねえん♥ あなた、もう少しだけ・・・ね♥♥」
穴の中から妻の甘えた声が聞こえる。
そのかわいらしく愛らしく、淫らで辛抱たまらん顔を見ると、
鉄の意志も揺らいでまたその白い豊満な肢体に溺れたくもなるのだが、
ただでさえ6年も歳月をが流れ、さらに半年も妻との逢瀬に溺れてしまった。
流石にみなに挨拶しなければそろそろまずいだろう。
そう考える勇者の頭上にたくさんの影が舞っていた。
娘達が全員終結していた。何ともタイミングの良い話である。
そしてその中から代表してなのかデルエラが勇者の前に進み出た。
「どうしてお前が代表やってるんだ? それに随分とタイミングの良いことだな。」
「あら、6年前の戦いの武功は娘の中で私が一番だったもの。当然の権利じゃなくて?
それに私達はみな、普通の魔物以上にお母様との魔力の繋がりが深い。
何時頃出てくるかなんて知ろうと思えば簡単にわかる話しだわ。」
「そういやそうだったな。
それにしても武功と言っても前線に出てたのは娘の中でお前だけ出し、
例のネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲の分も勘定してだろ?」
「建造を推進したのは私だもの、何も問題は無いわ。」
「そりゃそうだがな。それで・・・そいつがそうか?」
「ええ、言わずとも解るでしょう。顔立ちがお父様にそっくり、
かわいいわあ♥ 食べちゃいたいくらい。」
デルエラの顔が弟を見る姉のそれとは思えぬ程赤く上気している。
そうして彼女が手招きして呼ぶと、
一人の小さな男の子が勇者によってくる。
白銀の髪、ルビーのような赤い瞳、雪のように白い肌。
その身体的特徴は魔王のそれを受け継ぎながらも、
目鼻立ちや顔のつくりは確かに勇者のそれにそっくりだった。
「ごめんな。随分と待たせちまったけど、ただいま。
俺がいない間、母さんを守ってくれてありがとう。」
勇者は男の子を抱き上げると裸のまま抱きしめ、
愛おしそうに頬ずりした。
まだその幼子は勇者の言葉の意味が解らずに首を傾げる。
でも、抱きしめられてしっかりとしたその体の温度を感じると、
安らかな顔になってはっきりとした口調で言った。
「おかえりなさい。おとうさん。ずっと会いたかった。」
「俺もだ。お前が産まれるずっと前から、俺はお前に会いたかった。
生まれてくれてありがとう。そして産んでくれてありがとう。」
「どういたしまして。」
勇者は抱きしめる我が子と、
穴から出てきて子供の後ろから子供ごと勇者を抱きしめる魔王に、
そう言って涙を流し始めた。
今日、この日、この時。
世界は新たな夜明けを迎える。
13/11/24 19:56更新 / 430
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