連載小説
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再生(さいせい)
此処は刑部狸の組合本部、その廊下を二人の狸がしんどそうに歩いていた。
元々人手が十分とはいえない組合である。
飢饉が発生してから連日連夜、仕事仕事仕事、
妖怪の体力でもいいかげんに限界であった。

「ウロブサ様は私達をマグロや鮫だとでも思ってるのかしら。」
「いんや〜、ウロブサ様も今大変みたいっすよ。」
「そういえば、幹部のヤオノ様に色々あったみたいね。」

その名を聞くと、片方の刑部狸はぶるりと身を震わせて顔を反らした。
相方の刑部狸は訝しげな顔をして、隣の狸につっこんだ。

「どうしたのよ? 何かあったのかしらあの方と。」
「いやあ、別に自分とヤオノ様がどうこうって話しじゃあねえっすよ。
ただ、ちょいと前にウロブサ様の命令で、見張りと伝令の役をやってた時にっすね。」
「時に?・・・」
「な・・・なんでもねえっす。まあ忠告しとくっす。
あの方は怒らせねえほうがいいっす。めちゃこわいっす。
怒り狂った鬼とメンチ張っても勝てそうな勢いっす。」
「・・・手遅れかもしれないわ。」
「っす?」

同僚の不可解な発言と少々青くなった顔に疑問符を浮かべる狸。
その肩に不意に置かれる掌、そして彼女の耳元で聞き覚えのある声がした。

「ごめんなさいね。そんなに怖がらせてたなんて。」

噂をすれば影。
振り返れば奴がいた。

「「ヤオノ様?!」」

噂の張本人がにこやかな顔で其処にいた。
後ろには青年を引き連れている。
その青年を見て二人の狸はあることに気づく。

「あれ・・・その方は・・・」
「お手つきさんっすね。しかも・・・」

二人の視線がヤオノと正信を行ったり来たりする。
二人の言いたいことを察したヤオノは先に答えを口にする。

「ええ、察しのとおりよ。この人は私の旦那様。
もっとも、ことに及んだのが昨日の事だから、まだ式も挙げてないけれど。」

(※妖怪から見て、妖怪と交わった男性は、
その事と相手が誰かを魔力や匂いから判別出来ます。)

「それはそれは。」
「めでてえっす。祝杯を挙げて祝いの酒を振るまうっす。」
「ありがとう。でもそうも言ってられないの。
色々状況が差し迫っている。祝杯も祝言も後よ後。
それでね、色々疲れてるところ悪いんだけど、ちょ〜っと手を貸してくれない?」

ヤオノの言葉にあからさまに二人の狸は困った顔をする。
今現在もだいぶふらふらなのだ。如何に幹部の頼みといえど、今は飯食って寝たいのが本音だ。

「ああ、大丈夫よ。必要なのは一人だけ、だから貴方は行ってもいいわ。」
「え?! ですが・・・」
「何で自分が?!」
「なあに? 鬼相手にメンチきって勝てそうな私のお願いは聞けないかしら。」

顔はにこやかなままだが、しだいに肩においた手の圧力が上がってくる。
「ええと、それでは私は業務も残っていますので、必要な仮眠を取ってきますね。」

ヤオノの無言の圧力に屈した相方はフラフラしながらその場を去った。
「ちょ?! そんな殺生っす。」
「大丈夫大丈夫、ちょっと先輩から後輩に対しての演技指導があるってだけだから。」
「っす〜〜〜〜〜〜!!」

相手の言い分などまるで考慮せぬまま引っ張られ消えていく狸、
廊下には悲痛な叫び声と、すまなそうに頭をかく正信の姿だけが残った。


※※※


城内の広間、其処には残された五郎左衛門一派、
家老や重臣が雁首突き合わせ頭を捻っていた。
もっとも馬鹿の考え休むに似たり、
といった格言通り踊れど進まぬ話し合いであったが。

「してどうしたものかの。」
「どうもこうも手詰まりじゃ。米は早晩無くなる。
ただでさえ小屋に押し込められ、最低限の食事で不満がたまっておる。
米がのうなった。などと知れたら打ち壊しが起きるは必定ぞ。」

「やはり御上にすがるしか・・・」
「何と言って申し開きをする? 
殿も五郎左衛門様もで亡くなり、御紺様は行方知れず。
これで不信を買うなというほうが難しいわ。
調べが入れば事は容易く露見するぞ。
そうなればどのみち極刑は避けられまい。」

「ではどうする? このまま立て篭もり篭城するか。」
「篭城するにも蓄えは必要ぞ。
我らとそれを守る兵の食い扶持をどうするつもりじゃ。
一揆を起こした外の連中と共倒れが関の山よ。
仮にそれを凌いでも、そんな事態になれば御上の眼がこちらに向くは避けられぬ。」

「どうにもならんではないか!!」
「じゃから手詰まりじゃというておろうが!! 
その耳は飾りか? 節穴か何かか!」

怒号が飛び交うものの、有用な手段は一向に出てくる気配は無い。
一拍置いて、鎮痛な面持ちを並べる者達の耳に、足音が聞こえてきた。
廊下を急いでいるその足音は、いやでも緊急の用を想起させる。
息を切らし入ってきた男に対し、家老が苛立たしげに問うた。

「何用じゃ? 今は重要な話し合いの最中じゃぞ。」
「申し訳ございません。しかし、至急お耳に入れたいことが。」
「・・・ついに避難民の不満が爆発しおったか?」
「い、いいえ、むしろ逆にございます。その・・・信じがたい事が。」

男が持ってきた内容は、家臣一同を驚愕させるのに十分な内容であった。


※※※


城下町の周辺に気づかれた非難小屋の集まり、
そこでは日に日に不満が高まり小競り合いが増えていた。
武太夫の門下が見回りと同時にそういった小競り合いの仲裁もしているため、
未だ大事には至っていないものの、何時暴動が起きてもおかしくない状況であった。

其処に二人の男性と一人の女性が立ち、集めた避難民に向けて言葉を発していた。
それは定国と正信、八百乃の三人であった。

「皆の者、今日まで窮屈かつ不安な日々を送らせてすまぬ。
それもこれも余の力不足によるものじゃ。謝罪をするとともに二つの知らせがある。
みなの今後に関わる事ゆえ聞いて欲しい。正信。」
「はい、まず悪い知らせです。城の備蓄がもう底をつきます。
皆様に出せる食事に換算すると明日の朝の分で最後です。
余った余剰は子供や病人、衰弱してるものを優先して夜に配る予定ですが・・・」

そこまで喋ったところで石が飛んできた。
正信は自前の反射神経で避けたものの、その喋りは止まってしまう。

「ふざけるな! それじゃあ俺達は明日で飢え死にか。」
「まだ隠してる米があるんだろう? 出せよ。そうでねえと俺も子も・・・」
「今まで何やってたんだ。こうなる事ぐらい判ってた筈だろう?」

容器に並々と注がれた水のように、ぎりぎりのバランスを保っていた不満は、
定国や正信という眼に見える捌け口を見つけた事で、一気に崩れて爆発しようとしていた。

「御静まりを?! 皆様、御静まりを?!」
正信の必死の言葉も皆を留めるにはいたらず。
彼らに飛ぶつぶての数は増える一方であった。
そして避けきれなくなり一発が正信の顔を打つ。

「正信?!」
定国は額を切って血を流す正信に対し、心配そうに顔を向ける。
そんな定国に向けて、正信は目で合図をする。
それを受け、定国は頷くと暴徒一歩手前の民衆の前に一人で進み、
着ている物が汚れる事も厭わず、民草に対して頭を下げた。
額に土をつけ土下座した。それはおよそ武士が、しかも藩主が民衆に取る姿勢ではなかった。
その異様さは、怒りにくれる民衆を呆気に取らせるだけのものがあった。

途切れた怒号に差し挟むように、後ろに控えていた八百乃が続ける。
「知らせの二つ目、それは事前に外国から取り寄せていた食料が二日後、
ようやく此処に届くということです。
明日の朝食から丸一日以上皆様には我慢していただく事となりますが、
食料は着ます。私達を信じそれまで待っていて頂きたいのです。」

それを聞いた民衆には再びどよめきが広がる。
安堵の声と疑心の声が半々といったところだ。
率先して石を投げ怒号を上げていた一団が最初に声をあげる。

「俺達にそれを信じろって言うのか? 
もし届かなかったらその頃にはもう飢え死に寸前、
騙されていたと判ってももう遅い。そんな筋書きじゃあねえのか?」
「そうだそうだ。今を逃したら城に隠してある米を奪いに行く体力も無くなる。
それを狙ってるにちげえねえ。騙されるなよみんな。」

そんな声に後押しされるように不満の声が再び上がり始める。
しかしそれに反発する声が同時に民衆の中から上がった。

「てめえら! いいかげんにしねえか。お前らどうせ他所の藩から逃げてきた口だろ?
定国様はなあ、ぱっと見はいいかげんなところもあるがよ、俺達を裏切った事は一度もねえんだ。」
「そうそう、飄々としてるけど言った事はきっちり実行するよ。何だったら二両賭けてもいい。
そのお方に此処までさせているんだ。信じないのはちょいと粋じゃないぜ旦那方。」

それはヤオノ行き着けの蕎麦屋の店主と、
今は其処で茶飲み友達になっている行商人の二人であった。
他にも続くように定国一行を擁護する旨の発言が相次いで上がる。
両者の間で高まる険悪な空気、それが暴力として顕在化する前に、
土下座した定国が頭だけ上げて皆に申し開きをする。

「ただ信じろと言っても難しいかもしれぬ。
じゃからな、これから食料が届く間、この定国がその証として此処で人質となろう。
もし約束を違えた場合、その場で余を切り殺してもらってかまわん。」

そう言って腰の刀を自分の目の前に鞘ごと置く定国に対し、
流石に怒声を上げていた一団も押し黙って大人しくなった。


※※※


それから二日後、約束は守られ暴動と飢えによる人死には回避された。
人質から解放された定国、そしてそれを迎えに行った正信と八百乃の一行は、
一緒に城の風呂へと向かっていた。この二日は体を洗う余裕も当然無く、
これから汚れを落とし人心地つく予定であったのだ。

「流石は正信じゃ、何もかもうまく行ったのう。計画通りとは正にこのこと。」
「大事にならぬ程度にですが、一度不満は爆発させてあげた方が良いと考えました。
この藩の武家の頭である定国様が頭を下げ、民衆がそれを許す。
この展開なら溜飲も下がるでしょう。
予想より不満が高まっていて少々焦りましたが、
最初の一声さえあげて頂ければ定国様への擁護の声も上がる。
蕎麦屋の店主と行商の方にはいい仕事をしてもらいましたから、
後で御礼を言いに行かなければなりませんね。」
「といっても当面接触は避けた方が無難よね。サクラだとばれちゃあ不味いし。」
「勿論、色々片付いた後、春になってからになるでしょうね。」

そんな話しを続ける一行の前に五郎左衛門一派の家老達が立ちふさがった。
「何奴じゃ。」

そんな言葉に対し、一行は周りを見回して言う。
「一体誰に対しての御言葉でございましょうか?」
「戯けた事を、其処の化け狸の仲間が化けておるのであろう?
不敬にも定国様の名と姿を語った罪、言語道断である。」
「ふふふ、私達刑部狸は妖怪でも化ける事に関しては、
右に出るものの無い存在だと自負しております。
ですが、それでも会った事の無い人物に完璧に化けるのは無理でございますよ。」
「余が偽者かどうか、御主なら判るであろう?」

そう言って定国は付き合いの長い家老に水を向ける。
他の重臣達もその家老にどうじゃ? と言わんばかりに向き直った。

「・・・判らぬ。少なくともご本人としかわしには思えぬ。」
「馬鹿な?! 確かに定国様は・・・」
「余がどうした?」

すかさず挟まれる定国の言に対し、五郎左衛門一派は押し黙るしかない。
それ以上は藪蛇であることを誰しも判っているのだ。
ここ数日、皆がこう思っていた。定国様か五郎左衛門様のどちらかが生きておれば・・・と。
そんな一派の心情を察したように正信は続ける。

「まあまあその辺に、その事について追求するのはどちらにとっても益の無い事でございましょう。
あと皆様の処分に関してですが、飢饉を名目とした大幅な減俸は覚悟していただきます。
ですがそれ以上は何もありません。打ち首も市中引き回しも島流しもみんな免除でございます。
それでも不服と言う方に関しては、
後で個別に定国様と勘定方である私に話しを通していただきたく。」
「それではな、余らはこれから風呂に入って来る。邪魔するでないぞ。」


※※※


城内に備え付けられた檜の風呂、其処につかりながら体を大きく伸ばし唸る一行。
「ふぃ〜〜生き返るっす〜〜〜〜。」
「御苦労様。付き合せちゃって御免ね。」
「ほんとっすよ〜。ようやく人心地付けるってもんっす。」
「言う事なかったわ。これも特訓の成果ね。」
「いきなり私に化けれるようになれって言われた時は聞き違えたかとおもったっす。」
「定国様がいる間、八百乃さんがいないってなっちゃうと今後色々不都合が出てくるだろうからね。
でも今は無き定国様に化けれるのは一人だけ、そこで逆転の発想。
八百乃さんに定国様の影武者をやってもらい、
適当な刑部狸の仲間に八百乃さんの影武者をやってもらうと。
まあこれくらいのカラクリ、ちょいと考えれば五郎左衛門一派の方々も気づくでしょうけどね。」

それを聞き、ヤオノは少し不安げに正信に言った。
「また一騒動あると思う?」
「たぶん大丈夫じゃないかなあ。
あの方たちは元々自分たちで何かを決めるってのがだいぶ苦手だし。
こちらの提示した条件は飼い殺しではあるけど、それなりに悪くないものだから。」
「それでっすねえ、少々聞きたいことがあるっす。」
「なあに?」
「一体何時まで自分は影武者を演じれば?」
「うーん、そうだねえ、これからやる事一杯あるしねえ。
手始めに飢饉で荒れた藩内を元通りにして、それから人材を集めて育成。
親魔物藩を作るためのあれやこれと・・・まあザックリ言って何十年かは・・・」
「・・・・・・・・・・・・」

絶句したまま彼女は風呂に沈みぶくぶくと泡を吐き出す貝になった。
13/01/09 16:44更新 / 430
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■作者メッセージ
前回から約一ヶ月、師走は伊達じゃなかった。
そりゃ師匠も走るってもんですよ。
でも走ってくれる師匠がいないんですよ。
ならお前が二人分走ればいいよ。
そんなありがたい言葉を笑顔で言う職場の上司にファックと心で毒づきつつ、
最近ようやく余裕が生まれてきました。

クリスマスと年始は日本から滅びるべき。

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