邂逅(かいこう)
「此処が本部? 物部様、間違えているのでは?」
「いや、間違いござらん、数こそ少ないが中から複数の妖気を感じるでござる。
此処が妖怪の組織所縁の店であるのは確かでござるよ。」
歩き、宿場で籠に乗り込み。二人は物部が教えられた場所まで辿り着いていた。
大きな川が流れている宿場で、土蔵が水辺に連なってその前の川を荷を乗せて船が行きかう。
そんな風景からこの宿場の賑わい見て取ることが出来た。
ただ其処にあったのは小さな小汚い宿屋であった。
目立つ赤い暖簾に白抜きで○とその内側に善の文字。
大きな土蔵と背中合わせにポツンと建てられたそれは逆の意味で目立った。
目立つ赤暖簾が浮いてしまう程、建物の方は貧相でみすぼらしい。
泊まれる部屋の数も片手で足りる数しかなく。部屋自体も猫の額のような代物だ。
確認を取ると部屋はみんな埋まっており、今は誰も宿泊出来ないとのことである。
正信は刑部狸の組織の本部というから、
どれ程りっぱな店構えかと想像を膨らませていたこともあり、
とんだ肩透かしをくったと思うと共に、
この建物も実は術で作られた幻ではないかと疑ってしまう。
「物部様、もしやこの店は幻術の類でしょうか?」
「それは流石にする意味がないでござろう。
ずっと幻術を張り続けるのは非効率的でござるよ。」
物部は店の入り口で店番をしている丁稚らしき少女に声を掛ける。
「シュカ殿の紹介でまいった物部という祓い屋にござる。
少々依頼したいことがあって参ったしだい。
あとこちらは正信殿、何やら八百乃殿に用があるらしく。
願えれば取次ぎをして欲しいでござるよ。」
店番をしていた少女は、二人の狸の名が出たことで明らかに驚いたようであった。
「少々お待ち下さい。」
そう言って店の奥に引っ込んでしまう。
それ程広くないはずの店の奥は、しかしシンとして人の気配が感じられない。
数分程待つと、店の奥から先程の少女が戻ってきた。
「お待たせいたしました。こちらへどうぞ。」
二人は店番の少女に案内され、店の奥へと通された。
※※※
二人は奥に通され、その途中で別々の狸に案内され。
別々の部屋へと通された。用が違うのだから当然であろう。
物部は通された先の部屋で一人の幼女の風体をしながら、
一際大きな尻尾を持った狸と相対していた。
(この者、形はこんなじゃが・・・此処の長か?
妖気の底が見えぬ。こんなことは初めての感覚でござる。)
「ようこそおいでなすった御客人。
そのように緊張せんでも取って食ったりはせんよw わしはもう既婚じゃからなあ。」
「いやあ、大したものでござるな。
まさかあの店の奥がそのまま土蔵に繋がっていようとは。
しかもそれすら地下に作られた本部への入り口にすぎぬなど・・・」
「お釈迦様でも気づくまい。っとな・・・
いやあ、作るのにはそれなりに時間と費用が掛かったでな。
賛辞を貰えるのは純粋にうれしいのう。」
「地下にこれだけの空間と設備、いったいどのように?」
「ジャイアントアント、という妖怪を知っておいでか?」
「もちろん、成る程・・・あやつらに土木工事を行わせたでござるか。」
「一つの巣を丸々スカウトしてな、空を飛べる妖怪の人海戦術で、
大陸から一晩で此処まで引っ越してもらった。
葉っぱにくるまれたベットで一晩しっぽりと楽しんだら翌朝には仕事場というわけじゃ。
旦那諸共ここまで連れてきて工事期間中の食料や警護はこちらで受け持ち、
その間、蟻達にはひたすら渡した図面通りに掘ってもらった。
これ程大掛かりなものは初めてじゃが、実は前にも似たような依頼をしたことがあってな。
その経験もあってまあ大した事故も無く、試算より期間も工費もかなり安く上がったわい。
工期短縮に成功したら、ギフトとして旬の魔界果実詰め合わせセットをつける。
などと人参ぶら下げたのも功を奏した感じじゃな。」
「流石に組織の長ともなると人・・・いや妖怪使いを心得ていらっしゃいますな。」
「褒めても何もでぬよ。それにしても此度はうちのヤオノが大変世話になったのう。
改めて礼を言わせて貰おう。そなたがおらねばあの子の立場が最悪になるところであった。」
ウロブサは三つ指ついて物部に頭を下げた。
「なんのなんの、拙者はただ言われた仕事をこなしたまでの事。
頭を上げて下され、そのままでは仕事の依頼もし辛いでござるよ。」
「そうか、それでは遠慮なく。」
ウロブサは頭を上げると弾丸のように飛んで間合いを詰める。
その小さな掌で、物部の頬を仮面ごと張った。
正座したまま独楽のように回転する物部、その膝は宙に浮き。
回転中にへりから外れたローターのように壁に突っ込んだ。
二・三度バウンドしてようやくその勢いは止まり、
物部の体は何というか・・・こう・・・全体的に・・・芸術的にねじれていた。
「ようもうちのヤオノをボコボコにしてくれたのう。
助けてくれたことには感謝しとるがそれはそれじゃ。」
「ほ・・・ほげぇ・・・」
(ひ・・・酷いで・・・ござる・・・・・・)
「まあ今のでチャラにしちゃるわい。仲直りの握手の代わりじゃと思え、若造。
依頼とやらについては起きてから聞いちゃるわい。」
消え行く意識の中、物部は此処に来た事を軽く後悔していた。
※※※
物部と別れ、別の廊下を歩かされる正信。
店を抜け、土蔵の床に設置された隠し扉から梯子を下った場所である。
当然ながら其処は地下であるはずなのだが、
通路は壁に設置された明かりによって十分な光を確保し続けていた。
その明かりは現在で言う蛍光灯に近い代物であり、
行灯の明かりしか知らない正信にとっては眩しくすらあった。
正信は彼を案内している刑部狸に尋ねた。
「あの・・・あの明かりはいったい?」
「ああ、これでございますか? これは魔灯花という花でございます。」
「花・・・これが?」
「はい、魔界についての知識はございますか?」
「ええ、ある程度は。」
「でしたら話は簡単です。魔界に咲く花の一種で、
私達の発する妖力を吸って発光する性質を持った花なのです。
魔界全土によく咲いている花で、群生地は観光名所などにもなっています。
もっとも、ここで使われている物は原種を交配し品種改良したものです。
原種はもっと蛍の光のように儚い光で、美しくはありますが灯りとしては実用的ではないので。」
「成る程、地下で火を焚き続けるわけにもいかないし、
これなら高価な油に頼らないから経済的だな。」
「とはいっても、今のところ品種改良に成功された農家と、
その農家から苗を分けてもらった一部の農家しか栽培しておりませんので・・・
高価であることに違いは有りません。勿論行灯よりは遥かに安価ですし、
今後私共の出資で栽培農家が増えますから、値は下がってくるでしょうけれど。」
魔界の文明や技術については興味のあった正信はその話を傾聴する。
そうしているうちに目的の部屋についたのか、案内役は扉の前で一礼する。
「こちらでございます。積もる話もございましょう。
御時間はございますのでどうぞごゆるりと御歓談を。」
言うだけ言うと、案内役は廊下を行ってしまった。
正信は軽く深呼吸をすると目の前の扉と向き合った。
彼は何時か遅刻をし、菓子を片手に機嫌を取って事なきを得た時を思い出す。
同じように佇まいを直し、襖を開けさっと中に入った。
「失礼します。」
室内を見渡すと、其処にはちょこんと一人の女性が座っている。
彼女は物憂げにこちらを見ると軽く微笑んだ。
「久しぶりね。無事で良かったわ。死んだと聞かされてたから。」
あの時のきりきりと仕事をしている印象とはまるで正反対だが、
それでもそれは正信が求めてやまない者の姿だった。
分かれて数週間だが、正信にとっては数年ぶりの再開に感じられる。
その姿を見て、彼は安心と少なからぬ落胆を感じていた。
そしてヤオノはそんな彼の心を知ってか知らずか顔を下げる。
そうして肩を震わせると立ち上がってふらふらと歩き、その身を正信に投げ出した。
胸に顔をうずめ、両手で彼の着物を掴んだ。正信も何も言わず両腕を頭と肩に回す。
(良い匂い・・・軽くて、細くて、なのに柔らかい。
想像してた通りの、いやそれ以上の抱き心地。)
二人はしばし無言で互いの体温をそのまま伝え合った。
もう言葉はいらない。正信の中で何かがそう強く囁く。正信も正直そう思う。
だが、それは逃げだ。彼の聞きたくないという心の表れなのだ。
それでも最後に、彼は最後に尋ねなければならない。
「八百乃さん。」
「・・・・・・何?」
正信の問いかけにゆっくりと顔を上げ、目を合わせるヤオノ。
その顔を見て、彼はその口から重い言葉を発した。
「定国様の事は・・・今でも御好きですか?」
その問いはしばし彼女の息を止めさせる。
そしてそのまま数秒を数え、ヤオノは正信から目をそらした。
「・・・酷い事を聞くのね・・・慰めてもくれないの?」
「慰めたいですよ。今すぐにでも、八百乃さんを慰めたい。」
「なら・・・ならどうして黙って抱いてくれないの?」
ヤオノはそういったまま、またその身を正信に預けようとする。
だが、正信は身を引いて距離をあけた。
それを見てヤオノは泣きそうな顔になる。正信はその顔を見て辛そうに目を閉じた。
「どうして黙って抱けないか・・・それは、あなたが八百乃さんじゃないからです。」
「・・・えっ?」
「微妙な立ち居振る舞い、表情に喋り方。
応えにくい質問に対してのくせまで、見事に演じてると思います。
完全な模倣といって差し支えない。ですが、あなたは僕を知らない。
あなたは僕と同じ時を過した八百乃さんじゃない。」
静かに、だが確かな口調で正信は目の前のヤオノを偽者と断じた。
言われたヤオノはキョトンとしていたが、すぐに怒った顔をして問い返した。
「どうして? どうしてそんなことを言うの?」
「最初は、最初にあっさりあなたに会えたことがもうおかしいんです。
今回の事件で定国様を亡くされ、
しかも原因の半分は八百乃さんの行動が引き金になっています。
一見気丈でもあの人はうたれ弱い所があります。精神状態はとても平静とはいかないはずです。
なのに、知人というだけで傷ついた八百乃さんに知らない人間をいきなり会わせようとしますか?
僕が身内に似たようなことが起きたら絶対そんなことはしません。
自分であって相手の人となりや話を確かめた上で、それでも慎重に会わせることでしょう。
だから、だから僕は最初あなたに会えてうれしかったけど、
同時に匿っている同族達の理解の無さに落胆もしました。
それが疑念の始まりで、確信したのはさっきの質問に対してのあなたの仕草を見てです。」
呟くように、正信の吐露を聞いていたヤオノはその表情を怒りから笑みに変えていた。
「そう・・・後学のために聞きたいわ。私は何処で間違えたのかしら。
あの子の癖は完全に盗んでいたと思うのだけど。これでも芝居をする者の端くれだから。」
もう姿形を真似るのをやめた彼女は、その本当の姿を現した。
垂れ気味の細長い目をし、おでこをだしたロングヘアーの大人びた女性だ。
身長もスタイルもヤオノよりだいぶ高い数値を示している。
「完全でした。でも、知っていたんですよ。あの癖、
応えにくい質問をされた時、数秒固まってから目をそらすあれです。
僕もある時気づきまして、それでそれを指摘したことがあるんです。」
「まあ、そういうこと・・・」
「ええ、指摘された彼女は、
僕の前ではその癖をしないように、気をつけるようになりました。
たまに癖を出してしまってもそのことに対し、
バツが悪そうにしたりといった反応をしていました。
今日の貴方にはそれが無かったんです。」
それを聞いてヤオノに化けていた刑部狸はすっと正信に近づき抱きしめた。
油断していた正信はそれを避けられずその顔を彼女の開いた胸元に埋められてしまう。
(や・・・やわっこ・・・)
「合格・・・大合格よ!。」
うれしそうに彼女は正信を抱きしめ続けた。
正信はしばらく堪能していたが、
タップして離して欲しい意思を相手に伝え桃源郷から帰還する。
「ご褒美のつもりだったのだけれど、もしかして薄い胸の方をお好みかしら?
なんならヤオノの姿でもう一度同じ事をしてもいいわよ。着てるもののデザインはそのままでねw」
「大変魅力的な申し出ではありますが、それは取っておきますよ。
僕は一番好きなものは最後に食べる性質でして。」
「そう・・・そうね、それがいいわ。」
「ところで、御名前を伺っても? なんと呼べばいいのか。」
「あらごめんなさい。私は蘭(らん)、あの子の友達。
あなたの言ったように、今のあの子はとても不安定な状態だから、
会わせてもいいかどうかのチェックをするために、
あの子に化けて反応をみるっていう役回りをしていたのよ。
まさか見破られるとは思ってなかったけど。」
ランは眩しいものを見るように正信を見た。そんなランに対し正信は尋ねる。
「合格、ということは八百乃さんに会わせて頂けるのでしょうか?」
「ええ、むしろ是非あって頂戴な。たぶんあの子を救えるのは貴方だけだから。」
「それは・・・どういう?」
「詳しい事情は次に会わせる方に聞いて欲しいの。
ここの一番の古株で組合のまとめ役よ。
八百乃の居場所も知っているのはあの方だけだから・・・」
「一番の・・・古株ですか・・・」
それを聞き、正信の中にある考えが浮ぶ。
生まれの古い妖怪に会ったら聞こうと考えていたことがある。
聞く機会にこれ程早く恵まれるとは思わなかったが、
この千載一遇の機会を逃すことは無い。
定国様の日記を受け取った者として、あることを確かめておきたかった。
※※※
そうして正信は通された次の部屋で、小さな幼女姿の刑部狸と顔を合わせていた。
その姿とは対照的な厳かな雰囲気が目の前の女の子にはあった。
自然と畏まってしまう正信は、何故かへこんでいる室内の壁が気になりつつも、
丁寧に一礼するといきなり本題を切り出す。
「少々聞いて欲しいことがあります。八百乃さんには関係の無いことですが。」
「・・・ふむ、ランから太鼓判を押され取るから、
こちらから御主に尋ねることは余り無いしのう、
まあよいわ・・・とりあえず言うてみい。」
「ありがとうございます。昔々、あるところに・・・」
「ほほw、何ぞ昔話かえ?」
「人と妖怪が手と手を取り合う素敵な国がありました。」
「・・・」
「外敵が来れば共に戦い、共に傷つく。
政治も人と妖怪が共に意見を出し合い決める。
そんな平等な国がありました。」
「・・・」
「ですがある日、両者の関係は変ってしまいます。」
「ほう・・・」
「男中心の武家社会が台頭し、妖怪を社会から排す動きが活発化し始めます。
そしてそんな動きを推進したのは・・・」
「・・・したのは?」
「貴方達、妖怪自身・・・そうでしょう?」
それを聞いたウロブサは面白そうに目を細め、正信を見つめていた。
「いや、間違いござらん、数こそ少ないが中から複数の妖気を感じるでござる。
此処が妖怪の組織所縁の店であるのは確かでござるよ。」
歩き、宿場で籠に乗り込み。二人は物部が教えられた場所まで辿り着いていた。
大きな川が流れている宿場で、土蔵が水辺に連なってその前の川を荷を乗せて船が行きかう。
そんな風景からこの宿場の賑わい見て取ることが出来た。
ただ其処にあったのは小さな小汚い宿屋であった。
目立つ赤い暖簾に白抜きで○とその内側に善の文字。
大きな土蔵と背中合わせにポツンと建てられたそれは逆の意味で目立った。
目立つ赤暖簾が浮いてしまう程、建物の方は貧相でみすぼらしい。
泊まれる部屋の数も片手で足りる数しかなく。部屋自体も猫の額のような代物だ。
確認を取ると部屋はみんな埋まっており、今は誰も宿泊出来ないとのことである。
正信は刑部狸の組織の本部というから、
どれ程りっぱな店構えかと想像を膨らませていたこともあり、
とんだ肩透かしをくったと思うと共に、
この建物も実は術で作られた幻ではないかと疑ってしまう。
「物部様、もしやこの店は幻術の類でしょうか?」
「それは流石にする意味がないでござろう。
ずっと幻術を張り続けるのは非効率的でござるよ。」
物部は店の入り口で店番をしている丁稚らしき少女に声を掛ける。
「シュカ殿の紹介でまいった物部という祓い屋にござる。
少々依頼したいことがあって参ったしだい。
あとこちらは正信殿、何やら八百乃殿に用があるらしく。
願えれば取次ぎをして欲しいでござるよ。」
店番をしていた少女は、二人の狸の名が出たことで明らかに驚いたようであった。
「少々お待ち下さい。」
そう言って店の奥に引っ込んでしまう。
それ程広くないはずの店の奥は、しかしシンとして人の気配が感じられない。
数分程待つと、店の奥から先程の少女が戻ってきた。
「お待たせいたしました。こちらへどうぞ。」
二人は店番の少女に案内され、店の奥へと通された。
※※※
二人は奥に通され、その途中で別々の狸に案内され。
別々の部屋へと通された。用が違うのだから当然であろう。
物部は通された先の部屋で一人の幼女の風体をしながら、
一際大きな尻尾を持った狸と相対していた。
(この者、形はこんなじゃが・・・此処の長か?
妖気の底が見えぬ。こんなことは初めての感覚でござる。)
「ようこそおいでなすった御客人。
そのように緊張せんでも取って食ったりはせんよw わしはもう既婚じゃからなあ。」
「いやあ、大したものでござるな。
まさかあの店の奥がそのまま土蔵に繋がっていようとは。
しかもそれすら地下に作られた本部への入り口にすぎぬなど・・・」
「お釈迦様でも気づくまい。っとな・・・
いやあ、作るのにはそれなりに時間と費用が掛かったでな。
賛辞を貰えるのは純粋にうれしいのう。」
「地下にこれだけの空間と設備、いったいどのように?」
「ジャイアントアント、という妖怪を知っておいでか?」
「もちろん、成る程・・・あやつらに土木工事を行わせたでござるか。」
「一つの巣を丸々スカウトしてな、空を飛べる妖怪の人海戦術で、
大陸から一晩で此処まで引っ越してもらった。
葉っぱにくるまれたベットで一晩しっぽりと楽しんだら翌朝には仕事場というわけじゃ。
旦那諸共ここまで連れてきて工事期間中の食料や警護はこちらで受け持ち、
その間、蟻達にはひたすら渡した図面通りに掘ってもらった。
これ程大掛かりなものは初めてじゃが、実は前にも似たような依頼をしたことがあってな。
その経験もあってまあ大した事故も無く、試算より期間も工費もかなり安く上がったわい。
工期短縮に成功したら、ギフトとして旬の魔界果実詰め合わせセットをつける。
などと人参ぶら下げたのも功を奏した感じじゃな。」
「流石に組織の長ともなると人・・・いや妖怪使いを心得ていらっしゃいますな。」
「褒めても何もでぬよ。それにしても此度はうちのヤオノが大変世話になったのう。
改めて礼を言わせて貰おう。そなたがおらねばあの子の立場が最悪になるところであった。」
ウロブサは三つ指ついて物部に頭を下げた。
「なんのなんの、拙者はただ言われた仕事をこなしたまでの事。
頭を上げて下され、そのままでは仕事の依頼もし辛いでござるよ。」
「そうか、それでは遠慮なく。」
ウロブサは頭を上げると弾丸のように飛んで間合いを詰める。
その小さな掌で、物部の頬を仮面ごと張った。
正座したまま独楽のように回転する物部、その膝は宙に浮き。
回転中にへりから外れたローターのように壁に突っ込んだ。
二・三度バウンドしてようやくその勢いは止まり、
物部の体は何というか・・・こう・・・全体的に・・・芸術的にねじれていた。
「ようもうちのヤオノをボコボコにしてくれたのう。
助けてくれたことには感謝しとるがそれはそれじゃ。」
「ほ・・・ほげぇ・・・」
(ひ・・・酷いで・・・ござる・・・・・・)
「まあ今のでチャラにしちゃるわい。仲直りの握手の代わりじゃと思え、若造。
依頼とやらについては起きてから聞いちゃるわい。」
消え行く意識の中、物部は此処に来た事を軽く後悔していた。
※※※
物部と別れ、別の廊下を歩かされる正信。
店を抜け、土蔵の床に設置された隠し扉から梯子を下った場所である。
当然ながら其処は地下であるはずなのだが、
通路は壁に設置された明かりによって十分な光を確保し続けていた。
その明かりは現在で言う蛍光灯に近い代物であり、
行灯の明かりしか知らない正信にとっては眩しくすらあった。
正信は彼を案内している刑部狸に尋ねた。
「あの・・・あの明かりはいったい?」
「ああ、これでございますか? これは魔灯花という花でございます。」
「花・・・これが?」
「はい、魔界についての知識はございますか?」
「ええ、ある程度は。」
「でしたら話は簡単です。魔界に咲く花の一種で、
私達の発する妖力を吸って発光する性質を持った花なのです。
魔界全土によく咲いている花で、群生地は観光名所などにもなっています。
もっとも、ここで使われている物は原種を交配し品種改良したものです。
原種はもっと蛍の光のように儚い光で、美しくはありますが灯りとしては実用的ではないので。」
「成る程、地下で火を焚き続けるわけにもいかないし、
これなら高価な油に頼らないから経済的だな。」
「とはいっても、今のところ品種改良に成功された農家と、
その農家から苗を分けてもらった一部の農家しか栽培しておりませんので・・・
高価であることに違いは有りません。勿論行灯よりは遥かに安価ですし、
今後私共の出資で栽培農家が増えますから、値は下がってくるでしょうけれど。」
魔界の文明や技術については興味のあった正信はその話を傾聴する。
そうしているうちに目的の部屋についたのか、案内役は扉の前で一礼する。
「こちらでございます。積もる話もございましょう。
御時間はございますのでどうぞごゆるりと御歓談を。」
言うだけ言うと、案内役は廊下を行ってしまった。
正信は軽く深呼吸をすると目の前の扉と向き合った。
彼は何時か遅刻をし、菓子を片手に機嫌を取って事なきを得た時を思い出す。
同じように佇まいを直し、襖を開けさっと中に入った。
「失礼します。」
室内を見渡すと、其処にはちょこんと一人の女性が座っている。
彼女は物憂げにこちらを見ると軽く微笑んだ。
「久しぶりね。無事で良かったわ。死んだと聞かされてたから。」
あの時のきりきりと仕事をしている印象とはまるで正反対だが、
それでもそれは正信が求めてやまない者の姿だった。
分かれて数週間だが、正信にとっては数年ぶりの再開に感じられる。
その姿を見て、彼は安心と少なからぬ落胆を感じていた。
そしてヤオノはそんな彼の心を知ってか知らずか顔を下げる。
そうして肩を震わせると立ち上がってふらふらと歩き、その身を正信に投げ出した。
胸に顔をうずめ、両手で彼の着物を掴んだ。正信も何も言わず両腕を頭と肩に回す。
(良い匂い・・・軽くて、細くて、なのに柔らかい。
想像してた通りの、いやそれ以上の抱き心地。)
二人はしばし無言で互いの体温をそのまま伝え合った。
もう言葉はいらない。正信の中で何かがそう強く囁く。正信も正直そう思う。
だが、それは逃げだ。彼の聞きたくないという心の表れなのだ。
それでも最後に、彼は最後に尋ねなければならない。
「八百乃さん。」
「・・・・・・何?」
正信の問いかけにゆっくりと顔を上げ、目を合わせるヤオノ。
その顔を見て、彼はその口から重い言葉を発した。
「定国様の事は・・・今でも御好きですか?」
その問いはしばし彼女の息を止めさせる。
そしてそのまま数秒を数え、ヤオノは正信から目をそらした。
「・・・酷い事を聞くのね・・・慰めてもくれないの?」
「慰めたいですよ。今すぐにでも、八百乃さんを慰めたい。」
「なら・・・ならどうして黙って抱いてくれないの?」
ヤオノはそういったまま、またその身を正信に預けようとする。
だが、正信は身を引いて距離をあけた。
それを見てヤオノは泣きそうな顔になる。正信はその顔を見て辛そうに目を閉じた。
「どうして黙って抱けないか・・・それは、あなたが八百乃さんじゃないからです。」
「・・・えっ?」
「微妙な立ち居振る舞い、表情に喋り方。
応えにくい質問に対してのくせまで、見事に演じてると思います。
完全な模倣といって差し支えない。ですが、あなたは僕を知らない。
あなたは僕と同じ時を過した八百乃さんじゃない。」
静かに、だが確かな口調で正信は目の前のヤオノを偽者と断じた。
言われたヤオノはキョトンとしていたが、すぐに怒った顔をして問い返した。
「どうして? どうしてそんなことを言うの?」
「最初は、最初にあっさりあなたに会えたことがもうおかしいんです。
今回の事件で定国様を亡くされ、
しかも原因の半分は八百乃さんの行動が引き金になっています。
一見気丈でもあの人はうたれ弱い所があります。精神状態はとても平静とはいかないはずです。
なのに、知人というだけで傷ついた八百乃さんに知らない人間をいきなり会わせようとしますか?
僕が身内に似たようなことが起きたら絶対そんなことはしません。
自分であって相手の人となりや話を確かめた上で、それでも慎重に会わせることでしょう。
だから、だから僕は最初あなたに会えてうれしかったけど、
同時に匿っている同族達の理解の無さに落胆もしました。
それが疑念の始まりで、確信したのはさっきの質問に対してのあなたの仕草を見てです。」
呟くように、正信の吐露を聞いていたヤオノはその表情を怒りから笑みに変えていた。
「そう・・・後学のために聞きたいわ。私は何処で間違えたのかしら。
あの子の癖は完全に盗んでいたと思うのだけど。これでも芝居をする者の端くれだから。」
もう姿形を真似るのをやめた彼女は、その本当の姿を現した。
垂れ気味の細長い目をし、おでこをだしたロングヘアーの大人びた女性だ。
身長もスタイルもヤオノよりだいぶ高い数値を示している。
「完全でした。でも、知っていたんですよ。あの癖、
応えにくい質問をされた時、数秒固まってから目をそらすあれです。
僕もある時気づきまして、それでそれを指摘したことがあるんです。」
「まあ、そういうこと・・・」
「ええ、指摘された彼女は、
僕の前ではその癖をしないように、気をつけるようになりました。
たまに癖を出してしまってもそのことに対し、
バツが悪そうにしたりといった反応をしていました。
今日の貴方にはそれが無かったんです。」
それを聞いてヤオノに化けていた刑部狸はすっと正信に近づき抱きしめた。
油断していた正信はそれを避けられずその顔を彼女の開いた胸元に埋められてしまう。
(や・・・やわっこ・・・)
「合格・・・大合格よ!。」
うれしそうに彼女は正信を抱きしめ続けた。
正信はしばらく堪能していたが、
タップして離して欲しい意思を相手に伝え桃源郷から帰還する。
「ご褒美のつもりだったのだけれど、もしかして薄い胸の方をお好みかしら?
なんならヤオノの姿でもう一度同じ事をしてもいいわよ。着てるもののデザインはそのままでねw」
「大変魅力的な申し出ではありますが、それは取っておきますよ。
僕は一番好きなものは最後に食べる性質でして。」
「そう・・・そうね、それがいいわ。」
「ところで、御名前を伺っても? なんと呼べばいいのか。」
「あらごめんなさい。私は蘭(らん)、あの子の友達。
あなたの言ったように、今のあの子はとても不安定な状態だから、
会わせてもいいかどうかのチェックをするために、
あの子に化けて反応をみるっていう役回りをしていたのよ。
まさか見破られるとは思ってなかったけど。」
ランは眩しいものを見るように正信を見た。そんなランに対し正信は尋ねる。
「合格、ということは八百乃さんに会わせて頂けるのでしょうか?」
「ええ、むしろ是非あって頂戴な。たぶんあの子を救えるのは貴方だけだから。」
「それは・・・どういう?」
「詳しい事情は次に会わせる方に聞いて欲しいの。
ここの一番の古株で組合のまとめ役よ。
八百乃の居場所も知っているのはあの方だけだから・・・」
「一番の・・・古株ですか・・・」
それを聞き、正信の中にある考えが浮ぶ。
生まれの古い妖怪に会ったら聞こうと考えていたことがある。
聞く機会にこれ程早く恵まれるとは思わなかったが、
この千載一遇の機会を逃すことは無い。
定国様の日記を受け取った者として、あることを確かめておきたかった。
※※※
そうして正信は通された次の部屋で、小さな幼女姿の刑部狸と顔を合わせていた。
その姿とは対照的な厳かな雰囲気が目の前の女の子にはあった。
自然と畏まってしまう正信は、何故かへこんでいる室内の壁が気になりつつも、
丁寧に一礼するといきなり本題を切り出す。
「少々聞いて欲しいことがあります。八百乃さんには関係の無いことですが。」
「・・・ふむ、ランから太鼓判を押され取るから、
こちらから御主に尋ねることは余り無いしのう、
まあよいわ・・・とりあえず言うてみい。」
「ありがとうございます。昔々、あるところに・・・」
「ほほw、何ぞ昔話かえ?」
「人と妖怪が手と手を取り合う素敵な国がありました。」
「・・・」
「外敵が来れば共に戦い、共に傷つく。
政治も人と妖怪が共に意見を出し合い決める。
そんな平等な国がありました。」
「・・・」
「ですがある日、両者の関係は変ってしまいます。」
「ほう・・・」
「男中心の武家社会が台頭し、妖怪を社会から排す動きが活発化し始めます。
そしてそんな動きを推進したのは・・・」
「・・・したのは?」
「貴方達、妖怪自身・・・そうでしょう?」
それを聞いたウロブサは面白そうに目を細め、正信を見つめていた。
12/10/08 05:07更新 / 430
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