激突(げきとつ)
かつて定国が座し、みなと夢を語らった天守。
そのけして広くない室内には、まだ定国の読み貯めていた書が積まれている。
そこに不遜な顔をして居座る一人の老人。
「敗れおったか。まあよくもったというべきじゃな。」
彼は天守より山間を見下ろし、
止んだ銃声と未だ飛び交うヤオノの分身、
そしてヤオノの咆哮から武太夫の敗北を察する。
そしてしばらく後、ガガッ と下の方で何か音がした。
直後、五郎左衛門が音の出所を覗き込む間もなく巨大な影が外から飛び込んできた。
ヤオノだ。ただでさえ広くない室内、彼女の口は五郎左衛門の目と鼻の先であり、
その気になれば五郎左衛門の喉笛を楽に噛み千切れる位置に彼女はいた。
「お前が其処に座るんじゃない。そこは・・・そこは!」
「今はわしのものよ。この城全てがな。 奴は死んだ。
予定と少々違ってしまったが、それ即ちわしの勝ちということよ。」
「死が負け? じゃあ今すぐお前を負かしてやろうか。造作も無いぞ! 五郎左衛門。」
吼える彼女の姿を見回して五郎左衛門は静かに笑みを浮かべる。
「良い、まことに良いぞ。復讐に狂ったその獣の姿。何ともそそる。」
「・・・下衆が! この姿を見て二度と同じことが言えぬようにしてやる。」
ヤオノには解らない。目の前の男の事が解らない。
同じ人間なのに、何故こうも違う? 何が違う?
五郎左衛門、彼の行い 振る舞い 言動
どれを取っても彼女には到底解せないものばかりであった。
人を愛する存在として生を受けた彼女にとって、
生まれながら飢鬼道に落ちているようなこの男の存在は、受け入れがたいものであった。
復讐心と理解出来ぬものへの拒絶の心、それが交じり合い彼女の心は深く熱く凍てついていた。
牙をむき出しにして睨みつけられながらも、傲岸不遜な彼の態度は毛ほども揺らがない。
「・・・舐めるでないぞ。武太夫が御主を負かせる。そう思うほど平和ボケしとらぬ。
常に幾通りもの展開を考え、それに対し手をうてねば此処には座れんよ。」
「何を言ってる・・・むっ?!」
じりじりとヤオノの体が引きずられる、畳に長い爪を立てて抗うが止まらない。
その体は強力な力に引かれ強引に天守の外にすっ飛ばされる。
空中で振り返ると、自分の大きな尻尾が白くて長い帯のようなものに大量に巻きつかれていた。
その端を起点として大きく弧を描く様に飛ばされ、ヤオノは山の麓辺りに叩きつけられる。
木を何本もへし折り、ようやくその勢いが止まる。
ヤオノを投げ飛ばし終え、尻尾に絡んでいた帯のようなものは解けていた。
どうやら彼女を天守から引き剥がすことが目的であったらしい。
ヤオノは素早く起き上がると分身同様、
その体を宙に踊らせ山を覆う木から木へと飛び移って移動する。
飛ぶように再び天守に迫る彼女の眼前、ある木の頂上に先程は無かった人影が立っていた。
白い衣に紅の袴を履き、頭には鬼の面を被った妙な男だ。
その背後には大きくて薄っぺらい、
紙細工で作った八つの顔を持った人のようなものが浮いている。
(こんな強力な使い手が潜んでいたことにも気づかないなんて、復讐心で鼻が曇ったかしらね。)
ヤオノは警戒を強めつつ相手に対し声を掛ける。
「誰か知らないけれど、邪魔をしないで。」
「拙者、いざなぎ流当代 第35代 物部という祓い屋にござる。
事情は存ぜぬが、これも仕事ゆえ、あの者に手出しはさせぬでござる。」
「事情も知らない外野は引っ込んでなさい。」
ヤオノは小手調べに狸を数匹ばかり男にけしかける。
「ヤツラオウ! 手加減無用。戦い奉る!!」
八つの顔、それぞれについている紙の切れ目のような黒く細い目がカッと見開き。
口は黒い下弦の三日月となり白い異形の喜びを形作る。
空中に浮遊するそれは、顔を下に向け高速で射出する。
まるで白い丸太のようなそれは物部に迫る狸達を叩き落し。
そのまま地面に押し付けるように打ち付ける。
その威力はまるで大筒(大砲)を至近で撃ち込まれたかのようで、
地面に小さなクレーターを打ち付けた顔の数だけつくっていた。
分身はその威力に到底耐え切れず、残らず葉に戻されている。
「私を引いたのはそいつか・・・」
「キジン、ヤツラオウ。拙者の術の一つにござる。」
「中々の威力だけど、たかだか八つの手数でどこまでやれるかしらね。」
ヤオノは四方と下方から同時に複数の狸を向かわせる。
ヤツラオウは物部の真上数mに陣取り、
まるで機関銃のように顔を撃ち出して近づく狸を迎撃する。
その威力は大地を震わせ、山肌を削り木々を粉砕していく。
物部の立つ木を中心にして放射状に山が裸にされていき、
狸達は襲い掛かる足場を徐々に失っていく。
(・・・む!・・・いない。)
物部は何時の間にか姿を消したヤオノ本体を探す。
だがそうしている間にも周囲からは狸の分身たちが飛び掛ってくる。
しかしヤツラオウの攻撃の雨を掻い潜れず次々に葉に戻される分身達。
(1・・・2・・3・4・・・5・6・・7・・・ここっ!)
八つ目の顔が八匹目に飛び掛ってきた分身を捉えたかに見えたその時、
分身はヤオノ本体の姿に戻り、その前足で八つ目の顔を迎撃して物部に迫る。
一つ目に撃った顔のリロードが間に合わないタイミングでの襲撃、
もう一方の前足が物部の顔を捉えた。
ザクゥッ しかし長い爪が貫いたのはその鬼面でなく、
人型に切られた和紙の束のようなものだった。
「危ない危ない、シキオウジ・・・張っておいて正解でござったな。」
「何よそれ?・・・」
「シキオウジ、事前に張ることで身代わりになってくれる式でござる。
言ったでござろう? ヤツラオウは術の一つだと。」
上から伸びる八つの顔が空中のヤオノを地面に叩きつける。
分身に比べればかなり頑丈なヤオノであったが、それでもヤツラオウのパワーは凄まじい。
連続で体に打ち込まれるそれはボディーブローのようにじわじわと効いてくる。
ヤオノは分身達を体に取り付かせると、
それを緩衝材代わりにヤツラオウの攻撃の雨を強引に突っ切って体制を立て直す。
「仕方ないわね、死ぬんじゃないわよ! 秘術、分身発破(ふんじんはっぱ)!!」
ドゥッ!! 低く鈍い音が山間に木霊する。
物部の立つ木、その根元に取り付いたヤオノの分身が突如その身を爆発させたのだ。
周囲への影響こそ少ないが、その威力はまるでコルク栓を抜いた跡のように
綺麗に幹を削り取っていた。
自立できずメリメリ音を立て傾き始める木、物部は慌てて飛び、
ヤツラオウの顔の一つを腕に絡ませ地面に降り立った。
「何と何と・・・そのような術が・・・」
「分身の消耗も早いし、よほどの相手でなければ直撃即死亡コースの威力だから。
あまり使いたくないのよ、でもあなたは強い。このままじゃ倒せなそうだからね。」
(残り三百程か、あの白いのさえ倒せば後はこの身一つでいい、出し惜しみは無し。)
ヤオノは物部にまた全方位から狸をけしかける。それを防ぐべく攻撃をするヤツラオウ。
だがその攻撃自体、ヤオノの待っていたものであった。
最初の分身を囮にし、それを貫いた顔に取り付き分身達はヤツラオウの体に肉薄する。
空中で多段に炸裂する分身達とその身を焼かれ削られるヤツラオウ。
ヤツラオウの顔が目も口も大きく開かれ、声無き叫びを模っていた。
「ヤツラオウ! 戻るでござる。」
物部の言葉に空中のヤツラオウが消え、
城内に刺してあったヤツラオウ本体の御幣が実際にヤツラオウの負った傷の形に傷つく。
「降参かしら?」
「・・・まっこと見事にござる。普段の拙者であれば、
確かにヤツラオウが倒された時点で白旗をあげてござるが・・・
今日は少々事情が異なるでござる。
武太夫殿が時間をだいぶ稼いでくれたおかげで、奥の手も使えるでござるよ。」
「奥の・・・手?」
「奉納する神楽が長いので、とても使いづらいのでござるが、強力でござるよ。
おん・あ・び・ら・うん・けん・そわか・・・顕現招来!!
コウジン、フドウゴダイソウ・・・」
ヤツラオウのような人型の御幣がまた場に現れる。
しかも今度は五体である。
その姿はヤツラオウと違い普通の大きさの人間くらいで、
顔もちゃんと一つしかない。手は剣を模した形に切られている。
特徴的なのは五体に色が付いている点である。
黒 白 赤 青 黄 の五色が揃っていて、
黒いものは物部の背後に背後霊のようにぴったりついている。
そして周囲を残りの四色が固めている感じだ。
「行け。」
「ノウマク サンマンダ バザラダン カン」
共に呼び出した者を相手にけしかける両者。
特攻爆弾と化した狸達と周囲を囲んでいたフドウソウ四体が激突する。
フドウソウ達は宙を慣性を無視した軌道でUFOの様に駆ける。
すれ違い様に狸達はその紙の剣で両断され葉に戻されていく。
剣の切れ味は狸と木を同時に真っ二つにする威力で、
スピードは林の中だというのにトンボのように速くて正確だ。
狸達は取り付く前に切り裂かれ、爆発することを許されない。
「くぅ!」
形成は一気に物部に偏る。数を見る見る減らされるヤオノの分身達。
(引いていく?)
じりじりとヤオノ達は城から町の方へと追いやられていく。
ゆっくりと前進していく物部と高速で追いかけるフドウソウ達。
そしてあるところまで来た所で物部の足元で音がした。
もこりっと土中から一匹の狸が顔を出す。地面の中に隠れていたのだ。
その体には小石や鉛玉が大量に張り付いている。
(いかんっ!!)
炸裂する分身とその体に張り付いていた硬い物質が、
散弾のように周囲を放射状に薙いでいく。
シキオウジが散弾をほとんど防ぐが、その一部は彼の体を傷つける。
左肩を撃ち抜かれ、腕を上げられなくなる物部。
「流石ね。」
「ぬうぅ?!」
さらにその爆発を合図に周囲で一斉に音がした。
残り二十程の分身とヤオノの本体が其処にいた。
「あっちは陽動、残りはこれだけだけど、合流する前に片をつける!」
ヤオノはフドウソウ達に押されつつも、幻術で自分の身代わりを立て、
それにフドウソウ達を引き付けさせるとともに、
残り僅かの手勢をお手製地雷の周囲の木の影に配置し、
本体の物部が其処を通るのを待って一気に奇襲を仕掛けたのだ。
「舐めるな! クロフドウ、こいつとて容易くは無いぞ。」
「オオオオオォオオオオオオオオッ!」
「来いっ!」
吼えながら突貫するヤオノ、構える物部と背後のクロフドウ。
クロフドウの右手の剣が唸る。周囲の木々諸共に近づく全てを両断する。
速度、間合い、共にクロフドウの方が優秀だ。
その差を数で埋められるか、だがクロフドウは左手も使う。
その左拳は薄っぺらい紙だが、大砲のような衝撃を持って分身を殴り飛ばし、
ヤオノ本体にもその打撃をみまう。
瞬く間に数を減らされ、自爆すら許されぬ分身達。
そしてついにヤオノの巨躯を貫く黒い紙の剣。
「勝負ありでござるな。」
「・・・そうね・・・ぎりぎりだったけど。」
真後ろから響く声に物部は目を見開く。
クロフドウが貫いたヤオノの本体は葉っぱへと戻る。
そして物部の背後には少女の姿に戻ったヤオノがいた。
その手には火のついた短筒が納まっている。
「死んだらごめんなさいね。本当にギリギリだったから・・・」
(間に合わぬ?! シキオウジも・・・もうっ!)
山間に響く銃声、勝負は決した。
ヤオノの敗北である。
「そんな・・・」
麓まで行っていた四体のフドウソウ達が分身を蹴散らし終わって帰ってきていた。
ヤオノの放った弾丸は、高速で突っ込んできたシロフドウによって叩き落されていた。
膝を落として呆然とするヤオノとそれを囲むフドウソウ。
「これにて終了でござる。事情は知らぬが、復讐などやめるでござるよ。」
「・・・を・・・知った風な口をっ!
あいつは、あいつは殺さなきゃだめなのよ。あいつはっ!!」
「やれやれ、あの男、一体どれ程の恨みを・・・」
(これはっ?!)
(ぬうっ?!)
二人は同時にこの山に接近する大きな妖気を感じる。
揃って木々の隙間から空を見上げる二人。
「龍?」
「黒い龍・・・いいえ・・・あれは!」
青い空を横断する黒い龍、だがそれは近づくにつれてその正体を現す。
「何とか間に合ったようだねえ。ヤオノ、
随分とやられたなあ。そっちの術者は優秀な奴らしいね。」
龍の頭部からひょこっと顔を出したのはヤオノにとって見知った顔であった。
「シュカ・・・何で此処に・・・」
「婆さんに頼まれたのさ、いやあ土下座した婆さん何て初めてみたぜ。」
「それは一体、龍では・・・ないでござるか?」
「ん?・・・ああ、こりゃ砂鉄だよ。鉄大瀑布の応用版。
黒龍飛翔とでも名付けるかね・・・まあそれはどうでもいいや。」
そう言うと、シュカは山の更に上に飛んでいる砂鉄龍の背から飛び降りた。
高速で落下して来るシュカ、大きな音と土煙をたてて二人の間に割って入る。
落下の衝撃を体の鋼化で防ぎ、シュカは何事も無かったかのように立ち上がる。
「どうだい? あれ以来修行して、
今じゃ大瀑布と硬化の併用もちゃんと出来るようになったんだぜ。」
と得意げにヤオノに笑顔を見せる。
しかしヤオノの顔を見て心配そうに表情を翳らせる。
「何て顔してんだい。まあ、無理も無いか。」
置いてけぼりの物部は一人シュカを観察していた。
(あれが全て砂鉄?! しかも遠隔操作も可能とは・・・
この者、感じる妖気の大きさといい、拙者の手には余るやも知れぬ。)
「事情はどうあれありがたいわ。
シュカ・・・手を貸して・・・まずはあいつを倒して欲しいの。」
「むぅ・・・援軍というわけでござるか、正直キツイでござるな。」
「いいや、むしろあんたには感謝したいくらいだよ。
あんたがいなかったら、たぶん私は間に合わなかったろうからさ。」
「なんですと?」
「シュカ?!・・・お願いよ・・・」
「・・・解ってるだろヤオノ。私が来た理由・・・」
「いやだ・・・いやだいやだいやだいやだぁ!!
私は仇を取る。あいつは生きてちゃいけない奴なのよ。」
「聞き分けの無い子だ・・・しゃあないな。」
シュカはヤオノに向けて腕を上げ、開いていた手を思い切り閉じた。
何時の間にか上空から舞い降りてきていた砂鉄がヤオノの体を瞬時に包む。
そのまま厚くなっていき、ヤオノは砂鉄で作られた立方体の中に
完全に閉じ込められてしまった。
「・・・いったい・・・どゆことでござる?」
「計らずとも世話になったみたいだから教えてやるよ。
うちの組合って組織ではね。どんな理由があろうと人殺しは御法度なのさ。
過失であっても厳罰に加え、二度と敷居を跨げなくなる。まして故意にやったとなると・・・」
「死刑もありうる?」
「さてね、前例がないから何とも、
一応親、夫、子を殺した相手に対しては情状酌量の余地がつくとかなんとか・・・
でも今回の場合それも微妙だしな。まあ碌なことにならないのは確かさね。
私は友達がそんな風になるのを見るのは嫌だからさ。」
「そうでござるか・・・」
物部は相手に敵意が無いのが解ると、ゴダイフドウソウを元の御幣に戻した。
「それじゃ、あんま長居すると町のみんなを怖がらせちまいそうだし、
この辺で・・・ああそうそう、あんたには借りが出来た。
礼もしたいから、あとで組合の本部にでも立ち寄ってくれ。
あたしはこの件が済んだらもういなくなるけど、婆さんが色々計らってくれるはずだよ。」
そう言い終ると、シュカはヤオノを閉じ込めた砂鉄の立方体に乗り、
そのまま頭上に待機していた砂鉄の龍に再び乗り込んで飛び去っていった。
※※※
天守では五郎左衛門と物部が相対していた。
「あの龍は何だ? 何故追って仕留めなんだ。」
「勘違いしているようなので言わせて貰うでござる。
拙者、退治屋でなく祓い屋でござるよ。」
「・・・何が違う。」
「祓うだけ、言ってしまえば祓い屋とは、
人と妖怪、双方の間に発生する問題解決業にござる。
双方が納得すれば、別に妖怪が人を婿にしようが嫁に行こうが関係無いでござるよ。
今回に関して言えば、もうあの刑部狸は五郎左衛門殿の前には現れないでござる。
だから護衛の任は達成されたということでござるよ。」
「そんな保障が何処にある?」
「あの者の仲間が全力でそれをさせぬでござる。その点に関しては信じていいでござるよ。」
「専門家としての見解、そう思っていいのだな?」
「もし、同じことがあったら再び呼んでくだされ、ただで依頼を引き受けるでござる。」
「相解った。ごくろうであったな。」
「それにしても・・・拙者、この家業はそれなりに長いでござるが、
狸と本気でやりあったのは初めてでござる。」
「・・・何が言いたい? 上乗せしろなどと申す気か。」
「まさかまさか・・・ただ、奴らは少々意地の悪いところはあり申すが。
基本的に荒事は好まない連中にござる。その彼女らをあれ程怒り狂わせるとは・・・
いい死に方は出来んでござるよ五郎左衛門殿。」
それを聞いて五郎左衛門は鼻で笑う。
「笑止、死に方に良いも悪いもありはせぬ。
死んだら終わる。それだけのこと・・・
それに貴殿は依頼主の事情には関わらぬと申したではないか。」
「ごもっとも、苦言を呈して改めさせようなどという気は無いでござる。
ただの野暮な独り言と聞き流してくだされ。」
そう言って物部は報酬を受け取った後、城を去っていった。
ただ一人、天守に残り城下を見下ろす五郎左衛門。
その肩は微妙に震えていた。彼は噛み締め打ち震えていた。
長年目の上のたんこぶであった定国と、それに連なる因縁を完全に断ち切ったことを。
もう自分を遮る者は誰もいない。後は御紺に子を産ませれば全てが丸く収まる。
この藩を名実共に自分が支配する時がきたのだ。
彼はとくりとくりと酒を注ぎ、それを一気に呷る。
それは何とも甘露で極上のものに感じられた。
「くく・・・何とも旨い。旨い酒よなあ。」
そのけして広くない室内には、まだ定国の読み貯めていた書が積まれている。
そこに不遜な顔をして居座る一人の老人。
「敗れおったか。まあよくもったというべきじゃな。」
彼は天守より山間を見下ろし、
止んだ銃声と未だ飛び交うヤオノの分身、
そしてヤオノの咆哮から武太夫の敗北を察する。
そしてしばらく後、ガガッ と下の方で何か音がした。
直後、五郎左衛門が音の出所を覗き込む間もなく巨大な影が外から飛び込んできた。
ヤオノだ。ただでさえ広くない室内、彼女の口は五郎左衛門の目と鼻の先であり、
その気になれば五郎左衛門の喉笛を楽に噛み千切れる位置に彼女はいた。
「お前が其処に座るんじゃない。そこは・・・そこは!」
「今はわしのものよ。この城全てがな。 奴は死んだ。
予定と少々違ってしまったが、それ即ちわしの勝ちということよ。」
「死が負け? じゃあ今すぐお前を負かしてやろうか。造作も無いぞ! 五郎左衛門。」
吼える彼女の姿を見回して五郎左衛門は静かに笑みを浮かべる。
「良い、まことに良いぞ。復讐に狂ったその獣の姿。何ともそそる。」
「・・・下衆が! この姿を見て二度と同じことが言えぬようにしてやる。」
ヤオノには解らない。目の前の男の事が解らない。
同じ人間なのに、何故こうも違う? 何が違う?
五郎左衛門、彼の行い 振る舞い 言動
どれを取っても彼女には到底解せないものばかりであった。
人を愛する存在として生を受けた彼女にとって、
生まれながら飢鬼道に落ちているようなこの男の存在は、受け入れがたいものであった。
復讐心と理解出来ぬものへの拒絶の心、それが交じり合い彼女の心は深く熱く凍てついていた。
牙をむき出しにして睨みつけられながらも、傲岸不遜な彼の態度は毛ほども揺らがない。
「・・・舐めるでないぞ。武太夫が御主を負かせる。そう思うほど平和ボケしとらぬ。
常に幾通りもの展開を考え、それに対し手をうてねば此処には座れんよ。」
「何を言ってる・・・むっ?!」
じりじりとヤオノの体が引きずられる、畳に長い爪を立てて抗うが止まらない。
その体は強力な力に引かれ強引に天守の外にすっ飛ばされる。
空中で振り返ると、自分の大きな尻尾が白くて長い帯のようなものに大量に巻きつかれていた。
その端を起点として大きく弧を描く様に飛ばされ、ヤオノは山の麓辺りに叩きつけられる。
木を何本もへし折り、ようやくその勢いが止まる。
ヤオノを投げ飛ばし終え、尻尾に絡んでいた帯のようなものは解けていた。
どうやら彼女を天守から引き剥がすことが目的であったらしい。
ヤオノは素早く起き上がると分身同様、
その体を宙に踊らせ山を覆う木から木へと飛び移って移動する。
飛ぶように再び天守に迫る彼女の眼前、ある木の頂上に先程は無かった人影が立っていた。
白い衣に紅の袴を履き、頭には鬼の面を被った妙な男だ。
その背後には大きくて薄っぺらい、
紙細工で作った八つの顔を持った人のようなものが浮いている。
(こんな強力な使い手が潜んでいたことにも気づかないなんて、復讐心で鼻が曇ったかしらね。)
ヤオノは警戒を強めつつ相手に対し声を掛ける。
「誰か知らないけれど、邪魔をしないで。」
「拙者、いざなぎ流当代 第35代 物部という祓い屋にござる。
事情は存ぜぬが、これも仕事ゆえ、あの者に手出しはさせぬでござる。」
「事情も知らない外野は引っ込んでなさい。」
ヤオノは小手調べに狸を数匹ばかり男にけしかける。
「ヤツラオウ! 手加減無用。戦い奉る!!」
八つの顔、それぞれについている紙の切れ目のような黒く細い目がカッと見開き。
口は黒い下弦の三日月となり白い異形の喜びを形作る。
空中に浮遊するそれは、顔を下に向け高速で射出する。
まるで白い丸太のようなそれは物部に迫る狸達を叩き落し。
そのまま地面に押し付けるように打ち付ける。
その威力はまるで大筒(大砲)を至近で撃ち込まれたかのようで、
地面に小さなクレーターを打ち付けた顔の数だけつくっていた。
分身はその威力に到底耐え切れず、残らず葉に戻されている。
「私を引いたのはそいつか・・・」
「キジン、ヤツラオウ。拙者の術の一つにござる。」
「中々の威力だけど、たかだか八つの手数でどこまでやれるかしらね。」
ヤオノは四方と下方から同時に複数の狸を向かわせる。
ヤツラオウは物部の真上数mに陣取り、
まるで機関銃のように顔を撃ち出して近づく狸を迎撃する。
その威力は大地を震わせ、山肌を削り木々を粉砕していく。
物部の立つ木を中心にして放射状に山が裸にされていき、
狸達は襲い掛かる足場を徐々に失っていく。
(・・・む!・・・いない。)
物部は何時の間にか姿を消したヤオノ本体を探す。
だがそうしている間にも周囲からは狸の分身たちが飛び掛ってくる。
しかしヤツラオウの攻撃の雨を掻い潜れず次々に葉に戻される分身達。
(1・・・2・・3・4・・・5・6・・7・・・ここっ!)
八つ目の顔が八匹目に飛び掛ってきた分身を捉えたかに見えたその時、
分身はヤオノ本体の姿に戻り、その前足で八つ目の顔を迎撃して物部に迫る。
一つ目に撃った顔のリロードが間に合わないタイミングでの襲撃、
もう一方の前足が物部の顔を捉えた。
ザクゥッ しかし長い爪が貫いたのはその鬼面でなく、
人型に切られた和紙の束のようなものだった。
「危ない危ない、シキオウジ・・・張っておいて正解でござったな。」
「何よそれ?・・・」
「シキオウジ、事前に張ることで身代わりになってくれる式でござる。
言ったでござろう? ヤツラオウは術の一つだと。」
上から伸びる八つの顔が空中のヤオノを地面に叩きつける。
分身に比べればかなり頑丈なヤオノであったが、それでもヤツラオウのパワーは凄まじい。
連続で体に打ち込まれるそれはボディーブローのようにじわじわと効いてくる。
ヤオノは分身達を体に取り付かせると、
それを緩衝材代わりにヤツラオウの攻撃の雨を強引に突っ切って体制を立て直す。
「仕方ないわね、死ぬんじゃないわよ! 秘術、分身発破(ふんじんはっぱ)!!」
ドゥッ!! 低く鈍い音が山間に木霊する。
物部の立つ木、その根元に取り付いたヤオノの分身が突如その身を爆発させたのだ。
周囲への影響こそ少ないが、その威力はまるでコルク栓を抜いた跡のように
綺麗に幹を削り取っていた。
自立できずメリメリ音を立て傾き始める木、物部は慌てて飛び、
ヤツラオウの顔の一つを腕に絡ませ地面に降り立った。
「何と何と・・・そのような術が・・・」
「分身の消耗も早いし、よほどの相手でなければ直撃即死亡コースの威力だから。
あまり使いたくないのよ、でもあなたは強い。このままじゃ倒せなそうだからね。」
(残り三百程か、あの白いのさえ倒せば後はこの身一つでいい、出し惜しみは無し。)
ヤオノは物部にまた全方位から狸をけしかける。それを防ぐべく攻撃をするヤツラオウ。
だがその攻撃自体、ヤオノの待っていたものであった。
最初の分身を囮にし、それを貫いた顔に取り付き分身達はヤツラオウの体に肉薄する。
空中で多段に炸裂する分身達とその身を焼かれ削られるヤツラオウ。
ヤツラオウの顔が目も口も大きく開かれ、声無き叫びを模っていた。
「ヤツラオウ! 戻るでござる。」
物部の言葉に空中のヤツラオウが消え、
城内に刺してあったヤツラオウ本体の御幣が実際にヤツラオウの負った傷の形に傷つく。
「降参かしら?」
「・・・まっこと見事にござる。普段の拙者であれば、
確かにヤツラオウが倒された時点で白旗をあげてござるが・・・
今日は少々事情が異なるでござる。
武太夫殿が時間をだいぶ稼いでくれたおかげで、奥の手も使えるでござるよ。」
「奥の・・・手?」
「奉納する神楽が長いので、とても使いづらいのでござるが、強力でござるよ。
おん・あ・び・ら・うん・けん・そわか・・・顕現招来!!
コウジン、フドウゴダイソウ・・・」
ヤツラオウのような人型の御幣がまた場に現れる。
しかも今度は五体である。
その姿はヤツラオウと違い普通の大きさの人間くらいで、
顔もちゃんと一つしかない。手は剣を模した形に切られている。
特徴的なのは五体に色が付いている点である。
黒 白 赤 青 黄 の五色が揃っていて、
黒いものは物部の背後に背後霊のようにぴったりついている。
そして周囲を残りの四色が固めている感じだ。
「行け。」
「ノウマク サンマンダ バザラダン カン」
共に呼び出した者を相手にけしかける両者。
特攻爆弾と化した狸達と周囲を囲んでいたフドウソウ四体が激突する。
フドウソウ達は宙を慣性を無視した軌道でUFOの様に駆ける。
すれ違い様に狸達はその紙の剣で両断され葉に戻されていく。
剣の切れ味は狸と木を同時に真っ二つにする威力で、
スピードは林の中だというのにトンボのように速くて正確だ。
狸達は取り付く前に切り裂かれ、爆発することを許されない。
「くぅ!」
形成は一気に物部に偏る。数を見る見る減らされるヤオノの分身達。
(引いていく?)
じりじりとヤオノ達は城から町の方へと追いやられていく。
ゆっくりと前進していく物部と高速で追いかけるフドウソウ達。
そしてあるところまで来た所で物部の足元で音がした。
もこりっと土中から一匹の狸が顔を出す。地面の中に隠れていたのだ。
その体には小石や鉛玉が大量に張り付いている。
(いかんっ!!)
炸裂する分身とその体に張り付いていた硬い物質が、
散弾のように周囲を放射状に薙いでいく。
シキオウジが散弾をほとんど防ぐが、その一部は彼の体を傷つける。
左肩を撃ち抜かれ、腕を上げられなくなる物部。
「流石ね。」
「ぬうぅ?!」
さらにその爆発を合図に周囲で一斉に音がした。
残り二十程の分身とヤオノの本体が其処にいた。
「あっちは陽動、残りはこれだけだけど、合流する前に片をつける!」
ヤオノはフドウソウ達に押されつつも、幻術で自分の身代わりを立て、
それにフドウソウ達を引き付けさせるとともに、
残り僅かの手勢をお手製地雷の周囲の木の影に配置し、
本体の物部が其処を通るのを待って一気に奇襲を仕掛けたのだ。
「舐めるな! クロフドウ、こいつとて容易くは無いぞ。」
「オオオオオォオオオオオオオオッ!」
「来いっ!」
吼えながら突貫するヤオノ、構える物部と背後のクロフドウ。
クロフドウの右手の剣が唸る。周囲の木々諸共に近づく全てを両断する。
速度、間合い、共にクロフドウの方が優秀だ。
その差を数で埋められるか、だがクロフドウは左手も使う。
その左拳は薄っぺらい紙だが、大砲のような衝撃を持って分身を殴り飛ばし、
ヤオノ本体にもその打撃をみまう。
瞬く間に数を減らされ、自爆すら許されぬ分身達。
そしてついにヤオノの巨躯を貫く黒い紙の剣。
「勝負ありでござるな。」
「・・・そうね・・・ぎりぎりだったけど。」
真後ろから響く声に物部は目を見開く。
クロフドウが貫いたヤオノの本体は葉っぱへと戻る。
そして物部の背後には少女の姿に戻ったヤオノがいた。
その手には火のついた短筒が納まっている。
「死んだらごめんなさいね。本当にギリギリだったから・・・」
(間に合わぬ?! シキオウジも・・・もうっ!)
山間に響く銃声、勝負は決した。
ヤオノの敗北である。
「そんな・・・」
麓まで行っていた四体のフドウソウ達が分身を蹴散らし終わって帰ってきていた。
ヤオノの放った弾丸は、高速で突っ込んできたシロフドウによって叩き落されていた。
膝を落として呆然とするヤオノとそれを囲むフドウソウ。
「これにて終了でござる。事情は知らぬが、復讐などやめるでござるよ。」
「・・・を・・・知った風な口をっ!
あいつは、あいつは殺さなきゃだめなのよ。あいつはっ!!」
「やれやれ、あの男、一体どれ程の恨みを・・・」
(これはっ?!)
(ぬうっ?!)
二人は同時にこの山に接近する大きな妖気を感じる。
揃って木々の隙間から空を見上げる二人。
「龍?」
「黒い龍・・・いいえ・・・あれは!」
青い空を横断する黒い龍、だがそれは近づくにつれてその正体を現す。
「何とか間に合ったようだねえ。ヤオノ、
随分とやられたなあ。そっちの術者は優秀な奴らしいね。」
龍の頭部からひょこっと顔を出したのはヤオノにとって見知った顔であった。
「シュカ・・・何で此処に・・・」
「婆さんに頼まれたのさ、いやあ土下座した婆さん何て初めてみたぜ。」
「それは一体、龍では・・・ないでござるか?」
「ん?・・・ああ、こりゃ砂鉄だよ。鉄大瀑布の応用版。
黒龍飛翔とでも名付けるかね・・・まあそれはどうでもいいや。」
そう言うと、シュカは山の更に上に飛んでいる砂鉄龍の背から飛び降りた。
高速で落下して来るシュカ、大きな音と土煙をたてて二人の間に割って入る。
落下の衝撃を体の鋼化で防ぎ、シュカは何事も無かったかのように立ち上がる。
「どうだい? あれ以来修行して、
今じゃ大瀑布と硬化の併用もちゃんと出来るようになったんだぜ。」
と得意げにヤオノに笑顔を見せる。
しかしヤオノの顔を見て心配そうに表情を翳らせる。
「何て顔してんだい。まあ、無理も無いか。」
置いてけぼりの物部は一人シュカを観察していた。
(あれが全て砂鉄?! しかも遠隔操作も可能とは・・・
この者、感じる妖気の大きさといい、拙者の手には余るやも知れぬ。)
「事情はどうあれありがたいわ。
シュカ・・・手を貸して・・・まずはあいつを倒して欲しいの。」
「むぅ・・・援軍というわけでござるか、正直キツイでござるな。」
「いいや、むしろあんたには感謝したいくらいだよ。
あんたがいなかったら、たぶん私は間に合わなかったろうからさ。」
「なんですと?」
「シュカ?!・・・お願いよ・・・」
「・・・解ってるだろヤオノ。私が来た理由・・・」
「いやだ・・・いやだいやだいやだいやだぁ!!
私は仇を取る。あいつは生きてちゃいけない奴なのよ。」
「聞き分けの無い子だ・・・しゃあないな。」
シュカはヤオノに向けて腕を上げ、開いていた手を思い切り閉じた。
何時の間にか上空から舞い降りてきていた砂鉄がヤオノの体を瞬時に包む。
そのまま厚くなっていき、ヤオノは砂鉄で作られた立方体の中に
完全に閉じ込められてしまった。
「・・・いったい・・・どゆことでござる?」
「計らずとも世話になったみたいだから教えてやるよ。
うちの組合って組織ではね。どんな理由があろうと人殺しは御法度なのさ。
過失であっても厳罰に加え、二度と敷居を跨げなくなる。まして故意にやったとなると・・・」
「死刑もありうる?」
「さてね、前例がないから何とも、
一応親、夫、子を殺した相手に対しては情状酌量の余地がつくとかなんとか・・・
でも今回の場合それも微妙だしな。まあ碌なことにならないのは確かさね。
私は友達がそんな風になるのを見るのは嫌だからさ。」
「そうでござるか・・・」
物部は相手に敵意が無いのが解ると、ゴダイフドウソウを元の御幣に戻した。
「それじゃ、あんま長居すると町のみんなを怖がらせちまいそうだし、
この辺で・・・ああそうそう、あんたには借りが出来た。
礼もしたいから、あとで組合の本部にでも立ち寄ってくれ。
あたしはこの件が済んだらもういなくなるけど、婆さんが色々計らってくれるはずだよ。」
そう言い終ると、シュカはヤオノを閉じ込めた砂鉄の立方体に乗り、
そのまま頭上に待機していた砂鉄の龍に再び乗り込んで飛び去っていった。
※※※
天守では五郎左衛門と物部が相対していた。
「あの龍は何だ? 何故追って仕留めなんだ。」
「勘違いしているようなので言わせて貰うでござる。
拙者、退治屋でなく祓い屋でござるよ。」
「・・・何が違う。」
「祓うだけ、言ってしまえば祓い屋とは、
人と妖怪、双方の間に発生する問題解決業にござる。
双方が納得すれば、別に妖怪が人を婿にしようが嫁に行こうが関係無いでござるよ。
今回に関して言えば、もうあの刑部狸は五郎左衛門殿の前には現れないでござる。
だから護衛の任は達成されたということでござるよ。」
「そんな保障が何処にある?」
「あの者の仲間が全力でそれをさせぬでござる。その点に関しては信じていいでござるよ。」
「専門家としての見解、そう思っていいのだな?」
「もし、同じことがあったら再び呼んでくだされ、ただで依頼を引き受けるでござる。」
「相解った。ごくろうであったな。」
「それにしても・・・拙者、この家業はそれなりに長いでござるが、
狸と本気でやりあったのは初めてでござる。」
「・・・何が言いたい? 上乗せしろなどと申す気か。」
「まさかまさか・・・ただ、奴らは少々意地の悪いところはあり申すが。
基本的に荒事は好まない連中にござる。その彼女らをあれ程怒り狂わせるとは・・・
いい死に方は出来んでござるよ五郎左衛門殿。」
それを聞いて五郎左衛門は鼻で笑う。
「笑止、死に方に良いも悪いもありはせぬ。
死んだら終わる。それだけのこと・・・
それに貴殿は依頼主の事情には関わらぬと申したではないか。」
「ごもっとも、苦言を呈して改めさせようなどという気は無いでござる。
ただの野暮な独り言と聞き流してくだされ。」
そう言って物部は報酬を受け取った後、城を去っていった。
ただ一人、天守に残り城下を見下ろす五郎左衛門。
その肩は微妙に震えていた。彼は噛み締め打ち震えていた。
長年目の上のたんこぶであった定国と、それに連なる因縁を完全に断ち切ったことを。
もう自分を遮る者は誰もいない。後は御紺に子を産ませれば全てが丸く収まる。
この藩を名実共に自分が支配する時がきたのだ。
彼はとくりとくりと酒を注ぎ、それを一気に呷る。
それは何とも甘露で極上のものに感じられた。
「くく・・・何とも旨い。旨い酒よなあ。」
12/09/07 22:14更新 / 430
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