幕間の3〜葵紋と二つ岩
広い畳部屋に男が二人、一人は精悍な顔付きをした男性。
もう一人は御髪に白いものが混じった初老の男。
初老の男はもう一人の御付のようで、机に座り政務に励む男の傍らで、
影のように何もせずにただ控えている。
「失礼いたします。」
そこに一人の男が入ってきた。
御付の方のみ、そちらに向いて入ってきた男に問いただす。
「何用か?」
「上様に会いたいという商人が来ております。」
「聞いてはおらぬぞ。商人風情が事前の取次ぎもなしに上様の御手を煩わせようとは、
不届き千万じゃ。何者か知らぬが追い返せ!」
そこで初めて精悍な顔をした男が顔を上げる。
「まあ待て、その者、何者か名のっておったか?」
「はっ、もし追い返されそうになった場合、二つ岩から来たと言えば解ると・・・」
「ほう、あの大金貸しか・・・此度の飢饉では世話になった。
無碍にも出来まい。それにわざわざ来たということは、
何やらうまい話でももってきたかもしれんしな・・・通せ。」
「ははぁ。」
男が下がってしばらくした後、室内に一人の女性が通された。
くせっ毛のセミロングを肩口まで生やしたふくよかな体系の女性。
顔には縁なし眼鏡をかけ、手には扇子を持っており、それで口元を隠している。
室内に入り、男の面前まで来ると座って額を突いた。
「御顔を拝見いたしますのは初めてでですなぁ上様。
私、北の地で金貸しなんぞをやっております菜慈霧(なじむ)と申します。」
「面を上げい、此度の飢饉への対処のための資金提供、誠に大儀であった。
そちの申し出でどれだけの民が飢えを逃れたか知れぬ。」
「もったいない御言葉でございます。」
「して、今日は何用でまいった?
形部狸であるそなたが態々こんなところまで来るとは、
それなりの用件があるのであろう。」
「ほう! 我々のことを既にご存知で。流石は巷で悪をご自身で裁かれ、
暴れん坊将軍と噂の御方ですなぁ。良い耳と目をお持ちでいらっしゃる。」
「・・・褒めておるのは解るが、その呼び名はちと遠慮してくれんか。
せめて米将軍とでも呼んでくれ。」
「ありゃ、お気に召していらっしゃらないんでっか?」
「暴君みたいであろうが、その称し方は・・・」
「ははぁ、まあそうですな。しかし水戸の御老公といい、
葵紋の方々は中々やんちゃでいらはりますな。」
「ほう、あの方と面識が?」
「ええ、少しですが。まあうちらは長生きですさかい。
それにしても惜しい方を無くされましたなあ。ただの人としては大往生ではありますが。」
「まったくじゃ、直系で無い上に三男であった余が
将軍へすんなりなれたはあの方の後ろ盾あったればこそ。
あの方には昔から頭が上がらなかったものよ。
それに民草にあそこまで慕われた方もあまりおらん。」
「そういえば一時期は歌が流行(はやり)ましたなあ。
天が下 二つの宝 尽き果てぬ・・・」
ナジムの狂歌を将軍がついで歌う。
「佐渡の金山 水戸の黄門・・・か、
してもう一度問うが、御老公と並び賞される宝を持った御主が今日は一体何用じゃ?」
ナジムはこれは失敬とばかりに閉じた扇子で額をぴしゃりとやると、
今までの話を切り上げ本題へと移る。
「そうそう、今日はですな、ええもんを持ってきましたんや。」
腰についているポケットから紫色の楕円形の物体を取り出すナジム。
「キントキっちゅう食べ物でしてな、痩せた土地でも育つし保存も利くし栄養価も高い。
今回の飢饉で解ったでっしゃろ? この国は米を貨幣とする慣例故、
米の生産が盛んや、しかしそれは米の収穫に打撃があったとき命取りになる。
保険としてもう一個、保存の利く食料の生産を奨励した方がええ。」
黙ってナジムの言うことを聞いていた将軍はその顔を綻ばせた。
「渡りに船とはこのこと、家臣達にそのような条件に適う作物を探させていたところであった。
そなたらには度々世話になるな。それで、そなたがそれを見つけてくれたのか?」
「いえいえ、見つけたんわ南海のとある藩に召抱えられ取る友人でしてな。
その友人のたっての頼みで、うちがこうして物を用意してもろてはせ参じたちゅうわけでして。」
「成る程、南海は此度の飢饉の中心地。
当然問題点にも気づいて早くに対策を考え動いてくれていたか。」
「まあその友人の家が廻船問屋を営んでおりましてな。
外国の物でもちょちょいっと取り寄せられますねん。」
「貴様、上様の前で堂々と密貿易の話とは。其処になおれぃ。」
「よい、爺、この者らは人ではない。
でありながら危険と手間を冒して人のために動いてくれておる。
それに対する報いが刀ではあまりに無粋というもの。無論この件は口外無用だがな。」
「流石、話が解りますな。それではうちはこの辺で・・・お互い忙しい身ですし。」
「うむ、此度の訪問。大儀であった菜慈霧。」
一礼してナジムがその場をたった後、
将軍はそのまま政務へ戻り、御付の爺やは受け取ったキントキの匂いを嗅いでいた。
「爺、そんなことせんでも毒など入っておらぬよ。」
「上様はあの者を信じすぎです。
幕府を転覆せしめんとする輩が裏で糸を引いておるやもしれませぬ。」
「安心致せ、あの者が妖怪であるが故、そのような心配は杞憂じゃ。
今余が倒れ、幕府による治世が乱れれば、間違いなく飢饉による餓死者の数は跳ね上がる。
人以上に人の事を尊ぶ妖怪である彼女達が、そのようなことをする道理が無い。」
将軍のナジムや形部狸らへの感情はとても好ましいものだ。
それは妖怪を排する武家のトップとは思えないものであった。
※※※
馬を引き連れた一団が、人と荷物でいっぱいの車を馬に引かせて道を行く。
彼らは船から降ろした大量の荷を、
海から離れた内陸の藩へと届ける仕事をしている馬方衆である。
元々山が多く、未だ道が舗装されていないこの国では、
陸路での物資輸送はあまり一般的ではない。
しかし海路だけでは限界もあり彼らがいる。その彼らの表情はあまりすぐれない。
現在、飢饉の影響で此処南海の一部の治安は最悪である。
食い詰めた浪人や農民など、武装して山賊紛いの行動をしている者が後を絶たない。
定国の治める藩のように、きちんとした飢饉対策を施せている藩ばかりではないのだ。
為政者の手際や、こんな時にさえ派閥などによる取り分でもめるなどの政争が原因で、
未だにまともに藩からの救援を受けられず、食うや食わずで死ぬ者も少なからずいた。
そういう現実がある現状、生きるために救援米などの支援物資を直に取ってしまおう。
そう考えるものが出てくることはある意味必然といえた。
勿論そのことは想定済みで、ある程度腕に覚えのある浪人を用心棒として雇ってはいる。
これまでも一度襲撃されたが、空腹で力の出ない彼らを制するのはそう難しくは無かった。
万全ではない烏合の衆など、準備していればそれ程恐れるには足りない。
では何が彼らの表情を曇らせているのかというと・・・
目の前に連なる山々である。
地元の村民の情報では、この山には出るらしいのである。
入った男が山から帰ってこないという事が度々有り。
正体は判らないものの、人を襲う何かがいるということだけは確かなようである。
それ故にこの山を越えて向こうに行こうとする場合、
ぐるりと大きく迂回して麓を行くか、
船に乗り継いで海側から回り込むのが慣例となっている。
しかし、今回に限って言えば運ぶ荷が多すぎて船は使えない。
大きな港があるわけではないので小さな船しか使えないのだ。
それで何度も往復するのでは時間が掛かりすぎる。
麓を行く場合も同様で、今回のように急いで救援物資を届ける場合には、
回り込んでいく際にかかる時間のロスは致命的と言えた。
よって男達は危険を承知で山中の道を行くしかないというわけである。
そんな男達の眼前に一人の奇妙な格好をした人物がふらりと現れる。
片田舎では眼を引く鮮やかないでたちで、白い衣に紅の袴を履いており。
それは巫女装束を髣髴とさせる。ただし頭部に特徴があり。
その顔はすっぽりと鬼を模した面で覆われていた。
当然馬方衆とその用心棒達は警戒して男を囲む。
「何奴?」
「けったいな格好をした奴じゃ。」
「どうする? 斬り捨てるか。」
などと物騒な会話を繰り広げる用心棒達に対し、
鬼面の男は片手をブンブン振って否定する。
「待った待った! 拙者は怪しいものではござらん。
格好が特殊なのは否定せぬが、けしてそなたらを狙った賊の類ではないでござる。」
「ではいったい、あなたは何者ですか?」
馬方衆のまとめ役であろう男は鬼面の男に問うた。
「拙者は南海周辺で祓い屋をしておる物部(ものべ)と申す者でござる。
ちと用事があってこの山を越え、さらに北上したところにあるという場所を目指しておる。
しかし恥ずかしながら、拙者はそっちの方には土地勘がなくてな。
物資を運んでいるそなたらなら間違いが無かろうと、道行を供にしたく参じたしだい。」
「祓い屋・・・で御座いますか?」
「そう、地元ではそれなりに有名なんじゃが、まあ御主らが知らぬのも無理はないでござる。
それは兎も角、困っておるのであろう?
この山に渦巻く妖気、無事に越えたければ用心棒は必須でござるよ。
人の相手はそちらの方々が、もし妖怪が出たのであれば拙者が、
それぞれ御主らを守ると言うことで・・・いかがか?」
奇妙な男の申し出に対し、まとめ役の男は考える。
(この山に何かが出るは間違いない。もしそれが妖怪であればただの浪人達では心許ない。
この男がどれだけの使い手かは未知数じゃが、道を案内するだけならこちらにもさして損はない。
山賊の罠? いや、この山で何か仕掛けようとすれば山賊の方がいるという何かの餌食じゃ。
その線は薄いな。であれば連れて行くが得策か。)
「判りました。目的地までは我々も荷を届けた後通りますので、
そこまでご一緒するとしましょう。よろしくお願いします物部殿。」
「こちらこそよろしくたのむでござる。」
こうして物部と名乗る奇人は馬方衆と行動を共にした。
妖気渦巻く山中へと向かうその脚には、微塵の怖気や震えも見られない。
もう一人は御髪に白いものが混じった初老の男。
初老の男はもう一人の御付のようで、机に座り政務に励む男の傍らで、
影のように何もせずにただ控えている。
「失礼いたします。」
そこに一人の男が入ってきた。
御付の方のみ、そちらに向いて入ってきた男に問いただす。
「何用か?」
「上様に会いたいという商人が来ております。」
「聞いてはおらぬぞ。商人風情が事前の取次ぎもなしに上様の御手を煩わせようとは、
不届き千万じゃ。何者か知らぬが追い返せ!」
そこで初めて精悍な顔をした男が顔を上げる。
「まあ待て、その者、何者か名のっておったか?」
「はっ、もし追い返されそうになった場合、二つ岩から来たと言えば解ると・・・」
「ほう、あの大金貸しか・・・此度の飢饉では世話になった。
無碍にも出来まい。それにわざわざ来たということは、
何やらうまい話でももってきたかもしれんしな・・・通せ。」
「ははぁ。」
男が下がってしばらくした後、室内に一人の女性が通された。
くせっ毛のセミロングを肩口まで生やしたふくよかな体系の女性。
顔には縁なし眼鏡をかけ、手には扇子を持っており、それで口元を隠している。
室内に入り、男の面前まで来ると座って額を突いた。
「御顔を拝見いたしますのは初めてでですなぁ上様。
私、北の地で金貸しなんぞをやっております菜慈霧(なじむ)と申します。」
「面を上げい、此度の飢饉への対処のための資金提供、誠に大儀であった。
そちの申し出でどれだけの民が飢えを逃れたか知れぬ。」
「もったいない御言葉でございます。」
「して、今日は何用でまいった?
形部狸であるそなたが態々こんなところまで来るとは、
それなりの用件があるのであろう。」
「ほう! 我々のことを既にご存知で。流石は巷で悪をご自身で裁かれ、
暴れん坊将軍と噂の御方ですなぁ。良い耳と目をお持ちでいらっしゃる。」
「・・・褒めておるのは解るが、その呼び名はちと遠慮してくれんか。
せめて米将軍とでも呼んでくれ。」
「ありゃ、お気に召していらっしゃらないんでっか?」
「暴君みたいであろうが、その称し方は・・・」
「ははぁ、まあそうですな。しかし水戸の御老公といい、
葵紋の方々は中々やんちゃでいらはりますな。」
「ほう、あの方と面識が?」
「ええ、少しですが。まあうちらは長生きですさかい。
それにしても惜しい方を無くされましたなあ。ただの人としては大往生ではありますが。」
「まったくじゃ、直系で無い上に三男であった余が
将軍へすんなりなれたはあの方の後ろ盾あったればこそ。
あの方には昔から頭が上がらなかったものよ。
それに民草にあそこまで慕われた方もあまりおらん。」
「そういえば一時期は歌が流行(はやり)ましたなあ。
天が下 二つの宝 尽き果てぬ・・・」
ナジムの狂歌を将軍がついで歌う。
「佐渡の金山 水戸の黄門・・・か、
してもう一度問うが、御老公と並び賞される宝を持った御主が今日は一体何用じゃ?」
ナジムはこれは失敬とばかりに閉じた扇子で額をぴしゃりとやると、
今までの話を切り上げ本題へと移る。
「そうそう、今日はですな、ええもんを持ってきましたんや。」
腰についているポケットから紫色の楕円形の物体を取り出すナジム。
「キントキっちゅう食べ物でしてな、痩せた土地でも育つし保存も利くし栄養価も高い。
今回の飢饉で解ったでっしゃろ? この国は米を貨幣とする慣例故、
米の生産が盛んや、しかしそれは米の収穫に打撃があったとき命取りになる。
保険としてもう一個、保存の利く食料の生産を奨励した方がええ。」
黙ってナジムの言うことを聞いていた将軍はその顔を綻ばせた。
「渡りに船とはこのこと、家臣達にそのような条件に適う作物を探させていたところであった。
そなたらには度々世話になるな。それで、そなたがそれを見つけてくれたのか?」
「いえいえ、見つけたんわ南海のとある藩に召抱えられ取る友人でしてな。
その友人のたっての頼みで、うちがこうして物を用意してもろてはせ参じたちゅうわけでして。」
「成る程、南海は此度の飢饉の中心地。
当然問題点にも気づいて早くに対策を考え動いてくれていたか。」
「まあその友人の家が廻船問屋を営んでおりましてな。
外国の物でもちょちょいっと取り寄せられますねん。」
「貴様、上様の前で堂々と密貿易の話とは。其処になおれぃ。」
「よい、爺、この者らは人ではない。
でありながら危険と手間を冒して人のために動いてくれておる。
それに対する報いが刀ではあまりに無粋というもの。無論この件は口外無用だがな。」
「流石、話が解りますな。それではうちはこの辺で・・・お互い忙しい身ですし。」
「うむ、此度の訪問。大儀であった菜慈霧。」
一礼してナジムがその場をたった後、
将軍はそのまま政務へ戻り、御付の爺やは受け取ったキントキの匂いを嗅いでいた。
「爺、そんなことせんでも毒など入っておらぬよ。」
「上様はあの者を信じすぎです。
幕府を転覆せしめんとする輩が裏で糸を引いておるやもしれませぬ。」
「安心致せ、あの者が妖怪であるが故、そのような心配は杞憂じゃ。
今余が倒れ、幕府による治世が乱れれば、間違いなく飢饉による餓死者の数は跳ね上がる。
人以上に人の事を尊ぶ妖怪である彼女達が、そのようなことをする道理が無い。」
将軍のナジムや形部狸らへの感情はとても好ましいものだ。
それは妖怪を排する武家のトップとは思えないものであった。
※※※
馬を引き連れた一団が、人と荷物でいっぱいの車を馬に引かせて道を行く。
彼らは船から降ろした大量の荷を、
海から離れた内陸の藩へと届ける仕事をしている馬方衆である。
元々山が多く、未だ道が舗装されていないこの国では、
陸路での物資輸送はあまり一般的ではない。
しかし海路だけでは限界もあり彼らがいる。その彼らの表情はあまりすぐれない。
現在、飢饉の影響で此処南海の一部の治安は最悪である。
食い詰めた浪人や農民など、武装して山賊紛いの行動をしている者が後を絶たない。
定国の治める藩のように、きちんとした飢饉対策を施せている藩ばかりではないのだ。
為政者の手際や、こんな時にさえ派閥などによる取り分でもめるなどの政争が原因で、
未だにまともに藩からの救援を受けられず、食うや食わずで死ぬ者も少なからずいた。
そういう現実がある現状、生きるために救援米などの支援物資を直に取ってしまおう。
そう考えるものが出てくることはある意味必然といえた。
勿論そのことは想定済みで、ある程度腕に覚えのある浪人を用心棒として雇ってはいる。
これまでも一度襲撃されたが、空腹で力の出ない彼らを制するのはそう難しくは無かった。
万全ではない烏合の衆など、準備していればそれ程恐れるには足りない。
では何が彼らの表情を曇らせているのかというと・・・
目の前に連なる山々である。
地元の村民の情報では、この山には出るらしいのである。
入った男が山から帰ってこないという事が度々有り。
正体は判らないものの、人を襲う何かがいるということだけは確かなようである。
それ故にこの山を越えて向こうに行こうとする場合、
ぐるりと大きく迂回して麓を行くか、
船に乗り継いで海側から回り込むのが慣例となっている。
しかし、今回に限って言えば運ぶ荷が多すぎて船は使えない。
大きな港があるわけではないので小さな船しか使えないのだ。
それで何度も往復するのでは時間が掛かりすぎる。
麓を行く場合も同様で、今回のように急いで救援物資を届ける場合には、
回り込んでいく際にかかる時間のロスは致命的と言えた。
よって男達は危険を承知で山中の道を行くしかないというわけである。
そんな男達の眼前に一人の奇妙な格好をした人物がふらりと現れる。
片田舎では眼を引く鮮やかないでたちで、白い衣に紅の袴を履いており。
それは巫女装束を髣髴とさせる。ただし頭部に特徴があり。
その顔はすっぽりと鬼を模した面で覆われていた。
当然馬方衆とその用心棒達は警戒して男を囲む。
「何奴?」
「けったいな格好をした奴じゃ。」
「どうする? 斬り捨てるか。」
などと物騒な会話を繰り広げる用心棒達に対し、
鬼面の男は片手をブンブン振って否定する。
「待った待った! 拙者は怪しいものではござらん。
格好が特殊なのは否定せぬが、けしてそなたらを狙った賊の類ではないでござる。」
「ではいったい、あなたは何者ですか?」
馬方衆のまとめ役であろう男は鬼面の男に問うた。
「拙者は南海周辺で祓い屋をしておる物部(ものべ)と申す者でござる。
ちと用事があってこの山を越え、さらに北上したところにあるという場所を目指しておる。
しかし恥ずかしながら、拙者はそっちの方には土地勘がなくてな。
物資を運んでいるそなたらなら間違いが無かろうと、道行を供にしたく参じたしだい。」
「祓い屋・・・で御座いますか?」
「そう、地元ではそれなりに有名なんじゃが、まあ御主らが知らぬのも無理はないでござる。
それは兎も角、困っておるのであろう?
この山に渦巻く妖気、無事に越えたければ用心棒は必須でござるよ。
人の相手はそちらの方々が、もし妖怪が出たのであれば拙者が、
それぞれ御主らを守ると言うことで・・・いかがか?」
奇妙な男の申し出に対し、まとめ役の男は考える。
(この山に何かが出るは間違いない。もしそれが妖怪であればただの浪人達では心許ない。
この男がどれだけの使い手かは未知数じゃが、道を案内するだけならこちらにもさして損はない。
山賊の罠? いや、この山で何か仕掛けようとすれば山賊の方がいるという何かの餌食じゃ。
その線は薄いな。であれば連れて行くが得策か。)
「判りました。目的地までは我々も荷を届けた後通りますので、
そこまでご一緒するとしましょう。よろしくお願いします物部殿。」
「こちらこそよろしくたのむでござる。」
こうして物部と名乗る奇人は馬方衆と行動を共にした。
妖気渦巻く山中へと向かうその脚には、微塵の怖気や震えも見られない。
12/07/14 02:33更新 / 430
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