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転章〜天守春画談義 その2
私は定国様に招かれ天守への階段を上っている。
すると私の耳に上階から男の声が響いてきたので私は耳を澄ます。
まるでその室内にいるかのように声色から会話の内容まで聞こえる。
むろん人間離れした私の聴覚があって初めて可能なことなのだが。

室内には三人の男性、定国様と正信、そしてこれは武太夫様か。
三人目は少々意外だったが、私はそのまま耳を澄ます。
どうやらあの本を定国様が見せてそれについて話をしているらしい。
私はあの二人がどのような魔物を見ているか、
少々気になってわざと歩みを遅らせる。

「遅れました。」
「おお、待っておったぞ。先に始めておるが、これで全員揃ったな。」

男二人がいい感じに固まっているのを見て心の中でほくそ笑みつつ、
二人の手元の本に目を落とす。
武太夫様は・・・虜の果実のページか、状態3の女性の絵を見ていた様子。
・・・・やはりこの方は敵、油断ならぬ御方のようだ。
そして正信は、図鑑のアリスのページを見ていた様子。
流石私の正信、やはり真に信頼が置けるのは定国様に南龍様、
そして少々頼りないがこの部下の正信位だと感じ入る。

それから二人が酷い趣向だと定国様に物申す一幕があったが、
まあどうでもよいことなので割愛する。

「さて、全員揃い場も暖まったところで、
一つ今後の火の国と我が藩の行く末、
そしてこの国の成り立ちについて余の思うところを語りたいと思う。」

そして定国様が膝を打ちつつ本題に入る。
その顔は何時もの飄々とした物ではなく、
狸姿の私に対し本音を話すときに時折除かせるそれであった。

「まずは軽く結論から申す。
この火の国の幕藩体制並びに武家社会は、
遠からず終わりを告げるであろう。」

いきなりの爆弾発言である。
武士の鑑ともいうべき武太夫様は元より、
比較的リベラルな正信でさえ動揺を隠せていない。

「殿!!」

「まあ聞け武太夫、御主が今読んでおるレスカティエ陥落の書を読み。
何を感じたか話せ、今後世界はどう動く?」

「・・・これが偽書でないのであれば、反魔物派とやらに勝機はありますまい。
戦力に差が有り過ぎます。この書はそれなりに古い物のよう。
であるのに未だに隣国で親魔と反魔で争いが続いているのはひとえに、
魔物側の侵略が片手間であるからに他ならないでしょう。」

「然り、その通りよ武太夫。
忌憚なく意見を吐ける御主のそういうところ、余は気に入っておるぞ。
では正信、御主に問おう。わが国での妖怪と人との関係はどうじゃ?」

「藩ごとに程度の違いはあるでしょうが、表立って妖怪を排斥しようという藩は少ないですね。
何故ならそんなことをしても利益になりませんから、
実際のところ妖怪と人、両者の絶対数の違い、そしてこの書に有るとおりなら出生率の違い。
これによって妖怪が人をさらう数など、
飢えや事故で命を落とす者に比べればほんのわずかという現実があります。
むしろ貧しい地域では働き手や稼ぎ手欲しさに子を多数なすものの、
収穫が思わしくなく育てられずに子を捨てたり殺したりという事も少なくありません。
財政的な事情で養えない家族がいる貧民と婿や仲間が欲しい妖怪。
そういう人たちと妖怪の間で需要と供給が発生したりしているのではないでしょうか。」

「正解じゃ、流石正信。
では武太夫、正信の言はあくまで身分の低い貧しい者達に対する言及。
この国の支配層である武家と妖怪の関係はどうか?」

「良好とは言えませぬな。戦力としては申し分ないゆえ取引くらいはしましょうが、
大陸の親魔物領とやらで領民として人と同じ扱いを受けているような。
そんなことはこの国では考えられませぬ。」

「それは何故か?」

「至極簡単、あやつらは男(おのこ)を産めませぬ。
仮にとある武家の長男が一人息子であり、その者が妖怪を伴侶とした場合。
その家には跡取りがいなくなり確実に取り潰されるでしょう。
ましてやそれが将軍家や藩主、名家ともなれば本人らがいかに愛し合おうと、
周囲がそれを許しますまい。」

「そう、男を産めぬがゆえに現在の武家社会と妖怪は決して相容れぬ。」

「しかし殿、正妻に人間の妻を娶り後の側室に妖怪という事例なら一応大丈夫なのでは?
正妻に生ませた男子を家長とするなら、それ以外が全員女性でも家は存続出来るはず。」

「もっともな疑問よな正信、しかし現実問題それも難しいのよ。
妖怪とのまぐわいは人のそれとは比較にならぬ快楽。
性的によほどの豪傑でなければ人の嫁と妖怪の嫁を等しく愛するなど出来まい。
仮に一代は持っても次代の者がそうである保障は限りなく低い。
それにな、妖怪とまぐわうと人の体内に妖気が溜まり、
それが人の男女の交わりを通じて相手を妖怪化させてしまうこともあるのだという。
それらを防ぐには最初に人の女性とのみ交際し、
嫡男を設けてから妖怪が男に手を初めて出すという手順が要るが。
図鑑を読む限りそのような分別のある者など少数派であろう。
ただでさえ惚れた腫れたなどという感情は法で御せるものでもなかろうしな。」

その会話を聞いて私は暗澹たる気持ちになる。
そう、定国様と添い遂げること自体は何時でも出来た。
しかしそれをしなかったのは跡取りの問題があるためだ。

「しかし殿、何故今の問答が武家社会の終わりなどという結論にいたるのです?
自分にはまだ全然理解出来ないのですが。」

「現在の幕藩体制の本質は浪費の体勢よ、将軍には権勢を維持するための金が要り、
また支配下の藩に謀反を起こされないために参勤交代や税などをかしてその資金を削いでおる。
オマケに日々雑務をこなすだけの者達に家柄が良いというだけで高い石高を与えねばならぬ。
その結果何処の藩も表立っては借金まみれよ、
うちのように密貿易でもするか、隠し金山でも持って脱税しておる藩もあるが。
大抵の藩は身分を振りかざして商人や金貸しに毎年金を普請してもらっておる始末。」

「それであまりにも何処の藩も借金が増えすぎ、
商人や金貸しの力が日増しして行くさまを憂いた将軍様が徳政令を出されましたね。」

「そうじゃ、八百乃の言うとおり、
身分で借金をチャラにするという無茶までせねば成り立たぬ。
其れほどまでに今の幕藩体制は無理が出てきておる。
今の時代、武家とは消費ばかりで儲けを生み出さぬのよ。
現在この国は一部の出島にて諸外国との貿易を公に行っておるが、
それは今後間違いなく大幅に拡大していくだろう。
出島だけでなく、将軍のお膝元まで商船が付く様に成るほどにな。
そして世界情勢は今後親魔側に大きく傾いていくことを考えれば、
貿易に際し取引相手は親魔側の国が多くなるのが道理。
それは頑なに拒んできた魔物とこの国の上層との付き合いの始まり意味する。
そうなれば後は時間の問題と余は考えている。
妖怪との付き合いを拒む今の武家社会は大きな変革を余儀なくされるであろう。」

「そのように事が運ぶと本気でお考えですか殿?
私には絵空事のようにしか聞こえませぬ。」

「御主もうつけの戯言と考えるか正信?」

「先のことがどうなるか、確実なことは誰にも解りません。
しかしこの藩という船の舵をどちらに切るのか決めるのは定国様です。
たとえ突拍子もなかろうとも、自分はどこまでも付いて行きとうございます。」

「定国様は、火の国が今後、今以上に妖怪と密接な関係を築くとお考えなのですか?
今の町民や貧しい農民だけでなく、武家の皆様とも妖怪が公に家族となるような。
そんな未来を考えておられるのですか?」

「ああ、余はこの藩をこの国で初めての公式な親魔物藩としたいのよ。
世に流れがあり、それを読んで先んずれば様々なことで利益を生む。
障害も問題も多かろうがな、それもまた楽しみというものよ。
もちろん余の代でそれが全てなせるとは考えておらんが、
我が子らのための道標位は立ててやりたいと考えておる。
まあさし当たっては御紺以外に妖怪を一人側室として囲うのもありじゃなw」

ああ、この御方は・・・もはやこれ程までに・・・
定国様の展望を聞き、私は胸中で感嘆のため息を漏らしていた。
私の目に狂いはなかった。この人を選んで良かった。

「あなた様に仕えられる事を誇りに思います。定国様・・・」

感極まって少々声が震えていたかもしれない。
しかし私は目の前の愛しい主君に対し胸がつまりそれ以上言葉が述べられない。

武太夫様は相変わらずムスッとした顔をなさっている。
恐らく定国様の言を本気と知りつつも馬鹿げているとお考えなのだろう。
正信といえどこの話に全面的にはついていけてない様子だ。
無理もない。それはあまりに大きな変革の話。
国を丸々一つ動かそうという話なのだ。

「余はな、惚れこんだのよ。
納得がいかぬとあらば神にさえ、世界にさえ挑む勇者と魔王という者達。
その気概にな、余には世界に挑む程の力はないが、
なあにこの藩と国くらいになら喧嘩も売れよう。
そして余が稀代の名君となるか迷君となるかは後世のみぞ知るといったところか・・・」

定国様の言葉を最後に場を静寂が支配する。
みな一様に物思いにふけっている。
それ程に衝撃的な話であった。

「さて、ここからはこの国と藩のこれからの展望ではなく。
少々この国の歴史についての余の考察を話したい。」

静寂を最初に破ったのは、それを作り出した定国様本人であった。

「歴史?それは如何様な内容で。」
「うむ、この国は今現在武士が支配する男系社会。
じゃがおかしいとは思わぬか?太古には巫女が治める国もあったというのに。
この国は何時の間にか女性を政から廃するような形へと変容してしまっている。」
「戦で男系社会の者達が勝利したからでは?
女人と男では身体能力に違いがだいぶありますし。」
「その女人に妖怪を含めたらどうか?戦力の差は圧倒的であろうが。」

定国様の言葉に武太夫様が押し黙る。

「そういえば、昔の妖怪に関する記述や絵を見ると女性の形をしていないものが多いですよね。
あれは怖さを強調するために創造されたものと思っていましたが。
図鑑に書かれていることが本当なら遥か昔は本当にああいう姿をしていたのでしょうね。
それ程に昔からこの国の人間と妖怪には付き合いがあったわけですね。」

「良いところに目をつけたな正信、
図鑑には僅かだが、この国がジパングという名称で登場する。
それによると過去、この国は大陸にある国の一つに攻められた事があるらしい。
そしてその際に人と妖怪が共同戦線を張りこれを撃退したという。
しかもその後にその国と交易まで結んだということらしい。
この時点ですでに妖怪はみな女性であったようだ。」

「そのような話聞いたこともございませぬ。
そのような国の一大事であれば、如何に昔のことであろうと記録が残っておるはず。
私も立場上、過去の戦や戦術については色々学びましたが、そのような話は初耳です。」

「そう、この国には記録が残っておらぬのよ。
妖怪と人がそこまで近しい関係であったという記録が、
今お上が貿易を行っている国の中でどれがその侵略国に当たるのかという記録も、
そして今の妖怪を排斥せんとする武家社会のしきたり。
どうも腑に落ちんと思わんか?
なぜこの国は妖怪と付き合うのでなく廃する方向へと着ておるのか。
そしてそこら辺の記録のみ、探しても見つからぬのだ。
そこの歴史だけすっぽりと抜け落ちて曖昧なままよ。」

「殿は、何者かが人と妖怪との仲を違えさせようとしていた。
そうお考えなのですか?だとしてこの国の歴史の記録を改竄するような相手となると。
それは国の中枢にいたものということになりますよ?
当時国が妖怪と仲が良かったとするなら尚のこと、
記録の改竄までして妖怪を廃するような思想の者が
国の中枢にいたとは考えにくいのですが。」

「まったくもってそのとおりよ。そこで余の考えも止まっておる。
まあこれに関しては所詮過去の歴史、
例え真相を知ったとて余らが何か出来るわけでもないんじゃがな。
まあ御主らについでに疑問を語り聞かせたまでのこと。
八百乃は何か知らぬか?このことについて有益な情報など。」

「いえ、私もそのような戦があった話はその本を読むまで知りませんでした。
お役に立てず申し訳ありません。」

「よいよい、これらの本を集めてもらっただけでも十二分に大儀である。」

定国様はそうおっしゃられたが、この疑問については私も少々気にかかる。
うちで一番の古株であるあの人に聞いてみれば何か知っているであろうか?
暇が出来て一度会いにいける機会があったら聞いてみよう。
私はそう考えるとそれを頭の片隅に記憶しておいた。

「それでは余の語りは此処までじゃ。
忙しいところ付き合ってくれて真に大儀であった。
解散してよいぞ。皆の衆。」

私と正信は仕事があるので、先に階段をいっしょに降りていった。
それからしばらくして上で武太夫様が立ち上がり去る際、
定国様が声を掛けられるのが私の耳にだけ届いた。

「武太夫、今日お前をどうしてこの場に招いたか、
よおく思案して見るのだな。諸行無常、何時も世は巡り動いているぞ?」

「肝に銘じておきます。殿・・・」



12/06/20 05:35更新 / 430
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■作者メッセージ
また執筆途中でフリーズがガガガ・・・
結局睡眠時間がやばいことに・・・

連載途中で他の小説の感想とかを見るうちに、
本にしか載ってない設定満載じゃね?
ということに気づいて慌てて両本を購入。
本筋にずれはないけどここのエピソードはこうして生まれた。

とりあえず伏線は張り終わった感じなので次回から本筋へ移行。
ようやくここまできたぜ。

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