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幕間の2〜当代・狸頂上決戦3
砂浜に響き渡る勝利の哄笑。
一通り笑うとシュカは得意満面でウロブサを見下した。
先程から黙って顔をうつ伏せているウロブサ、その肩は心なしか震えている。

「くやしいか?だがあんたはよくやったよ。当代最強の名は返上してもら・・・」
「ぶふぉっ・・・ぶは・・ぶふ〜〜〜〜〜・・・」

シュカが言い切る前にウロブサの肩がいっそう大きく震え、
口元に手をやっているがそれでも吹き出すのを抑えていられぬようである。

「いかんいかん・・・もうちょっと我慢しとるつもりだったんじゃが、
御主があまりに滑稽での。思わず吹いてしもうたわ。」
「・・・」

シュカは事態を飲み込めぬが、それでも自分が嘲られていることくらいは解る。
ウロブサを説明しろと言わんばかりに睨み付ける。
そんなシュカの視線を涼しげに受け止めているウロブサも、
相手の意図を察して咳払い一つした後に語り始める。

「相手がまいったしとらんうちから勝利宣言とは片腹痛い。
御主にも解り易くはっきり言おう、この勝負、ワシの勝ちじゃ。」
「呆けたか婆さん?それに言葉をそっくり返すぜ。
私はまだ、負けちゃいない。負けたのはあんただ。」
「与一は倒れ、弁慶は瀕死、義経も捕らえられ、浜の兵もほぼ全滅。
手札は海上の船団の残りと景清のみ、そして草薙の剣が砂鉄の海を破れない以上、
自分を倒せる術は無い。だから自分の勝ち、そう思う取るんじゃろ?」
「違うとでも?まさかさっきの鏡を使って閉じこもるつもりか?
それでお互い決め手が無いから引き分けなどというんじゃあるまいな。」
「まさかまさか、元々この術比べは御主の放蕩をいさめるためのものじゃ。
引き分け、判定の余地を残すようなやり方では御主を説得できまいて。」
「それでもなお勝つ術があると?面白い!とことんやってやるよ。」

シュカは腕を振り上げるとそれを思い切り景清とウロブサに向かって振り下ろした。
上空の砂鉄の塊から、連続して押し固められた砂鉄が隕石のように降り注ぐ。
ウロブサは腕を組み再びどろんと中空に消える。
その場には景清のみが残され、景清は隕石郡を飛んでくる端から叩き切る。
しかし、斬り飛ばされて彼の後方へ散った砂鉄が再び動き出している。
前門からの隕石と後門から伸びる砂鉄の腕、横に跳び退って挟み撃ちを回避するが、
シュカは攻撃の手を休めない。さながら大砲の雨のように隕石を降らせ続ける。
撃たれた砂鉄は自分で動いて上空に再び回収され、いくら撃っても弾が尽きる気配はない。

景清は浜をぐるりと回りこむようにして攻撃の手をかわし続ける。
シュカは景清が走る先に、砂鉄で浜一面を塞ぐ壁を用意していた。
景清が近づくと壁は針山のようにその身を尖らせ、景清を串刺しにしようとする。
景清は自分に迫る無数の鋭い針に対し、体幹をほとんど動かさず腕だけを高速で動かした。
手元が消え、彼の前面には光る剣のつくる斬撃の軌道だけが僅かに確認できる。
それはまるで夜に花火を振り回して出来る残像のようであり、
昼間だというのに確認できる光の帯がしだいに重なり半円を形成する。
数多の剣閃がつくる物理結界が彼の前面から迫る全てを微塵に粉砕する。
砂鉄が再びシュカのコントロールで彼を襲う前に、
景清は壁を突破し再び隕石から逃走を開始する。

「よく逃げる。実際たいしたもんだが、逃げてばっかじゃ勝てねえぞっと。」

シュカは隕石での攻撃を諦め、全ての砂鉄を一度上空に集める。
最初にやったように圧倒的質量による全面攻撃を行い捉えるつもりなのである。
だが、シュカがそれを実行する前に海上からの矢が彼女を襲う。

「見えてんだよ。奇襲は通じないっつうの。」
矢は空中で砂鉄に捕まりその勢いを殺される。
だがこりずに引き絞られる無数の弓、それを感知したシュカはポリポリと頭をかいた。

「めんどくせえ。無駄だって。」
めんどうになったのか、シュカは砂鉄で海と砂浜の間にドーム状の壁をつくり、
何本矢が飛んでこようが浜には届かないようにしてしまう。
直後に飛んできた無数の矢が、作られた砂鉄の壁に刺さり、
黒い卵の半分のようだったそれをハリネズミのような面持ちに変えてしまう。

「おやおや?どうした。ただの矢程度、御主ならわざわざ砂鉄を使うまでもないはずじゃが?」
空中から響くウロブサの声、だがそれに対しシュカは応えない。
その顔はどこか忌々しそうに歪んでいる。
「御主の体を鋼と化す術、早さといい硬さといい申し分ない。
あれはただの変化ではなく、先程の精霊からもらっている大地の力を利用したものじゃろ?
それ故、同系統の鉄大瀑布に大地の力を全て割いておる現状では、
体を鋼に変ずることができんのじゃ。違うかの。」
「年の功って奴か?良い洞察だ。だがそれがどうした。
この術は攻撃も防御も感知も全てそれだけで賄える。」
「じゃが、御主は身を守るため、本来歯牙にも掛けぬはずの攻撃に
大量の砂鉄を割かざるを得んわけじゃ。」
「まさか、こうやって砂鉄の量を削れば、私の本体を斬れるとでも言いたいのか?
なら舐めすぎだぞ。この術はそんなに甘くない。」

そういいつつ、シュカは自分に接近する景清を感知し、
そちらに砂鉄を振り下ろした。
量を削られたとはいえ、一人の人間が相手取るには膨大な量の砂鉄。
それが巨大な黒いスライムの様にその身を広げ、
包み込むように景清を押し潰す。
シュカはそちらに向けていた手を思い切り握る。
すると小山のようであった砂鉄がガンッという音と共に一回り縮む。
形はピラミッドの様な形状に変形し、中に掛けられた圧力の多大さを物語る。

「ちぃっ。」
シュカは舌打ちをする。現在動かせる砂鉄を全て使い、最大の圧力を掛けたにも関わらず。
砂鉄の内側に発生した球状の物体を押し潰せない。

内側にいる景清は周辺を覆われると、押し潰される前に八咫鏡を起動。
全周囲からの高圧をその光の壁で受け止める。
更に周囲から掛かる圧が止むと同時に鏡を解除、先ほど壁を突き破った剣技を繰り出す。
まるで削岩機の様に押し固められた砂鉄のピラミッドを掘り進む景清。
気づいて再び周囲から砂鉄が迫るが、
それが景清の四肢を絡め取る前に彼は暗闇から飛び出す。
そしてそのままシュカに突撃を掛ける景清、シュカは後方に跳び退り間合いを取る。
景清が間合いを詰める前に、砂鉄は彼を飛び越え再びシュカとの間に横たわる。
砂鉄は巨大な大蛇の様にうねると、そのまま景清に飛び掛る。
長大な砂鉄の帯が正面から彼を飲み込もうと飛来する。
それを正面から海を割るモーゼの如く剣で散らせて進む景清。
その間合いはじりじりと確実に詰まっていく。

「掛かったな。」

シュカが再び景清に向けていた手を握りこむ。
斬られて彼の後方へ散った砂鉄がそのまま包み込むように後ろから迫る。

「先程のように横に逃げる隙はないぞ。
如何に速かろうが、人体が振れる剣の軌道では前後の途切れぬ攻撃を捌ききれまい。
妙な鏡も両手がそう忙しければ取り出して構えられないだろう?」

後ろから景清の脚を捉えようと伸びる砂鉄、それが彼の体を捉えようとした瞬間。
景清は大きく前方に膝を抱えて跳んだ。
新体操で膝を抱え込むような形で高速の回転がかかっている。
剣は立てられており、まるで回転鋸のように前後の砂鉄を切り払うと、
そのまま前方の砂鉄を切り裂いてシュカに迫る。

「げっ!」

シュカは慌てて海側に向けていた腕を景清のほうに振る。
矢を止めるのに使われていた砂鉄が真横から景清に伸び。
巨大な腕となり回転する景清を剣の届かぬ横合いから殴り軌道を曲げる。
シュカに当たる前に軌道を曲げられ、大きな石を軽々と両断しその向こうで止まる景清。
間髪いれずに海から矢が飛んでくるが、
シュカは自分の周囲に傘を作り身を守りつつ、海と浜を隔てる壁を再び再建する。

「やれやれ、本当にとんでもない奴だこいつは・・・
消極的で好かんやり方だが、仕方ないか。」

シュカは自由になる砂鉄を自分の周囲に滞空させる。
そして眼前には体勢を立て直し、こちらに向かってくる景清。

その間合いが一定まで詰まったところでシュカは両腕を左右に突き出した。
すると砂鉄が見る見る浜中に広がり、二人を中に包み込む。
相手を攻撃したり捉えたり、そういう目的で使用していた時より密度を下げて大きく展開する砂鉄。
まるで濃霧のように動きに干渉こそしないがその視界を塞ぐ。

「どうだい?見えないだろう。だが私にはお前の位置から挙動からばればれだ。」

景清は声を頼りに剣を振りつつ間合いを詰めるが、
シュカは足元に乗れる密度まで固めた砂鉄をつくり、
それに乗って自在に飛び回りつつ距離をつくる。
そして景清の動きが止まったところを見計らい、
その手足を一気に砂鉄で固めてしまう。
草薙の剣を持っている方の手だけは剣の効果か砂鉄が寄り付けないが、
左腕を除いた全身に纏わり付く砂鉄、だが景清は剣を手から離し、
懐の鏡を取り出して光の壁で全身の砂鉄を周囲数mにわたり弾き飛ばした。

「ちっ、密度が薄いせいで完全に固められるまでに間があるのか。
良い手だと思ったんだけどなあ〜。」

シュカは砂鉄の密度を再び上げて触れられる状態に戻すと、
容易に斬られぬよう、自身も空中の砂鉄に乗る形で空高くに位置を取る。

両者の戦いは拮抗しており、手詰まりのように見えた。

「ラン、ウロブサ様は勝利宣言していたけど、どういう意味か解る?」
「そうねえ、はったりを言う方ではないはずだけど、どう見ても手詰まりよねえ。」
固唾を呑んで勝負を見守る二人の狸、
その両者にもウロブサの言葉の意味は皆目検討も付かなかった。

しかし、それからたいして時間も立たぬうちに場の均衡が崩れ始めた。

「む〜〜〜。」
砂鉄の上で攻め手の思案にくれるシュカ、しかし気づくと何か景色がおかしく感じる。
目の前の山が、先程より高く感じる。

「・・・・・れれっ?!」
その意味に気づいたシュカはあわてて砂鉄から乗り出して周囲を見渡す。

「下がってる。高度が、何で!」
だが確認で顔を出した眼前に赤い長髪が閃いた。
シュカと景清はキスをせんばかりに顔を近づけていた。
そして落下し落ちていく景清。

攻撃こそ加えられなかったものの、完全に間合いの中に入っていた。
シュカの頬に冷たい汗が落ちる。

「勝負ありじゃな。御主の首、今ので頂じゃよ。」
「・・・待った、今のは・・・ゆ・・油断だ。
何時の間にか砂鉄が降下していて、それで・・・」
「納得いかんか?ええよ。それじゃ続けようか。」

シュカの待ったを涼しい声色で受けるウロブサ。
シュカはとりあえず立ち上がり、再び高度を取ろうとする。
しかし突如天地が逆転し、上から海面とそれを遮る黒い壁が降ってくる。

「えっ?」

シュカは立ちくらみを起こして砂鉄から落下していた。
その身は砂浜に落下する前に景清によって受け止められている。
景清はすぐにシュカを抱えたまま走り出す。
すると上空の砂鉄、そして壁を作っていた砂鉄が一斉に崩れだし、
砂浜に土砂として降り注ぐ。
安全圏まで退避していた景清は、岩の上にシュカを横たえた。
そして景清の隣にウロブサが姿を現す。

「何をした・・・」
「やれやれ、まだ解らんか?戦う前に御主、何をしようとしていた?」
「何って・・・あ・・」
「精を取ろうと男を襲っておったろうが。」
「切れたのか?妖力が・・・」
「経験は初めてか?まあ無理も無い、
この太平の世に御主をそこまで追い詰める奴などそうはおるまいて。」
「初めから、そのつもりで?」
「いいや、じゃが鉄大瀑布という術を見て勝利を確信したわ。
あれだけの砂鉄をああも見事に操る術。使う妖力も莫大じゃとな。
大量の砂鉄を土中から精製するのに妖力を捧げて精霊の力を借り、
さらにそれを操るのに自分の妖力を消費し続けておったろう。」
「くそぅ、腹さえ腹さえ満ちていれば、三日三晩だって戦い続けられるものを・・・」
「ワシは七日七晩、この源平の軍を展開し続けられるぞ。」
「・・・・」

ウロブサの言葉に流石のシュカも絶句する。

「昔、まだまだ妖怪同士で激しい諍いがあったり、
外洋から妖怪を排除すべし、という教えを携えてこの国に来た者達との争いなど、
幾つか大きな戦があった。その際には目の前の敵を倒して終わりということはほとんどなく。
むしろ戦線が膠着してにらみ合うことなぞざらに有った。
短期的に10の力を発揮するより、
長期的に8の力を出し続けられる方がそういう戦では役に立ったんじゃよ。
じゃからワシは妖力を如何に効率よく使うか、という方向へ術を磨いてきた。」

自分が100m走のつもりで全力で走る横で、
自分に追いすがる者が400m走を走っている途中だと知らされたシュカ。
誰の目にも明らかな敗北であった。

「んぐ・・ぅぅうぅ・・・負けた・・・ま〜〜〜げぇ〜〜〜だ〜〜〜〜ああぁぁぁあ。」
岩の上でオイオイと大泣きを始めたシュカ。

「でかい図体しとるくせに情けないの。お前さんもいい年じゃろう?」
呆れてウロブサは声を掛けるが一向に泣き止む気配が無い。

うおううおうと豪快に泣き叫ぶ様はまるで駄々っ子のようであり、
大きな体と相まってなんともシュールな様相である。

「まったく、でかいだけで中身は子供じゃの御主。
とりあえず、ワシもいっしょに付いていってやるから。
お前が迷惑掛けたみんなに謝りに行くんじゃ。
それとの、御主みたいのは早く旦那を見つけい、
特定の相手が出来れば少しは落ち着くじゃろ。」

ウロブサはランの方を見るとちょいちょいと手招きする。
「何でございましょうウロブサ様?」
「御主の一座でのこやつの面倒を見てやってくれまいか?」
「えぇ〜〜。」

あからさまに嫌そうなランにウロブサは続ける。
「遺恨もあるじゃろうが、こやつに伴侶を見つけてやるにはそれが都合がいいのじゃ。
小芝居一座として全国行脚しておる御主らと同行すれば、
出会いもあるし御主という首輪も付けられる。
何、芝居の前座として茶釜の狸姿で芸でもさせれば客寄せにもなろう。
食い扶持くらいは稼げるはずじゃ。」
「うちの一座は大道芸じゃないんですが・・・」
「色々あった方が客も喜ぶじゃろ?緩急つけんと芸も飽きられてしまうじゃろうしな。」
「はぁ〜仕方がありませんわ。お引き受けします。」
大泣きは止まったが、まだぐずついているシュカを見て、
ランはため息交じりにウロブサの話を了承する。



その後、シュカの茶釜狸姿での綱渡りや傘回しは大層受け、
ランの芝居の前座として大いに客を喜ばせた。
波長が近いのか特にシュカは子供に人気で、
せがまれて芝居で大立ち回りをする役をやったりもした。
男に関してはランがしっかり監督し、
シュカもウロブサにコッテリ絞られて懲りたのか、
他人の男に無理やり手を出したりはしなくなった。
そしてそのうち旅先である寺の坊主とねんごろになり。
一座から抜けたシュカは寺に参拝に来る客を集めるため、
今日も朝から寺へと続く階段の前で芸を披露し、
道行く旅人達の足を止めては続きは参拝の後でと告げるのであった。
まあ芸以外が目当ての客もいたりして、
それが原因で坊さんと色々すったもんだがあったりもしたらしいが、
それはまた別の御話。




12/05/06 06:13更新 / 430
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■作者メッセージ
しゅうりょーーー
さて、またしばらくは本編で地味にフラグを立てていく作業が始まる。
飽きさせないように頑張りたいけど、着いてきて頂けるとうれしい・・・

あと補足しておくと、これは術比べでガチのプロレス的な試合であり。
相手に全力を出させた上で勝たないと意味が無いので互角の攻防になってましたが。
実戦でウロブサが最初から全軍投入してればシュカはほぼ瞬殺されていたでしょう。
経験値とか状況判断含めるとそれぐらい二人には地力の差があります。

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