幕間の2〜当代・狸頂上決戦2
与一の狙撃と義経の攻撃で足止めされ、弁慶の一撃を打ち込まれる。
この三者の息の合った攻撃をシュカは捌くことが出来ない。
何とか三者の連携を潰そうと、各個に撃破しようとするがそれもままならない。
狙撃が来ることを承知した上で強引に義経を潰そうとしたが、
距離を詰められると義経は神通力で瞬時に距離を取ってしまう。
「こんのぉー。」
「神足。」
捉えたと思った攻撃は空を切り、義経は間合いの外へ移動している。
ならば与一を潰そうと海上の船に飛び移ろうとするが、
船の上という狭い足場のうえに、その足場はウロブサの術で作られたものなのだ。
必要な足場を消されたり、飛び上がったところを与一の狙撃で体勢を崩され、
結局は周囲の船から矢の雨を浴びることとなってしまった。
シュカは歯噛みしながら水の中に逃れ、浜に歩いて上がることとなる。
「水も滴る良い女じゃのうwシュカよ。」
「うっさい婆!絶対吠え面かかしてやんぞ。」
ウロブサの冷笑を浴びシュカは空に向かって大きく吠える。
「まあ、そろそろお遊びもこの辺にしとかんかの?」
「へえ、あの二人に聞いてた?まだ先があるって。」
「いいや、大道芸を見に行くのに先に内容を聞くなんて野暮をワシはせんよ。
じゃがの、今のところ見せた芸当だけではあの二人には勝てんはずじゃ。」
「成る程、まあその通り。こっちも良いもの見せてもらったし、
そろそろお返しに一発、面白い芸を披露しないとな。」
「楽しみじゃの。」
シュカは両掌を合わせて目を閉じる。
すると瞬時にその姿を巨大な狸へと変貌させる。そのサイズはまるで恐竜並みだ。
しかもただの狸でなく胴体は茶釜になっている。
牙を剥いた化け狸は膝を曲げてためとつくると、
その巨大さを感じさせぬ身軽さで天高くその身を躍らせた。
「秘術、茶釜大回天(ちゃがまだいかいてん)。」
空で頭と尾、そして脚が茶釜に埋まっていき其処には巨大な茶釜だけが残る。
まるで空飛ぶ円盤の様なそれは、独楽の様に回転を始める。
その速度はしだいに上がっていき、微妙な風きり音を茶釜の周囲に発生させる。
ゆっくりと舞い降りてきた巨大な鉄独楽、釜の腹の部分が砂と接する。
するとまるで慣性を無視した動きで急加速し、高速で弁慶に突っ込んできた。
獲物のサイズが大きくなったからか、弁慶は背から大金槌をぞろりと出し。
彼の力を持ってすら重そうに振り上げたそれを、迷い無く大釜に振り下ろした。
激突した両者の間に火花が散り、かん高い金属音が響き渡る。
弁慶の大槌は高速の回転により勢いを逸らされ大きく弾かれる。
釜が弁慶を轢くかと見えた刹那。弁慶の後ろにいた義経が弁慶と共に跳んだ。
「外したか・・・本当に厄介な神通力だな。まあいい、それならこっちだ。」
茶釜は方向転換すると、与一の船めがけて真っ直ぐに疾走する。
その速度は海上に出ても一向に落ちず。
進路上の軍船の群れを粉砕しながら船の先頭に立っている与一を吹き飛ばした。
葉っぱへと戻る船団と与一。
「ぬう・・・」
「まず一人、どうする?この状態の私に傷をつけた奴はそういない。
あのでかいのも小さいのも、逃げる意外には出来ることが無いぞ?」
「やるのう。攻防一体の良い術じゃわ。」
縦横無尽に飛び回る巨大な鉄塊が海上の船団と、砂浜の兵士を無差別に粉砕していく。
ウロブサの化けた軍勢はその茶釜に為す術が無い。
「やっぱり無理よ。アレを攻略するなんて。」
ヤオノが半ばパ二クりながらランに叫ぶ。
「大丈夫・・・たぶん。」
「たぶんて何よたぶんって。」
「私もあの三人より強い武将を見たことは無いわ、でもね・・・
ウロブサ様の声よ、まだ本当に切羽詰ったそれではないわ。」
茶釜が飛び、逃げる義経と弁慶を追い詰める。
そんな中、空中にウロブサの声が響き始める。
「祇園精舎の鐘の音・・・」
「なんだいそりゃ?念仏かい?」
シュカも一応警戒し、回転はそのままにその動きを止める。
「諸行無常の響きあり・・・」
ヤオノも困惑した顔でランに尋ねる。
「何ですあれ?」
「確かあの歌は・・・平家の・・・まさか!」
「沙羅双樹の花の色・・・」
周囲の困惑をよそにウロブサの歌は続く。
「盛者必衰のことわりをあらわす・・・」
そこまで唱えたところで砂浜の一画が崩れ、そこから干からびたミイラのような手が突き出る。
その袂に今まで消えていたウロブサが現れ、懐から出した銭をその手に握らせる。
手は小さな穴を残す形で砂浜にズボッと消えてしまう。
その穴からはしわがれた声が聞こえてくる。
「ありがたや。」
それに応えるようにウロブサもカカと笑う。
「じごくのさたも銭しだい。」
あっけに取られていたのか手出しせずにいたシュカ、
しかし敵の本体が現れたなら好機とウロブサに突進する。
ウロブサに迫る巨大な茶釜、
しかし茶釜はまるでジャンプ台に乗り上げたように、あさっての方向へ吹っ飛んでいく。
その原因は砂から突き出ていた刀にあった。
何時の間にか、先ほど出来た穴から突き出た刀が茶釜を下からかち上げたのだ。
見る見るうちに砂浜が盛り上がり、刀を握る者が姿を現す。
そこに現れたのは一人の異形の武者であった。
血のような赤い長髪を振り乱し、顔は白粉でも塗ったように真っ白だ。
目と口には黒く縁を縫ってありまるで歌舞伎の隈取のようである。
「久しいの景清(かげきよ)・・・御主を出すのは何時以来かの。」
「諸行無常・・・」
などと噛み合わぬ会話をする武者とウロブサ。
「新しい規格外か・・・だが獲物が剣である以上。私の秘術の敵じゃあないな。」
「ふむ・・・規格外か。確かにのう。こやつは規格外も規格外。鬼武者じゃよ。」
「鬼武者?・・・鬼のように強いってことか?」
「違う違う。鬼の血を引いておるんじゃよこやつは。」
「馬鹿な。妖怪は妖怪しか産めない。そんなことは常識だろう。」
「そう、基本的には我らは女しか産めぬ、
じゃが稀に、例外として妖怪の血を引いた人の男児を産むことがあるのじゃよ。
もっともこのジパングの長い歴史でも、片手で数える程しかおらんらしいがの。
ワシも長生きしとるがこいつの他には一人しか知らん。稲荷の母を持つ陰陽師の男じゃった。
名は確か・・・はるあきらとか言うたかの。」
「それがどうした。例え鬼の力を要した武人だとて、剣で私は倒せない。」
異形の鬼武者に改めて突っ込むシュカ。
武者は腰を落とすとその場で迎撃の構えを取る。そして剣がうっすらとだが光り始める。
「いざ・・・」
「私の勝ちだな!婆さん。」
一閃、掬い上げる軌道で放たれた鬼武者の光刃。
それが迫る巨大な鉄の塊をバターの様に易々と切り裂いた。
術を破られ、強制的に元の姿に戻されたシュカは、頭から砂に突っ込んでしまう。
「ぎゃん!」
「まるで成長しとらんの、人を侮った次は剣を侮りおったか。
この剣は特別製。三種の神器が一つ、草薙の剣よ。日ノ本でも五本の指に入る神剣じゃ。
流石に本家の性能を完全に模倣出来ておらんが、それでも御主を斬る位は雑作も無いわ。」
砂から頭を引き抜きぶんぶん振って砂を払うシュカ。
その顔は心底愉快そうである。
「いや〜これ程とはねえ。うれしいよ婆さん。」
「これ以上はやめい。草薙の剣の切れ味は見たであろう?
御主自身に当たれば痛いではすまんぞ。」
「だから負けを認めろって?冗談。まだ終わりじゃない。
最終演目がまだ残ってるんだぜ。最後まで見ていきなよ婆さん。」
「仕方の無い奴じゃ。おひねりはやらんぞ。」
「御代は見てのお帰りだよ。もっともお帰りの頃には寝ちまってるかもしれんがね。」
シュカは両手を上に振り上げると、一気に振り下ろし砂の中に突っ込む。
「そっちに倣ってこっちも相棒を呼ばせてもらうよ。」
シュカの前方の砂が見る見る盛り上がり、人の形になっていく。
それは裸の女性の腰から上といった形で、
しだいに顔や指など細かい部分も形作られていく。
そして表面が少々砂っぽいが、人間の女性と遜色ない形が出来上がる。
目が開かれるが、何とも眠そうでぬぼーっとした印象を与えるおかっぱの女性である。
「・・・ねむ・・・なに?・・・」
女性は首だけ反り返るようにしてシュカのほうを向く。
「あれを頼むよ、久しぶりに一発さ。」
女性はしばらくうんともすんとも言わずに静止していたが、
カクンと首を戻してシュカの方に向き直る。
「ん・・・」
首を傾げ、瞳を閉じる。
そしてシュカの方は女性の後頭部に手を回すと、迷わず女性と口を合わせた。
「大地の精霊か・・・そこまではっきりとした人型のものとなると。かなり格上の精霊じゃの。」
はたから見ればただの接吻だが、
ウロブサの目には口づけを通じ大量の妖気が精霊へと流れ込むのが見える。
そしてそれと引き換えに大量の土の力がシュカに流し込まれるのも。
しばしの口づけの後、精霊は溶けるように地面に消えていく。
最後に突き出た手だけの状態でばいばいとシュカに手を振ると、
精霊は完全に砂の中へと消えた。
「待たせたねえ、それじゃあいくよ。茶釜大回天と双璧をなす私の二枚看板。
秘術、鉄大瀑布!(くろがねだいばくふ)」
シン・・・と大仰な名乗りに反して静けさが響く。
だが徐々に微かな鳴動が生まれ、それが砂浜から周囲に波及、
山々までが大きく揺れ始める。
そして突如シュカの前方から黒い間欠泉の様なものが噴出した。
それを皮切りに黒い間欠泉があちらこちらで吹き出し始める。
噴出した黒いものは空中で集まりどんどん大きくなっていく。
それと同時にサラサラとした黒い粉末状の物体が周囲に漂い始める。
「これは・・・砂鉄か・・」
「御名答、そしてさよなら。」
山のような巨大な塊となった蠢く砂鉄、
シュカは片足を振り上げしばし溜めをつくると、一気に振り下ろして砂浜を叩く。
「っどぉーーーん!!」
それを合図に砂鉄の大瀑布がシュカの周囲数mを除いた砂浜に降り注ぐ。
圧倒的な質量と速度で落下する重量物に、浜にいた雑兵たちは為す術もない。
降り積もった砂鉄は高さ10m程の層を形成し周囲の地形を一瞬で変えた。
シュカが腕を振り上げると落下した砂鉄は、また黒い奔流となって空中に上って集まり始める。
砂鉄の退いた砂浜は閑散としており、人影もまばらとなっていた。
弁慶はかろうじて生きてはいるが、ダメージが深刻でまともに動けず。
義経は落下の瞬間、神通力で海上の船に逃げていた。
景清は銅鏡を構えその隣にいたウロブサもろとも
周囲に光の壁を生み出して鉄大瀑布の効果を無効にしていた。
「何だそりゃ?」
「八咫鏡(やたのかがみ)、草薙の剣同様、三種の神器の一つじゃよ。」
「何でもありだなそいつ、反則だろ。」
「御主に言われとうないわwワシら狸は元々大地の加護を受けておる。
特に金属の扱いには長けておる一族じゃが、これ程の量の砂鉄を自在に操るなど、
長生きしとるワシでも見たことないわ。」
などと二人が会話している最中、船上でそれを見ていた義経は、
密かに神足でシュカの死角へと跳ぶ。
視覚の死角から放たれた必殺の突き。
ザクッ・・・と刀が穿つ音が響く、だがそれはシュカに届いた音ではなかった。
刀は空中で砂鉄の塊に止められており、義経自身も同時に空中から伸びる砂鉄に体を捕られ、
身動きを封じられていた。
「会話の最中に随分と世話しないな。いよいよ打つ手無しか婆さん。」
「断わっとくがの、命令も出来るが、基本化けた後はこいつらは自身の意思で勝手に動く。
でなければ流石のワシもこの人数を一遍に戦わせることは出来んよ。
今のはワシじゃない。義経は勝つためなら奇襲奇策なんでもござれって奴でな、まあ許せ。」
「どうだか・・・」
「それにしても、よく今の一撃かわせたの、後ろに目でもつい取るのか?」
「この周囲に舞う砂鉄、これがあんたらの動きを教えてくれる。
ここら一帯、まさに私には手に取るように全員の動きが感じられるのさ。」
「感知能力までついとるとは、至れり尽くせりな能力じゃの。」
「さあてどうする。その神剣とやらでこの砂鉄の海を切り開き、私をたおすか?」
「・・・無理じゃろうな。斬るだけなら造作もないが、
すぐに穴は塞がるし、あまりにも壁が厚すぎる。」
「へえ、潔いな。じゃあまだ何か隠し玉を持ってるとか?」
「いいや、流石にこの景清で打ち止めじゃよ。」
それを聞いたシュカは高らかに笑った。
「あっはははっははははは。勝った。私の勝ちだ。やっぱり私は無敵で最強だ。
鉄大瀑布は龍の雷でも遮り、茶釜大回天は九尾の焔でも突き破る。
この二大秘術がある限り、誰も私に勝つことなんて出来ないのさ。」
砂浜には波の音とシュカの笑い声だけが響いている。
その音を聞きながら、二人の観戦者は青い顔をしていた。
「そんな・・・ウロブサ様が・・・負けた。」
「あの者がこれ程とは・・・」
この三者の息の合った攻撃をシュカは捌くことが出来ない。
何とか三者の連携を潰そうと、各個に撃破しようとするがそれもままならない。
狙撃が来ることを承知した上で強引に義経を潰そうとしたが、
距離を詰められると義経は神通力で瞬時に距離を取ってしまう。
「こんのぉー。」
「神足。」
捉えたと思った攻撃は空を切り、義経は間合いの外へ移動している。
ならば与一を潰そうと海上の船に飛び移ろうとするが、
船の上という狭い足場のうえに、その足場はウロブサの術で作られたものなのだ。
必要な足場を消されたり、飛び上がったところを与一の狙撃で体勢を崩され、
結局は周囲の船から矢の雨を浴びることとなってしまった。
シュカは歯噛みしながら水の中に逃れ、浜に歩いて上がることとなる。
「水も滴る良い女じゃのうwシュカよ。」
「うっさい婆!絶対吠え面かかしてやんぞ。」
ウロブサの冷笑を浴びシュカは空に向かって大きく吠える。
「まあ、そろそろお遊びもこの辺にしとかんかの?」
「へえ、あの二人に聞いてた?まだ先があるって。」
「いいや、大道芸を見に行くのに先に内容を聞くなんて野暮をワシはせんよ。
じゃがの、今のところ見せた芸当だけではあの二人には勝てんはずじゃ。」
「成る程、まあその通り。こっちも良いもの見せてもらったし、
そろそろお返しに一発、面白い芸を披露しないとな。」
「楽しみじゃの。」
シュカは両掌を合わせて目を閉じる。
すると瞬時にその姿を巨大な狸へと変貌させる。そのサイズはまるで恐竜並みだ。
しかもただの狸でなく胴体は茶釜になっている。
牙を剥いた化け狸は膝を曲げてためとつくると、
その巨大さを感じさせぬ身軽さで天高くその身を躍らせた。
「秘術、茶釜大回天(ちゃがまだいかいてん)。」
空で頭と尾、そして脚が茶釜に埋まっていき其処には巨大な茶釜だけが残る。
まるで空飛ぶ円盤の様なそれは、独楽の様に回転を始める。
その速度はしだいに上がっていき、微妙な風きり音を茶釜の周囲に発生させる。
ゆっくりと舞い降りてきた巨大な鉄独楽、釜の腹の部分が砂と接する。
するとまるで慣性を無視した動きで急加速し、高速で弁慶に突っ込んできた。
獲物のサイズが大きくなったからか、弁慶は背から大金槌をぞろりと出し。
彼の力を持ってすら重そうに振り上げたそれを、迷い無く大釜に振り下ろした。
激突した両者の間に火花が散り、かん高い金属音が響き渡る。
弁慶の大槌は高速の回転により勢いを逸らされ大きく弾かれる。
釜が弁慶を轢くかと見えた刹那。弁慶の後ろにいた義経が弁慶と共に跳んだ。
「外したか・・・本当に厄介な神通力だな。まあいい、それならこっちだ。」
茶釜は方向転換すると、与一の船めがけて真っ直ぐに疾走する。
その速度は海上に出ても一向に落ちず。
進路上の軍船の群れを粉砕しながら船の先頭に立っている与一を吹き飛ばした。
葉っぱへと戻る船団と与一。
「ぬう・・・」
「まず一人、どうする?この状態の私に傷をつけた奴はそういない。
あのでかいのも小さいのも、逃げる意外には出来ることが無いぞ?」
「やるのう。攻防一体の良い術じゃわ。」
縦横無尽に飛び回る巨大な鉄塊が海上の船団と、砂浜の兵士を無差別に粉砕していく。
ウロブサの化けた軍勢はその茶釜に為す術が無い。
「やっぱり無理よ。アレを攻略するなんて。」
ヤオノが半ばパ二クりながらランに叫ぶ。
「大丈夫・・・たぶん。」
「たぶんて何よたぶんって。」
「私もあの三人より強い武将を見たことは無いわ、でもね・・・
ウロブサ様の声よ、まだ本当に切羽詰ったそれではないわ。」
茶釜が飛び、逃げる義経と弁慶を追い詰める。
そんな中、空中にウロブサの声が響き始める。
「祇園精舎の鐘の音・・・」
「なんだいそりゃ?念仏かい?」
シュカも一応警戒し、回転はそのままにその動きを止める。
「諸行無常の響きあり・・・」
ヤオノも困惑した顔でランに尋ねる。
「何ですあれ?」
「確かあの歌は・・・平家の・・・まさか!」
「沙羅双樹の花の色・・・」
周囲の困惑をよそにウロブサの歌は続く。
「盛者必衰のことわりをあらわす・・・」
そこまで唱えたところで砂浜の一画が崩れ、そこから干からびたミイラのような手が突き出る。
その袂に今まで消えていたウロブサが現れ、懐から出した銭をその手に握らせる。
手は小さな穴を残す形で砂浜にズボッと消えてしまう。
その穴からはしわがれた声が聞こえてくる。
「ありがたや。」
それに応えるようにウロブサもカカと笑う。
「じごくのさたも銭しだい。」
あっけに取られていたのか手出しせずにいたシュカ、
しかし敵の本体が現れたなら好機とウロブサに突進する。
ウロブサに迫る巨大な茶釜、
しかし茶釜はまるでジャンプ台に乗り上げたように、あさっての方向へ吹っ飛んでいく。
その原因は砂から突き出ていた刀にあった。
何時の間にか、先ほど出来た穴から突き出た刀が茶釜を下からかち上げたのだ。
見る見るうちに砂浜が盛り上がり、刀を握る者が姿を現す。
そこに現れたのは一人の異形の武者であった。
血のような赤い長髪を振り乱し、顔は白粉でも塗ったように真っ白だ。
目と口には黒く縁を縫ってありまるで歌舞伎の隈取のようである。
「久しいの景清(かげきよ)・・・御主を出すのは何時以来かの。」
「諸行無常・・・」
などと噛み合わぬ会話をする武者とウロブサ。
「新しい規格外か・・・だが獲物が剣である以上。私の秘術の敵じゃあないな。」
「ふむ・・・規格外か。確かにのう。こやつは規格外も規格外。鬼武者じゃよ。」
「鬼武者?・・・鬼のように強いってことか?」
「違う違う。鬼の血を引いておるんじゃよこやつは。」
「馬鹿な。妖怪は妖怪しか産めない。そんなことは常識だろう。」
「そう、基本的には我らは女しか産めぬ、
じゃが稀に、例外として妖怪の血を引いた人の男児を産むことがあるのじゃよ。
もっともこのジパングの長い歴史でも、片手で数える程しかおらんらしいがの。
ワシも長生きしとるがこいつの他には一人しか知らん。稲荷の母を持つ陰陽師の男じゃった。
名は確か・・・はるあきらとか言うたかの。」
「それがどうした。例え鬼の力を要した武人だとて、剣で私は倒せない。」
異形の鬼武者に改めて突っ込むシュカ。
武者は腰を落とすとその場で迎撃の構えを取る。そして剣がうっすらとだが光り始める。
「いざ・・・」
「私の勝ちだな!婆さん。」
一閃、掬い上げる軌道で放たれた鬼武者の光刃。
それが迫る巨大な鉄の塊をバターの様に易々と切り裂いた。
術を破られ、強制的に元の姿に戻されたシュカは、頭から砂に突っ込んでしまう。
「ぎゃん!」
「まるで成長しとらんの、人を侮った次は剣を侮りおったか。
この剣は特別製。三種の神器が一つ、草薙の剣よ。日ノ本でも五本の指に入る神剣じゃ。
流石に本家の性能を完全に模倣出来ておらんが、それでも御主を斬る位は雑作も無いわ。」
砂から頭を引き抜きぶんぶん振って砂を払うシュカ。
その顔は心底愉快そうである。
「いや〜これ程とはねえ。うれしいよ婆さん。」
「これ以上はやめい。草薙の剣の切れ味は見たであろう?
御主自身に当たれば痛いではすまんぞ。」
「だから負けを認めろって?冗談。まだ終わりじゃない。
最終演目がまだ残ってるんだぜ。最後まで見ていきなよ婆さん。」
「仕方の無い奴じゃ。おひねりはやらんぞ。」
「御代は見てのお帰りだよ。もっともお帰りの頃には寝ちまってるかもしれんがね。」
シュカは両手を上に振り上げると、一気に振り下ろし砂の中に突っ込む。
「そっちに倣ってこっちも相棒を呼ばせてもらうよ。」
シュカの前方の砂が見る見る盛り上がり、人の形になっていく。
それは裸の女性の腰から上といった形で、
しだいに顔や指など細かい部分も形作られていく。
そして表面が少々砂っぽいが、人間の女性と遜色ない形が出来上がる。
目が開かれるが、何とも眠そうでぬぼーっとした印象を与えるおかっぱの女性である。
「・・・ねむ・・・なに?・・・」
女性は首だけ反り返るようにしてシュカのほうを向く。
「あれを頼むよ、久しぶりに一発さ。」
女性はしばらくうんともすんとも言わずに静止していたが、
カクンと首を戻してシュカの方に向き直る。
「ん・・・」
首を傾げ、瞳を閉じる。
そしてシュカの方は女性の後頭部に手を回すと、迷わず女性と口を合わせた。
「大地の精霊か・・・そこまではっきりとした人型のものとなると。かなり格上の精霊じゃの。」
はたから見ればただの接吻だが、
ウロブサの目には口づけを通じ大量の妖気が精霊へと流れ込むのが見える。
そしてそれと引き換えに大量の土の力がシュカに流し込まれるのも。
しばしの口づけの後、精霊は溶けるように地面に消えていく。
最後に突き出た手だけの状態でばいばいとシュカに手を振ると、
精霊は完全に砂の中へと消えた。
「待たせたねえ、それじゃあいくよ。茶釜大回天と双璧をなす私の二枚看板。
秘術、鉄大瀑布!(くろがねだいばくふ)」
シン・・・と大仰な名乗りに反して静けさが響く。
だが徐々に微かな鳴動が生まれ、それが砂浜から周囲に波及、
山々までが大きく揺れ始める。
そして突如シュカの前方から黒い間欠泉の様なものが噴出した。
それを皮切りに黒い間欠泉があちらこちらで吹き出し始める。
噴出した黒いものは空中で集まりどんどん大きくなっていく。
それと同時にサラサラとした黒い粉末状の物体が周囲に漂い始める。
「これは・・・砂鉄か・・」
「御名答、そしてさよなら。」
山のような巨大な塊となった蠢く砂鉄、
シュカは片足を振り上げしばし溜めをつくると、一気に振り下ろして砂浜を叩く。
「っどぉーーーん!!」
それを合図に砂鉄の大瀑布がシュカの周囲数mを除いた砂浜に降り注ぐ。
圧倒的な質量と速度で落下する重量物に、浜にいた雑兵たちは為す術もない。
降り積もった砂鉄は高さ10m程の層を形成し周囲の地形を一瞬で変えた。
シュカが腕を振り上げると落下した砂鉄は、また黒い奔流となって空中に上って集まり始める。
砂鉄の退いた砂浜は閑散としており、人影もまばらとなっていた。
弁慶はかろうじて生きてはいるが、ダメージが深刻でまともに動けず。
義経は落下の瞬間、神通力で海上の船に逃げていた。
景清は銅鏡を構えその隣にいたウロブサもろとも
周囲に光の壁を生み出して鉄大瀑布の効果を無効にしていた。
「何だそりゃ?」
「八咫鏡(やたのかがみ)、草薙の剣同様、三種の神器の一つじゃよ。」
「何でもありだなそいつ、反則だろ。」
「御主に言われとうないわwワシら狸は元々大地の加護を受けておる。
特に金属の扱いには長けておる一族じゃが、これ程の量の砂鉄を自在に操るなど、
長生きしとるワシでも見たことないわ。」
などと二人が会話している最中、船上でそれを見ていた義経は、
密かに神足でシュカの死角へと跳ぶ。
視覚の死角から放たれた必殺の突き。
ザクッ・・・と刀が穿つ音が響く、だがそれはシュカに届いた音ではなかった。
刀は空中で砂鉄の塊に止められており、義経自身も同時に空中から伸びる砂鉄に体を捕られ、
身動きを封じられていた。
「会話の最中に随分と世話しないな。いよいよ打つ手無しか婆さん。」
「断わっとくがの、命令も出来るが、基本化けた後はこいつらは自身の意思で勝手に動く。
でなければ流石のワシもこの人数を一遍に戦わせることは出来んよ。
今のはワシじゃない。義経は勝つためなら奇襲奇策なんでもござれって奴でな、まあ許せ。」
「どうだか・・・」
「それにしても、よく今の一撃かわせたの、後ろに目でもつい取るのか?」
「この周囲に舞う砂鉄、これがあんたらの動きを教えてくれる。
ここら一帯、まさに私には手に取るように全員の動きが感じられるのさ。」
「感知能力までついとるとは、至れり尽くせりな能力じゃの。」
「さあてどうする。その神剣とやらでこの砂鉄の海を切り開き、私をたおすか?」
「・・・無理じゃろうな。斬るだけなら造作もないが、
すぐに穴は塞がるし、あまりにも壁が厚すぎる。」
「へえ、潔いな。じゃあまだ何か隠し玉を持ってるとか?」
「いいや、流石にこの景清で打ち止めじゃよ。」
それを聞いたシュカは高らかに笑った。
「あっはははっははははは。勝った。私の勝ちだ。やっぱり私は無敵で最強だ。
鉄大瀑布は龍の雷でも遮り、茶釜大回天は九尾の焔でも突き破る。
この二大秘術がある限り、誰も私に勝つことなんて出来ないのさ。」
砂浜には波の音とシュカの笑い声だけが響いている。
その音を聞きながら、二人の観戦者は青い顔をしていた。
「そんな・・・ウロブサ様が・・・負けた。」
「あの者がこれ程とは・・・」
12/04/27 08:54更新 / 430
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