一日遅れのバレンタインデー
2月14日、バレンタインデー。
その過ごし方は人それぞれとはいえ、魔物が浸透した街となると大方一致する。
――彼氏、恋人や夫にチョコを渡す。
こういうと非常に分かりやすいがこれもまたそれぞれだ。
媚薬を混ぜ込んで夫の口に無理矢理詰め込むサキュバス(その後2人は早退して翌日欠勤した)
全裸になり溶かしたチョコを全身に塗りたくって街でナンパを仕掛けるアマゾネス(公然猥褻ですぐにお縄…のはずが逃走)
主人が帰る前にこっそり主人の机の上の隅に置くキキーモラ(その後は知らない)
とまぁ一々説明するときりがないほどに様々だがとりあえずチョコを男に食べさせるという意味では大体共通している。
そんな中、狭山千里は会社から足早に帰途についていた。
――メイがチョコレートを作ろうとしていないか…
「ただい…ま」
貯金の末こさえた一軒家の玄関で靴を揃えて脱ぎ廊下を一直線。そしてリビングのドアを開いた千里は溜息を堪えたものの少し語尾がつっかかっていた。
リビングを入って真っ先に目線が向いたキッチンには黒い幕が張ってあった。
間違いない。メイはチョコを作ろうとしている。
それは間違いようも無い。
「メイ?」
「千里、おかえりなのじゃ。絶対その黒い幕を開けてはならんぞ」
「あ、ああ、わかった」
いつもどおりの「おかえりなのじゃ」の後に付け加えられた一言が耳に入ると最後の希望が絶たれたような気分が千里の心中を埋め尽くした。
メイは千里の妻でバフォメット。
魔法に関わるものであれば何でもかんでも超一流の腕前を見せる。
洗濯機を扱わせると全部真っ白になったり色落ちしたり、はたまたボロボロになったりする。
食器は必ず1枚は割ってしまうのでメイが用意するときは紙製。なのに紙皿ですら割れてしまう。
玉子焼きを焼かせると必ず黒い何かになる。それも某お●さん並の。
そう。メイは家事に関しては絶望的なのだ。
そのメイがチョコを作ろうとしている。結果は火を見るより明らかだった。
それでも千里は黒い幕を開けようとは思わなかった。
多少失敗してもメイが作ったチョコなのだ。後で記憶が消し飛んだりなんていう事が起きるとしても食べるつもりでいた。
テレビの電源を入れて、キッチンに背を向けているソファに腰を据えて番組表を見ながらのんびりチャンネルを選んでいく。
丁度オリンピックの中継が始まろうかという時間帯が近づいた頃だった。
その時、メイが咳き込み始めた。
「コッ…コッ…カハッ…!?なんじゃこれは…!?」
その声が聞こえた瞬間に千里の体は動き始めていた。
寒空の下掃きだし窓を全開にして、黒い幕を潜る。
轟音を立てている鍋のガスを止めて換気扇のスイッチを「強」に。
そしてメイを抱え上げてソファまで抱える。
メイの目尻にじんわりと雫が1滴ずつ浮かび始める中、煙は開けた窓と換気扇から抜けていった。
「うっ…どうせ儂には無理なんじゃ…」
か細く、少しばかり鼻声になりかけたメイの声が千里の耳に響く。
メイの顔が鼻頭から頬にかけて少しずつ赤みを帯びてくる。
「まだチョコある?」
「…ふぇ?」
「明日一緒に作ろう。な?」
「それじゃ!最初からそうすれば良かったのじゃ!!なんで儂は気付かなかったんじゃ?まあいいか!」
「それは本末転倒ってやつなんじゃないかな」
「うっ…それもそうじゃな」
一言で簡単に泣き顔が引っ込んで満面の笑顔と共にキッチンに向かうメイの姿が千里にはとても可愛らしくみえていた。
「美味しいのう……」
次の日になって、板チョコ8枚を砕いて作った2人分にはいささか多すぎるチョコを、二人は8割ほど食べきっていた。
殆どメイが食べていたが。
「まぁ、大方手伝ったからね。まぁメイが鍋を混ぜずに放置するとは思わなかったけど」
「うっ…魔法薬は混ぜながら火にかけるのが基本じゃから普通の料理は混ぜながら火にかけるものじゃないとばかり…」
そして、どうやらメイは失敗するのを見込んで板チョコを10枚も買っていたのも千里には見当が付いていた。
「いやいや混ぜないといけないんだよ?ま、それも覚えていけばいいんじゃないかな」
「こういうとこで『じょしりょく』とやらが足りないと言われてしまうんじゃな…」
頬杖を付いて溜息を吐くメイに、千里は言う。
「別に女子力ってのは料理だけじゃないし、メイはそういうの以外に出来ることいっぱいあるじゃんか」
「そ、そうかのう…?」
そして、千里は一つ謝らなければならないことをメイに切り出していた。
「それに、僕はちょっとばかり弱気だったみたいだね」
「?」
「最初、僕はメイがチョコを作り始める前に止めようと思ってたんだ」
自分が帰り着いていなかったらどうなっていたかは兎も角として、メイが必死にチョコを作ってくれているのは間違いなかった。
「ふむ、そうじゃろの…」
「でも、最初から手伝うつもりで家に帰ればよかったのになぁ、ってね」
実際、メイは作り方を千里から聞くや否や「儂がやるのじゃ」と譲らなかった。
額から汗を流しながら、メイはチョコレートを一心不乱に作っていた。
「のう、千里、それ昨日儂に言わんかったか?」
「あっ…」
「似たもの同士じゃな!」
滑稽な話というのはこういうことを言うのか、カラカラとメイが笑い出すと千里も笑いが止まらなくなっていた。
そして、丁度チョコが残り2粒になる。
お互いに1粒握りこんだところで、二人の考えは一緒だった。
「「あーん」なのじゃ」
その過ごし方は人それぞれとはいえ、魔物が浸透した街となると大方一致する。
――彼氏、恋人や夫にチョコを渡す。
こういうと非常に分かりやすいがこれもまたそれぞれだ。
媚薬を混ぜ込んで夫の口に無理矢理詰め込むサキュバス(その後2人は早退して翌日欠勤した)
全裸になり溶かしたチョコを全身に塗りたくって街でナンパを仕掛けるアマゾネス(公然猥褻ですぐにお縄…のはずが逃走)
主人が帰る前にこっそり主人の机の上の隅に置くキキーモラ(その後は知らない)
とまぁ一々説明するときりがないほどに様々だがとりあえずチョコを男に食べさせるという意味では大体共通している。
そんな中、狭山千里は会社から足早に帰途についていた。
――メイがチョコレートを作ろうとしていないか…
「ただい…ま」
貯金の末こさえた一軒家の玄関で靴を揃えて脱ぎ廊下を一直線。そしてリビングのドアを開いた千里は溜息を堪えたものの少し語尾がつっかかっていた。
リビングを入って真っ先に目線が向いたキッチンには黒い幕が張ってあった。
間違いない。メイはチョコを作ろうとしている。
それは間違いようも無い。
「メイ?」
「千里、おかえりなのじゃ。絶対その黒い幕を開けてはならんぞ」
「あ、ああ、わかった」
いつもどおりの「おかえりなのじゃ」の後に付け加えられた一言が耳に入ると最後の希望が絶たれたような気分が千里の心中を埋め尽くした。
メイは千里の妻でバフォメット。
魔法に関わるものであれば何でもかんでも超一流の腕前を見せる。
洗濯機を扱わせると全部真っ白になったり色落ちしたり、はたまたボロボロになったりする。
食器は必ず1枚は割ってしまうのでメイが用意するときは紙製。なのに紙皿ですら割れてしまう。
玉子焼きを焼かせると必ず黒い何かになる。それも某お●さん並の。
そう。メイは家事に関しては絶望的なのだ。
そのメイがチョコを作ろうとしている。結果は火を見るより明らかだった。
それでも千里は黒い幕を開けようとは思わなかった。
多少失敗してもメイが作ったチョコなのだ。後で記憶が消し飛んだりなんていう事が起きるとしても食べるつもりでいた。
テレビの電源を入れて、キッチンに背を向けているソファに腰を据えて番組表を見ながらのんびりチャンネルを選んでいく。
丁度オリンピックの中継が始まろうかという時間帯が近づいた頃だった。
その時、メイが咳き込み始めた。
「コッ…コッ…カハッ…!?なんじゃこれは…!?」
その声が聞こえた瞬間に千里の体は動き始めていた。
寒空の下掃きだし窓を全開にして、黒い幕を潜る。
轟音を立てている鍋のガスを止めて換気扇のスイッチを「強」に。
そしてメイを抱え上げてソファまで抱える。
メイの目尻にじんわりと雫が1滴ずつ浮かび始める中、煙は開けた窓と換気扇から抜けていった。
「うっ…どうせ儂には無理なんじゃ…」
か細く、少しばかり鼻声になりかけたメイの声が千里の耳に響く。
メイの顔が鼻頭から頬にかけて少しずつ赤みを帯びてくる。
「まだチョコある?」
「…ふぇ?」
「明日一緒に作ろう。な?」
「それじゃ!最初からそうすれば良かったのじゃ!!なんで儂は気付かなかったんじゃ?まあいいか!」
「それは本末転倒ってやつなんじゃないかな」
「うっ…それもそうじゃな」
一言で簡単に泣き顔が引っ込んで満面の笑顔と共にキッチンに向かうメイの姿が千里にはとても可愛らしくみえていた。
「美味しいのう……」
次の日になって、板チョコ8枚を砕いて作った2人分にはいささか多すぎるチョコを、二人は8割ほど食べきっていた。
殆どメイが食べていたが。
「まぁ、大方手伝ったからね。まぁメイが鍋を混ぜずに放置するとは思わなかったけど」
「うっ…魔法薬は混ぜながら火にかけるのが基本じゃから普通の料理は混ぜながら火にかけるものじゃないとばかり…」
そして、どうやらメイは失敗するのを見込んで板チョコを10枚も買っていたのも千里には見当が付いていた。
「いやいや混ぜないといけないんだよ?ま、それも覚えていけばいいんじゃないかな」
「こういうとこで『じょしりょく』とやらが足りないと言われてしまうんじゃな…」
頬杖を付いて溜息を吐くメイに、千里は言う。
「別に女子力ってのは料理だけじゃないし、メイはそういうの以外に出来ることいっぱいあるじゃんか」
「そ、そうかのう…?」
そして、千里は一つ謝らなければならないことをメイに切り出していた。
「それに、僕はちょっとばかり弱気だったみたいだね」
「?」
「最初、僕はメイがチョコを作り始める前に止めようと思ってたんだ」
自分が帰り着いていなかったらどうなっていたかは兎も角として、メイが必死にチョコを作ってくれているのは間違いなかった。
「ふむ、そうじゃろの…」
「でも、最初から手伝うつもりで家に帰ればよかったのになぁ、ってね」
実際、メイは作り方を千里から聞くや否や「儂がやるのじゃ」と譲らなかった。
額から汗を流しながら、メイはチョコレートを一心不乱に作っていた。
「のう、千里、それ昨日儂に言わんかったか?」
「あっ…」
「似たもの同士じゃな!」
滑稽な話というのはこういうことを言うのか、カラカラとメイが笑い出すと千里も笑いが止まらなくなっていた。
そして、丁度チョコが残り2粒になる。
お互いに1粒握りこんだところで、二人の考えは一緒だった。
「「あーん」なのじゃ」
14/02/16 14:18更新 / 銀